服装
待ちに待ったお出掛けです!
三日後。
私は部屋でソワソワしていた。
理由は三つ。
一つ目は、久しぶりにパーカーに短パンなんてラフな服を着ていること。
そしてこの服で市井を歩くこと。
二つ目は、単純に楽しみだということ。
三つ目は、アルバート様がどんな格好で来られるのか気になっていること。
私に合わせると言ってくれたけど、どんな感じになったんだろう。
お迎えまでまだ時間があるのにすでに準備万端な私は、気持ちを落ち着かせるためにラミィが淹れてくれた紅茶を啜る。
うん、いつも通り美味しい。
「落ち着かないご様子ですね」
「あはは、何となくね」
「そのお召し物は初めてお会いした時以来ですが、ユーカ様に似合っておりますわ」
「そう? ありがと。久しぶりでちょっと落ち着かないけど」
「こちらでは女性が脚を見せるのははしたないと言われておりますが、ユーカ様がお召しになると可愛らしいですわ」
「そんなことないって~」
「御髪もお召し物によく合っておりますし、謙遜されることはありませんわ」
「褒められ慣れてないんだよぉ……でも嬉しい。ラミィ、ありがとう」
今日の私はパーカースタイルに合わせてポニーテールにして軽く髪飾りを付けている。
日本にいた時はよくやってた髪型なんだけど、こっちでは下ろしてるのが当たり前らしいからわざわざアップにすることもなかったのよね。
久しぶりに結ぶと首の辺りが楽だわ。
ラミィと話しながらのんびりお迎えを待っていると、扉の向こうからノックの音が聞こえてきた。
「失礼致します。クライス様がお見えでございます」
「どうぞ入っていただいて」
「畏まりました」
小さく扉を開けたファーラにそう言うと、後ろからアルバート様が顔を覗かせた。
「おはよう、ユーカ殿」
「おはよう、アルバート様」
「その服ではカーテシーは出来ないな」
「そうなのよ、裾も長くないし」
「作法なんかは気にしなくていいから、ニホンにいる時のように振舞ってくれ」
相変わらずの紳士スマイルが眩しいです。
いつ見てもイケメンだね。
そして服装!
アルバート様は白のシャツの胸元を軽く開けていて袖は捲っている。
それに黒のベストをジレみたいに前を留めずに着崩していて、服の裾もいつもみたいにインしてキッチリした感じではなくサラッと出しているから随分イメージが違う。
パンツはベージュの細身のスラックスで、足元をロールアップしていてとてもオシャレ。
こういう格好の人、日本に居そうだよ!
ありがとう、アルバート様!
私がガン見していることに気付いたアルバート様が「変かな?」と苦笑しているけど、イケメンは何着ても似合うんだなって再確認しただけなので何の問題もありませんよ。
「アルバート様は何でも似合うねぇ」
「それは光栄だけど、やっぱり落ち着かないね」
「でもその格好で今日は付き合ってくれるんでしょ?」
「勿論。そろそろ行こうか?」
「うん!」
「じゃあ、はい」
「えぇ? エスコート必要なの? 日本にはそんなのないよ?」
「流石に女性と歩くのにエスコートしないわけにいかないからね。そこは諦めて」
「うぅ…」
「それじゃ、ユーカ殿をお預かりするよ」
「ラミィ、ファーラ、行ってきます!」
「「行ってらっしゃいませ」」
二人に見送られながら、アルバート様の腕に手を掛けて歩き出す。
後でまた侍女さん達に色々言われそうだなぁ…
でも相手があのアルバート様なんだから仕方ないと思うべきか。
でも本当、これだけイケメンで穏やかで優しくて女性にモテるのに全く興味無いっていうのもすごいよね。
アルバート様のエスコートはやっぱり手馴れていて、私は着いていくだけ。
エスコートって距離が近いから苦手なんだけど、最近は時々アルバート様にエスコートされる事があったから少しだけ慣れてきた気がする。
少しだけね。
大体、エスコートだってアルバート様にしかされたことないし。
…あれ?
そう考えると何かおかしくない?
アルバート様は「女性と歩くのにエスコートしない訳にいかない」って言うけど、それならツァーリ様は?
他の男性ならまだしも、ツァーリ様とは二人で歩く機会が何度もあったけど一度もエスコートされたことないよ?
ツァーリ様は魔法の先生で教わってる身だから?
