充実
無事に閉店できそうです!
昼の鐘と共に開店して、今は恐らく夕の鐘がそろそろ鳴るだろうという頃。
ショーケースの中はさっき一通り補充したけれど、時間的にもこれで終わりにしようと思って私は調理器具の片付けに入っていた。
今日は本当にたくさんの人が来てくれたなぁ。
顔見知りの騎士さんや侍女さんをはじめ、料理人さんや文官さん、それに団長さんにセルトリア様に宰相様まで!
しかも皆大量に購入してくれるものだから、作っても作っても追いつかない状態だった。
今日は一日限りのプレオープンだったから物珍しさで来てくれた人も多いだろうし、毎日開店していれば分散するとわかっていてもこんなに忙しいものかと大きく息を吐き出す。
でも、それはつまりそれだけの人がお菓子に興味を持ってくれているってことだよね!
この国にお菓子という文化を広めるという計画が着々と成果を出しているように思えて、私も忙しいだなんて弱音を吐いている場合じゃないと気合いを入れ直した。
今日のプレオープンを元に、今度はいつから本格始動するかも考えないと。
「ファーラ、アリエス、ありがとう! 後は私がやるから向こうでお茶してて~」
「いえ、閉店しましたらゆっくり頂きますわ」
「私もそうさせていただきます。ユーカ様こそお休みになられて下さいませ」
「ありがと。でも大丈夫!」
まだ並んでくれている人もいるし、今ショーケースにある分が売り切れたら今日はおしまいにしようと声を掛けて片付けに戻る。
ある程度片付いたら二人のフォローに回ろう。
そう思って手を動かしていると、入口の辺りに見覚えのある後ろ姿を見つけた。
ううん、見覚えがあるなんてものじゃない。
後ろ姿だって間違えないよ。
「アルバート様!」
「…ユーカ」
見つかったか、と少し気まずそうに笑うアルバート様の元に駆け寄る。
もしかしたら様子を見に来てくれただけで、閉店するまで待ってくれるつもりだったのかもしれない。
そうだとしたら気遣いを無駄にすることになっちゃうけど、わざわざ来てくれたことが嬉しくてつい声を掛けてしまった。
小走りな私に、走ると危ないからとアルバート様もこっちに向かって来てくれる。
並んでくれている人に悪いと思いながらも、アルバート様は買いに来た訳じゃないからいいかと中に招き入れ、奥のテーブルで待っていてもらうことに。
まだ忙しいだろうから自分のことは気にしなくていいと言ってくれるアルバート様に甘えて、コーヒーだけ出して片付けに戻ったのだけど。
「ユーカ様はクライス様とゆっくりなさってください!」
「あとは私達にお任せ下さいませ!」
「で、でも…!」
「せっかくクライス様がお越し下さったのに放っておくなんていけないですわ!」
「ええ、そうですわ!」
…と、戻ったら戻ったでファーラ達に追い返されてしまった。
えぇと…どうすれば……?
困惑する私を他所に二人はそれぞれの仕事に戻っている。
お言葉に甘えてアルバート様の所に行くべきなんだろうけど、侍女さん達は私のために手伝ってくれているというのに当の本人が休憩していていいものなのか。
変な所で頭が固い私はなかなかその場から動けずにいたのだけれど、それも束の間の話で。
結局、その一部始終を見ていたアルバート様に連れられる形で応接セットに戻されることになった。
「こういう時は好意に甘えてしまおう」
「うぅ…」
「無下にするのはユーカも本意ではないだろう?」
「はい……」
大人しく席につき、自分の分のコーヒーも入れて大きく息を吐く。
何だかんだ一日中立ちっぱなしだったから、一度座ると疲労を実感するなぁ。
ファーラなんて侍女さんの仕事もこなした上でお店まで手伝ってもらっちゃったから、きっと私の比じゃないほど疲れてるよね…
あとで盛大に労おう。
あ、前みたいに私付きの侍女さん達を集めて皆の好きなケーキを焼いてお茶しようか!
うん、そうしよう。
ラミィに相談しなくちゃ!
