● 053 継戦Ⅷ/ラスト5
リリアさんとリューダさんは夫婦のように仲睦まじい人たちだ。
結婚はしていないけれど、心から信頼し合って一緒に暮らしている大人の男女。
そして、魔法が実在するこの世界で、並外れた力と不老長寿を得た理想的なカップルでもある。
いつまでも若々しくて仲のいい、僕たちが見習うべき人たち。
いいな、と何となく羨むだけではなく、本当の本気で見習わなければならない。
多分、リリアさんとリューダさんは僕たちの手本になってくれている。
こういう関係性もあり得るんだよ、と半分くらいは自覚的に見せてくれているのだと思う(それでも籍は入れない)。
隣人を愛し、言葉を交わし、人間らしさを保ち続けることの大切さを教えてくれている。
理想的な姿が目の前に体現されている。
ああいう大人になれたら、一体どれだけ幸せだろう。
本当にそう思う。
どれだけ強くなっても。
どれだけ魔法を使えても。
愛する人と愛し合える人間になりたい、と心から思う。
僕はまだ子どもで、愛を証明できないから。
「ぐすん。私はちょっと悲しいです」
「えっと…、ごめんなさい。リリアさん」
「ごめんなさい」
「謝ることなんてないよ。ユウ君もアキラちゃんも何も悪くないもの。でもね…」
「はい(あっ、ちょっと面倒くさいやつだ)」
「はい」
「フーちゃんがドヤ顔で自慢してきたのが悔しいのー。3億エルネ問題、ほんの少しだけこっちが先に相談されたってー」
「そうなんですね。フーヤ先生が(あの時リリアさんも同席してたのに…)」
「ドヤ顔で…?」
「という訳で」
「はい。という訳で」
「どういう訳で…?」
「私特製、アキラちゃん専用の特級マナ結晶だよ。悔しさをバネに、三徹して完成させました!」
「ありがとうございます(ああ、それで脳内物質ドバドバのハイになってるんだ)」
「あ、ありがとうございます…(引き気味)」
「といっても、フーちゃんが山ほど死蔵してた一等級と、アキラちゃんの髪の毛と爪と唾液を一緒に煮詰めて濃縮してみただけなんだけど」
「なるほど」
「えっ、アキラさんの爪と唾液もですか…?いつの間に…?」
「ちょっと前に、会議が終わった後でね。ほんの少しだけ採取させてもらったの」
「はい。その時エディ君は重力と加速運動の関係について熱心にフーヤ先生に質問していましたから、気付かなかったんだと思います」
「そんなことがあったんですね…」
「ふふっ、気になるなら後で飲ませてもらっ…、こほん。要は積載量の削減だね。アキラちゃんのバッグでたくさん魔力を用意できるように。もちろん無料だよ。はい、とりあえず3つ。足りない分はお店を占めてじゃんじゃん作るから待っててね」
「……(ブレーキが壊れかけてるなあ)」
「……(真っ赤)」
「天使会議で約束した通り、私達からはとりあえず60万エルネ追加で提供できるよ。倒し切るのにあと200万は必要な大群かあ。それをあと5回で全部やっつけちゃうつもりなんでしょ?」
「はい。エディ君と話し合って決めました」
「ボクが我儘を言ってしまって…。あと5回で解放しないといけない理由はないんです。やっぱり無謀でしょうか」
「んー、強く否定する根拠もないかなあ。だから、いいんじゃない?いつ何があるか分からないんだから、勢いに任せて、行ける時に、行けるところまで行ってみても。ね」
「はい。順調な時にイケイケはありです。あとリリア博士、ベッドに行って休みましょう」
「はい、ありがとうございます。とても参考になりました。さあ、リリア博士。こちらにどうぞ」
「ふぁ…、ありがとね、ユウ君、アキラちゃん。ソファーでいいよ…。でもお言葉に甘えて、ちょっと横になるね。…よいしょと」
「毛布も掛けますね、博士」
「枕をどうぞ。博士」
「うふふ、苦しゅうない。…それで、なんだっけ。そうそう、若いんだから勢いも大事って話だったね。古い言葉で『拙速は巧遅に勝る』と言うし。実際、できなくはないんでしょ?」
「はい。魔力さえ足りたら大丈夫です。陰魔との終末戦争はエネルギー不足がボトルネックになっていますから。計算は終わっているので、あとは心意気です」
「アキラさんの言う通りです。計算と心意気が大事です。頑張ります」
