兄弟
シェナード視点です。
第一騎士団所属のアルバート・フォン・クライスは私、シェナード・フォン・クライスの二つ下の弟だ。
見目も性格も似ているが、弟は昔から剣以外に一切の興味がなく、十五で騎士団に入ってからは更にその傾向が強くなった。
私もアルバートも人目を引く容姿らしく、女性に声を掛けられることも多くある。
しかし私達は女性に好かれることに煩わしさを覚えてしまったため、次第に上手く立ち回るにはどうしたら良いかを考えるようになった。
つまり、面倒になったのだ。
その結果、下手にエスコートするとご令嬢方がその気になってしまうのでエスコートはやんわりお断りするが、邪険にはせずににこやかにやり過ごすといった、所謂あしらうという手段を取るようになっていた。
私としては皆一様にお断りしても良かったのだが、この貴族社会ではエスコートすべきご令嬢方を粗雑に扱う訳にもいかず。
最大の譲歩として、私は妻を、弟は仕事を理由に躱すことにした。
私自身は長子であるが故、時期領主として跡を継がねばならない立場にあったが、幸い政略結婚が必要な家事情もなかったため自分の意思で幼少より縁が深いリリィと婚姻を結び、現在は何事もなく領地を治めている。
対してアルバートは年々女性の躱し方が上手くなる一方で、一向に浮いた噂一つ上がらない。
私はアルバートが幸せならばそれで良いと思っている。
しかし、妻にも子にも恵まれ、暖かい家庭を持つ幸せを知ってしまった身としては可愛い弟にももっと幸せになってほしいと願ってしまうのだ。
言ったところで笑って誤魔化すだけだから敢えて言うことはないけれどね。
そんな弟が女性をエスコートしたとなれば、噂は広まって然るべきだろう。
私とて俄に信じられなかった。
だが相手は聖女様だと言うし、近頃の弟からの手紙に聖女様のことが書かれている頻度が増えたことを思うとあながち間違ってないのかもしれない。
もしかしたら、アルバートは聖女様に興味が持てたのたろうか。
そうだとしたら、兄として全力で応援したいと思っているのだが。
アルバートからは月に二回程近況を認めた文が届く。
私も同程度の頻度で同じように領地や家の様子を伝えているが、あの面倒事を嫌がる弟がよくこの手紙のやり取りを騎士団に入った時から欠かさず続けているなと感心してしまうよ。
私は可愛い弟が離れて暮らしているのが心配だから面倒だとは思っていないが、アルバートはどうなんだろうな。
同じように思ってくれていたら嬉しいのだけれども。
そして文末には毎回父母や私達の身体を労る一文を欠かさず添える優しい弟。
きっといつかそんな弟のことを表面だけでなく、内面も見て寄り添ってくれる女性が現れることを心から願っていた。
そんなある日、届いた文に目を通していると、そこには聖女様と出逢ったと書かれていて私は目を大きく見開いた。
聖女様の召喚が成功したことは私の耳にも聞き及んでいる。
騎士団にいるアルバートが王都のどこかで出逢っても不思議はない。
私が驚いたのはそこではなく、弟が自ら女性との出逢いを文面に残したこと。
そして、その後も交流があるようで彼女のことを知る度に私に報告をしてくるということだ。
いちいち報告してくるなんて、私の弟は可愛い奴だな。
おかげで私はこうして彼女に初めてお会いしたというのに、初めての気が全くしない。
この国にはない黒の艶髪も、少し茶色がかった優しげな黒い瞳もアルバートから聞いている通りだった。
急なことにも関わらず、彼女は私の訪室を許可してくれた。
初対面の挨拶も、緊張した面持ちであったが感じも良い。
私が弟と親しくしてくれていることを喜ばしく思っていると伝えると、彼女は「私の方がアルバート様にたくさん良くしていただいています! いつもありがとうございます!」と何故か私に御礼を言ってきたのだから、これには驚いたものだ。
彼女の様子を見るに、私が思っているよりも随分と打ち解けた間柄のようだね。
あのアルバートにそんな相手ができるとは感慨深いな。
まだ友人の間柄のようだけど、アルバートが興味を持つ女性なんて奇特なのだからこのまま縁を結んでくれることを願うばかりだ。
兄としては何かしてあげたい所だが、きっとそれはアルバートが嫌がるし、あの子のことだから興味の対象を易々と逃すこともないだろう。
だから私は陰ながら見守ることに決めた。
