開店
開店まで長かったなぁ…
バタバタではあったけれど、何とかお昼の鐘の前に開店の準備は整った。
どれくらいのお客様が来てくれるかわからないけど、多くても少なくてもそれが今この王宮内のお菓子文化への興味のバロメーターだと思う。
どっちにしたって国全体に今まで無かった文化を広げようっていう方が難しいのはわかってるからね。
ツァーリ様やアルター様は顔を出してくれるって言っていたから、どうせならショーケースから色んな種類のケーキを選べる楽しみが伝わればいいなぁ。
「………あ、鐘だ」
「では扉を開けておきましょうか」
「うん、お願い」
いつもは扉を開けっ放しなんてことはもちろんしないけど、今日は特別。
“お菓子屋さんオープンしまーす”なんて言ったって、それがどんなものかわからなければ入りづらいだろうし、中が見えた方が興味を引かれて来てくれる人もいるかなって魂胆です。
半分わくわく、半分ドキドキでラミィとファーラが扉を大きく開け放つと、そこにはすでに何人もの人が列を作って待ってくれていた。
「わ、こんなに…!」
「順番に御案内致します」
「先頭の方からこちらへお願い致します」
私も最初は慌ててケーキを作る必要もないので、ファーラが注文を取ってくれている横でそのケーキを箱に詰めていく。
よ、予想してはいたけど、一回の注文数が多いね…?
この国の人達は甘いもの大好きだから、浸透してくれたらホールで買ってくれる人も出てきそうだなんて思っていたけど、まさか初回からこんなに一気に買ってもらえるなんて。
だって、大半の人は私が差し入れした時しか食べる機会がないはずだから、皆は食べたことがないようなメニューもあるんだよ?
それこそラミィの好物のミルフィーユなんて、まだ箱も出来てなかったから型崩れの面でも差し入れに向いてなくて、多分侍女さん達とお茶した時くらいしか作ってないと思う。
にも関わらず、まだ五人目の箱詰めだというのにすでに二種類のケーキがショーケースから無くなってしまっている。
ミルフィーユもね。
「ファーラ、ごめん! ケーキ追加してくるからココお願いしてもいい?」
「勿論ですわ」
予想外の消費スピードに、これは今並んでいる人達の分だけでも在庫が足りなくなりそうで慌てて追加のスポンジやパイを焼き、冷蔵庫で冷やしてあったケーキをカットする。
もしかしたら個数制限をした方が良かったのかもしれないと思うほど、今の所全員が全種類+αを買ってくれているものだから、あれだけ念の為にって大量に仕込みをしておいたのにすでに不安だ。
プリンは余ってもアルバート様にあげたらいいかと思って大量に作ってあるし、チーズケーキはツァーリ様やミライズ様がお好きだからまだまだ作れるようにはしてあるけど、もう焼けるものから焼いて冷ました方がいい気がするよね。
まさか初っ端からこんなに忙しくなると思っていなかった私は、楽しそうにショーケースを覗き込むお客様の顔を見ては、もっとたくさんの人に広めたいと改めて強く思っていた。
「聖女様、お邪魔致します」
「これはこれは、大盛況ですね」
それからどのくらいの時間が過ぎたのか、いつの間にか仕込みに集中しすぎていたようで、ショーケースの前から聞こえてきた声に私はハッと手を止めてそっちを見た。
そこには笑顔で騎士の礼をとるアルター様と、こちらに向かって小さく手を振ってくれているツァーリ様の姿。
わ、お二人とも来てくれたんだ!
