召喚
ようやくちゃんと召喚されました。
翌朝、目が覚めて辺りを見渡して小さく息を吐く。
夢かと思っていた昨夜の出来事は夢ではなかったようだ。
軽く痛む頭を緩く振り、身支度のためにベッドを出る。
替えの服なんてないけど、せめてシャワーだけでも浴びたい。
アルバート様が呼びに来るまでに支度を済ませようと動き出した。
「おはようございます、ユーカ殿」
「おはようございます」
「団長に粗方の説明はしてありますが、今日はまず団長への報告、その後国王様と宰相閣下に謁見することになります」
「………………ハイ」
出来ることなら行きたくないが、逃げた所で変わらない未来を思うと、信じてもらえなくても事情を説明するしかない。
せめて害意がないことだけでも示さないと。
項垂れる私にアルバート様は小さく笑い、先に朝食にしましょうと食堂へ案内された。
食堂には夜番明けの騎士さん達が集まっていて賑やかだった。
そこに足を踏み入れると、私の姿を見つけた騎士さん達に囲まれる。
「アルバート! その子が昨夜保護した子か!」
「いくつ? お名前は?」
「何で夜に広場にいたの?」
「不思議な服着てるね」
「どこから来たの?」
「あ、あの…」
「そこで群がるな!」
どうしたものかと困惑していると、アルバート様が私を庇うように前に出て騎士さん達を散らしてくれた。
助かった……
「彼女はユーカ・シマザキ殿。これから団長と陛下に報告に行く所だからその後にしてくれ」
「「「ヘーイ」」」
騎士さん達ってこんなに気さくなものなのか。
いや、アルバート様も優しいけど、私に対して丁寧な態度は崩さないのに。
アルバート様のおかげで動けるようになったので空いている席に腰を下ろすと、さっきまで囲っていた騎士さんの一人が食事の乗ったお盆を二つ持ってきてくれた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「ほら、アルバートも」
「ああ、ありがとう」
受け取って御礼を言う。
お盆の上にはクリームがたっぷり乗ったパンとスープ、それにサラダ。
甘い物は好きだけれど、まさか騎士団なんて男性の集まりの食事にガッツリ菓子パンが出てくると思ってなくてつい辺りを見渡してみたが、どの騎士さんのお盆の上にも同じものが。
マジか。ここは甘党の集まりだったのか。
っていうかね、何か変なのよ。
パンはデニッシュみたいな甘そうなパンなのに、スープは中華風のスープでサラダは海藻サラダ。
和洋中折衷しまくってて口の中が忙しい。
眉間に皺を寄せて食べていたらしく、向かいに座って食べていたアルバート様が口に合わないのかと心配してくれていた。
「美味しいんですけど、組み合わせがちょっと…」
「組み合わせ、ですか?」
不思議な反応をされたが、興味本位なのかそれならこのパンと組み合わせるなら何が良いのかと聞かれて考えてみる。
「パンだとコーンスープやポタージュ系ですかね。あとはシーザーサラダとか…?」
そもそも菓子パンはご飯というよりもおやつ感覚が強いし、コーヒーや牛乳があれば十分だと思う。
そう答えると、アルバート様は不思議そうにしている。
「貴女のいた国ではそのような食べ物があったのですね」
「え? こちらにはないんですか?」
「ええ。まずスープというのがこれしかありません」
「え!?」
スープなんて作ろうと思ったら無限にあると思っていたが、この国では一択だという。
飽きないのかと聞いてみても、これしかないから仕方ないと苦笑されてしまった。
そんな話をしながら食事を終えると、今度は団長さんの部屋へと向かう。
団長さんの部屋は二階建ての詰所の二階の奥にあるらしい。
辿り着いた部屋でアルバート様がノックをするとすぐに中から「入れ」と声が聞こえてきた。
団長さんはアルバート様よりもガタイが良く、鋭い目つきの人だった。
ダークブラウンの短髪に紫の瞳。
一見少し冷たく見られそうな印象だ。
けれど、そんな第一印象とは違い団長さんも他の騎士さん達同様気さくな人みたい。
昨夜の事を話し終えると団長さんは私の肩をポンっと叩いて「大変だったな」と労ってくれた。
ここにはいい人しかいないんだろうか。
普通、急に身なりも毛色も違う女が迷い込んで、挙げ句話も噛み合わないなんて疑わしいことこの上ないだろうに。
「事情はわかった。まさかとは思ったが…少し思い当たることがある」
「本当ですか!?」
「ああ。だが、先に謁見の時間が迫っているのでな。悪いが私と共に来てもらえるか?」
団長さんは私の話から何か思い当たる節があるらしい。
今日は夕方からバイトのシフトが入っているから早く解決して帰してもらえるといいんだけど。
そうして向かったお城は昨夜遠目に見ていた印象と違い、明るい時間に見るとより一層煌びやかでとにかく広かった。
