● 036 史実
昨日と一昨日は陰魔退治と狩猟の二連続勤務だったので、今日はお休み。
しかも二連休の初日。
思う存分ゆっくりしよう。
手慣れてきた手順で髪を一房だけ三つ編みにしてリボンを結び、私服のワンピースとカーディガンを着て休日用の身支度をする。守護印のネックレスも忘れずに。
「今日もよくお似合いです」
「お兄ちゃんもよく似合っています。どこからどう見ても最先端のシティーボーイです」
「シティーボーイ…。アキラさんはお洒落な古代語をよく知っていますね」
「それほどでも」
お洒落。
なるほど、そう聞こえるのか。
今更だけど、この世界のカタカナ語的横文字言語に相当する『古代語』は、かつてレヴァリアを治めていた魔導帝国の『貴族語』のことだ。元々の貴族語はもっとネイティブな発音だったようなのだけど、日本語的な日常語の影響を受けたせいか、この時代での古代語は音感が和製英語にとてもよく似た感じに変わっている。
魔導帝国時代でも使われていた、魔法や魔物の名前、魔力と関連した事象を指す言葉は今でも古代語としてそのまま残っている。その為、それ以外の古代語も高尚な教養として上流階級等で教えられてはいるものの、日常的に使うには異国情緒に溢れすぎている印象があるようだ。
だから、使いようによってはとても洒落た表現に聞こえる場合もあるらしい。
女神様のサービスで、僕の頭の中には日本語っぽい日常語、英語っぽい古代語、そしてラテン語っぽい神聖語の三種類の言語の知識が詰まっている。
もう一つの神聖語というのは『光の加護』等の聖術で用いられている言葉で、この世界でもほとんど廃れているみたい。
ちなみに、心の中で使う内言が(未だに)日本語なのは…、崖っぷちの戦いを生き抜くために前世の僕の意識と記憶を必要としているからだ、と認識しておこう。深く考えすぎない方がいいかな。
「じゃあ…、お兄ちゃんはジェントルマンです、というのはどんなふうに聞こえますか?」
「ジェントルマン…。ちょっと大袈裟すぎて恥ずかしいです…」
というふうに、脳内辞書があっても微細なニュアンスの感じ方や伝わり方までは完全に把握できていないので、相手がどう受け止めるかは実際使ってみないと分からない。
ふむ、確かに年頃の男の子にジェントルマンって言うのは前の世界でも大袈裟すぎるかな。女の子にレディーと呼びかけるのが気障っぽいのと同じ感じだろう。
「こほん。お兄ちゃんはクールでキュートでラブリーなボーイフレンドです」
「アキラさん?」
ちょっと調子に乗ってみた。そして伝わった。きっと修業時代に古代語も真面目に勉強していたのだろう。
かなり際どい発言だったらしく、エディ君が顔の赤みを隠し切れないままジト目で見詰めてくる。遠慮がない感じがするからこの目好き。
「ごめんなさい、意味がちょっと過激でしたか?」
「もう…。そういうこと、他の人に言ったら駄目ですよ?」
「大丈夫です。こういうことはお兄ちゃんにしか言いません」
「それはそれで問題が…。ボーイフレンドの意味、ちゃんと分かっていますか?」
「くす。そろそろ食堂に行きましょう」
「ですから…」
そのですね、ボーイフレンドというのは…、とぶつぶつ呟いているエディ君の手を引いて寝室から宿の廊下へと出る。
いい感じで休日の日常会話ができたと思う。自画自賛。グッドコミュニケーション。
天使モードから妹モードへの切り替えはスムーズに完了済み。お兄ちゃんもいい感じでゼンマイを緩めることができているようだ。
「おはようございます。いい天気ですね」
「おはよう。今日は休みかい?」
「ふふ、おはよう。いつも仲がいいわね」
毎朝、エディ君は廊下ですれ違う女中さんや料理長さん、他の宿泊客の人たちに律儀に挨拶をしている。社交性の高さが眩しい。頑張っていると思う。
ただ乗りするように、僕もつられて一緒に明るく挨拶をしている。でも根っこはインドア派の陰キャなので、エディ君がいなかったらこんなふうに挨拶ができていたとは思えない。金魚のフンならぬ勇者のフンの天使です。
でもまあ、最近は10歳ロリの体と乙女脳に引きずられて前よりも愛想がよくなってきたような気もするかな?
