至福
あの人も来ました。
アルバートのお兄さんであるシェナード様は、アルバートと全く同じ反応でコーヒーを飲み、シュークリームを食べていた。
「ご馳走様でした。大変美味しくいただきました」
「それは何よりです」
コーヒーのおかわりを淹れ、ついでだからと冷やしてあったアイスをお出しすると、シェナード様は気に入ってくれたようであっという間に器は空になっていた。
そんなこんなで終始にこやかなシェナード様と穏やかに談笑していると、またしても部屋の入口からノックの音が聞こえてくる。
何だろう、今日はお客様が多いなぁ。
隅に控えてたラミィがすぐに扉を開けて確認して一瞬固まったのが見えたけど、誰だったのかな?
こっちに戻ってくる時にはいつもの表情に戻ってたけど。
なんて暢気に待っていたが、次の瞬間告げられた名前にラミィが固まった意味を察した。
「ユーカ様、クライス様がお見えです」
「ん?」
「おや?」
向かいでシェナード様も反応している。
それはそうですよね。
クライス伯爵家で他にここに来そうなのって一人しかいないし。
「アルバート・フォン・クライス様です」
「やっぱり!」
何でアルバート様が? と思ったものの、来客中とはいえ兄弟なんだし問題ないかと思い、通してもらうようラミィにお願いする。
シェナード様は何やら楽しそうですね。
「やぁ、ユーカ殿」
「こんにちは、アルバート様。今日は夜番じゃなかったの?」
「まだ時間があるから大丈夫。それより……」
「やぁ、アルバート。久しぶりだね」
「お久しぶりです、兄上。何故ここに?」
颯爽と入ってきたアルバート様はそのまま騎士団に行くのか、すでに騎士服を着ていた。
まだ夕方にも早い時間なのに。
夜番って何時からなんだろう……今度聞いてみよう。
「王都での用事が早く済んでしまってね。アルバートが親しくさせてもらっていると言っていたから私も御挨拶しておこうかと」
「だからって何故私に伝令を残していかれるのですか…」
「無理はしなくていいって伝えておいたはずだけど?」
「兄上とユーカ殿が揃っていると聞いて来ない訳にいかないでしょう」
話を聞いている感じだと、私に会いに来る前にアルバート様にそのことを伝令していたってことみたいね。
それを聞いたアルバート様がお仕事前に駆けつけてくれた、と。
お兄さんに呼ばれたからわざわざ来てくれるなんて、本当に仲が良いんだなぁ。
私は兄弟がいなかったからそういうのちょっと羨ましい。
微笑ましくお二人のやり取りを眺めていたのだけど、そういえばアルバート様にお茶を出てないことに気がついた。
いつもならすぐにラミィが紅茶を淹れてくれるんだけどね、アルバート様は私の淹れるコーヒーを気に入ってくれてるから最近は私が給仕してるんだ。
それに、せっかくの久しぶりの再会なんだから水入らずでゆっくりお話してほしい。
そう思って、コーヒーだけ淹れてから私はミルフィーユ作りの続きに戻ろうとしたのだけれど。
「何か作るのか?」
「今度は何を作られるのですか?」
何故か両隣りにクライス兄弟が。
いや、私を挟まずに向こうでお二人で積もる話でもしてて下さって良いのですが…
アルバート様が私の作業を横で見てるのはよくあることなんだけど、シェナード様にまで見られてるとさすがに緊張してしまう。
「み、ミルフィーユです。あとは焼いて盛り付けるだけなんですよ」
「みるふぃーゆ……確か、クリームやイチゴが挟んであるものだったか…?」
「そうそう、パイ生地でサンドしたやつ」
「あれも美味しかったな」
「アルバート様も食べる?」
「良いのか?」
「もちろん。シェナード様も宜しければいかがですか?」
「私も戴いても宜しいのですか?」
どっちにしてもお二人に出すつもりだったし、どうせならラミィ達も含めてみんなでお茶会したいなぁ、なんて思ってたんだよね。
シェナード様は侍女さんと同じ席でお茶って嫌がられるかなぁ……?
アルバート様は大丈夫だと思うんだけど。
ま、それはお茶の準備が出来てから確認しよう。
今はまずパイ生地を焼かないとね。
もう焼くだけの状態まで作って寝かせてあったから、ザックリ大きさを決めて切ってオープンに並べていく。
イチゴも切ったし、生クリームも解凍できたし、カスタードクリームも冷えてる。
うん、準備万端!
あとは焼けるのを待つだけだ。
…と、冷蔵庫を閉めようとしてさっきのシュークリームが幾つか残っているのが目に入った。
そういえばアルバート様にシュークリームあげてないね。
食べるかな?
