実験②
クッキー検証の続きです。
魔力の流れを感じられないままに作り上げたプレーンクッキーには、以前と同じHP最大値の上昇が確認された。
「どういうことなんでしょう…」
「私にもわかりませんが、他の種類も試してみましょうか」
「はい」
すでに焼き上がっている他のクッキーを取り出す。
その間に別の種類のクッキーを作るため、私は手を止めずにツァーリ様の様子を観察していた。
「…複数を私一人となると、効果の発動時間が読めなくて時間のロスが大きいですね。侍女殿、魔道士団から五名程こちらに寄越すよう伝えていただけますか?」
「畏まりました」
部屋の隅で待機していたファーラがツァーリ様に一礼して部屋を出る。
けれどすぐに戻ってきた所を見ると、他の侍女さんにお願いしたのかな。
あれ? そういえば…
「ツァーリ様」
「どうしました?」
「ちょっと疑問に思ったのですが、大きさで効果って変わるんでしょうか?」
「大きさ……あるかもしれませんね! 今から大きいものも作れますか!?」
「は、はい、生地はまだ残ってるので」
「ではお願いします!」
二つ目のクッキーを食べて検証中のツァーリ様にふと思いついた疑問を投げかけてみると、昨日に引き続きまたしてもスイッチが入ってしまったらしい。
急にトーンアップするツァーリ様についていけず、引き気味の私。
仕方なくない?
さて、別の種類を焼く前にさっきの五種類の大きいものを焼くことにして、次は何を入れようかな。
シンプルにソルトクッキーとか、コーヒークッキーとか、メープルやセサミ、チーズなんかもいいかもしれない。
人参やかぼちゃだって入れれるし、チョコがけするのも美味しいし。
クッキーって考えようと思ったら無限に出来ると思うんだよね。
やっぱりお菓子を作るのは楽しいから、実験のために作ってるとわかっててもウキウキしちゃう。
作れるだけ作れって言ったのはツァーリ様だから、どれだけ出来上がっても文句は受け付けませんよ。
そうしてひたすら生地を作っては焼く作業を繰り返していると、扉の向こうからノックの音が聞こえてきた。
侍女さんか、魔道士団の人達かな?
ツァーリ様は自分で実験した記録をまとめるのに忙しそうだし、ちょうど手が空いたからと扉を開けてみるとそこには騎士団の人達がズラリと。
あれ?
魔道士団の人達は?
「えぇと…?」
「聖女様! お手伝いに参りました!」
「どうぞ我らをご自由にお使いください!」
「えぇ!?」
「団長からの指示で、これから毎日五人ずつ参ります!」
「統計を取られるのであれば人数が必要だろうとのことです!」
「よろしくお願い致します!」
「え? え?」
「おやおや、それは助かりますねぇ」
相変わらずの騎士さんの圧に押されて戸惑っていると、それまで集中していたはずのツァーリ様がいつの間にか後ろにいた。
気付かなかったし、ちょっと怖いです。
すぐに部屋に招き入れると、ツァーリ様は早速騎士さん達に実験内容と統計のとり方等を説明し始めている。
私も作業台に戻る前に扉を閉めようと思って振り向くと、今度は魔道士団の皆さんが困っていた。
「あの…副団長に呼ばれて来たのですが…」
「あ、はい。どうぞ」
「そこの騎士団の方々は…?」
「騎士団の団長さんの指示で来られたそうです」
「…私達要ります?」
それはそう思うよね。
呼ばれたから来てみたらすでに違う人達がいて、呼んだ本人はそっちで指示出してるし。
でも多分要ると思いますよ。
そこはツァーリ様の管轄なので、私は魔道士団の人達も到着したことを伝えて自分の仕事に戻る。
お、大きめクッキーが焼けたみたい。
少し冷ましてからそれぞれお皿に取り分けて次のクッキーを焼く。
今日はこの作業のエンドレスだ。
魔道士団の人達もツァーリ様から指示をもらってクッキーを食べて自分のステータスを確認しているんだけど、前回は個数の関係で魔道士団には差し入れをしていなかったからすごく興味深そうに食べてるのが印象的だった。
味や食感は皆さん気に入ってくれてるみたいなんだよね。
こうなると次はマドレーヌか……それだとベーキングパウダーがないと膨らまないから無理かなぁ。
となるとフィナンシェやカップケーキ、パウンドケーキは難しくなる。
だったらチーズケーキとかは?
いや、それも布教するには分けにくい。
マカロンでもいいけど、好き嫌いが分かれるものだからもっと一般受けするものがいいよね。
うーん……そうなると………ブラウニーとかいいかもしれない。
一口に小分けして配ればいいし。
焼き菓子じゃないけどプリンも作りたいし、アイスもいいなぁ。
作りたいものがありすぎて悩んじゃう。
そんなことを考えながら作ったのが悪かったかもしれない。
何故か焼きあがったクッキーでお菓子の家が出来上がってしまった。
しかも溶かしたチョコで接着済み。
何してんだ、私。
「ユーカ殿、次は……って、何ですかこれ」
「す、すみません。気づいたらつい…」
「芸術的ですが、もしやこれは…」
「全部クッキーです…」
「……………これは対象外にしましょうか」
「…はい……」
さすがにツァーリ様も引いた。
私も自分で自分の珍行動に頭を抱えているので見なかったことにしていただけると有難いです…
それにしてもこのお菓子の家、どうしよう。
これにも何かしらの魔法付与がされているだろうと考えると、下手に人に渡す訳にもいかないし。
せっかく作っちゃったけど、後で自分で食べることにしよう。
お菓子の家はそっと横に避けて、新しく作った種類のクッキー達を差し出した。
今日の検証の結果、クッキーの大きさはあまり関係がないことがわかった。
「あくまで誤差の範囲ですね。複数枚食べても効果はほぼ同じでした」
「やっぱり違いは種類なんですね」
「ええ。それから、種類によって効果の大きさも変わることがわかりました」
「効果の大きさ?」
ツァーリ様が言うには、例えばプレーンの効果がHP最大値上昇(小)だったとするならメープルは(中)というように上昇率が違うのだとか。
同じパターンで、アーモンドのMP回復を(小)とするならセサミは(中)だったようだ。
私はてっきり全く違う効果が出るかと思っていたから、今日作ったクッキーがどれも同じ効果で効果の増減があっただけというのが驚きだった。
つまり、クッキーはHP、MPの回復、最大値上昇、身体強化の効果(種類によって効果の大きさが違う)ということらしい。
勢い余って二十種類くらい作ったけど、中には全く同じ効果のものもあった。
効果の長さは昨日ツァーリ様が調べた通り三時間程度。
効果が出るまでの時間はやっぱり個人差が大きいみたいで統計は取れず。
効果が切れる前に違うものを食べると上書きされるようで、前のものの効果は切れて新しいものの効果が発動することもわかった。
それでもたくさんの協力があったおかげで、今日だけでクッキーの効果はほぼわかったし収穫は大きいよね!
結局私がどうやって魔力付与しているのかはわからないままだけど。
後でツァーリ様に見てもらったら、作業中の魔力の流れは全く感じられないのに、作った生地にはすでに魔力が込められていたんだって。
そうなると、どこかに付与のタイミングがあるのかもしれないとのこと。
作る工程の一つとか…?
まぁ今は考えたってわからないんだし、それはこれから調べていけばいいよね。
読んで下さってありがとうございます!
投稿済みの誤字をいくつか訂正しております。
誤字脱字等お気付きになられましたらお知らせ頂けると嬉しいです!