あるがままに、だ。そして塞翁が馬。
すれ違う人たちの反応を見るに、先日買ったばかりの新しいワンピースがそれなりに好評を得ているようで嬉しい。自意識過剰でなければ。多分。
煌びやかな天衣を隠すために今までずっと全身を地味で無彩色な法服で覆っていたから、この私服は色合い的にも雰囲気的にも目立ちやすさが全然違うだろう。
特にエディ君の変身ぶりは凄まじい。清潔感溢れるファッションにサラサラの髪のポニーテールと来れば、王子様か王女様がお忍びで街に遊びに来たのではという錯覚すら覚える程だ。決して誇張ではない。
僕については、まあ。
外面は超絶ロリだと自覚しているので。うん。甘んじて注目の的となることを受け入れる所存である。
「エディ君。明日はのんびり過ごすとして、今日は勉強の日にしようと思っています。それでも構いませんか?」
「勿論です。お休みの日にしかできないこともたくさんありますから。授業範囲以外の勉強をしたり、鍛錬をしたり…」
「もしかして、休日はいつも自主勉強と自主鍛錬に励んでいたんですか?」
「ええと…。…はい。騎士になるための修行を自分なりに…」
「お兄ちゃんは昔からワーカホリックだったんですね」
「ワーカホリック…。物凄く不吉な呪いの言葉のように聞こえます」
「ある意味呪いそのものです。でも大丈夫です。僕がついている限り、お兄ちゃんを仕事中毒にさせたりはしません。何をするにしても、健康的で文化的な生活が一番です」
「分かりました。でも、ボクはもうアキラさんの中毒になっているようなものですよ?」
「えっ」
「あ、ごめんなさい。つい。その、お休みの日だと思うと気が緩んでしまっていたというか浮かれていたというかですね」
「い、いえ…」
「(真っ赤)」
不意打ちで顔が熱くなる。やば。
全く、たまーにこういう不意打ちをしてくるからエディ君は侮れないんだよね。というか自爆してるし。
まったく、もう。
「んっ、僕の中毒になるのは問題ありません。健康的な生活はできますから」
「は、話を続けるんですか…!?」
「せっかくお兄ちゃんが口説いてくれたので。こんな場所で」
「あっ」
そう、こんな場所で。
食堂で朝食中です、僕たち。当然、他の宿泊客の皆さんも大勢いる。ワイワイ、ガヤガヤ。
さっきからチラチラ見られていたから、エディ君に何か言われた僕が赤くなってしまったのも目撃されたはずだ。
だから、生暖かい視線が僕の方に何本も向けられているのは決して気のせいではない。
この視線の行き先をエディ君の方に擦り付けるためなら、僕だって心を鬼にするよ。
「寝る前に、頬とおでこ、どっちにキスされるのがいいですか?」
身を乗り出してこそこそと耳打ちして、これでイーブン。
こっちも盛大に自爆したような気がするけれど、気のせいだろう。きっと、恐らく。
◇◇◇
心的な熱が冷めやらぬ中、午前中は予定通り勉強に時間を当てることにした。
鉄は熱いうちに打てというし、コンディションは決して悪くない。
勉強科目は地理と歴史。
生きていく上での必須科目、ではないけれど、僕の立場で無教養のままではいてはいけない。優先すべきことがあっても、これ以上後回しにするのもよくない。
その勉強の為と、食後の散歩も兼ねて銀星街の書店へ行き、手ごろな値段の世界史の本と世界地図、テイガンドの地図を探した。
もちろん、節約するためには図書館へ行ったり、ハンターギルド資料室を利用したりする方がいい。
ギルドの正式な一員として税金を払っているので、僕たちはどちらも無料で利用できる。
でも今回は知識をお金で買う、という意味で本を買うことにした。いつでも読み返したり書き込みができる分、決して無駄遣いではないはずだ。それに高い買い物をした以上、ちゃんと勉強をしないと払ったお金が無駄になってしまうので、その分勉強に身が入るだろう。
