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友人

本編に戻ります。

「どうぞ」


 冷えたティラミスをアルバート様の前に出すと、とても嬉しそうな顔をしていた。

 こっちに来てからいつも思うけど、この国の人って本当に甘い物が好きなのね。


 自分もテーブルを挟んで向かいに腰掛けて食べようとすると、アルバート様がこっちを見ていることに気付く。

 何かあったのかなと思いつつもティラミスを掬って口に入れた。


 うん、ほんのり広がるコーヒーの苦味がさっきまでの甘いケーキの後味を壊すことなく口の中をさっぱりさせてくれる。


 ティラミスの余韻を楽しんでいたらアルバート様も同じように掬って食べ始めたので、きっと何層にもなっているティラミスをどう食べたらいいかわからなかったんだろうなぁ。

 今は一口食べて目を見開いている。


「ん! これは先程のけーきと違って少し苦いのですね」

「それがコーヒーの風味なんですよ」

「これが…」

「良かったらコーヒーも別に飲んで比べてみますか?」

「宜しいのですか?」

「はい」


 このマイキッチンには有難いことにティーセットもミルもドリッパーも揃ってるからすぐに淹れられるしね。


 コポコポとドリッパーにお湯を注いで待つ。

 本格的な淹れ方なんて知らないけど、十分美味しいんです。


「いい香りですね」


 香りは好きなのにあまり飲んでないってことは、苦いのが好きじゃないのかな?

 でもティラミスは美味しいって言ってるし、苦すぎなければいいのかもしれない。


 そう思って、コーヒーと一緒に砂糖とミルクを小さなカップに入れて添えてみた。


「これは?」

「お砂糖とミルクです。苦いのが得意でない人はこれで少し甘味をつけて飲むと美味しいんですよ」

「そうなのですね」


 アルバート様はティーカップを優雅に持ち上げ、そっと口をつける。

 いや、本当に優雅な仕草ですね。

 さすが貴族様。


 けれど、一口飲み込むと何やら首を傾げて更に一口、とカップを煽っている。

 どうしたんだろう。


「これは本当に珈琲なのですよね?」

「え?」


 真面目な顔で急にそんなこと言われて私が逆に首を傾げることに。

 何が気になったのかと聞いてみると、以前一度だけ飲んだものと全然違っていたという。

 それはとても苦くて飲めたものじゃなかったらしい。

 原因としては豆の種類とか挽き方もあるとは思うけど、こっちではそんなに飲まれていないってことは種類もあんまりないと思うんだよね。


「それは淹れ方かもしれないです。沸騰したてのお湯を注いだり、抽出の間隔が開きすぎると苦くなるそうですよ」

「淹れ方でしたか」

「私は特に薄めたりしていませんので、このコーヒーが大丈夫であれば恐らくそうかな、と」

「この珈琲は美味しいですよ」


 それは良かった。

 私はコーヒーを淹れるのが特別上手いわけじゃないけど、美味しいスイーツには美味しいコーヒーが欲しいよねとパパとママと色々試した結果が今の淹れ方なので、美味しいと言ってもらえるのは嬉しい。


 アルバート様はコーヒーとティラミスを比べたり、砂糖やミルクを足したりしては頷いたり目を細めたりしていて、何だか思っていたよりも表情豊かな人なのだと見ているこっちも楽しくなった。

 いつも優しくて穏やかに笑っている方だと思っていたから少し意外だなぁ。



 そうしてまったりとしたティータイムが終わりに近づいた頃、私はずっと気になっていた「侍女殿の代理」とは何だったのか聞いてみることにした。


「そのままの意味ですよ。先程部屋を後にして騎士団に戻る途中で侍女長殿にお会いしまして」

「ラミィですね」

「慌てた様子だったのでどうしたのか尋ねると、ユーカ殿を迎えに行かなければならないが急に体調不良の者がでてしまったためそちらにも行かないといけなくなったと」

「えっ、侍女さん大丈夫!?」

「ですので、代理を申し出たのですよ」

「そういうことでしたか…」

「この後は特に予定もありませんでしたからね」


 暗に「貴女の言う通り暇だったので」と言われている気がしてならない。

 その節は大変失礼致しました…


 そんな訳でここにいるというアルバート様だけど、要するにラミィの代わりにお迎えに来てくれたってことなんだよね?

