● 056 継戦ⅩⅠ/ラスト2
街が不思議と静かだ。
大通りや市場の喧騒がどこか密やかで、ソワソワとしているような。
嵐の前の静けさ…、あるいはお祭りの前々日くらいの、何かの火蓋が切って落とされる瞬間を待ち侘びているような雰囲気。
もうすぐ何かが起きるかもしれないという期待と不安。
ハンターギルドの人たちがあんな調子なので、もしかしたら街中の人たちも何かを感じているのかもしれない。
そんな空気の中心にエディ君と僕がいると、段々と気付かれ始めている。
もちろん、街の人たちは相変わらず優しい。
宿の女中さんはプロ中のプロだ。毎日のさりげない気配りが心に潤いを与えてくれる。料理長のサービスが一割増しの活力を与えくれる。
商店街の店員さんも、僕たちを特別扱いすることなく、子どもに対するように普通に接客してくれる。手を繋いで馴染みになったアパレルショップや本屋さんをぶらぶらと二人で巡る。それだけで幸せな気持ちになり、癒される。
最近だと特にカメラ屋さんが気になっている。エディ君も、僕を写真に撮りたいみたいなことをごにょごにょ言い訳しながら口にしていた。でも最低価格ウン百万という超高級品なので、エディ君がカメラを手にする日が来るとしたら、それは僕の密かな大願が果たされた後になるだろう。
ラストスパートを最優先とし、モンスターハントはお休み中。精神衛生上の理由で週に4日は白猫庵に足を延ばしてセーラちゃんとお喋りしている。最近はシフォンケーキがマイブームだ。
昨日なんか、お喋り中にギルド長のゼータさんがふらりと現れて、直々にオオイル山の資料を渡してきた。十分に詳細な地図と、鉄板ハンターの心得。
慢心せずにちゃんと読んどけよ、と年長者らしい忠告を残してゼータさんはあっさり帰っていった。
様子を見に来たんだと思うよ、とセーラちゃんがこっそり笑う。
セーラちゃんからは僕たちがどう見えますか、と少しギリギリな質問をすると、2人なら大丈夫だよ、と言ってくれた。
すっごく煌めいてる、と謎めいた誉め言葉を残して。
そしてトムもいつも通りで、穏やかな笑顔のまま、とても大切な事をごく普通のことのように伝えてくる。
「復興の手筈は整っています。どうかご存分に」
今以上のことは何も望んでいないと言わんばかりの全幅の信頼がくすぐったい。
少し詳しく話を聞くと、『ウィバクが解放されたことを示す大いなる光の柱が突如立ち現れると仮定して』テイガンド都市長や市議会、各ギルド支部長、有力者等と折衝を行い、しかもそれは既に完了しているとのこと。周辺都市との調整も問題なし。
ウィバク解放に至った後も偉い人達に挨拶したり話し合いをしたりする必要はなく、何ならそのまま雲隠れしても問題はないという。それはすごい。
「トムは、何か欲しいものや、僕たちにしてほしいことはありますか?」
「ほっほ。困りましたな。今まで生きてきた中で、一番難しい問題です」
「そこまでですか?」
「そうですとも。これ以上一体何を望めばいいのか…。爺にはとんと思いつきません」
「じゃあ…、とりあえずマッサージはどうでしょう」
「マッサージ、でございますか?」
「はい。肩たたきを…、するのは僕よりエディ君の方が適任ですね。エディ君。お願いできますか?」
「はい、喜んで」
「その、アキラ様、エディンデル様。爺には畏れ多く…」
「僕は手もみマッサージをしますね。力を抜いて楽にしててください。…痛くないですか?」
「トム。叩く強さはこのくらいでいいですか?」
「…はい。とても丁度いい手加減でございます」
皺だらけの、大きくて温かなお爺ちゃんの手に親指を当ててゆっくり押していく。もみ、もみ。
エディ君は優しい手加減で、高齢とは思えないくらい大きくて逞しい両肩に小さな手で肩たたきをする。とん、とん。
ちょっとぎこちない。肩たたきをするのは初めてなのかな?