「アルバート様」
「ん?」
「シュークリームも食べる?」
「いいのか?」
「うん。シェナード様も私もさっき食べたから」
ラミィ達の分は避けてあるし、一つお皿に取り分けて渡すと、アルバート様は立ったままその場で食べ始めてしまった。
「あ、アルバート様!?」
「アルバート、それは行儀が悪いんじゃないか?」
「あ、しまった」
恐らく、私といる時に作りながら味見したりしてたせいだと思われます。
騎士さんとはいえ、貴族様なのに変なこと教えてごめんなさい!
シェナード様の呆れた顔を見て苦笑するアルバート様。
「失礼致しました」
「いや、お前が公式の場であんなことをすることはないだろうし、あの美味しい甘味を目の前に出されたら無理もないよな」
「兄上…?」
「お前がそんなに食に興味があったと知らなかった」
「…………」
あれ、アルバート様がバツの悪そうな顔をして黙っちゃった。
対してシェナード様はさっきからずっと楽しそうにニコニコしている。
久しぶりに会ったお兄さん相手で緊張してるのかな?
どっちかというと、お兄さんにからかわれて拗ねてる感じもするけど、アルバート様が拗ねるってあんまり想像できないな。
それに、いつもお兄さんみたいにずっとニコニコしてるから、こんなにコロコロ表情が変わるのはすごく珍しい。
でもそれよりも、
「アルバート様は食に興味がなかったの?」
こっちの方が気になります。
私が作るものはどれも興味深そうに見て、美味しそうに食べていたからてっきり異国の料理に興味があったのかと。
私の質問にキョトンとしたクライス兄弟が顔を見合わせている。
こう見ると顔もそうだけど、仕草もそっくりだよね。
そして一呼吸おいてシェナード様が笑い出した。
「アルバートはね、食にも興味がなかったんですよ」
「剣以外はどうでもよかったですからね」
「そうそう。だから昔から好き嫌いが全くなくて、出された物はきちんと食べるけど執着することもなかった」
「今もそんなに変わっていませんが」
「でもユーカ様の料理は気になるんだろう?」
「ええ、まぁ」
「それはユーカ様が作るからなのか、異国の知らない料理だからなのか、どちらなんだろうね?」
「それは……」
そう言われてアルバート様は黙って考え込んでしまったけど、私にはシェナード様がどういう意図で言ったのかわからず、完全に置いてけぼりだ。
とりあえず、以前アルバート様が自分でも言っていた「剣以外に全く興味がなかった」ということは冗談でも大袈裟でもなく事実だったのはわかったけど。
シェナード様はアルバート様の反応を見て優しく微笑んだ後、何故か私に向かって「アルバートをよろしくお願い致します」と頭を下げてきたんだけど、何で急にそんなことを言われてるのかわからなくて狼狽えてしまう。
それを困ったような顔でアルバート様は見つめているだけで、口を挟むつもりはないらしい。
私はテンパりながらも、こちらこそと勢いよく頭を下げた。
「…シェナ兄」
「おや、そう呼ばれるのは随分久しいね」
「私にはまだわかりません」
「うん」
「だからまずは知るべきだと思うのです」
「そうだね、焦ることはないよ」
「…はい」
「私はいつだってアルの味方だ」
「ありがとう、ございます」
私には何の話をしているのかサッパリだけど、兄弟間で分かり合えるものがあるのかもしれない。
何だか感動的な場面みたいだし、今度こそ兄弟水入らずにしてあげて私はミルフィーユを作ってしまおう。
そう思って焼き上がったパイ生地を冷ましている間にお皿を並べ、使うものを並べていく。
パイの上にカスタード、イチゴ、クリーム、そしてまたパイで挟む。
上に粉糖をまぶし、クリームで土台を作ってイチゴを飾り、ミントを添えて完成、っと。
全員分仕上げた所で顔を上げるとさっきまで二人で話していたはずのクライス兄弟がいつの間にか私の両隣りに戻っていて、じっと手元を見つめられていた。
それから気を取り直してコーヒーを淹れ直し、シェナード様とアルバート様に許可を取ってラミィやファーラ、ルミナと一緒にテーブルを囲んでみんなでお茶をすることに。
侍女さん達は恐縮しきりだったけど、みんなミルフィーユを喜んで食べてくれたし、こんなに大勢で食べるのはこっちに来てから初めてだったから私はとても嬉しくて、楽しくて仕方ない。
美味しいスイーツをみんなでわいわい食べるのって至福の時間だよね。
こういう時間をもっと作れるといいなぁ、なんて思いながら最後の一口を放り込んだ。
読んで下さってありがとうございます!
クライス兄弟は書いてて楽しいですね。弟を応援しつつからかって遊ぶ(可愛がる)シェナードお兄さんと、からかわれてるのはわかってるけどお兄さん好きなので強く反発しないアルバートくん。この兄弟はずっと仲良しでいてほしいです。




