● 054 継戦Ⅸ/ラスト4
七月某日、エディ君と僕は揃って鋼鉄級ハンターへと昇級した。
ひたすら陰魔を殲滅し続ける日々の中、前と変わらず同時進行でスライムも狩り続けていた、その成果。
解放戦が週2日で、スライムハントが週2~3日。
週休2日と週休3日の週を交互にして、基本的に月休10日。
魔法鍛錬は、週休2日の時は週1回、週休3日の時は週2回で行い、週1日は完全休養日にしている。
そのルーティンは7月になってからも変えていない。
天使会議を通じて正式に全面的な支援を受けられるようになってからは、ハンター稼業は単なるお金稼ぎというよりもそのルーティンを維持し、エディ君の調子を安定させるという目的の方が強くなっていた。
極端に言えば、ウィバクを解放する日までは必要経費は会議に完全に頼り切り、ハントを休業して週休5日にしてしまってもいいのだろう。
でもその場合、きっと暇を持て余すか鍛錬に明け暮れるかしてしまう。逆に精神的に良くない。
だから、未だにハンター稼業を続けているのはエディ君の気晴らしの為だ。明け透けに言うと。
鋼鉄級へのランクアップはもちろん嬉しい。年齢によらず、過去を問わず、ハンターギルドはエディ君の実力と功績を認めてくれた。それだけでギルドへの信頼は極めて高い。個人と組織という違いはあれ、リリアさんやフーヤさん達同様、末永くお付き合いをしていきたいと思っている。
ただ、懸念もある。
それは、勇者と天使の力に頼ってばかりいる後ろめたさと、ひたすら切り刻まれ続けたスライムへの後ろめたさだ。稼ぎ方も、ハンターとしては邪道もいいところだろう。
そして相手が人間を捕食する魔物とはいえ、一方的な虐殺めいた討伐では逆にストレスが溜まってしまうのではという危惧もある。
灰石級、輝石級の頃と同様に。
もうずっと前から、エディ君は見た目無心でスライムを解体している。
内心の目的意識は勤労が五割、鍛錬が四割、そして諦観一割と言った様子。
世界を股にかけるモンスターハンターに夢とロマンを見いだせなくなってきているようなので実はちょっとピンチなのである。そんなものは初めから無かったのかもしれないけれど。
要はエディ君強すぎ問題。
実際のところ、鋼鉄級か青銅級まで昇格したハンターの多くは地元の狩場に独自の縄張りを作り、一生同じ魔物を狩り続けるらしい。
何故なら、そこまでランクが上がれば十分に家族を養っていけるくらいの稼ぎを得られるようになるからであり、青銅級の一つ上の真鍮級が『ロマン級』だとか『ひょっとしたらお前主人公じゃね級』だとか言われているらしいのである。
鋼鉄級でも中流階級の平均を上回る裕福な生活を送れるし、青銅級ならば優雅な上流階級に一歩踏み込める。
そうして、己に宿った血統魔法と天恵魔法の限界を見極め、恋人や子どもとの未来を真剣に考えた結果として、色々な意味で優秀な若者達の多くが一人前とされる『鉄板』か『銅板』のどちらかに落ち着く。
一流とされる『銅貨』の真鍮級は上位5%のみが辿り着ける領域であり、『銀貨』の白銀級、『金貨』の黄金級に至っては物語に謳われる英雄の領域となる。『宝石』そのものの宝石級は確実に1000年は語り継がれる伝説になる。
夢があるのかないのか分からなくなるような話である(無論、地元ハンターの方々を貶すつもりは全くない。天敵狩猟者の名が示す通り、魔獣を間引く猟師は立派な仕事だ。それに、才能を片手にハンターの高みを追い求めた人達は人並みの新婚生活を選ばなかったということでもあって…)。
はやりダンジョンか。
夢とロマンはダンジョンの底にあるというのならば、世界最大最深にして最も神秘と秘宝に満ちていると謳われるルナーナ螺旋迷宮に僕から誘ってみてもいいのでは…。
…………。
……こほん。
…鋼鉄級へのランクアップに伴う話題はもう一つある。
こうして、白猫庵でささやかなお祝いをしている最中、無意識の内に目を逸らしたくなるような現実が。
同席しているのはカサンドラさん。
これはお祝いであると同時に、お別れパーティーでもある。
前から言われていた通り、狩猟の危険度が一段と増す鋼鉄級からキャリアーの随伴はなくなるから。むしろ、半人前の赤鉄級まではキャリアーのお守りがつくと言った方が適切かもしれない。
一人前になった雛鳥は親離れをしなければならない。こればかりはどうしようもない…。
「乾杯」
「乾杯」
「乾杯です」
「改めておめでとう、ユウ、アキラ。これでアンタ達も鉄板の鋼鉄級。どこに出しても恥ずかしくない一人前のハンターだ」
「カサンドラさん…、はい。ありがとうございます」
「ありがとうございます…」
「ああもう、そんな顔をするじゃないよ。今日はめでたい日なんだ。そうだろ?」
「…はい」
「はい…」
