動揺
結局騎士団の団長さんは名乗らないままですね。
人への付与実験はこれで終わりです。
騎士団に到着するとまず団長さんの所へ通された。
「ユーカ殿に副団長殿か。今日はどうした?」
「こんにちは、団長さん」
「突然の訪問、失礼致します。騎士団から十人程ユーカ様の魔力を流した際の検証を行いたいのですが」
「それは付与ということですかな?」
「そうですね。付与の検証ですが、魔道士団の者では特に変化はありませんでした」
「そうか」
いつも通り迎え入れてくれた団長さんにカーテシーをして笑う。
何度かお会いして、とても気のいい人だとわかってるからもう緊張することもなくなった。
団長さんはツァーリ様の説明を聞くと、今の時間なら休憩中の騎士達がいるはずだから大広間に行ってみると良いと言ってくれたのでお言葉に甘えることにする。
そこでも人数が足りなければ訓練所で声を掛ければいいそうだ。
大広間は前にも行ったなぁ。
ここは召喚されてすぐ連れてこられたり、クッキーの調査に来たりと何だかんだ足を踏み入れている場所なので少し気が楽だったりする。
騎士さん達も相変わらず気さくでいつも声掛けてくれるしね。
それでもまだ道を覚えない私は、やっぱりツァーリ様に着いて横を歩く。
ツァーリ様もあまりここには来ない…というか王宮と魔道士団を往復している以外は基本出歩かないらしいけど、この間来た時にすでに団長さんの執務室と大広間の場所は覚えたらしい。
その記憶力、少し分けてほしいです。
「おお、聖女様!」
「今日はどうされたんですか!?」
「聖女様も一緒に訓練されますか!?」
「聖女様は魔法を使われるんですよね!?」
「あ、この間の冷たい甘味、また食べたいです!」
「あれは美味かったよな!」
おおぅ…相変わらずですね、騎士の皆さん。
大広間に入ろうとすると、開いていた扉の向こうから騎士さん達が先に私達を見つけて駆け寄ってきた。
いつ来ても声が大きい。
そしてアイスがお気に召したことはわかりました。
また作りたいと思います。
「聖女様が困っているでしょう。落ち着きなさい」
「「「はっ! 申し訳ありません!」」」
ツァーリ様の言葉に一斉に背筋を伸ばして気をつけする騎士さん達。
前にもこんなことありませんでした?
苦笑しながら部屋の奥に目を向けると、向かい合って座っていたアルバート様とアルター様と目が合った。
お二人も休憩中だったんですね。
軽く会釈すると、アルバート様は小さく手を振ってくれる。
それを見てアルター様がアルバート様に何か言っているけど、何を話しているのかここからでは聞き取れない。
というか、周りの騎士さん達の声が大きすぎてまず聞こえない。
「休憩中にお邪魔してすみません」
まずはせっかくのお休み中に付き合わせてしまうことを謝ると、騎士さん達は気にするなと笑ってくれた。
本当にいい人達だなぁ。
声の大きさはもう少し何とかしてほしいけど。
それからツァーリ様が団長さんの所でした話を皆さんに改めてしてくれて、快く承諾してもらえたので魔道士団でやった時と同じように一人ずつ順番に魔力を流させてもらうことに。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。いきます」
こんなに何人もの男性の手を握るなんて、前にも後にも無いだろうな。
というか、心臓がもたないので無くていいです。
何とか集中してアルター様の手に魔力をそっと預けて切り離す。
目を開けると、アルター様は自分の手をにぎにぎしながら不思議そうに眺めていた。
「どうかされました?」
「いや、何か不思議な感じがしたのですが…」
「不思議…?」
皆ステータスに変化はないのに、口々に「不思議な感じがする」という。
私はツァーリ様に教えてもらった通りに魔力を流しているだけだし、ツァーリ様も問題ないって言ってたのに。
いい加減気になってきたけど、私が私に魔力を流せない以上、自分で体感することは出来ないので諦めるしかない。
本当に何が不思議なんだろう。
気にはなるけど、今は集中しないと。
次の方が手を差し出してくれたので、今度はどの騎士さんだろうと顔を上げるとアルバート様が微笑んでいた。
「さぁ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
至近距離の美形の笑顔は心臓に悪いどころじゃない。
一瞬息が止まったよ…
この国の人はそろそろ距離感を覚えてほしいです。
こっそり深呼吸をして落ち着きを取り戻し、アルバート様の手に自分の手を重ねる。
私より一回りは大きい手。
この手があの日私を慰めてくれたんだと不意に思い出して急に恥ずかしくなった。
「ユーカ殿?」
「あっ、す、すみません! いきます!」
熱くなる頬に知らない振りをして私は大きく息を吸う。
落ち着け、今は集中…!