それに、この間偶然にも白玉粉が手に入ったのにまだお団子を作れていないからそれも作って皆に食べさせたい。
もちろんアルバート様にも。
「今日はどうだった?」
いつもの穏やかな笑みを浮かべてコーヒーを啜るアルバート様に、私は何だか安心して力が抜けてしまう。
「うん、楽しかった」
自分でもへにゃりと口元が緩むのがわかる。
忙しかったけど楽しかった。
一日中お菓子を作っていられたことも幸せだったし、お客様がショーケースに並んだケーキをキラキラした目で見てくれていたこと、どれも美味しそうと悩んでくれたこと、結局決められなくて大量に購入してくれたこと、お店が開店するのを楽しみに待っていたと声を掛けてもらえたこと、今日はプレオープンだけど本格的にお店を開けたらまた来ると言ってもらえたこと。
嬉しかったことも楽しかったこともまだまだたくさんあるけど、とにかくやってみて良かったと思える一日だった。
めちゃくちゃ充実した一日だった。
「そのようだね。その晴れ晴れとした表情から伝わってくるよ」
「すごく忙しかったけどね」
「ディガーが先程ここに来た時の話をしてくれたんだが、随分と列を成していたそうだね」
「有難いことにずっと行列だったんだよ。しかも皆さん一人一人が買う量すごくって」
「皆、甘い物に目がないからな」
「作っても作っても全然追いつかなくてビックリしちゃった」
相槌を打ちながら話を聞いてくれるアルバート様に、今日一日のことをつらつらと口にする。
ほぼ毎日会っているし、今朝も開店前に顔を出してくれたから話すのはお店の営業時間中のことになるけれど。
あ、でもこれは言っておきたいなぁ。
「あのね、アルバート様」
「どうした?」
「今日、休憩中に来てくれたでしょ?」
「ああ」
「本当はね、少し不安だったの」
売れるかどうかはこの際どうでもよかった。
それはこの国にどこまで浸透したか、興味を惹き付けられたかのバロメーターだから。
だから、そこは気にしていない。
それよりも、異国から来た私が作るものがこの国の人達に本当に受け入れてもらえるのか。
これまでも差し入れしたりして少しずつ広まっていたのはわかっているけど、買ってまで食べてみたいと思ってもらえる程の興味を引けたのか。
買わなくてもいいから、一度お店に足を運んでもらえたら。
その中でもし気になるものがあったならと、それくらいの気持ちだった。
何かを始める時は不安が付き纏うものだけど、ましてこの国では日本と違って色々な規則が確率されていない。
日本だったら、パティシエの資格をとったり、栄養士の資格をとったり、取引の契約をしたり、やらなきゃいけないことはたくさんある。
でもこの国にはそもそも資格というものが存在しないらしい。
そうなると色んなものが緩くなるわけで。
規則に厳しい国で育った者としては、逆に不安になるものなんです。
でも、そんな不安もアルバート様の顔を見てき、キス、されて、大丈夫って励ましの言葉をもらって。
それでいざ開店してみたら、思ったよりも落ち着いて動けた自分がいた。
「きっとアルバート様の顔を見ないまま開店してたら、私はもっともっと慌てて頭が回らなくなってたかもしれないなって」
「ユーカ…」
「だから、会いに来てくれて心強かった。ありがとうって言いたかったの」
こんなことを直接伝えるのは少し照れるけど、私もなるべくちゃんと言葉にしていかないといけないと思うから。
いつもアルバート様に言葉を貰うだけじゃなくて、なるべく返していかないと。
そう思って口にすると、アルバート様が頭を抱えて盛大な溜め息をついた。
え、何か変なこと言ったかな…?
「あ、アルバート、様…?」
「ユーカ…………頼むからそんな可愛いことを今言わないで」
「え?」
「そういう事は二人きりの時にしてくれないか」
「え、えぇと…?」
「まだ人が居るというのに、私はこの愛しいという衝動のままに貴女をこの腕に抱き寄せて唇を奪ってしまいそうになる」
「なっ、…え!?」
「しない。今はしないよ」
けれど、次はわからないから。
そう言って再び大きな溜め息をつくアルバート様に、私は何を言われたのか飲み込みきれなくて口をパクパクさせるしかない。
自分ではただお礼を言いたかっただけで、何がアルバート様に刺さったのかわからないけど、今後は発言のタイミングは注意しようと混乱している頭で一生懸命頷いていた。
読んで下さってありがとうございます!
アルバートが来るとすぐにいちゃつきますね笑
でも書いてる方は楽しいです♪
せっかくハロウィンのタイミングなんだからかぼちゃの話にすればよかったかな←




