● 038 日記Ⅱ
『5月20日(レヴァ日;紫の日)』
快晴、微風。
休息日にエディ君と二人で中央広場の週市まで散歩をしてゆっくり過ごした。
ただそれだけの日だ。それだけの。
そして、僕がエディ君に初めて心を奪われた日。初めて恋をした日。
ああもう。一体、僕は何を書いているんだろう。
後ろのベッドに当のエディ君がいるのに。
こうして書いている最中に、不意にあの時の彼の横顔を思い出す。そしてまた、ドクンと胸が跳ねる。まるで不整脈のようで、恋の病とはよく言ったものだ。
今も顔が火照っているのを感じる。きっと顔が赤くなっている。これが少女の恋か。アキラという少女の。僕自身の。
秋月昭という少年がどうしようと頭を抱えている。でも、それでもいいか、という思いもある。
少女になってから、まだたった20日くらいしか経っていない。でも、もう20日経ったとも言える。
我思う、ゆえに我あり。
レットイットビー。
人間万事塞翁が馬。
僕はここに。あるがままに。幸運は不運に、不運は幸運に。
理解もできるし、納得もできる。否定する理由は一つもない。
小学生の初恋だと思えば可愛いものだ。
今日という日を決して忘れないために、ここに書き記す。
◆◆◆
『5月21日(カイア日;赤の日)』
――第7回ウィバク黄昏領域解放戦
消費魔力4620
・エディンデル976、アキラ1844、マナ結晶(四等級6個)200×6、守護印600
撃破数1320
・兵士級808、戦士級402、騎士級110
撃破累計4758
まず、僕もエディ君もキャパシティの成長が大きい。
前回の戦闘直後と比較して、今朝の最大魔力はエディ君が974から976に、僕が1841から1844に増加していた。それぞれ4日で2~3エルネの自然成長をしたと思っていいだろう。
なお、消費魔力にはウィバク黄昏領域までの移動に要した魔力も含まれている。今日は向かい風で、2人合わせて約80エルネを消費した。こういう細かなところでも、魔力が誤魔化しのきかないリアルな物量であることを実感させられる。
復活直後のキャパシティは、エディ君が1228エルネ、僕が2486エルネまで増加。
僕の成長速度がエディ君より速いのは、それだけ天使の機能が勇者の支援に特化しているからだろう。
残る陰魔は約73000体。もし勇者と天使の成長に限界が設けられていないのだとしたら、2人とも魔力が1万を軽く超えるかもしれない。
現在のところ、エディ君が聖剣に籠められる最大内包魔力(=最大出力とする)は最大射程は、通常出力の加護込みで223エルネ。最大射程は380メートル。最大出力の加護込みでは307エルネ、最大射程451メートル。
聖剣の威力と射程は、戦略上非常に重要な数値になる。
そして、光の加護にはエディ君が使用する全魔法の内包魔力、魔力密度、発動速度の全ての限界値を上昇させる効果もあることが判明した。いわば練度の底上げであり、限界突破をもたらす効果と言ってもいい。解放戦では聖剣や加護を常に使用していたのでこの効果を今まで見落としていた。例えば、エディ君のウィンドエッジの最大出力は10エルネ、ウィンドブレードは126エルネだが、通常出力の加護を使うとそれぞれ1.6倍の16エルネ、202エルネまで出力を上げられる。身体強化、知能強化、時間加速、慣性制御、魔力供給、限界突破(※更に、僕が光の加護自体をブーストすればそれら全ての効果が上昇する)。そして、光の花。この聖術は本当に万能の支援能力を有している。もしかしたら他にも見落としている機能があるかもしれない。世界でただ一つの、エディ君の為だけに存在する魔法だ。
実戦では魔力消費速度と供給速度、回復速度のバランスを考慮し、エディ君は全力の7割ほどでややペースを抑えて騎士級と戦っている。聖剣から消費された魔力はエディ君のキャパシティから半自動的にチャージされるため、今の所戦闘中に聖剣の内包魔力が枯渇したことはない。
聖剣は小剣状態を維持するだけでも若干の魔力が継続的に失われていく上に、光刃による攻撃を放つ度に多くの魔力を消費する。射程が長いほど消費量も増大。加護や天衣等、他の聖術の使用と維持で目減りしていく魔力も合算して、平均して騎士級1体につき約20エルネ程度で撃破できている。
ただ、やはり兵士級と戦士級は数が多すぎて、騎士級は強すぎる。天盤結界を背にして戦っているとはいえ、三階級の陰魔が入り乱れた戦いはとても厳しく、敵が押し寄せる程消耗が増加していく。
それでも、塵も積もれば山となる。
エディ君が聖剣を振るう度、陰魔を倒す度に彼は確実に強くなる。きっと、どこまでも。
胸の高鳴りは大丈夫。ちゃんと抑えられている。
