邂逅
アルバート視点です。
騎士団に所属している貴族は少なくない。
とはいえ、大体が次男以降の領主を継ぐ必要のない者達だ。
私には2つ上の兄がおり、すでに領主として跡を継いでいる。妻子もあるため、領地は兄に任せて私は王都の騎士団に入団した。
クライス伯爵家の次男である私は、幼少の頃から剣に触れ、修行を積んできた結果として騎士団の中でも精鋭が集められるという第一騎士団の所属となった。
その前に近衛騎士団への勧誘もあったのだが、私は王都に留まらず各地への討伐を希望していたので丁重にお断りしている。
近衛騎士団が主に王宮とその周辺を警備し、貴族街、市井を騎士団で警備していて、その日は丁度夜番で夜間の貴族街の巡回をしていたのだが。
私が担当していた区域は、貴族街の真ん中にあるウェルシティ広場の周辺。
貴族街で夜に出歩く人などほとんどなく、巡回といっても大してやることはない。
一通り回った所で、詰所に戻って書類でもやるかと広場から踵を返して路地に入ったと同時に急に後ろに気配を感じた。
(賊か…? いや、それにしては気配を隠そうともしていない)
路地から少し様子を窺ってみるが、気配を感じた場所にいるのは何やらキョロキョロしている女性一人。
巡回している時には誰にも会わなかったが、いつの間に来たのだろう。
念の為警戒しながら近づいていく。
女性の視界に入ったことを確認し、不自然にならないように駆け寄り、声を掛けてみた。
すると、不意に甘い香りが漂う。
ご夫人方がつけているキツい香水とは違う、どこか優しい香り。
「こんな時間にどうされたのですか?」
女性は驚いてわたわたと慌てているが、殺気も感じられないので少し警戒を解いてみる。
あの、とかえっと、とか言い淀んでいるのを辛抱強く待つ。
こういう時急かしてしまうと相手は話しにくくなってしまうから。
「あ、あの、私、バイトから帰る所だったんですが…」
「ばい…と…?」
「あ、アルバイトです。さっきまで駅前のデパ地下でバイトをしていて」
「ある…? えき…?」
待った末に出てきた女性の話は全く理解できなかった。
ばいと、あるばいと、えきまえ、でぱちか……何の呪文だと首を傾げるしかない。
しばらく話してみるも、言っている内容はやはりわからない。
まるで遠い異国の話をされているようだ。
と、そこまで考えて改めて女性を見てようやく納得した。
背中まで届く黒い髪、少し茶色がかった黒い瞳、見たことも無い服装。
なるほど、この国の者ではないのだろう。
ならば保護して上に報告するのが最善だ。
彼女がどういう目的で来たのかは知らないし悪意はなさそうだが、とにかく目の届く所に置いておく方が良い。
しかも聞いてみると、女性はここがどこなのかもわからないという。
この広場の名前どころか、国の名前にも覚えがないらしい。
「貴女はどちらからいらしたんですか?」
「日本です」
「にほん…?」
ユーカ・シマザキと名乗る女性はにほんという国から来たと言うが、今度は私が国名に覚えがない。
結局の所、話せば話すほどお互いに首を傾げることになってしまっていた。
「どういう訳かわかりませんが、この国のご出身ではないようですね」
「はい」
「迷い込んでしまわれたにしてもこんな時間では何処も駆け込めないですし、明朝国王様に御説明させていただきますので、今夜は騎士団の預かりとさせていただいても?」
おずおずと小さな返事と共に頷いたユーカ殿を連れて詰所へ向かう。
その途中でこちらの自己紹介がまだだったと挨拶をすると、先に謝罪しつつこの国のことを教えて欲しいと頼まれた。
彼女は名前の呼び方すらもわからないという。
確かに彼女は最初に「シマザキユーカ」と名乗った。
けれど確認してみるとシマザキが家名だというから、彼女の国では反対なのだろう。
それに、貴族制度もないのか貴族の称号も知らないようだ。