「やれやれ。別に今生の別れって訳じゃないのに、寂しがり過ぎだよ。まったく」
「む…、カサンドラさんは寂しくないんですか?」
「何言ってんのさ。寂しいに決まってるだろう?」
「むぅ…」
「おっ、その不満顔、ユウとそっくりだよ。最近、アンタ達お互い似てきたんじゃないかい?ははっ」
「カーサーンードラさんー?」
「おっとごめんごめん。湿っぽいのはどうにも苦手でね。それに、アタシにとっちゃ、寂しいってより嬉しい気持の方が大きいんだ」
「嬉しい、ですか?」
「約束したろう?一人前になったアンタ達の獲物を、アタシの隊が街まで持って帰るって。縁起物なんだよ、鉄板ハンターの初物はね」
「…はい」
「憶えています。約束しました」
「だから、アタシ達の契約は一旦ここで終わりだ。でも続きもある。気持ち良く別れようじゃないか」
「はい」
「頑張ってたくさん狩ってきます。ホーンボア。カサンドラさんでも運べないくらい」
「はは、ユウも言うようになってきたじゃないか。期待してるよ。慢性的に間引きが間に合ってないから、何十頭でも狩っていいからね」
「はい、期待に応えたいです。…ううん、ちゃんと、カサンドラさんの期待に応えます」
「本当にいい顔をするようになったね、ユウ。もちろん、アキラも。もう立派な戦士だ。戦うべきものと戦える人間の目をしている。ハンターとしては…、まあ、ホーンボアをいくら狩れるか次第だけどね」
「……」
「…あー、言おうか言わないか迷ってたんだけどねえ」
「アタシはこう見えて口下手な方だし、逆効果になるんじゃないかって」
「でも、まあ、今しか言えないから」
「ユウ。アキラ」
「アタシは、アンタ達が誰よりも頑張っていることを知ってる」
「それが成し遂げられるまでは、誰にも言えないようなことをしているって」
「アタシだけじゃない。知っているやつは知ってる。少なくともここの人間は気付いてる」
「分からない訳がないだろう?だって、アンタ達はただ言わないだけで、全然隠そうとしていないんだから。おっと、隠してるつもりだなんて言われても信じないからね」
「だから…、ああ、言葉が出てこないよ。どんな言葉も他人事で無責任になっちまう」
「…あたしはただの人間で、しがないキャリアーだ。ちょっとガタイのいい、ただのオバサンさね。裏も秘密もない、ただの一般人だよ」
「夫には若い頃に先立たれた。頑張って育てた一人息子は、頭の出来を認められて去年王都に留学したばかりで…、さてこれから一人でどうしようかって悩んでいたところで、アンタ達のお守りをギルドから頼まれたのさ。年季の入った女のキャリアーという理由だけで白羽の矢が立った。面白い話なんて何にもない。どこにでもあるような、本当にそれだけの話さ」
「でも、アンタ達は違うだろう?ユウとアキラにしかできないことがある」
「一体、それがどれだけ辛いことか。アタシには、想像することもできない…」
「だから…」
「……。ごめんよ、もっと上手く言いたいのに、いざって時にいい言葉が浮かんでこないんだ。いい年こいて…」
「カサンドラさんの言うことなら、何だって聞きます。だから、何でも言いたいことを言ってください」
「…言っていいのかい?」
「はい」
「…頑張れって、言っていいのかい?」
「もちろんです」
「カサンドラさんなら、嬉しいです」
「…そうかい。ああ、分かったよ」
「頑張れ。アタシはずっとあんた達を応援してる」
「はい」
「はい」
「頑張れ! ユウ! アキラ!」
「はい!」
「はい!」
そうして、僕たちは笑顔でカサンドラさんとのお別れすることができた。全部ぶっ飛ばしちまえ、と言わんばかりの鬼気迫るような豪快な笑顔で見送られて。
出会いと別れを経て、僕たちはまた一歩前進することができた。
何の文句もない、一つの結末。
だから、この話はここでお終い。
……。
そう、思っていたのだけど。
フレーフレー、ガンバ―! とか、バンザーイ!バンザーイ! とか。
清々しい気分でハンターギルド会館から出ようとしていた矢先、背後からそんなノリのいい声援が聞こえてきた。
声の主は、言うまでもなく陽キャハンターの方々。ちょっと住む世界が違う、尊敬すべき先輩達だ。
まさか盗み聞きまではしていないだろうけど、昇級した時の受付でのやり取りとか、喫茶店内でのカサンドラさんとの雰囲気から察したのか、新しいステージに踏み出した僕たちに惜しみない応援と万歳三唱を贈ってくれていた。
嬉しい。
嬉しい…、けれど、当然目立つ。大いに目立ってしまう。
何だ何だとベテランハンターの視線が集まる。ノリがあまりよくない(つまり僕から見ればごく普通の良識的な)ハンターの方々がちょっと迷惑そうにしているのが本当に申し訳ない。
なになにお祭り!?ついにギルド長が不倫でしょっ引かれた!?やったー!!