裸で抱き合っていてもほんの少し高鳴る程度。だから、大丈夫だ。
◆◆◆
『5月22日(フレミオ日;橙の日)』
快晴、微風。絶好のハント日和。
狩場はレベル2エリア、ドーウィ森林辺縁層。主な獲物はヴァイススネーク、ハードリザード、アーミーホーネット。
エディ君のウィンドエッジが冴え渡り、すぐにカサンドラさんのコンテナが満杯になった。
その帰路、鉄板の鋼鉄級ハンターになってからはカサンドラさんが同行できなくなると告げられた。
その理由は、安全上の問題と、魔物の大型化。その為、ハンターが帰還してから護衛隊付きの回収班が改めて狩猟区へと派遣されるようになるのだという。リリアさんが同行した時のハントはあくまでも例外扱いだったらしい。説明を受けると納得するしかない現実的な問題だった。
楽しみにしてるよ。若造たちを引き連れて、あんた達の獲物を町に持ち帰る日をね。
そう言ってニカッと笑うカサンドラさんに思わず抱きついてしまった。その勢いとテンションに任せてエディ君にも抱きついた。ハグはセーフなので問題ない。毎晩してるし。
ハグのチャンスはできるだけ逃さないようにしよう。
収入は39万6350レン。
どうやら輝石級のハントでは40万くらいが限度のようだ。
リリアさんのお店で在庫が潤沢になった四等級マナ結晶を6個購入。48万レンの出費。
金銭管理についてはエディ君にお任せで、細かく口を出すつもりはない。なんと言っても、僕は10歳ロリなので。お金の使い方に口出しをして嫌われたくないというのもある。
どこで噂を聞きつけてきたのか、喫茶店で久しぶりに会ったセーラちゃんは「私もアキラちゃんのチョーカワの私服見たーい!」とご所望だった。
噂がどういうふうに広まっているのかちょっと気になる。いや、気にしすぎないようにしよう。
◆◆◆
『5月23日(サルファス日;黄の日)』
地球では水曜日に当たる黄色の日。僕たちにとっては一週間の中休み。
この世界に来て初めての雨の日で、窓の外から聞こえるパラパラという雨音で目が覚めた。
宿の方から和傘のような木と紙でできたお洒落な傘を貸してもらった。
傘は一つ。なので、相合傘でのんびり銀龍街の散歩をした。
たまにはこういう日もいい。雨の日が好きになりそうだ。
夕方からは読書と将棋、夜は魔法講座。
テーマは錬金術について。化学反応は化学の授業ほぼそのまま。魔導反応は物質と魔力が結合する反応であり、多種多様な魔力合成物を作り出す。錬金術はその二つの反応を魔力によって操作、制御する魔法だという(魔術によって生み出される純粋な魔力変成物は特殊な位置づけ)。
魔石照明の作成が錬金術の初歩。ネクタル水とマナ結晶の生産が錬金術の基本。極めればリリアさんのように元素変換すら可能になる。
他、錬金術製の魔剣やマジックアイテムと、魔導帝国時代に製造されたアーティファクトについて。
詳細は別途資料参照。
◆◆◆
『5月24日(エシス日;緑の日)』
昨日の深夜、エディ君が悪夢にうなされて目を覚ましていた。幸い僕も目が覚めて気付けたけれど、ベッドが別々のままだと見過ごしてしまう夜もあるかもしれない。もしかしたら、既に今までにもあったのかもしれない。もしそうだとしたら天使失格だ。
――第8回ウィバク黄昏領域解放戦
消費魔力5518
・エディンデル1230、アキラ2488、マナ結晶(四等級6個)200×6、守護印600
撃破数1535
・兵士級951、戦士級463、騎士級121
撃破累計6293
少しは添い寝の効果があったのか、エディ君の調子は悪くなかった。
戦いを重ねるごとに僕が使う聖術の練度も上がっていて、以前よりも加護の魔力供給機能が向上。騎士級との交戦でも魔力消費のペースに余裕が出てきている。
しかし今回交戦した騎士級小隊の編成数が14体、13体、12体、14体、15体と上振れしてしまったせいで激しい混戦となり、魔力の損耗が大きくなってしまった。運が悪かったと気持ちを切り替えよう。
復活直後のキャパシティはエディ君が1502エルネ、僕が3002エルネ。僕はエディ君の約1.9倍の速度でキャパシティが成長しているようだ。
避けられない全裸のスキンシップは甘んじて受け入れよう。こればかりはそういう仕様で、仕方のないことだから。
少女の恋心はきっちりと封印しているので問題ない。
ないったらない。
◆◆◆
『5月25日(メルギア日;水の日)』
レベル2エリア、ドーウィ森林辺縁層でハントを行った。
レベル4エリアの中層から迷い出てきたレベル3モンスター、アイアンスパイダーとヴェノムサーペントと一体ずつ遭遇。
