● 039 少女Ⅳ
ああ、早まったかもしれない。
白昼堂々、煌びやかすぎる天衣を隠さずに街を歩いたのは。
恥ずか――いや、どうだろう。皆々様に受け入れられたのなら問題ないのでは?
そう、問題ないとも。
ネガティブな視線は一つもなかった。だから、うん、きっと大丈夫だ。
ここはレヴァリア。魔法と奇跡が存在する世界。ちょっとくらいファンシーでファンタジーな格好をしても受け入れられる世界だ。
それはエディ君も僕も同じで、見た目の姿で爪弾きにされることはない。
ややリスクはあったものの、勇気を出してその仮説を実証することができた。
だからこれは大きな一歩だ。
実りある全身なのだとも。
……。
「~~っ」
「アキラ様?大丈夫ですか…!?」
――やっぱり恥ずかしい!!!
駄目だった。羞恥心を抑え切れずにベッドの上でゴロゴロのたうち回っていたらエディ君に心配されてしまった。
だってしょうがないじゃない。いくら自分がロリ天使であることを受け入れられても、それとこれとは別なんだもの。人目に付くところではずっと地味なローブを羽織って隠していたんだから。
正直言って、昨日の練り歩きは自虐プレイ以外の何物でもなかった。
そう、極端に言えば、勇者と天使の姿を解禁してのファッションショー。昨日したことは『自分たちはこういうちょっと変わった子どもですが皆々様は許容してくれますか』という無言(だけど威圧的な)の問いかけに他ならない。一種のコミュニケーション、あるいは通過儀礼か。もし失敗していたら僕もエディ君もこの街にはいられなくなっていただろう。
まず、見た目の年齢が低すぎる、というどうしようもないマイナスポイントはあったものの。
これまで受け入れられてきた日々があったからこそ、エディ君と僕は堂々と天衣を白日の下に曝すことを決意したのだ。
結果としては無事成功。むしろ成功しすぎてしまった。
過去最大の好意的な注目を浴びてしまい、ご当地アイドルデビューをしてしまった気分だ。
「昨日のこと、今さら恥ずかしくなってきて…」
「アキラ様はとても綺麗ですから。とても目立ってしまいましたね」
「っ…」
「アキラ様の御姿は、天使様以外の何物でもありません。いわば、一つの奇跡です」
ああもう、本当にこういうところがズルい。エディ君は不意打ちのプロだ。
僕があえて気付かない振りをしていた二つ目の懸念。
出来の良すぎる女神様謹製の造形物がどういうふうに見られるのかという大問題。
首から上の部分は前から晒していたけれど、昨日初めて公開したのは頭から爪先までの全体像になる。女神様が全体のバランスを考えて一からデザイン、コーディネイトしたであろう天衣モードの超絶ロリ天使だ。
「エディ様。それは言い過ぎです」
「そんなことはありません。天使様という言葉に結びつかなくても、常ならざる高貴な方だと気付いた人はたくさんいると思います」
「高貴…。僕が…?」
「はい」
妙に畏まって様様言ってくるエディ君に反論するも即答で否定された上に追撃された。
…うん、そう言えばハンターさん達が新バージョンの僕を見て、いつものノリで天使天使連呼していたね。どこまで本気で言っていたのかは全くの不明だけどね。
少なくとも、不快な異物として白い目で向けてきた人はいなかった、と思う。カサンドラさんもセーラちゃんも。一般市民の人たちも好意的だった。かなり、物凄く。
心の広い人が多くて逆に僕が救われる。何千年間も閉じ込められて追い詰められている割にはノリがいいのはこの世界の人間の強みだよね(偏見)。
なので、まあ。
問題は…、ないかも。
僕が天使だとバレたとして、一体どのような不都合があるのか。僕の首には守護印のネックレスがあり、いつも傍にエディ君がいてくれる。命を失っても森の神殿で復活できる。何も恐れることはない。
