要望
今回は主にアルバートについてのお話です。
「何か私にしてほしいことはありませんか?」
そう言って再び顔を覗き込んでくるアルバート様。
ち、近いから!!
イケメンのアップに免疫のない私は、慌てて俯いてその視線から逃れる。
「あっ、あの! お願いしたいことなら…!」
「何ですか?」
「その、出来れば、丁寧な言葉遣いを止めてもらいたい、です」
「言葉遣い、ですか?」
キョトンとするアルバート様に小さく頷き、ダメですか? と聞くと彼は首を緩く振った。
どうにも敬語を使い合う相手に完全に気が抜けなくて苦手なのだ。
特に目上の方にこっちが使うならともかく、逆に敬語を使われると落ち着かない。
そもそも敬語を使うのも使われるのも苦手ということも大きいのだれど。
「構わないが、これでいい?」
「はい」
「ん? ユーカ殿は変わらずなのか?」
「アルバート様の方が年上ですから」
「私もユーカ殿に丁寧な言葉遣いを止めてもらいたいと頼んでも?」
「うっ」
突拍子もないお願いだったにも関わらず、アルバート様は即座に対応してくれた。
が、まさかのアルバート様からも同じ要求をされてしまった。
そしてこっちがその要望を出している以上、どうにも拒否しにくい。
となると、答えは一つ。
「ぜ、善処、します……」
「頑張って」
こうなる訳です。
その時のアルバート様の笑顔が眩しすぎて、頑張るしかないことを悟りました。
いや、でもアルバート様も受け入れてくれたんだし、私も頑張らないといけないよね!
私が気合いを入れ直して気持ちを切り替えていると、アルバート様はそれにしても、と不思議そうな顔をしている。
「言葉遣いなんて気にしてたのか?」
「うーん…日本では友達に丁寧な言葉遣いなんてしないから…」
「同性でなくとも?」
「はい。男の子の友達とも同じように話すので」
「それはこの国とは違う所だね」
日本で友達というと男女問わずタメで話すものだけど、こっちでは同性同士で崩すことはあっても異性相手にはきっちりしてて、特に男性から女性に対しては友人であろうとエスコート対象になることから丁寧に接するべきという考えがあるらしい。
だからアルバート様もずっと紳士的な対応をしてくれてたのかと納得した。
「他には何かない?」
「えぇと…」
他にと言われても特に思いつかない。
敬語という壁はなくなったから、私的にはそれだけでかなり進歩した気がする。
「休みの日に遊びたいとか」
「いえ、でもアルバート様お忙しいから休みの日くらいゆっくり休んでほしいなって」
「友人にそんな遠慮はしなくていい」
「でも、」
「…わかった。休みたい時は無理だと言うから」
「それなら……たまに遊んでもらえたら嬉しいです」
「うん」
確かにそうだよね。
日本でも休みの日に友達と遊んでたし、用事があったり調子が悪かったらごめんねって断ることもあった。
そっか、相手が騎士さんだからって同じことなんだよね。
「ユーカ殿は私としたいことはある?」
「さっき話していたお買い物も楽しそうだし、お菓子を作ってのんびりお茶したりしたい、かなぁ」
「それはいいね」
日本なら食べ歩きしたり、カラオケ行ったり、映画行ったりと色々思いつくけど、こっちでは娯楽の種類が違うから何をしていいのかわからなくなる。
貴族の嗜みとして観劇なんかもあるみたいだけど、私はあまり興味がないし、それならお菓子を作っている方が楽しい。
基本的に私はお菓子を作るのが趣味だったからあんまり出歩かなかったしなぁ。
それに、男性と女性でも違うと思う。
日本での男友達はよく休みの日に集まってゲームをしてたみたいだし。
「アルバート様は普段お休みはどう過ごされ…………あ」
どうせならアルバート様の希望も聞こうと思って口を開いたけど、言い終わる前にアルター様の言葉を思い出した。
アルバート様も私が何を思い出したのか察したようで苦虫を噛み潰したような顔をしている。
それもほんの少しのことで、諦めたように困った顔で笑いながら自分のことを話してくれた。
「私はね、クライス伯爵家の次男なんだ。兄にはすでに妻と子がいて領地を治めている。だからこそ私は自由にさせてもらえているのだけれど」
