困惑
ようやく異世界(恋愛)が少し仕事をしますよ!
「アルバート様はお暇なんですか?」
「え?」
しまった、と思った時にはもう遅い。
アルバート様はこちらを振り返って大きく瞬きをしていた。
私の悪い癖。
それは、無駄に色々考えるくせに途中で面倒くさくなって本能に任せた言動をしてしまうこと。
日本にいた頃はよくやらかしててそれで友達と拗れてしまうこともあったけど、大半が「ぶっちゃけすぎてて面白いんだけど」と気を悪くすることなく笑ってくれてたのに助けられていた。
今思うと周りの人達に恵まれてたんだろうなぁ。
でもこっちに飛ばされてきて、家族も友達も誰もいなくて、自分一人で何とかしないといけないんだってちゃんと気をつけてたはずだったのに。
何で今になってやらかすかな!?
まだまだこの国に慣れたわけじゃないけど、大好きなスイーツを好きに作れるようになって気が緩んだ?
大体、「お暇なんですか?」って何言っちゃってんの!?
騎士さんが暇なわけないじゃん!
さっきまでお忙しいだろうから…とか思ってたのはどこいった!?
いや、こんなこと考える前にとにかく謝らないと!
慌てて失言を謝罪し勢いよく頭を下げると、何やらアルバート様は笑っていた。
あれ? 怒ってない…?
「ああ、失礼しました。それが貴女の素顔だったんですね」
「ああもう、すみません…」
「構いませんよ。確かに私は暇ですからね。間違っていません」
「え? でも、………ん?」
そうは言われても申し訳ないし恥ずかしいしで顔を上げられずにいると、ポンっと頭に温かい何かが乗せられた。
そして、ふふっと笑うアルバート様。
………頭!!!
待って、頭撫でられてる!?!?
男の人に頭撫でられたことなんてパパや親族以外にない私が!?
何で!?
どれだけ頭をフル回転しても状況の理解が追いつかず、ただただ混乱して硬直する私を特に気にした様子もなく、アルバート様は優しく頭を撫で続けている。
「ユーカ殿は見知らぬ場所で、誰も頼る者もいない中、ずっと気を張っていたのでしょう」
「あ、あの、」
「貴女が頑張っていることはちゃんと知っていますよ」
「え…?」
そんな風に言ってもらえると思ってなくて勢いよく顔を上げると、アルバート様はさっきと違って穏やかに微笑んでいた。
あ……そっと頭から離れていくぬくもりが、何となく寂しい。
そう思った時には目から大粒の涙が零れ落ちていた。
「…お見苦しいところをお見せしてすみませんでした……」
止まらない涙を手でゴシゴシと強く拭っていたら、アルバート様がハンカチを差し出してくれた。
それに私が落ち着くまでずっと優しく背中を撫でてくれていて、ふと我に返った今は申し訳無さで穴があったら入って頭から埋まりたい気分です。
「お気になさらずに。もう大丈夫ですか?」
「はい……あの、ハンカチは洗ってお返しします」
「ああ、そんな事せずともそれは差し上げますよ」
「いえ! そういう訳には!」
醜態を見せたというのにアルバート様の態度は全然変わらない。
それはとても有難いのだけれど、落ち着いて思い返すとどうにも居た堪れなくて目が合わせられない。
どうにか話題を変えられないだろうかと必死に考えいるものの、何も思いつかなくて結局下を向いた。
それにしても、まさか自分が泣くとは思わなかったなぁ。
アルバート様の言うように気を張っていたのは確かだし、寂しい気持ちももちろんあるけど。
突然聖女だなんて言われても何か出来ることがある訳でもなくて、自分なりにやれることをしようと思ってたけど裏目に出ることばかりで。
今はスキル解析のためにお菓子作りばかりしているけど、毎日魔法の練習やマナーの復習は欠かさずやっている。
それは誰かに褒めてもらいたいとかじゃなくて自分のためだけど。
それでも、自分なりに頑張っていることを誰かに認めてもらえたのが嬉しくて、誰も知り合いがいないこの国で自分を見ていてくれる人がいることや、今の努力が無駄じゃないって思えて安心したのかもしれない。
そんなことを言われても困ってしまうだろうから言わないけどね。
「ユーカ殿には気を抜ける場所はありますか?」
「え?」
私が自分の気持ちの整理をつけ終わる頃、アルバート様が問いかけてきた。
気を抜ける場所?