ああ、なる程。
多分、これもまた女神様の采配。新しい勇者の為に天使が降臨したと、女神様は地上の人々に静かに教えるつもりだ。
この僕を、意志を持つ天上の造形という唯一無二の証拠をもって。
いくら天使とはいえ芸術品のように綺麗に作り過ぎではと疑問に思っていたけれど、ようやく合点がいった。
ガワは本当に凄いから、皆コロッと騙されてしまうのだろう。いや、騙すも何も天使であるのは間違いないのだけど、内面がね。内側のこの僕がね。やっぱり騙しているようなものなので心苦しい。僕が僕であることはエディ君にもずっと秘密にし続けて、墓場まで持っていく所存である。天使になる前の僕が異世界の男子高校生だったなんて、馬鹿正直に告白しても詮無いことだし。天国で謝れたらいいなあ。
「エディ様。例えば、僕の見た目のどんなところが天使らしいですか?」
「慈愛に溢れながらも、純真無垢な可愛らしさに彩られた微笑みは天使様そのものです。一目見て、心を奪われない人はいません」
「なるほど。…つまりラブリーでキュート?」
「ラブリーでキュートです」
珍しく、おとぎ話の騎士のように詩的なお世辞を言ってきたエディ君。つい照れ隠しをして軽く流してしまう。もう、本当にエディ君ってば。油断ならない事この上ない。
問題は、ない。
この世界の懐は広く、天使アキラは認知され、許容され、新しい奇跡と見なされるだろう。そしてこの調子なら、勇者エディンデルもまた、いずれ。
ちょっと崇拝入ってなくない?、と思うところもあるけど、許容範囲ということにしよう。うん。
ただ。
ただ一つ、憂慮し、対策すべきことがあるとしたら。それは…。
もしもの時は、死んで逃げよう。
僕には守護印のネックレスがあるとはいえ、様々な事態を想定し、最悪の結末を想像しなければならない。
僕たちにとって、監禁こそが最も恐ろしい。
バッドエンドは徹底的にノーセンキュー。最悪に備え、フラグを蹴散らしてハッピーエンドを目指そう。
◇◇◇
「さて、エディ様。今日中に相談したいことがあります」
「はい。何でしょうか」
勇者戦略、及び天使戦略については一旦横に置いて、本日の本題を相談しよう。
陰魔と戦うようになってから、ずっと頭の片隅で考えていたことがあるのだ。
「そろそろ、休日に魔法鍛錬の時間を当てた方がいいかな、と思って」
「あっ、はい!頑張ります!!」
「はいアウトです」
「!!?」
やる気を見せた直後にアウト判定を喰らってショックを受けるエディ君。もう、本当にこの子は。もう、もう。
「懸念通りでした。エディ様のことですから、そんな意気込みで鍛錬を始めたら絶対に頑張りすぎてしまいます。この話は無かったということで」
「そ、そんな…。頑張らずに鍛錬しますから…!」
「本当に?」
「ほ、本当です。勇者の名に誓って。約束します」
「…分かりました。では、1時間集中して特訓しましょう」
「えっと、はい。分かりました」
「少し物足りなさそうです」
「そ、そんなことは…」
「…長くても90分までです。疲れが抜け切らなければ完全休養日を入れるようにしますからね」
「あっ、ありがとうございます、アキラ様!」
うーん、甘いのかな。
でも、今後の長い戦いを考えるとのんべんだらりと休日を過ごすだけでは駄目なのも確かだ。僕だってオトコなので、修業をして少しでも強くなりたいというエディ君の気持ちは分かる。
鍛錬に時間を割いてはいけない理由は、それだけデートやスキンシップの時間が減ってしま…、こほん、エディ君のメンタルケアがその分だけ疎かになってしまうこと以外には特に何もない。
逆に言うと、彼の心の健康を保てるのなら、なるべく早い段階で日課的な修行を始めた方がいいということになる。継続は力なり。魔法の練度が高まれば高まる程、最大出力や発動速度が増していく。逆に言うと、練度が低ければいつまでも弱いままだ。今後、鍛錬の積み重ねがあるかないかで、将来の戦力に雲泥の差が出てくるだろう。