「ふふ…。どっちもとっても大事だね。足りなくなったら遠慮せずに言ってね…。ふわぁ…」
「私、2人が大好きだよ。頑張ってるところも、必要なことをちゃんといってくれるところも、全部…」
「私ね。ユウ君。アキラちゃん」
「私の全部、2人にあげるよ。リュー君以外」
「フーちゃんはああ言ってたけど。そもそもね、おかしいんだよ。2人にお給料が出ないの。世界を救うために戦ってくれているのに、ずっとただ働きなんて…。そういうの、よくないと思う」
「だったら私が払う。リュー君にもフーちゃんにも、他の皆にもお願いして、必要なお金と必要なものを集めて…。いっそのこと、錬金会社を作ろうと思ってるの。ケディゲンヘル様にも負けないくらい、立派な…。それで…」
「全部終わっても、2人が幸せになれるように…」
「…だからお願い。世界を救って」
「こんなことを言うと余計に負担を懸けちゃうと思うけど…、でもきちんと言っておきたかったんだ」
「勇者様、天使様」
「どうか、皆を笑顔に…。してくださ…」
「ぐう」
「……」
「……」
「…やっと寝たか」
「はい」
「リューダさん」
「それをお前たちに手渡すまで起きていると言い張ってな」
「そうだったんですね」
「リリアさんらしいです」
「ああ。昔から、俺の言うことなんて碌に効いてくれない。そのくせ、自分が言いたいことだけ言って寝てしまうような、そんな自分勝手な人間だ。だからあまり気にするな」
「本当に自分勝手な人だったら、ここまでボク達に親身になってくれなかったと思います」
「そうかもな。だが、結局はお気に入りの子どもを贔屓したいだけだと思うぞ」
「くす、リューダさんはリリアさんに厳しいですね。でも、ありがとうございます」
「お前は…」
「本当に大丈夫です。リューダさんにリリアさんがいるように、ボクにはアキラさんがいますから」
「そうか」
「はい。…あの、リューダ師匠。もしよろしければ、これから手ほどきをして頂けますか?」
「師匠?」
「リューダさんはボクのお師匠様ですから」
「ふっ…。リリアが博士で、フーヤが先生で、俺が師匠か」
「駄目ですか?」
「構わない。だが、オレの修行も厳しいぞ。血反吐を履くことになるかもしれない。それでもいいか」
「もちろんです。闘気の扱い方をボクに教えてください」
「闘気か、いいだろう。想定している敵は?」
「翼獣体という上級陰魔です。上空を高速で飛び回っていて、一体ずつ聖剣で切りつけるのは効率が悪くて…」
「成程。それなら闘気の弾丸で撃ち落とした方がやりやすいだろう。コツを教えよう」
「ありがとうございます」
「じゃあ、僕は魔術で色んな的を作って飛ばしますね。鍛錬にもなって一石二鳥です。…そうだ、師匠は何がいいですか?支援の対価。リリアさんは…」
「ああ、知っている。そうだな…」
「んん~、りゅーくんのばかあ。ぐう」
「……」
「……」
「……」
「あれは放っていても大丈夫だ。行こう。…これからもリリアと仲良くしてくれるなら、それが一番いい。それでもいいか?」
「ええと…、はい。もちろんです。喜んで」
「くす。行ってきます、リリアさん。風邪をひかないでくださいね」
僕たちはどれだけ強くなれるだろう。そして、どれだけ人間らしさを保てるだろう。
現時点でも、もう、かなり人間らしさから逸脱している。
超常的な力を持ち、もう何度も死んでいる。闇の怪物と戦い続け、死と復活を繰り返し続けている。
崖っぷちだ。
崖の際まであと二歩。
三歩目を踏み出せば真っ逆さま。
そんな世界のただ中でも。
僕はここにいる。あるがままに。幸せは不幸に、不幸は幸せに。
それでも、僕は恵まれていると知っている。
女神様は善い神様で、エディ君は優しい。
それだけでもう、十分過ぎるくらい恵まれている。
いつか、エディ君も言っていた。
ボクは一番恵まれた勇者です、と。
暗黒帝ザハーが健在だった頃、必ず週に1度は小規模な陰魔軍団がレヴァリアに侵入し、歴代勇者と聖印軍が防衛に当たっていたという。
これは大結界と神子への負荷を分散させるために意図的に計画された軍事作戦であり、勇者に拒否権はないに等しかった。