でもそれは最初だけ。すぐにコツを掴んでどんどんリズムが良くなっていく。とんとん。エディ君、だんだん楽しくなってきたようだ。良かった。
僕も手もみに集中しよう。確かこの辺りにツボがあったはず。
もみもみ。とんとん。
裏手から元気な子どもたちの声が聞こえてくる。元気におしめ交換を訴える赤ん坊とはしゃぎ回る幼児たち。
もし迷惑じゃなければ、エディ君が大丈夫なら、一区切りついたらあの子たちにも会ってみたいな。もちろん天使としてではなくて、ちょっと年上のお姉ちゃんとして。
「……」
「……」
「…爺は、幸せ者でございます」
ふと見上げると、トムは静かに涙を零していた。ぽろぽろと大粒の涙を。それだけは子どものように。
「ずびぃっ!」
洟の啜り方も子どものようだった。思わずエディ君と顔を見合わせ、くすりと笑ってしまった。
「…ぐずっ…。ひどづだけ、ただひとづだけ、よろしいでしょうか…」
「はい。何でも言ってください」
「幸せになってください。どうか、エディンデル様。しあわせに…」
「…はい。ありがとう、トム」
「アキラ様。どうか、どうかエディンデル様をよろしくお願いいたします」
「はい。誓って。必ずエディ君を幸せにします」
「…うぅっ、ずずっ…! ふだづになっでじまいました…。もうしわげありません…」
「ぷっ…。トムならいくらでもいいですよ。ね? エディ君」
「はい。このくらいじゃ全然恩を返し切れていません。トムだって、無理をせずにゆっくり休んだり、我が儘を言ったり、ボクにしてほしいことを言ったりしてください」
「その通りでございますな…。まことに、まことに…」
それからずっと、トムは嬉しそうに涙を零し続けた。優しい柔和な笑顔で、ぽろぽろと。ずびずびと。
「長生きしてくださいね」
僕のその言葉はちょっと余計だったかもしれない。
だって、そう言った途端にトムがやおら立ち上がり、部屋の外へとすっ飛んでいってしまったからだ。
再びエディ君と顔を見合わせ、しばらくすると廊下の向こうから微かにトムの号泣が聞こえてきた。まるで、世界を揺るがす唸りのように。
トムの名誉の為にも、表現の限界的にも、その音を擬音語として文字に書き起こすことはできない。
エディ君とくすくす笑い合う。エディ君も僕も、ちょっと目じりに涙が浮かんでいた。
これからどうしましょうかと以心伝心で相談し合う。
本当、どうしよう。
ここで大人しくトムを待つべきか、迎えに行くべきか。
◇◇◇
もはや、語るべきことは少ない。
考えるべきことは山のようにあるけれど、言葉にするのはまだ早い。
一つの結果が厳然と示されなければ、次の段階に進めない。そういう現実も、ままある。
だから、今はまだ雌伏の時。
黙々と足を動かし、視界の端に映る山頂を目指す。
隣には、まっすぐ前を向く勇敢な男の子。たくさんの人が僕たちの幸運を願ってくれている。だから、恐れるものは何もない。
戦意は上々。
さあ、行こう。
◇◇◇
7月27日、エシス日(緑の日)。
第22回ウィバク黄昏領域解放戦。
消費魔力462656
・エディンデル56352、アキラ106304 小計162656
・マナ結晶 特級マナ結晶40000×3 小計120000
・純白の宝珠 22500×4 小計90000
・聖者の守護印 45000×2 小計90000
撃破数6828
・兵士級1453
・戦士級1026
・騎士級4064 内、3970体を約360000エルネで撃破
・楽士級284 内、230体を約7000エルネで撃破
・神官級(蛇心体:大蛇型陰魔集合体)1 消費魔力約95000
撃破累計71322
・表層部26287 兵士級16669、戦士級 8338、騎士級 1260、楽士級 20
・中層部26261 兵士級10412、戦士級13900、騎士級 1181、楽士級 768
・深層部18774 兵士級 1807、戦士級 1377、騎士級14491、楽士級1093、神官級6