そういう前提はエディ君も理解している。以心伝心。
問題はここから。つまり、何をどういうふうに鍛えていくのか、だ。
とはいえ、選択肢は実質的に一つしかないようなものだけど。
「草原でびゅんびゅん聖剣を振り回したら誰かに目撃されると思うので、ギルドの訓練室を使わせてもらいましょう。極秘で」
「極秘で」
「はい。ゼータさんにお願いして、使用中は誰にも見られないようにしてもらうしかありません」
「そう…、ですね。僕もそれしかないと思います」
「?? 何か懸念がありますか?」
「…いえ。何でも…」
「なるほど」
「…違いますから」
「くす、まだ何も言っていませんよ?」
「むぅ…」
…嫉妬、だよね。多分。前に、ゼータさんとのやり取りで僕が理解を示してちょっと意気投合するような態度を取ったから…。
…エディ君が嫉妬してくれている…。
「アキラさん?どうして突然距離を詰めて…?」
「お出かけ前に少しごろ寝しましょうか。急がず慌てず、のんびりしましょう」
「えっとその」
「ほんのちょっとだけ、ちょびっとだけですから、ね?僕を抱き枕にしていいですし」
結局30分はにゃんごろしてからギルドへ行きました。
ゼータさんの書類整理をちょちょいのちょいと手伝って、交渉成立。
修行風景は、高等魔法で極めて頑丈に作られた地下訓練室で、90分間ひたすら集中して魔法を使い続けるというもの。エディ君は最大出力、最高密度で固めたショートソードサイズの聖剣を一心不乱に素振り。僕はその横で五元十属のほとんどの下級魔術と、初心者レベルの闘気と剛体、六覚を改めて習得。まずは基本が大事。手刀で薪割ができるようになりました。
物質を操作する錬金術だけはちょっと感覚が掴みにくくて難しい。教えてくれる先生がいるかもしれない。
最後に光の加護の最大ブースト訓練。シャドーボクシングみたいに仮想敵へ連続攻撃を繰り出しているエディ君に向かって、思い切って『えいやっ』と。
「ひゃあんっ!!?」
◇◇◇
「アキラ様、体は大丈夫ですか?」
「はい。ちょっと体を動かしすぎて怠いだけですから。朝まで寝たら治ります」
「もう…。魔力が空っぽになるまで特訓をするなんて。アキラ様の方が無理をしてませんか?」
「そ、そんなことはないですよ…?新しい魔法を覚えるのがちょっと楽しくて夢中になっただけです。次からは気を付けます」
「あんなふうにいきなり魔力を流してくるのもなしです。すごくくすぐったかったんですからね?」
「ごめんなさい。もうしません(あんなふうに体の表面をさわさわ撫でるように魔力を流したらくすぐったいんだね。いいこと知った)」
「いいことを知りました、みたいな顔をしてます」
「ぎく」
「もぅ」
「くす」
前途は明るい。
ふんふーん。
あ、そうだ。
もう一つ、考えていたことがあったんだった。
「エディ君」
「あ…、えっと、アキラ様?」
「エディ君。今日からは様付けはやめにしましょう。こうして二人きりの時でも」
「えっ…? えっと、その…」
「ダメですか?友達なら、それが普通だと思います」
「ええと、アキラ様…、あ、アキラさんがそう望むなら…」
「よかった。じゃあ、改めてこれからもよろしくお願いしますね、エディ君」
「は、はい…」
うん、よかった。やっと心の中での呼び方と一致した。別に、エディ様、アキラ様って呼び合うのが嫌な訳ではない。敬い合うのはそれはそれでいいと思う。
でも、そう呼び続けるには少し関係性が近くなりすぎたというか、ここまで仲良くなったのに他人行儀すぎる感じもしていて、かなりもやもやしていたのだ。
おや、エディ君の様子が…?