ハンターランクの昇級条件を満たすため、まずエディ君が単独で鉄蜘蛛と再戦。内包魔力を30程度に抑えたウィンドブレードで見事に一刀両断。カッコいい。文句なし。
次に僕が縞々模様の毒蛇と戦い、とぐろを巻いて光の結界ごと締め上げてきたところをぶっつけ本番水属性中級魔術『ウォーターキューブ』で覆い、我慢比べの耐久戦で窒息させて勝利した。限界まで魔力を籠めて作ったのは一片1.8メートルの巨大な立方体で、最大出力約100エルネ。造られた天性の才能にあかせた御大尽戦法だけど、勝てばよかろうなのである(窒息したんだから蛇にも肺あるよね?)。
そして無傷のまま溺死したストライプサーペントはまたしても剝製職人に買い取られたそうだ。僕を飲み込めるくらい大きな蛇の剥製。怖いもの見たさでちょっと見てみたいかもしれない。
ハントの結果は、44万1635レンの収入(四等級マナ結晶を6個購入し、48万レンの支出)。
白猫庵のマスコットアルバイター、セーラちゃんはコミュニケーションスキルは今日も絶好調だった。
「きっとあと一回くらいでランクアップすると思うよ」と赤鉄級昇級直前祝いという理由を付けてパフェを奢ってもらってから「二人ともずっと女神教の法服のままだよね。二人ならマジッククロス似合うと思うなー。見てみたいなー(チラッチラッ)」とのこと。
マジッククロス。
アーマーやローブには該当しない、ハンターの人達が身に付けている魔法少女風衣装の正式名称だ。
走ったり跳ねたりしながら(達人なら空を飛びながら)、魔法を撃つのが得意なヒットアンドアウェイ型の魔法使い向けにカスタマイズされた魔法の衣だという。特に(見た目)年若い射撃系魔術師や格闘系仙術師が好んで着ているそうだ。
僕たちには色鮮やかなマジッククロスがよく似合うはずだとセーラちゃんは拳を握って力説していた。時折、ローブの襟首や裾から覗く色鮮やかな天衣の布地に視線をやりながら。マスターさんからお叱りを受けるまで。
まあ、これだけ距離が近ければ気付いているよね。きっと、カサンドラさんも。裾から覗く白いローファーも目に付くだろうし。
確かに勇者にも天使にもそういう衣装はよく似合うだろう。マジッククロスは天衣そっくりだから。
というより、この天衣は地上で流行っているマジッククロスを参考にして女神様がアレンジして造ったものなのかもしれない。そんな気がする。
それはそれとして。
さて、どうしよう。エディ君に要相談だ。
◆◆◆
『5月26日(ウォルン日;青の日)』
連日でドーウィ森林辺縁層でハントを行い、40万2398レンの収入。全額貯金。
また、セーラちゃんの予想通り、この日の成果で一定の業績というもう片方の昇級条件を満たしてめでたく赤鉄級にランクアップした。
ランクアップできたことももちろん大事だけど、それとは別に、新しい段階へと踏み出した記念日でもある。
この日、僕たちは薄墨色の法服を棚に仕舞い、色鮮やかなマジッククロス(天衣)をまとって仕事へ向かった。
エディ君は雲のような白地に真紅の紐と服飾があしらわれた白衣と、スカートのようにも見える鮮紅色の袴。
僕は雪のような白地に紺碧や群青、浅葱の流麗な文様と服飾が散りばめられた長袖のワンピース。
中性的巫女風勇者(超絶似合ってる)と妖精風銀髪ロリ天使(王道オブ王道)。こうして、改めて文字にして見るだけでも中々凄い。ちょっと目を逸らしたくなるくらいだ。
とはいえ、魔法少女スタイルはレヴァリアで確立している実用的な武装だ。多少人目を引く恰好とはいえ、公共の場で姿を晒しても決して非常識ではない。ふりふりピンクのマジカルガールを天下の往来で見かけたことだってある。
だから覚悟さえ決まれば、羞恥心はそんなになかった。ないったらないのだ。
それ以外は全部いつも通り。
すれ違う人たちからの注目度が上がったくらいで、幸いなことに否定的な視線は全くなかった。
カサンドラさんもリリアさんも僕たちの姿に一瞬だけ驚いた後、『こういうことがあってもおかしくない』という感じの表情でよく似合っていると誉めてくれた。
狩りを終えて森から帰ってきた時には、アルバイトが休みなのにギルド会館で待ち構えていたセーラちゃんにやばかわ、とハグされた。
周りの先輩ハンターの方々は、天使か、天使だなと遠巻きに大絶賛のコメントをしてくれていた。
どうやらこの世界でも『天使』は少女的存在に対する最上級の誉め言葉として一般的に(?)使われているらしい。
神様が仕立てたかのような無縫の天衣をまとった見た目12歳ショタと10歳ロリの2人組。
ある日を境に突然辺境都市に現れ、あっという間にくず鉄ハンターに駆け上がった新進気鋭の少年少女。
しかして、その正体は…?
資金不足に喘ぐ勇者と天使です、とは中々告白し辛い。
 