・小計 71322 兵士級28888、戦士級23615、騎士級16932、楽士級1881、神官級6
復活後キャパシティ
・エディンデル67187、アキラ126756
備考・分析
・各加速効果
○アクセルリング1.11(エディンデル、アキラ共通):時間加速1.88倍。少なくとも23.0主観秒持続。自壊するまで効果中断と再使用が可能。時価。
○タイムアクセル(エディンデル、アキラ共通):時間加速2.27倍。最大持続時間約7.4主観秒。
○光の加護(エディンデルのみ有効):通常出力時1.95倍、最大出力時2.72倍。
・聖剣技
○基本性能:最大出力542エルネ、最大射程648メートル。
○一閃:精神統一約1.1秒~1.5秒(2.9主観秒)、発動可能出力42~66エルネ、発動可能射程462~866メートル。
○煌閃:最大で十二閃。加速約11.61倍(1.88×2.27×2.72)。2.9主観秒の精神統一の後、1.2主観秒の12連続疑似空間切断攻撃。
○極閃:生命力を消費し限界突破。最大出力は15000以上。射程約1200メートル。楽士級障壁体の最大障壁ごと神官級を撃破可能。使用後死亡。
○レーヴァテイン:生命力を消費し限界突破。極閃とは異なり即時発動と広範囲殲滅攻撃が可能。射程約700メートル。一撃につき3000以上。威力調整、連続使用可能。
・特級マナ結晶3個、アクセルリング8個がリリアさん、リューダ師匠、フーヤ先生から共同で無償提供。
二等級ネクタル水8個、一等級ネクタル水2個購入。支出1800万レン。
・使用可能な魔力量は、リリアさん達からは残り120000エルネ(無償提供分60万エルネの内、48000エルネを使用)。トムの宝珠と守護印は、次回8月1日時点で278400エルネ分(守護印230個、宝珠234個)。
・守護印150個分から騎士霊375名、神官霊75名が召喚。光霊軍450名は騎士級5個大隊約1250体と互角以上。
・前回同様、神官級との交戦前に安全地帯で騎士級大隊と戦闘を行い、集中力が極限状態まで高まった状態で大蛇型陰魔集合体との戦闘を開始した。騎士級一体につき約91エルネを消費。
・神官級蛇心体により、兵士級約3900体、戦士級約3300体、騎士級約500体、楽士級約200体が12本首の大蛇型陰魔集合体を形成。頭部に組み込まれた騎士級蹄獣体、翼獣体の攻撃射程が常に3キロメートルを超えた。爪獣体は生きた砲弾として立て続けに射出され、空中を蹴って軌道を変えながら超音速で飛来した。
また、兵士級、戦士級より構成される12本の頸部が胴体部分を庇うような防御態勢をとり、最初に打倒した蛇心体戦より苦戦。結局、エディ君がレーヴァテインの連続攻撃で幾重もの障壁と装甲を破壊し、最終的に極閃で心臓部に位置する蛇心体を両断した。10万近くもの魔力を消費する激戦を経て、兵士級1453体、戦士級1026体、騎士級94体、楽士級54体、神官級1体を撃破。
全ての蛇心体を撃破した後の兵士級、戦士級の挙動は不明。数としては数千残っているが、次回での影響は軽微か。
・蛇心体との戦闘中、右側面に位置する神官級黒雷体からの攻撃は一度もなかった。以前、攻撃を受けたのは黒雷体との距離が2400メートルまで縮まった時であり、攻撃射程はそれ以下の可能性が高い。
・騎士級大隊と神官級は完璧に連携できている訳ではなく、各大隊は各神官級の護衛に徹することなく独自に僕達に攻撃を仕掛けてくる。確かに楽士級を伴った数千体もの騎士級はそれ自体が脅威であり、殲滅に数十万もの魔力を要する。しかし、もし騎士級と神官級が人間の軍隊のように高度な戦術を用いていたならウィバク解放はもっと遅れていただろう。群体として全体的な情報共有が行われていることは間違いないが、人間の知能や学習能力に相当するものは未だに見られない。
・騎士級の推定残存数は約1800~3350。楽士級は450~1200。
・8月1日、最終戦を予定。