「……」
「エディ君?」
「う…」
「お兄ちゃん?」
「ぅあ」
「くす、エディ君は恥ずかしがり屋ですね。このままベッドに押し倒して同衾してもいいですか?」
「駄目ですよ?(じー)」
「そうそう、その調子です」
「もう…(くす)」
「(くすくす)」
エディ君らしい愛らしいツッコミに応じてよしよしと頭を撫でる。基本押されっぱなしなのに、いざという時は『いきなり何を言っているんですか』と赤ら顔のジト目をプレゼントしてくれる。好きだ。
そのまま、流れるように、流されるようにおでこへキスをして、ハグをする。なでなで。さすりさすり。
言いたいなあ。好きだって。
でもそれはできない。何よりも優先すべきことはエディ君の心身の安定と健康だ。
もしエディ君に告白して、あまつさえ両想いになってしまったら最後、僕は一気に恋愛のあれこれに大きな比重を置いてしまうようになるだろう。多分暴走気味に。
予言しよう。恋人関係になったら、絶対に僕たちは最後まで止まらない。止まれない。
自分でも意外なことに、僕はかなり乙女チックでエロチックな性格をしているようだから(エディ君は男の子なので言わずもがな)。
出来る限り、僕は僕をコントロールしなければならない。
きっとそれが、僕が文系男子の記憶を持ったままこの世界に来た理由だ。
新しい体が僅か10歳相当である理由だ。
女神様は。
僕を僕のまま。
成長期前の少女に宿らせた。
僕は勇者のサポーターだ。
だから、高度な教育によって培われた論理的思考と倫理観を駆使し、エディ君を健全な方法で支えていかなくてはならない。
一方で、感情を抜きにしたロジックだけでは思春期の男の子を助けることなんてできない。
正論だけでは足りない。
そのための女性性。乙女心。感情。熱を持ったエモーション。
しかし、ここでもし僕がエディ君と同じ肉体年齢の12歳ロリ天使だったとしたらどうか。ロリはロリでも危ないロリである。ましてや、15歳のミドルティーンや18歳のハイティーンの天使だったとしたら?
女神様が性欲を弄らない限り、間違いなく体を持て余していた。何故か。復活の神殿で必ず裸同士で抱き合うからだ。それで肉体に宿る本能に負けてしまい、エディ君を誘惑してねちょねちょの関係に陥っていたと断言できる。それなんてエロゲ、である。
だからこそ、10歳ロリ天使が大正義。11歳、12歳でもギリギリアウト。また、9歳以下の余りに小さな体型では色々と支障が出てしまうだろう。
冗談でも笑い事でもなく、今の体が大きすぎず小さすぎずのギリギリセーフな肉体年齢なのだ。劣情に振り回されずに仄かな恋心を秘め持つためには。
……。
…同い年くらいのロリ天使だったとしたら、多分エディ君だって…、むにゃむにゃ。
男性性と女性性の両方を活用し、浮足立つロリを制御しつつ、論理と感情の両輪でエディ君をサポートする。受容と共感の精神も忘れずに。
パーフェクト。
なんと完璧な調整。色恋に現を抜かすことなく使命に邁進するには、僕は『10歳』の『少女』でなければならなかった。
エディ君は『12歳』の『少年』だから。
流石女神様と崇め奉るばかりだ。
…ただし。
問題があるとすれば、一つ。それは、日に日に成長し続けるこの幼くも温かな恋心をいつまで抑え続けられるか、ということ。
今も鼓動のシュプレヒコールが本能的な柔らかい部分を叩き続けている。
理性の防波堤が決壊してピンク色の感情が溢れ出す日はそう遠くないかもしれない。
分からない。この心は未知のものだ。女神様も測定してくれない。
もし溢れてしまったら、僕はまず間違いなくエディ君にキスの嵐を降らせるだろう。くんずほぐれつしながら。その自覚と自信がある。
くわばらくわばら…。