体内を巡る魔力の流れを感じ取り、自分の手のひらからアルバート様の手のひらへ。
それをゆっくり渡すように切り離したところで繋いでいた手を解………こうとしたが、何故かそのまま繋がれていた。
あの、離してください…
「………なるほど」
「あ、あの、アルバート様…」
「確かに皆が言うように不思議な感じがしますね」
「そ、そうですか…えぇと、その…」
「どうしました?」
やっぱりアルバート様にも不思議な感じがしたらしい。
それはいいんですけど、何で手を離してくれないんですか!?
「あの、て、手を…」
「ああ、すみません、つい」
そう言ってそっと解放してくれたけど、ついって何ですか!?
アルバート様って実はタラシだったりするの!?
…いや、侍女さん達が揃ってアルバート様は優しくて紳士だけど気を持たせるようなことは一切しないらしいって言ってた。
ってことは、こんなのは気を持たせるようなことでもないってこと?
私の恋愛経験が無さすぎて耐性ないだけで、世間一般では手を握るのは当たり前のことなの?
あ、そっか、貴族様はエスコートとかダンスとか、手を握る機会が多いからこれくらいは普通なのか!
テンパった頭でちょっと考えて、この国ではこんなことでいちいち反応する私がおかしいんだということは理解したけど、だからと言って感情が追いつくわけではない。
あぁもう、絶対今顔赤い……
何となく身体も火照って暑い気がする。
「これでここにいる人は終了ですね」
「え? あ、本当ですね」
私の動揺など気にも止めずにツァーリ様が当たりを見回すと、一人一人にステータスを確認して回る。
ここでもステータスに変化が出た人はいなかったけど、時間差で影響が出るかもしれないからこまめにステータスの確認をするようお願いして騎士団での用事は終わりになった。
そういえば、この後どうするんだろう?
まだ時間もあるし、王宮に戻ってさっき言ってた料理の検証でも始めるのかな?
そう思ってツァーリ様に聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「最近はずっと魔法付与の検証ばかりでお疲れでしょう。今日はこれでお終いにしましょうか」
「え? いいんですか?」
「ええ。王宮に戻るのでしたらお送りしますが、どうなさいますか?」
急に自由時間が舞い込んできた。
忙しい時に突然暇になると何していいかわからなくなるよね。
私今その状況。
えぇと、何しようかな…
王宮に戻ってお菓子作ってもいいけど、魔法付与の問題があるから騎士さんか魔道士さんにしかあげれないし。
料理の練習?
これからいっぱい作らないといけないと思うと今やる気にはならない。
それならちょっと散策して気分転換でもしたらいいのかな。
ここはすぐ市街に出れるし、そのまま市井の方に足を伸ばしてみてもいいかも。
うん、そうしよう。
「それでしたら、ちょっと散策してきてもいいですか?」
「畏まりました。誰かお付の者を呼びましょう」
「あ、そっか…」
私、方向音痴だった。
一人でのんびり散策するつもりだったけど仕方ないか。
迷子になって迷惑かけるよりは大人しく侍女さんを待とう。
それじゃあ、お願いします。
そう言おうとした所で、後ろから馴染みのある声が聞こえてきた。
読んで下さってありがとうございます!
アルバートが手を離さなかったのはわざとです。