えっ、姫くんと姫ちゃんどっか行っちゃうの!?やだー!!
はー可愛い、あの照れ顔最高、だよねー歴代最カワ勇者様だよね、同意、イケる、変態。
ユウ君が勇者様ならアキラちゃんって何だろ、それだけ謎だよな、何言ってんだ天使様に決まってるだろ、天使様、天使様、完全同意、天使以外にない、イケ(撲殺の音)
最近すごく頑張ってるんだって、偉いなあ、ナデナデしたい、抱っこしてよしよしヾ(・ω・`)したい!
写真は!?サインでもいいから!ダメ、まだ全部禁止されてる、オノレギルド長めぇ~!
導師も後ろ盾になったそうだ、なら確定だな、歴史が動くぞ、解放が現実味を帯びてきた…
どうした祭りか!?もしかしてウィバクが、それはまだ、あの子たちが何も言わずに戦ってるんだから黙って正座して待ってればいいんだ、だよなー!、今は待ちだ!、前に2人であっちの方に飛んでいってるの見たことあるよ、私も私も、光が当たってキラキラしてすごく綺麗だったなあ、でもどうして正体明かさないのかな、私たちだったら信じるし全力で協力するのに、そりゃあ色々あんだよ、色々って何さ、だから色々だよ、まずは実力を示す的な、疑われたり舐められたりしないように?、そうそう…
等々の声も。
えっと、ウィバクに向かって空を飛んでいるところを結構見られてるみたいだし、もしかしなくても本当に色々と…。
…歓声に紛れていて天使の聴覚でギリギリ聞こえる程度だから、エディ君には聞こえていない様子。だからセーフ、よし!
「締まらないねえ」
と、呆れ顔のカサンドラさん。はい、僕もそう思います。
笑ってしまうくらい、呆れてしまう。
「でも、嬉しいです」
ギルド長のゼータさんから発令されているらしい接触禁止令なるものを律義に守ってくれている、未だに名前も知らないハンターの皆さんにペコリとお辞儀をする。それだけで歓声が上がって面映ゆい。
うむむ、すんごく可愛く笑ってくれたって、そんなに笑顔になってるかな。
今はまだ、色々言えなくてごめんなさい。もう少し待っていてください。
写真撮影会とかサイン会とかはまあ、終わった後の状況次第ということでお願いします。
「ユウ君! アキラちゃん!」
そして、最後に届いたシャランさんの声。ギルドから出ようとしていた僕たちに、遠い受付から大きく手を振ってくれている。
「頑張って! でも無理しないで!」
受付の仕事中なのに、そんなふうに腰を浮かせて大声を張ったらまた隣のエリーゼさんに怒られますよ。
…あ、怒ってない。全然無言の圧力を向けてないし、それどころか、一緒にこっちを向いて手を振って、無理せずに頑張ってって…。
ムリセズガンバレー!!!