また、尚も1000万単位で存在し、日々増加し続ける陰魔を少しでも間引く為、定期的に大結界外へと遠征する必要もあった。
僅かに捻出された貴重な時間すら、遅々として進まない黄昏領域解放戦へと充てられていた。休日と呼べるものは月に2日か3日のみ。
そうした暗い戦いの日々を過ごし、勇者も聖騎士達も少しずつ精神を摩耗させていくしかなかったという。
歴代最強と謳われたテル様ですら、200年が限界だった。
大結界にかかる圧力が停止した『テルの黄金』において、確かにエディ君はとても恵まれているだろう。時間を湯水のように使って黄昏領域解放に全力を注ぎ、余暇を過ごすことができる。
この平和な日々はテル様が最期に贈ってくれた宝物だ。
もしザハーが健在だったならば世界は未だに濃い暗黒に包まれていただろう。僕が地上に遣わされてもエディ君を慰撫するくらいしかできず、最終的には心中するように暗黒の大群へ身を躍らせていたかもしれない。
だから、これ以上なんてない。
でも、今以上を望んで高く飛び立たなければ、エディ君は永遠に鎖に繋がれたまま。
本来得るべきだったものを奪われたまま、永遠に心の牢獄から逃れられない。
たとえどれほど恵まれていても、僕達は僕達になりに苦境にあるし、戦わなければならない。
僕達は十分に恵まれている。けれど、過去を乗り越えて幸せになるために、これ以上を望む。安寧だけでは足りない。足るを知る、は僕の座右の銘に含まれていない。
あるがままに?無為自然は健やかで望ましい状態への回帰を否定するものではない。
だから僕達は戦う。
エディ君は戦っている。自分を取り戻すために。僕はそう理解している。僕はそんなエディ君を全力で支える。
命と、心をかけて。
そして勝たなければならない。文句のつけようのない勝利が必要だ。
その過程で、僕たちはどれだけ強くなれるだろう。そして、どれだけ人間らしさを保てるだろう。
その問いが何度も繰り返される。
もうほとんど、子どもらしくなくなっているかもしれない。
でもせめて、人間らしくはありたい。
見倣うべきを見倣い、自省すべきを自省し。
僕は勝ち、立派な大人になりたい。
そしてやっぱり、世界で一番、エディ君が大事だ。
僕がこうして頭の中で煩悶していても、エディ君が幸せでいてくれなければ意味がない。
そしてどうしようもなく、僕も幸せでいたい。
欲深く、幸せになりたいと心から願う。
リリアさんが言う通り、ただ働きなんてよくない。
自分を取り戻すだけじゃ、足りない。マイナスがやっとゼロに戻るだけだから。
結果に見合った正当な報酬が必要だ。女神様から貰えるくらいなんだから、みんなからもありがたく頂こう。認めてもらって、幸せになる為に必要なものを貰おう。
だから。
せっかくだから二人一緒に。
骨を折って。
一緒に幸せになろうよ。
◇◇◇
7月17日、カイア日(赤の日)。
第19回ウィバク黄昏領域解放戦。
消費魔力298045
・エディンデル28442、アキラ53603 小計82045
・マナ結晶 特級マナ結晶40000×3 小計120000
・純白の宝珠 24000×2 小計48000
・聖者の守護印 24000×2 小計48000
撃破数2058
・騎士級1952 消費魔力約215000
・楽士級105 消費魔力約20000
・神官級(流砂体)1 消費魔力約63000
撃破累計57170/78000
・表層部26287 兵士級16669、戦士級 8338、騎士級1260、楽士級 20
・中層部26261 兵士級10412、戦士級13900、騎士級1181、楽士級 768
・深層部 4622 兵士級 354、戦士級 351、騎士級3592、楽士級 322、神官級3
・小計 57170 兵士級27435、戦士級22589、騎士級6033、楽士級1110、神官級3
復活後最大魔力
・エディンデル36643、アキラ69066
備考・分析
・各加速効果
○アクセルリング1.02(エディンデル、アキラ共通):時間加速1.61倍。少なくとも12.2主観秒持続。自壊するまで効果中断と再使用が可能。時価。
○タイムアクセル(エディンデル、アキラ共通):時間加速2.05倍。最大持続時間約5.5秒。