「いらして下さったんですね!」
「勿論ですよ」
「ありがとうございます! …それにしてもお二人が一緒にいるのは珍しいですよね?」
「そうかもしれませんね」
「偶々入口で御一緒しただけですが、確かにアルター殿とこうしてお会いするのは珍しいですね」
「ええ。ツァーリ副団長殿をお見掛けする機会はありますが、お声をかけるような用事がありませんからね」
「私も同じくですよ」
お二人の元へ行き、いつも通りのにこやかな雰囲気で言葉を交わす様子を見て貴族ってすごいなと改めて感心する。
私もコミュ障って訳じゃないはずだけど、普段交流のない人とこんな空気で気軽に話せないよ。
今もマナーレッスンで所作について先生に色々と言われるけど、エスコートと基本のダンスステップくらいしか身についてない私には到底無理な話だ。
…とはいえ、由緒あるクライス伯爵家の婚約者なのだからと言われたら、出来ないの一言で済まされないこともわかってはいる。
考えると頭が痛い………
けれど、アルバート様と離れるのも嫌なのだから、そこは何とか乗り切るしかないよね。
優雅に会話を続けているツァーリ様とアルター様を見ながら、私は一人意気込んでいた。
「そういえば、アルバートはこちらに来ましたか?」
「え? あ、はい。開店前の準備中に来てくれました」
「やはり……どうにかして抜けられないかと画策していたようですが、結局休憩時間に顔を出したのですね」
「か、画策…?」
「クライス殿は本当に以前のお人柄が別人かのようですね」
「全くです」
ツァーリ様とアルター様の分は私が注文を聞いて箱詰めするからとファーラにはその後のお客様をお願いし、ツァーリ様から全種類の注文を受けた所でふと思い出したようにアルター様が聞いてきた。
アルバート様……色々言われてますよ。
私も思ってることだから否定できないけど。
っていうかツァーリ様、全種類食べる気なんですか…?
それとも差し入れ…?
いや、この人だから全種類食べて効果検証しそうなんだよなぁ…
一つずつ箱に詰めながらツァーリ様の楽しそうな声と、アルター様の苦笑混じりの声に耳を傾ける。
「以前のクライス殿でしたら、恐らく時間を作って来られるようなこともなかったのでしょうね」
「ええ。そんな時間があれば剣の稽古をしていたでしょう」
「ユーカ様の効果は絶大ですねぇ」
「え、私?」
「そうですね」
「えぇ…?」
私はアルバート様に何かをした記憶はないし、逆に助けてもらってばかりなのにアルバート様の変化は私の効果だなんて言われてもピンと来ない。
ケーキを二つの箱に分けて入れ、プリンや焼き菓子を一つずつ取り分けながら首を傾げていると、アルター様がしみじみと語り始めた。
「アルバートは昔から本当に人に興味がありませんでした。私達同僚は同じ騎士であり、剣技を磨く仲間ということでそれなりに接していたようですが、アルバートの見目や地位を目的に近づいてくるような者にはどこか壁を感じさせる笑顔であしらっていたのです」
「そのようですね。どの御令嬢とも噂にすらならないと耳にしたことがあります」
確かにその話は聞いたことがある。
人に興味がないというよりは剣以外の全てのものに興味がなかったらしいけど、アルバート様自身も私の何に興味が引かれたのかよくわかってないみたいだし、本人がそんな状態じゃ私が分かるわけないし。
「私達の前ではよく言い寄られるのが面倒だと溜め息を零しておりましたが、まさかそんな男から恋愛事の相談をされる日が来るとは思いませんでしたね」
「おや、そうなのですか」
「ええ。他の騎士達が聖女様に好意を示そうものなら片っ端から牽制して回ってますから」
「それはそれは。愛されてますねぇ」
何となく口を挟みにくくて苦笑しながら聞いていたのだけれど、だんだん恥ずかしくて居た堪れなくなってきた。
アルバート様が私に真っ直ぐ好意を向けてくれてるのは疑ってないけど、まさか同僚さんからそんな話を聞くことになろうとは…
あぁもう、顔が熱いったら…
止まらないお二人からのアルバート様話に助けを求めようとラミィとファーラを目で探してみたけれど、二人とも忙しくてそれどころじゃなさそうだったので諦めた。
けど、ツァーリ様とアルター様は止まらないどころかどんどん加速していく。
アルバート様の変化が衝撃的だったのはもう十分わかったから、そろそろ本当に勘弁して下さい…!
読んで下さってありがとうございます!
開店したと思いきや、今度はツァーリとディガーという珍しい組み合わせの暴走でした。
佑花、頑張れ(笑)