 それにしてもゆっくりしてるけどいいのかな?

 さすがにあまり長時間引き留めるのは申し訳ないし、男性と二人なんて状況に慣れてないからどこを見ていいかわからなくてすぐに目線が泳いでしまう。


 緊張するし目が泳ぐ割にはアルバート様とお話するのは楽しいんだけどね。

 多分、雰囲気が好きなのかもしれない。


 と、そこでふとさっきアルバート様に言われた言葉を思い出した。




『私では不足ですか?』




 …不足なわけが無い。

 こっちに来て初めて出会った人で、噛み合わない私の話を否定せずに最後まで聞いてくれた人。

 いつも優しくしてくれて、話を聞いてくれて、お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなって思ってた。

 こんなイケメンな兄がいるわけないけど。


 ただ、私が素直に甘えられない理由はなんだろうって考えた時に真っ先に出たのは「私には何も返せない」だった。


 アルバート様は優しいからこうして気にかけてくれるけど、それがずっととなったら絶対疲れてくる。

 今は私がこっちに来たばかりだからいいけど、ここに慣れて一人でも過ごせるようになったら…その時、アルバート様が離れていってしまったら…


 一方的な関係はいつか終わりが来る。

 与えられるだけじゃなくて、相手にも何かを与えられる人になりたいと思っていたのに、いざ私がその場面になっても自分に出来ることが何も思いつかなくて悔しい。



「…アルバート様」

「どうされましたか?」

「先程の、お話、なんですけど…」

「ええ」


 しどろもどろに話し出す私を急かすことなく聞いてくれるアルバート様に甘えて、私はまとまらないながらも今考えていたことを伝えてみた。

 それでどんな反応をされるかはわからないけど、なぁなぁにするわけにはいかなかったから。




「………なので、お言葉に甘えさせていただく代わりに私にできることはありませんか?」


 望まれてもないことを勝手にやって自己満足で終わるよりも、相手に直接聞いた方が確実だと直球で聞いてみるとアルバート様は少し困った顔をしていた。


「つまり、無条件では受け入れられないということですね。私としては先程申し上げた通り、ニホンのことをお話していただいたり甘味をご馳走になるだけで十分なのですが…」

「日本の話は聞いて下さるのなら私からお願いしたいですし、お菓子も私のスキル検証にお付き合いいただいているだけですから」

「ふむ………それでは、偶にで結構ですので私の話も聞いていただけますか? それと、検証とは別に甘味を優遇していただけたら嬉しいです」


 おどけたように笑うアルバート様につられて私も笑って了承する。

 アルバート様の話は聞いてみたいし、お菓子は私が作りたいから問題ない。


 こうして私にとっては好条件な対価で話はまとまった。






「では、私のことは友人と思って接して下さいね」

「あ、えっと、はい」

「ニホンでは友人とどう接するものなのですか?」

「うーん……日本だとこちらよりも精神的な距離が近いかもしれません」


 こっちでは物理的距離は近くてもどこか他人行儀というか、マナー重視なところがあるように思う。

 日本ではエスコートなんてないし、言葉遣いだって全然違うしね。


 アルバート様は「精神的距離……」と呟いて何か考えているようだけど、感じ方の問題なのでそんなに深く悩まないでほしいです。


「想像がなかなか難しいですね。ユーカ殿、私をニホンの友人と思って接してみていただけませんか?」

「えぇ!? いや、それは無理です!」

「何故?」

「こちらで日本での接し方をしたらマナー違反どころじゃないくらい失礼に…!」

「ここには私しかいないから大丈夫ですよ」

「無理ですー!!!」






 結局アルバート様は退いてくれず、私は恐る恐る普段の話し言葉で喋ってみたのだが、怖くてアルバート様の顔は見れなかった。

読んで下さってありがとうございます!

まずはお友達からってところですかね。何気にアルバートは意地悪だということが判明しました。

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