そっか、長男だと領地を継がないといけないから騎士にもなれないし、まず王都にも出てこれないのか。
クライス伯爵家は立場が安定していることもあって、ご両親もお兄さんもアルバート様に望まない婚約を迫ることはなかったそうだ。
実際、今でもアルバート様は言い寄ってくるご令嬢達に興味が無い。
というか、昔から剣にしか興味がないらしい。
「幼少から家を継ぐ必要がないのならと騎士になるための訓練ばかりしていたからね。それ以外の娯楽を知らないんだ。知る必要があるとも思わなかった」
「そうなんですね」
「剣は努力したらその分だけ結果に結びつくから、それが楽しかったんだよ」
「なるほど」
そういう意味では私も同じかもしれない。
最初はホットケーキを一人で焼けるようになって嬉しくて、次はあれを作ろう、これを作ろうってやっていく内にどんどん作れるものも増えて、自分でアレンジ出来るようになって。
そうやって自分の力になっていくのがわかって楽しくて。
私は他にもそれなりに興味があるものはあったけど、それは日本がものづくり大国と呼ばれるくらい色んな物に溢れていたからかもしれない。
もし私が産まれた時からここに住んでいたら、きっと今程興味の対象は多くないんだろうな。
だって今でさえお菓子を作るか街を見て回るかの二択だもの。
「だから休みと言えども基礎の訓練は欠かさなかったし、時々市街の武具屋に剣を見に行くことはあるけどそれ以外は確かに詰所にいたな」
「アルター様の言う通りなんですね」
「残念ながらね」
街に出ても見に行くのが剣って辺りがアルバート様らしくて笑ってしまう。
「お部屋でゴロゴロとかはしないんですか?」
そんなアルバート様は想像もつかないけど。
どうにも気力がない時はゴロゴロしてたら一日が終わっている、なんてこともよくあったなぁと思って聞いてみる。
「動かない日があると身体が鈍ってしまうから、あまりそういうことはないかな」
「さすが騎士さん…」
「ただ、身体を休めるのも仕事の内だから詰所に行っても訓練に参加する訳じゃないけど。隊舎にいるのも暇だから顔を出しているだけなんだ」
四六時中鍛錬をしているのかと思えば、ちゃんとメリハリをつけているらしい。
アルター様の話だとアルバート様はすごく強いって言ってたけど、それも強さの秘訣なのかな?
王宮にいてもあまりこういう話は聞く機会がないから面白くてつい色々聞いていると、ベンチに座ってから結構な時間が経っていたようだ。
そろそろ市井に行こうかと立ち上がったアルバート様が手を差し出してくれた。
躊躇いながらもその手を取って立ち上がると、そのまま手をアルバート様の腕に回される。
「アルバート様、ご令嬢達に興味がない割に慣れてるよね……」
ボソッと呟いた言葉はしっかりとアルバート様の耳に届いていたようで「そんなことはないよ」と笑われた。
聞こえてしまったのなら仕方ないと開き直り、それなら何でそんなにスマートなのかと聞くと騎士になってから身についたのだという。
伯爵家の子息ということで昔から立ち居振る舞いと共に女性の扱いについても教えられてきたけれど、小さい頃から剣にしか興味がなかったアルバート様はそれを上手く使ってやんわりご令嬢達から逃げていたそうだ。
騎士になってからもそれは続けていたけれど、だんだん言い寄ってくるご令嬢が増えて巡回中にも声を掛けられることが多くなった。
「お声掛け頂けるのは有難いことなのだけれどね。民を守る騎士として丁寧な対応は当然だが、隊務がある以上そこに時間を割く訳にもいかない」
「モテるのも大変なのね…」
「もて…?」
「あ、たくさんの異性に好かれることです」
つまり、最小限の時間でご令嬢達を丁寧にあしらっている内に身についたものということね。
そうやってひたすらあしらっていたからエスコートするようなこともなく、まともなエスコートは今日が初めてだという割に手慣れているのはそういうことか。
イケメンにはイケメンの苦労があるのだと知った私は、今後はアルバート様を労わってあげようと思いつつ歩き始めた。
読んで下さってありがとうございます!
少し距離が縮まったかな?デート(仮)はもう少し続きます。