でもそれならアルバート様だって剣の先生だし、教わる身になってからも変わらずエスコートされている。
何なら剣の練習の合間に休憩しに行く時でさえエスコートされるんだけど。
それには私と繋がりを持ちたい貴族達への牽制ももちろんあるんだろうけど、その話が出る前にすでにエスコートされてるからそればかりが理由とも思えない。
ということは、一番可能性が高いのはアルバート様が私の反応を見て面白がるためにやってるってとこかな。
貴族の風習なんだとしたらツァーリ様がやらない訳が…………いや、あの人地理に不慣れな私を置いて一人で帰ったことあったなぁ。
あとは、ツァーリ様がこっちの慣習に慣れていない私に気を遣ってくれていたか。
ただ、どっちにしてもアルバート様が私で遊んでるっていうのは間違いない。
現に今も妙に楽しそうに笑ってるし。
慣れてなくてすみませんね!
すれ違う貴族様達にサラッと挨拶をしながら王宮内、市街を抜け、市井へと歩く。
アルバート様は本当に人を躱すのが上手よね。
男性も女性も関係なしにそつのない挨拶をしてにこやかに話を終わらせるんだもの。
私には出来ないわ…
なんて思いながら歩いていると、向かいからスラッとした長身の男性に声を掛けられた。
「これはクライス殿、ご機嫌麗しゅう」
「キーファス殿」
「今日はお出掛けかな?」
「ええ、市井の方に」
そう言ってアルバート様は私の方を見る。
「ユーカ殿、こちらはロウアン・フォン・キーファス殿だ」
「お初にお目にかかります。ロウアンと申します。聖女様にお会いできて光栄にございます」
「は、初めまして、ユーカ・シマザキと申します」
「こちらのキーファス殿は兄上の御学友でね、今でも懇意にしている方だよ」
ということは、シェナード様のお友達だからアルバート様とも仲がいいってことか。
学生時代の友達と卒業しても仲がいいって良いことだよね。
アルバート様がこうやって話を終わらせずに紹介してくれる時はご縁を繋いでおいた方がいい相手だって言ってたけど、これまで紹介してもらった人に比べてキーファス様を相手にしているアルバート様はどこか自然体に見える。
「クライス領とは領地も近いからね、昔からシェナードとはよく遊んでいたものですよ」
「そうなんですね」
「アルバートは私達が遊んでいるのに目もくれずに木片を振るっていたけれどね」
「キーファス殿!」
あ、キーファス様がアルバートって呼んでる。
さっき家名で呼んだのは挨拶のためだったのかな?
にしても、アルバート様は本当に昔からブレなかったんだね。
アルバート様本人やシェナード様から聞いてた話とキーファス様が話してくれた内容が全く一緒だわ。
歳もシェナード様と同じらしく、親同士も仲が良かったことで小さい頃から交流があったのだとか。
キーファス様は次男で普段は王都にいるけど、今でもたまに遊びに行くんだって。
そんな話をしばらく続けていると、キーファス様が改めて私達の服装に目を向けていることに気付く。
「それにしても、変わったお召し物ですね。アルバートも珍しいな?」
「こちらはユーカ殿の故郷の服なのだそうですよ。私はその国の男性の服装を意識して合わせたものです」
「ほう、こちらのものとは随分違うものですね」
「生地もかなり違うと思いますよ。これ、すごく軽いんです」
「そうなのですか! 我が領では織物を営んでおりますので、是非とも今度その素材をじっくり見せて頂きたいですね」
ここまでに会った人も皆同じことを言ってきたけれど、ほとんどの人が奇異の目で見てたんだろうなってことは視線でわかった。
でもキーファス様は純粋に違いを楽しんでいる感じで、嫌な視線ではなかったから自然と会話は途切れることなく和やかに進んでいる。
アルバート様も楽しそうにされているし、何より織物が発展している土地っていうのが気になる。
もしかしたら、あの重いドレスが軽くなる日が来るかもしれないと思うと、インナーくらいなら見本品で差し出してもいいかもしれない。
それでTシャツが流行ってくれたりしたらいいのになぁ。
ドレスでお菓子作るの、動きにくくて仕方ないんだよね。
なんて、お菓子を作れる環境にあるだけ全然マシなんだけど。
でもこっちの織物は一度見てみたいなぁ、なんて思いながらキーファス様と二言三言言葉を交わしてお別れした。
読んで下さってありがとうございます!
今になって新キャラどんどん登場してますね。