お城の中を団長さんについて歩いていくが、一人で歩いていたら迷子になること間違いなしだわ。
「着いたぞ」
慣れない赤絨毯をしばらく歩くと、大きな扉が見えてきた。扉の前には騎士さんが両側に立って槍を持っている。
所謂門番ってやつなのかな。
団長さんが騎士さんに取り次ぎを頼むと、すでに話は通っているみたいですんなりと扉は開かれた。
あれがよくゲームとかで見る玉座ってやつかしら。
赤絨毯の先には階段があり、壇上の椅子には国王様らしき銀髪ロングのとても威厳のある男性が、その横には宰相様らしき薄紫色の髪のインテリ眼鏡さんが立っている。
他にも騎士さんが何名かとローブを被った人も何人か隅の方に並んでいるのが見える。
私は団長さんと共にゆっくりと階段の下まで行き、国が違えば作法も違うと先程王宮の侍女さんに急拵えで教えてもらったカーテシーという淑女の挨拶を。
隣では団長さんが騎士の挨拶の形をとっていた。
「顔を上げよ」
見た目と違わぬバリトンボイスに顔を上げ、国王様に視線を向ける。
国王様は宰相様に何か話すと、今度は宰相様がローブの人達に問いかけた。
「この方で間違いないのか?」
「はっ。昨日感知した魔力と酷似しています」
「シマザキ殿、だったか?」
「え? あっ、はい! ユウカ・シマザキと申します」
魔力? この国ではゲームみたいに魔法が使えるのかしら。
何の話かもさっぱりわからない私はそのやり取りをぼんやり見ていたせいで、急に話を振られて慌てて取り繕う。
国王様は気にした様子もなく話を続けた。
「我が国では近年、魔物による被害が増えている」
「魔物…」
「魔物は人を襲い、森を荒らし、食物を奪う。今は騎士団と各地の自警団で抑えているが、このままの勢いではいずれ止められなくなるのは目に見えている」
魔物までいるとか、何てファンタジー。
本当にゲームの世界にでも迷い込んだみたいだわ。
「そこで我々は聖女という異世界からの召喚者を喚ぶことにした」
「聖女…」
「儀式の準備は万端だった。魔力の感知もできていた。しかし、召喚の間に聖女は現れなかった」
宰相様が国王様の話を引き継いで当時の状況を教えてくれるが、それと私に何の関係があるのか結びつかない。
まさか、私が聖女様と間違って迷い込んだとかそういうこと?
宰相様の話によると、召喚の儀は昨夜遅くに行われ、儀式自体は成功したはずだった。
その時に召喚の儀に当たったのがここにいるローブの人達だそうだ。
確かに召喚の手応えも魔力も感じ取れるのに何故か本人はいないため慌ててみんなで王宮中を探し回っていたらしい。
結局どれだけ探しても王宮の中からは見つけられず、捜索範囲を市井にまで広げようとした所で騎士団から迷い人を保護したとの連絡があったとのこと。
そして今、私の魔力が召喚したはずのその聖女様の魔力ととても似ている、と。
そんなことある?
「私は魔力なんてありませんが…?」
「いいえ、確かにありますよ」
産まれてこの方、魔力という概念のない国に育ち、触れたことすらない自分に魔力があると言われても俄に信じ難いもので。
大体、平凡な女子専門学生が聖女なんて大それたものであるわけがない。
なのに宰相様は否定する。
内心で頭を抱えていると、ローブの人が鏡台くらいの鏡を持ってきた。
鑑定鏡と言うらしい。
「鏡を見ながら『鑑定』と言ってみてください。鑑定鏡は魔力がないと反応しませんので」
「…わかりました。…『鑑定』」
鏡に映る自分に向かって呟いてみる。
すると突然鏡が眩く光り、それまで自分が映っていたはずの鏡の中には自分の情報が文字になって浮かび上がっていた。
島崎佑花 Lv 30
属性 : 光 闇
HP 1500/1500
MP 5590/5600
スキル : 属性魔法無効化 状態異常無効化 迎撃
(中) 魔法付与
状態 : 少し疲れ気味
何これ。
っていうか、私Lv30もあるんだね。
若干の現実逃避をしながらステータスを見てポカーンとしていると、どうやらこのステータスは映し出されて他の人にも見えているようで、周りもみんなポカーンとしてた。
「ええぇ!? Lv30でMPが5000越えは有り得ない…!」
「何だあの最強スキルは…!」
国王様の前といえど動揺を隠しきれない騎士さんやローブの人達がざわめき出す。
私にはよくわからないけど、どうやらすごいことらしいのは何となくわかった。
「静かに!」
宰相様の一言でどよめきはピタッと止まり、それまで黙っていた国王様が立ち上がって真っ直ぐに私を見下ろす。
「異世界からの救世主、聖女様。どうか力を貸してもらえないだろうか」
…何だか頭が痛くなってきた。
読んで下さってありがとうございます!
誤字脱字等ありましたらお知らせいただけると嬉しいです。