ところでこの聖女様、アルバートが興味を持つのも頷ける程に変わった女性のようだ。
時間があれば一緒にお茶はどうかとお誘いいただいたので了承すれば、何やら自ら作業台に立ち、侍女達もそれを止めることも無い。
何をしているのか気になりながらも待つこと暫く、お待たせしましたと彼女が持ってきたのは見たことも無い料理だった。
「これは?」
「シュークリームというお菓子です」
「なるほど、これが“おかし”ですか」
「ご存知なんですか?」
「弟から聞いておりましてね。大層美味しいのだとか」
甘いが、食事のパンとは全然違っていて尚且つ種類も多くどれも美味しいと手紙には書かれていた。
それは聖女様の生まれ故郷の料理らしいが、食にも興味がなかったアルバートが気に入るなんてどのような物なのだろうかと私も気になっていたのだが、まさかここで口にすることができるとは。
「あ、クライス伯爵様はコーヒーはお飲みになられますか?」
「紛らわしいでしょう。シェナードで構いませんよ、聖女様」
「あ、ありがとうございます。でしたら私のこともどうぞユウカとお呼びください」
「ユーカ様、ですね。珈琲は以前一度戴いたことがあるのですが、どうにも苦くて…」
「アルバート様と同じなんですね」
クスクス笑うユーカ様は何やら楽しそうだ。
どうやら弟も同じことを言ったらしい。
そういえば珈琲を入手した際に侍女が淹れてくれたが、アルバートも一口飲んで顔を顰めて残していたな。
「今はアルバート様もよく飲まれるんですよ。良かったら一口飲んでみてください」
「アルバートが?」
あれ以来口にしようとしたこともなかったというのに。
…というか、彼女は給仕まで自分でするのか?
またしても自ら慣れた手つきで用意をしているが、やはり侍女達は止める気配もない。
ユーカ様にとってこれは当たり前の光景なのだろうか。
「アルバートも貴女に珈琲を淹れていただいているのですか?」
「はい。よく二人でお茶をしますので、その時は私がコーヒーを淹れてますね」
「そうですか」
アルバートが女性と二人でお茶、ね。
それは他意が無くても周囲への牽制になるだろうな。
その調子だとここにはいない弟に心の中で激励を送りながら、差し出された珈琲に目を向ける。
香りは同じだが、以前飲んだものより色が薄い感じがするな。
それに、横に添えられているのは何だ?
「これは?」
「お砂糖とミルクです。苦いのが得意でない人はこれで少し甘味をつけて飲むと美味しいんですよ」
「そうなのですね」
「ふふっ」
「どうされました?」
疑問に答えてくれたユーカ様は納得した私を見て小さく笑う。
今の何処に笑う所があったのだろうかと首を傾げると、彼女はすみませんとまた笑って理由を教えてくれた。
「最初にアルバート様にコーヒーをお出しした時も全く同じ反応をされたんですよ。やっぱり兄弟なんだなぁって思って、つい」
「そういうことですか…それはお恥ずかしい真似を」
「いえ、仲良しで良いと思います」
仲良し……そういえば、アルバートは彼女に私のことを話しているのだろうか。
兄がいる、くらいのことは言っているかもしれないが。
少し気になって探りを入れさせてもらうことにした。
「アルバートは私のことを何か?」
「自分には二つ上のお兄さんがいて、結婚して子どももいて、今は領地を継いで治めているとお聞きしています。それからお兄さんは優しくて兄弟仲もとても良くで、家を出てからずっと手紙のやり取りを続けているとか」
「ふふ、何だか擽ったいですね」
「あとは、お兄さんを尊敬しているし頼りにしていると」
「それは嬉しいですね」
「でも面倒事が嫌いで、女性をあしらうのが上手いって言ってました」
「それはお前もだろうが……!」
否定はしないが、アルバートに言われたくはない。
つい口に出して文句を言えば、聞こえてしまったらしいユーカ様が目をぱちくりと大きく瞬きして笑いだした。
「本当にそっくりなんですね」
彼女は本当に楽しそうに笑うので、つられてこちらまで笑ってしまう。
アルバートが興味を持ったのは彼女のこういう素朴な所なのかもしれない。
私はユーカ様が淹れてくれた珈琲を一口啜り、その芳しい味わいにまた一口と気付けばカップを空にしていた。
読んで下さってありがとうございます!
お兄ちゃんは弟が大好きです(笑)面倒事は嫌いだけど弟は好きだから気になって佑花に会いに来たんだろうな~