それが歴史書の購入を決断した一番目の理由。
二番目の理由が、宿のベッドで2人きりでリラックスしながら勉強会を開きたいという駄々洩れの欲望を満たすためだ。だって図書館だと他人の目があるし…。
二番目の方が本命ではないか、という内心の突っ込みは至極もっともである。否定はしない。
こほん、話が逸れてしまった。
歴史書と世界地図は手ごろと言ってもどちらも数万レンの値段をしていた。更に、書店内にはなんと鍵付きのガラスケースがあり、数十万から数百万レンもする専門書がいくつも並べられていた。うやうやしく、まるで宝石や高級時計のように。
そういえば、雑貨店でも軽く数万から数十万以上する調度品が当然のように並べられていたなあ。
生活必需品の値段と、それ以外の嗜好品や書籍の値段がかけ離れているように感じる。前者はともかく、後者は明らかに庶民的ではない。
ひょっとしたらこの銀星街は高級商店街だったりするのだろうか。通りと隣接しているこの宿だって立派だし。最初に暮らし始めた場所がかなり高水準だったのかもしれない。あとで他の市場や商店街と比べてみた方がいいかも。
また思考が逸れてしまった。
天使の頭脳は極めて優秀な分、高速思考を使いこなすのは本当に難しい。精進しないと。
そう、勉強と言えば学校だ。このテイガンドは南端の辺境都市であるにもかかわらず文明度はかなり高く、公立の初等学校と高等学校が設立されている。
ただし入学は義務ではない。つまり義務教育はない。教育を受ける権利は誰にでもあるが、初等学校で四則計算の授業を受けるだけでもかなり高額の学費が必要になるという。
三種の魔法血統の恩恵により、レヴァリアの人々は壁に囲まれた都市内で慎ましく生きていく限り苦労はさほど多くない。魔女の血によって半数以上の市民が光や火の魔術を日常的に使える為、電気ガスのインフラが必須ではないからだ。魔術以外にも、仙人の血で大きな荷物を一人で楽々と持ち運べるくらい力持ちになれたり、賢者の血で飲料水や衣料品等の単純な必需品は自分たちで生産できたりする。魔法を使えない人類は既に淘汰され、誰もが生活を便利にする魔法を何かしら一つは持っている。
けれど、必要以上の娯楽や情報を求めようとすると途端にハードルが跳ね上がり、都市外に生活の糧を求めるとモンスターとの厳しい生存競争に直面する。
その全てが個々人の自由と才能に委ねられている。
世界は死と神秘に満ちている。
かつて、高名な歴史家がそのようにレヴァリアを評したという。
また、とある神学者は長く語り継がれる遺言を残した。
女神は、ただ光と希望を投げかける。愛は私たちが生み出さなければならない、と。
……。
死と神秘が身近にあり、愛がとても貴重で、実力主義的で個人主義的な社会的風土が出来上がった理由は、手元のハードカバーに陰に陽に記されていた。
極めて物理的で人間的な要因による史実と、極めて幻想的で悪夢的な要因による史実が混じり合った歴史。
――手に入れようと思えば誰でも手に入れることのできる市販の歴史書には、目の眩むような混沌が書き綴られていた。
◇◇◇
――数億~数十億年前
光の女神(名は『光』、あるいは古代語でライト)が三小神と宇宙、そして闇の魔神を創造。
宇宙に浮かぶ惑星『アース・スフィア』に四天使が降臨。原始的な生命、植物、動物、そして人間の祖先が誕生する。
物質世界を欲した闇の魔神が堕天し、アース・スフィアに侵略。直ちに光の女神によって地底深くに封印される。
「闇の魔神はどうして創造されたのでしょうか」
