不穏
平穏ばかりでは居られないものですね。
ここしばらく剣の練習に魔法制御の練習にでクタクタで、大好きなお菓子をつくる頻度も減っていたんだけど、何と今日は一日フリー!
剣を見てくれているアルバート様は夜番だからお休みで、魔法を見てくれているツァーリ様は第二騎士団と討伐に出ることになったらしい。
討伐は心配だけど、よく行く場所で魔物もそんなに強くないから大丈夫だとツァーリ様は笑っていたので、帰ってきたらお菓子を持って労いに行こうと決めている。
いつ帰ってくるのかわからないけど。
だからそれまで魔法を見てもらうのはお休みです。
「ユーカ様、本日は何をなさるご予定ですか?」
「もちろんお菓子を作るよ!」
ラミィに今日の予定を聞かれて即答する。
このチャンスを逃す手はないでしょ!
私はお菓子を作って布教できれば十分なのに、最近は剣やら魔法やらでゆっくり作る暇もなかったし。
……好奇心で魔法の剣とか生み出した私のせいってことも重々わかってるから、別に文句言ったりはしないよ。
不本意だし、未だに何をするべきなのかわからないけど一応聖女だとか言われてる以上のんびりお菓子を作ってる場合じゃないのもわかってる。
それでも私はお菓子を作りたいし、食べたいんだ。
ちゃんと魔法も剣も自主練はするし、ツァーリ様の指導は最優先にしてるけど、たまの自由時間くらい好きにさせてもらってもいいよね?
名目が必要なら魔力付与の実験って言うけどさ。
ほら、何故か私の魔力付与って製菓にしか適用されないみたいだから。
「では調理場ですね。ご案内しますので出られる際にはお声掛けください」
「いつもありがとう、ラミィ」
「とんでもございません」
いつになったらマイキッチンまでの道を覚えるのか。
この国に飛ばされてきて早一ヶ月は経とうというのに、未だ私の方向音痴はなりを潜めてる様子がない。
やっぱり諦めろってことなのかなぁ。
私はいいんだけど、さすがに毎回案内を頼むのは侍女さん達に申し訳ないんだよね。
朝食を終えて、少し魔法練習をしてから行くつもりだとラミィに伝えると寝室に戻って大きく深呼吸をする。
ツァーリ様やアルバート様と練習する時は裏庭に行くことが多いけど、人があまり来なくて集中できる場所ってことでそうなったんだよね。
でも一人なのにわざわざ行く必要もないし、攻撃魔法みたいに飛ばすようなものでもないから剣を振るスペースがあれば十分。
ツァーリ様からは魔法制御、アルバート様からは剣技の基礎。
これって水の剣で強度調整しながら素振りしたらまとめて練習になるんじゃない?
なんて大雑把に考えてのことだったんだけど、あながち間違ってないと思う。
私には普通の剣は重くて振っていられないことと、実際振るのは水の剣なのだからとアルバート様の稽古は水の剣でやってたし。
今日は初めから二倍強度の魔力を注いで剣を創る。
光や闇の剣を創れるようになったことで感覚として消費魔力がどの程度なのかわかるようになってきたから、それを水に変換するだけ。
慢心するわけじゃないけど、随分魔法の扱いにも慣れてきた気がする。
ツァーリ様みたいにポンポン火の玉投げたりとか壁作ったりとかはまだまだ出来ないけどね。
剣が安定した所でしっかりと手に馴染ませ握り込む。
それから背筋を伸ばして剣の構え。
剣先をしっかり見てまっすぐに振り下ろす。
「……99、100…っと!」
基本の姿勢が身につくまでは自主練も素振りだけでいいとアルバート様に言われているので、毎日百回ずつやることにしている。
おかげで少しだけ普段の姿勢も良くなった気がするんだよね。
汗を拭いて、今度は手のひらに魔力を集中させる。
『アクア』で水の塊を生み出してから剣に変形させるのはもう失敗せずに出来るんだけど、時間のロスが大きいからそのまま直接剣として生み出せないものかとひっそり練習していたりする。
『アクアソード』
手のひらからシュルシュルと水が流れ出て混ざり合う。
…うーん、今回は上手くいったと思ったんだけどなぁ。
形成された水の剣は魔力が足りなかったようで完全に剣の形になっていなかった。
「もう一回…」
さっきよりも多く魔力を集めてイメージする。
『アクアソード』
すると今度は切っ先までしっかり硬化された剣が手に握られていた。
「やった! やっと成功した!」
まだ一回成功しただけだからこれを身につけるにはもっともっと練習が必要だけど、出来るってことがわかっただけで大進歩だ。
感覚を忘れない内にとその後何度か繰り返し練習し、集中力が切れてきたところで自主練は終わりにしてラミィに声を掛けに行くことにした。
「今日は何をお作りになるのですか?」
マイキッチンでレシピノートを見ながら何を作ろうか考えていると、それまで紅茶を淹れてくれていたラミィが楽しそうに聞いてくる。
「まだ決めてないんだよね~。ラミィは何か食べたいのある?」
「私ですか?」
「ここにいるってことは、今日は付き合ってくれるんでしょ? 好きな物作るよ!」
「宜しいのですか?」
あ、嬉しそう。
何か食べたいやつがあったのかな?