歩きながら説明し、他にも色々と質問されたことに答えながら詰所の簡易休憩室に案内した。
簡易休憩室というだけあってベッドにトイレ、浴室があるだけの狭い部屋だ。
女性を泊めるには申し訳ない気持ちになるが、何せ騎士団は男集団。
休憩室という小部屋があるだけマシなのだ。
「明朝迎えに来ますので、今日はこちらで休んでください」
「ありがとうございます」
「何かあれば、私は近くにおりますから遠慮なく呼んでくださいね」
「はい」
私は部屋を出たその足で団長室のドアを叩いた。
ユーカ殿には団長への報告や陛下への謁見は明日と話してあるが、内々に話を通しておいた方が良いだろう。
ユーカ殿が突然現れたことや、異国の人間であること等から陛下の耳に入れておくべき案件であることもあり、また宮中がザワついていることから何か関係があるのかもしれないと思っていた。
幸い団長はまだ部屋におり、私が報告したいことがあると言うとすぐに招き入れてくれた。
「失礼致します」
「どうした? 巡回の時間ではなかったのか?」
「巡回は恙無く終了しております。本日は先程保護した女性について報告に参りました」
「保護した女性? どういうことだ」
私は巡回中の出来事を詳細に話していく。
その時に感じたことも含め、見たもの、聞いた事、全て。
話を聴き終わった団長は、顎に手をかけてしばらく悩んでいたが、ふと何かを思い出したのか小さく声を上げた。
「もしかすると、捜索している渦中の者かもしれん」
「捜索?」
騎士団に誰かの捜索依頼は届いていないはずだ。
しかし、団長は知っている。
つまり、この件は近衛の管轄若しくは上層部のみの機密事案ということか。
機密情報なんて知った所で面倒に巻き込まれる危険が増えるだけで特にいいこともないから別に知りたいとも思わない。
だというのに団長は勝手に説明を始めてしまった。
その話、私に聞かせて良いものなのですか?
「魔道士団が今宵、聖女様をお迎えするための召喚の儀を行っている」
「聖女様……あの伝説の、ですか?」
「そうだ。そしてその儀は成功した」
「…ならば何が…」
「成功しているのに姿がないそうだ」
「……は?」
どういうことなのかちょっとよくわからない。
ここまで聞いてしまったらもう仕方ないと開き直り、団長に続きを促す。
儀式は成功されて召喚しているのに姿はないとはどういうことなのか。
…いや、待て。
団長は捜索していると言った。
それはつまり、召喚したはずの聖女のことだろう。
ということは、保護した女性がその聖女かもしれないということなのか。
確かに彼女は突然現れたようだったし、まるで異世界から来たかのようにこの世界のことを知らなかった。
タイミングも合っている。
「お前の報告を聞く限り、その可能性が濃厚だと私は考えている。召喚の儀こそ成功したが、場所の誤差が出てしまったのかもしれないしな」
「…そうですね」
「私から陛下と宰相閣下には報告を入れておく。お前はそのまま彼女の近くで待機し、明朝私の元に連れてくるように」
「畏まりました」
思っていたよりも大事に巻き込まれてしまったようだ。
団長室を出て数歩進んだ所で足が止まり、つい大きなため息が出てしまった。
この事は騎士団には聞かされていない以上、彼女のことを同僚達には迷い人で通さなくては。
実際間違ってはいないし、そもそもまだユーカ殿が聖女だと決まった訳でもないから問題はない。
ただ、見目珍しい彼女に同僚達が群がるであろうことは容易に想像できるため、今からすでに疲れる思いだ。
それでも保護したのは自分なのだから、責任を持って対処せねば。
私は顔を上げて前を見ると、彼女の眠る簡易休憩室へと歩き出した。
読んで下さってありがとうございます!
アルバートが思ったよりも真面目な人になっていて私が困惑しています。