「その理由は歴史書にも聖典にも記されていません。実在する根拠も…。ただ、テル様は闇の魔神の存在自体は疑っていないようでした」
「テル様が…」
――数百万~数千万年前
天使レヴァの導きにより知性を発達させた人類が文明社会を興す。
最初で最後の、科学技術のみで人類社会が興隆する。アース・スフィア全土に高度な都市が多数建設される。
「科学技術のみ、ということはこの頃は魔法のない世界だったのですか?」
「はい。地下深くから発掘された希少な遺物が正しければ。そして驚くべきことに、かつての人類は科学のみで栄華を誇り、全人口が百億近くにも達していたそうです」
「百億…」
「途方もない数です。かつてこの世界にそんなにも多くの人達が暮らしていたなんて、ボクには想像もつきません」
――数十万年前
ある日、アース・スフィア全土が魔力で満たされる。
魔力の影響を受けた動植物が魔性生物へと急速進化、変貌。
動植物から変化した魔物と人間から変化した魔族の侵攻により、人類文明が壊滅的な被害を受ける。
「結局のところ、『魔力』とは何でしょうか」
「根本的な問いですね。ボクなりには『尽きることのない精神的なエネルギー』だと理解しています」
「そのようなエネルギーが、ある日突然この世界に出現した…」
「はい。しかもただ現れたのではなく、地表全てを覆いつくすくらい、極めて大量に」
「そうなった理由は?」
「根本的な理由は、現在も不明のままです」
――数万年前
生き残った人類の中から、人間のまま『魔法』を扱う者達、すなわち魔女、仙人、賢者の集団がアース・スフィアの三ヶ所でほぼ同時期に出現する。
それぞれを始祖とする3つの魔法都市が建造される。ほぼ同時期、魔法系統樹の存在が初めて観測される。
魔物の一部が知性を得て大陸の一つを制圧。後に龍族と分類。
魔族と龍族が同盟を結び、また当時最も強大な魔物『腐食虫ハルテリオン』が利用され、各魔法都市が同時に襲撃される。天魔戦争の勃発。以降、幾度かの休戦を挟みながら、数千年に渡って人類と魔性生物との戦いが延々と繰り広げられる。
「天魔戦争…。人間は何万年も前からモンスターと戦っていたんですね」
「当時の魔法都市は高度な科学技術も有していて、魔法と科学を融合させた超兵器によって敵の軍勢と互角以上に戦うことができていたそうです。もしもこの後何も起きなければ、人類が再び地上の覇者となっていたかもしれません」
――新暦0年(約5000年前)
天魔大戦の休戦期に闇の魔神が復活する。原因不明。魔神が創造した陰魔にはあらゆる既存魔法や科学兵器、物理事象が通用せず、人類も魔性生物も等しく蹂躙される。
光の女神が地上に顕現し、一時的に陰魔の大群が全て消滅。また、降臨した天使レヴァが大結界へと変じ、アース・スフィアの一地方に最終生存圏『レヴァリア』が形成される。新歴元年。
「この時、光の女神様が初めて人の前に姿を現したのですか?」
「はい。5000年前に残された記録では、本当の神である女神様が数秒間だけ顕現され、その直後に天から降臨されたレヴァ様が生き残っていた人々をこの地へと導かれました。そして最後に、御自身を大結界へと変化させて人類を救われたと…」
「ということは、それ以前は…」
「神の実在に懐疑的だった人も多かったと思います。けれど、女神様の顕現とレヴァ様の降臨によって人の歴史と認識は完全に変わりました。そもそも、女神様がいらっしゃらなければ、人間は滅んでいなくなっていたのでしょう。人類は本当は滅んでいて、この世は女神様が見ている夢だと主張する人もいます」
「……」
「…テル様も、そうかもしれないと仰っていました。そして、たとえそうであってもこの世は現実に変わりないと」
――新暦0年~約100年(~約4900年前)