○光の加護(エディンデルのみ有効):通常出力時1.73倍、最大出力時2.34倍
・聖剣技
○基本性能:最大出力472エルネ、最大射程586メートル。
○一閃:精神統一約1.4秒~1.9秒(3.3主観秒)、発動可能出力46~65エルネ、発動可能射程473~687メートル。
○煌閃:最大で十閃。加速約7.72倍(1.61×2.05×2.34)。3.3主観秒の精神統一の後、1.0主観秒の10連続疑似空間切断攻撃。
○極閃:生命力を消費し限界突破。最大出力は12000以上。射程約1キロメートル。一振りに全力を注ぐ技であるため、一度放てば必ず命を失う。楽士級障壁体の最大障壁ごと神官級を撃破可能。
○レーヴァテイン:生命力を消費し限界突破。極閃とは異なり即時発動と爆撃のような広範囲殲滅攻撃が可能。ネクタル水を併用すれば連続攻撃も可能。射程約700メートル。一撃につき3000以上。
・消費魔力30万弱。
二等級ネクタル水を4個購入。支出400万レン。
特級マナ結晶3個、アクセルリング10個がリリアさん、リューダ師匠、フーヤ先生から共同で無償提供。代金支払いを申し入れるも受け入れられず。
特級マナ結晶の魔力回復速度は一等級と同じ。
・前回までは二等級と一等級マナ結晶をベルトポーチの容量一杯まで詰め込んで4万5000エルネが限界だったが、今回からは特級マナ結晶3つで12万エルネもの魔力を所持できるようになった。併せて宝珠と守護印も消費する個数を倍増させ、継戦能力は前回の約2倍となった。
・僕たち自身の魔力を除き、使用可能な魔力量は、リリアさん達からは残り480000エルネ(無償提供分60万エルネの内、120000エルネを使用)。トムの宝珠と守護印は残り768000エルネ分(守護印はあと636個、宝珠は644個)。
・守護印80個分から騎士霊192名、神官霊48名が召喚。光霊軍240名は騎士級3個大隊750体と互角。
・神官級流砂体は砂漠を物理的に操る能力を持ち、遅滞戦術と防衛能力に特化している。砂嵐による持続的な浸食攻撃と単純な視界悪化の他、厚さ数十メートルを超える巨大な砂の防壁や波濤、楽士級を収める全長数キロメートルの長大な砂の触手が流砂体の近辺に多層的に展開された。砂嵐は敵本体に接近する程勢いを増し、砂丘全体が大波のように揺れ動き、騎士級大隊が前後左右に激しく展開し続け、予測困難な全方位飽和攻撃に晒された。
・加えて、今回初確認された五体目の神官級が作り出す黒い霧が砂嵐内に届き、視界悪化と結界への浸蝕が重なった。暗霧体と命名。結界への浸食と浸蝕により30000エルネ以上損耗。そのような劣悪な環境で騎士級大隊との大規模戦闘を余儀なくされ、消耗が増大。騎士級一体につき約110エルネを消費。
楽士級は硬化した砂の触手内に保護されていた為、煌閃でも貫通できず、撃破は困難を極めた。
エディ君がネクタル水を服用して体の自壊を修復しながらレーヴァテインを連発し、周囲の楽士級105体を強引に撃破しつつ、多重流砂障壁を強引に突破。最終的に極閃で撃破した。
ネクタル水を利用したレーヴァテインや極閃の連続攻撃は有効的だが、精神負荷があまりに大きい。できる限り使用を控える必要がある。
・計算上、騎士級は残り12700~14200、楽士級は1200~2000。
・現在確認されている神官級は、黄昏領域最深部を中心点として反時計回りで、黒雷体→蛇心体(撃破済み)→黒剣体(撃破済み)→流砂体(撃破済み)→暗霧体。
未確認の神官級は残り2体であり、その内の1体は蛇心体である可能性が高い。
・神官級は強大だ。しかし、フーヤ先生のあの彗星と比較すると、最大強化状態にある神官級ですら出力数千から一万程度の聖剣で打破できる、と言える。
陰魔は地上の事象には極めて硬いが、女神がもたらす事象には極めて脆い。それが、命を燃やす奥義を手にしたとはいえ、未熟な僕たちが神官級に勝ち続けられる理由だろう。
陰魔が人類の上位にある一方で、聖術は陰魔の上位にある。エディ君が戦い続けられるのなら、聖剣を振り続けられるのなら、勝利は約束されている。
戦意を失わない限り。