シャランさんに乗せられたのか、ハンターの皆さんも…。
具体的な内容は何一つない。激励の言葉一つだけ。でも…。
「はい! 無理せずに頑張ります!」
「あっ、えっと、ボクも無理せず頑張ります! 行ってきます!」
うん、やっぱり後でエディ君に教えよう。具体的な内容はちょっとぼかすとして。
カサンドラさんの言う通りとっくに正体ばれてて、温かく見守ってくれてるって。
◇◇◇
7月20日、エシス日(緑の日)。
第20回ウィバク黄昏領域解放戦。
消費魔力369712
・エディンデル36644、アキラ69068 小計105712
・マナ結晶 特級マナ結晶40000×3 小計120000
・純白の宝珠 18000×4 小計72000
・聖者の守護印 36000×2 小計72000
撃破数3088
・騎士級2841 消費魔力約318000
・楽士級246 消費魔力約10000
・神官級(暗霧体)1 消費魔力約40000
撃破累計60258/78000
・表層部26287 兵士級16669、戦士級 8338、騎士級1260、楽士級 20
・中層部26261 兵士級10412、戦士級13900、騎士級1181、楽士級 768
・深層部 7710 兵士級 354、戦士級 351、騎士級6433、楽士級 568、神官級4
・小計 60258 兵士級27435、戦士級22589、騎士級8874、楽士級1356、神官級4
復活後最大魔力
・エディンデル45839、アキラ86421
備考・分析
・各加速効果
○アクセルリング1.02(エディンデル、アキラ共通):時間加速1.63倍。少なくとも13.5主観秒持続。自壊するまで効果中断と再使用が可能。時価。
○タイムアクセル(エディンデル、アキラ共通):時間加速2.12倍。最大持続時間約6.0秒。
○光の加護(エディンデルのみ有効):通常出力時1.80倍、最大出力時2.47倍。
・聖剣技
○基本性能:最大出力486エルネ、最大射程599メートル。
○一閃:精神統一約1.3秒~1.8秒(3.2主観秒)、発動可能出力45~65エルネ、発動可能射程469~732メートル。
○煌閃:最大で十閃。加速約8.53倍(1.63×2.12×2.47)。3.2主観秒の精神統一の後、1.0主観秒の10連続疑似空間切断攻撃。
○極閃:生命力を消費し限界突破。最大出力は12000以上。射程約1キロメートル。楽士級障壁体の最大障壁ごと神官級を撃破可能。使用後死亡。
○レーヴァテイン:生命力を消費し限界突破。極閃とは異なり即時発動と広範囲殲滅攻撃が可能。射程約700メートル。一撃につき3000以上。威力調整、連続使用可能。
・消費魔力約39万。
特級マナ結晶3個、アクセルリング5個がリリアさん、リューダ師匠、フーヤ先生から共同で無償提供。
二等級ネクタル水6個購入。支出600万レン。
会議ではネクタル水も無償提供を打診されたが、エディ君はそれだけは頑として受け入れなかった。僕も同意。今更600万くらい変わらないのに、と零したリリアさんはリューダさんから窘められていた。リリアさんには申し訳ないけれど、男のプライドは大事なのだ。
・使用可能な物資は、リリアさん達からは残り360000エルネ(無償提供分60万エルネの内、24000エルネを使用)。トムの宝珠と守護印は残り627600エルネ分(守護印はあと519個、宝珠は527個)。
・守護印120個分から騎士霊300名、神官霊60名が召喚。光霊軍360名は騎士級4個大隊約1000体と互角以上。
・遭遇した騎士級大隊は、順に361体、185体、244体、325体、445体。旅団とも呼べる規模。
・神官級暗霧体との戦闘は半径2.4キロメートルに及ぶ暗黒の霧の内部で行われた。視界ゼロの中で頼りとなるのは闇の中で微かに輝く聖術や守護霊兵団の光、そして索敵能力が大きく減衰した天網絵図と天眼水晶。総勢360名の光霊軍に守られながら、霧の影響を受けない騎士級大隊との戦闘が行われた。砂嵐以上に苦戦し、騎士級一体につき約112エルネを消費。
暗黒の霧はそれ自体が聖術に対する減衰作用と浸蝕作用を持っており、中心の神官級に近づくほど効力を増す。流砂体の砂嵐同様、常に魔力を削られ続ける苦しい戦いとなった。結界への浸蝕作用により20000エルネ以上損耗。最終的には絵図と水晶による二重索敵が決定打となり、高速で逃げ回る暗霧体の位置を突き止めて撃破に成功した。
暗霧体の右側面に封印されていた神官級は、熱線を一点に集中させて超高温のプラズマを発生させるという極めて攻撃性の高い個体であり、焦熱体と命名。攻撃範囲は半径2キロメートル弱で既知の神官級で最小だが、反して発生速度と威力は最も優れており、騎士級大隊に押されてプラズマの射程範囲に入った瞬間に片足と共に結界を一瞬で抉られた。即死もあり得る為、次回は何らかの対策が必要。
・騎士級の推定残存数は約9900~11400体、楽士級は約1000~1800体。