普段しっかりしてるけど、こういう所を見ると年頃の女の子で可愛いなって思うよね。
それにしても、いつもなら私をマイキッチンに案内してすぐに戻るのに今日は良いんだろうか。
侍女長さんだけあって忙しそうにしているのをよく見てるから、忙しい中付き合わせてたりしたら申し訳ないなぁ。
「ラミィは時間大丈夫なの?」
「えぇ。本日はクライス様もおりませんし」
「え? アルバート様?」
動く気配がないところを見ると大丈夫だとは思うんだけど、念の為聞いてみたら予想外の答えが返ってきた。
何でそこでアルバート様?
確かに最近何かを作る時はよく来てた気がするけど。
でも毎回来てた訳じゃないよ?
私が不思議そうにしているのを見て、ユーカ様にお話するべきことではないかもしれませんが、と前置きしてラミィが静かに話し出す。
「…貴族の中には邪な思いで聖女様と繋がりを持ちたいと考える者もおりますから」
「どういうこと?」
「端的に言ってしまいますと、聖女様のお力やお立場を目当てに近付く者もいるということです」
聖女の力………ってことは、私の力だよね。
言われてみれば私のステータスもおかしいし、成長速度も異常なんだっけ。
ただ、それを手に入れてどうするんだろう?
何か恩恵でもあるのかしら。
それに、立場って?
そもそもそこにアルバート様が関わってくるのは何で?
わからないことだらけで頭の中がぐちゃぐちゃだ。
そんな私にお茶を勧め、ラミィは一つずつ丁寧に説明してくれた。
「ユーカ様が剣技の指南を受け始めたあの日、クライス様が私共の所にいらしたのです」
「え? いつ?」
「ユーカ様をお部屋にお連れ下さった後ですね」
ラミィの話によると、アルバート様は巡回等で耳にする噂や王宮内で声を掛けてくる人達の言動から察したらしく、アルバート様やツァーリ様が側に居ない時には侍女さん達についてもらえないかと頼まれたのだとか。
確かに出歩く時は必ずアルバート様かツァーリ様か侍女さんがいた。
でもそれは私が方向音痴なせいだと思っていたんだけど。
「クライス様はユーカ様を心配しておいでなのですよ」
「ふふ、お友達だからかな」
頼ってほしいと言ってくれた友人は、私が頼る前に助けてくれていたんだね。
今度御礼を言わなくちゃ。
それにしても、
「私と繋がりを持ちたいってことは、別に恨まれて刺されたりする訳でもないでしょ? そこまでする必要ある?」
アルバート様の気遣いは嬉しいけど、そこまでやる必要があったのか。
しかも王宮内だから変な人は出入りも出来ないだろうし、貴族様なら立場を気にして下手なことは出来ないと思うんだけど。
「ユーカ様、甘いですわ。貴族は言葉の駆け引きが巧みなのです。曖昧に受け答えをしていたら知らない間に勝手に婚姻を結ばれてしまって逃げ場が無くなることだって有り得るのですよ」
「え……婚姻…!?」
「そうならないよう、下手な者とは関わりにならないことです。ユーカ様の為になるお相手でしたら、クライス様やツァーリ様がご紹介下さるでしょう。それ以外の方には会釈してお相手はお任せするのが得策ですわ」
「ええぇ…貴族怖…っ」
そういえば、初めてアルバート様に剣を教えてもらって部屋に戻る時もたくさんの人に声を掛けられたけど、全部アルバート様が対応してくれたし、誰かを紹介されるようなこともなかった。
っていうか、言葉巧みに婚姻結ばされるってどこの結婚詐欺よ。
日本だったら犯罪だよ?
…こっちでは政略結婚としてよくあるみたいだけど。
聖女って立場を利用したい人、か。
そんな人と結婚なんてしたくないなぁ。
かといって私に対抗出来る話術もない以上、助けてもらうしかないのが心苦しい所だけど、これはもう仕方ないのかな。
私は貴族怖いと呟きながら温かい紅茶で気持ちを落ち着けることにした。
読んで下さってありがとうございます!
あの面倒事が嫌いなアルバートが自分から動くとは………
次は新キャラ出ますよ~