寝室とか?
「貴女は一人でも打開していこうとする強さを持っている。それはとても素晴らしいことですが、そこに不安や弱音を吐き出せる者は必要ありませんか?」
アルバート様は心配してくれているのだろう。
私が不安に思っても頼る場所もなく溜め込んでしまうことを。
その心配はとても有難いし、遠慮なく話せる相手はできるならやっぱり欲しいと思う。
それこそラミィだって話を聞いてくれるけど、あくまで侍女だから立場が邪魔をして踏み込んだ話まではしてくれないだろう。
そういう意味ではツァーリ様辺りは相談に乗ってくれるかもしれないけど、とにかくお忙しい方だから魔法に関わること以外で頼るには気が引ける。
話しやすさで言ったら気のいい騎士団の人達かな、とも思うがそんなに面識がない。
そして気づいた。
貴族社会でお友達ってどうやって作ればいいんだろうか。
マナー講義での話を思い出してみると、二十歳前後の人はほとんどが適齢期で結婚して領地を治めているという。
もしくは騎士団だったり魔道士団だったりで働いているらしい。
いっそ市井の女の子でもいいんだけどなぁ。
私も元々一般庶民なんだから逆に貴族の方がかけ離れてると思うの。
でもまず市井に気軽に行けないから難しいのも理解してる。
そうなると出会いの場って無くない?
私がよっぽど絶望的な顔をしていたのかアルバート様はこちらを見て困ったような表情をしていたが、すぐに笑って目の前に手を差し出された。
エスコート?
でもどこに?
意図が読めず目をぱちくりさせてアルバート様を見ると、「私では不足ですか?」と小さく首を傾げた。
どういうこと?
「私はただの騎士ですが、話を聞くことはできますよ。本来であればこういった役目は女性同士の方が良いと思いますが、貴女は聖女様という立場上あまり公に接触を取れる者は少ないでしょう」
「そう、ですよね…」
「私ではお力になれることは限られますが、貴族とか聖女とか忘れて貴女らしく気軽に話していただいて構いません」
「でもそれではアルバート様にご迷惑が、」
「私のことを気にかけていただけるのでしたら、またニホンのことを教えてください。それにユーカ殿の甘味もあったら最高ですね」
「アルバート様…」
どう考えたって私を気遣って言ってくれているのはわかってる。
日本のことを話したってアルバート様が楽しいのかどうかもわからないし。
それでも、何より気持ちが嬉しかった。
「手始めに、このてぃらみすというものが気になります」
「ふふっ、食べていかれますか?」
「えぇ、是非」
どうしてアルバート様がこんなに気にかけてくれるのかなんてわからないし、最初にお会いした時に話したことを覚えていて境遇を不憫に感じて声を掛けてくれているのかもしれないけど、そもそも「どうして」なんて言えるほど私はアルバート様のことを知っているわけじゃない。
それは他の人にも言えることで、私は周りの人達のことを知ろうとしてこなかったんだなってふと思った。
表面上の会話なんて誰とでもできる。
だけどこれまでずっと気を張り続けていたのは、知らず知らず自分で自分の殻に閉じこもっていたからじゃないか。
周りのことを知ろうとしないで、周りを信用しきれていないから私は「一人」の意識が強かったのかな。
アルバート様に「誰も頼る者もいない中」と言われて納得してしまった。
私は、自分では周りに頼っているようでも実は距離を置いていたんだと。
踏み込まず、踏み込ませず、適度な距離。
そういえばこれまでアルバート様以外に日本の話をしたことも、過去を聞かれたこともなかったな。
…私はアルバート様に甘えてもいいんだろうか。
読んで下さってありがとうございます!
アルバートは基本興味のないものには一切関わりませんが、自分が興味を持ったものには積極的に関わっていこうとするタイプという裏設定があります。
佑花に興味を持っていますが、恋愛感情がなくてこの距離感って。ちゃんと恋愛感情持ったらどうなるんだろう。