陰魔に対抗するため、選ばれた人間達に聖術が与えられる。初代神子と初代勇者が選定される。
大結界の維持を司る神子を頂点とした女神教が発祥する。
三種の魔法が散逸し、およそ100年の最も暗い時代が訪れる。『魔女は隠れ、仙人は飛び去り、賢者は溶け消えた。』
レヴァリア内に残された人類が大小様々な国家を造り、血みどろの争いが各地で発生する。
「世界地図の通り、レヴァリアは大結界と等しく、直径約2000キロメートルの巨大な円形をしています。南端に聖樹の森が、北端に聖水の湖、そして大結界の中心に女神教大神殿と現在の王都セイヴリードがあります」
「アース・スフィアは一周約4万キロメートル…。惑星全体から見ればレヴァリアはほんの一部ですね。残された土地を巡って、次は人間同士が…」
「女神様の介入と、レヴァ様の命を引き換えにした奇跡をもってしても、地上から争いを消し去ることはできませんでした。きっとそれだけは、未来永劫…」
――新暦約100年~約300年(約4700年前)
レヴァリア中央部に魔導帝国が勃興。大神殿を覆うように、巨塔の都、帝都セイグリードが建設され、栄華を誇る。
かつての魔法都市の滅亡によって散逸した魔法体系を収集し、管理、研究を行うための魔法院が設立される。
地方では数多くの内乱と紛争を経て数万人規模の独立都市国家が形成される。
闇の魔王『陰黒龍ギラー』が大結界の一部を破壊し、大神殿に向けて侵攻を開始。同年、初代勇者と初代神子によって撃退される。第2代神子、第2代勇者の誕生。
レヴァリア西部地方に潜んでいた魔族の魔王『血主ウルギナ』が人類の統治権を主張し、数十万の軍勢を率いて魔導帝国に侵攻。第二次天魔戦争。同時期、レヴァリア東部地方のザクス山脈に定住していた龍族が支配域を拡大する。
――新暦約300年~約500年(約4500年前)
魔導帝国が支配地域を拡大。
レヴァリア外の西方の外洋深海に闇の魔王『暗黒帝ザハー』が発見され、年間約1万体の陰魔を生産し続けていることが判明する。
約300万体まで膨れ上がった陰魔の軍勢により大結界の一部が破られ、80万体を超える大群がレヴァリア西部に侵入。帝国とウルギナの軍勢が共に壊滅する。対処不能の陰魔を恒久的に封印するため、第6代勇者と第3代神子、女神教聖印軍の尽力によりヘヴンリーグ黄昏領域が形成される。以後、数万~数十万の陰魔が断続的に各地に侵攻。サヤ黄昏領域、ヒズキ黄昏領域、イナリーム黄昏領域が形成される。
陰魔を加えた四種の魔性生物の被害によって総人口が減少し続ける。
――新暦約500年~約800年(約4200年前)
魔導帝国が実質的にレヴァリア全土を支配下に置く。
三番目の闇の魔王『漆黒蝶ベゼー』が大結界を単独で侵犯し、レヴァリア内上空に出現。自爆を含んだ大規模爆撃により魔導帝国の第三都市ルジュアが壊滅する。およそ20年後、再び出現したベゼーによって第二都市ユークンが半壊。さらに20年後、壊滅的被害を受ける前に第8代勇者によってベゼーが討伐される。その後も約20年周期でベゼーが大結界を飛び越えて人類圏に出現し続け、最優先討伐目標となる。
第11代勇者によって初めてヒズキ黄昏領域が解放される。
ロドカ黄昏領域、ビャク黄昏領域、ギジン黄昏領域、ブーナ黄昏領域が形成される。
――新暦約800年~約1200年(約3800年前)
魔導帝国の崩壊。女神教大神殿を守護する帝都セイヴリードだけが遺され、都市国家同盟(セイヴリード同盟)の盟主となる。
最終皇帝の末子にしてセイヴリード同盟の英雄、ダイン・エヴァーが魔王ウルギナを討滅。第二次天魔戦争の終結。『エヴァーの黄金』。
一方、深海のザハーと不動のギラーの討伐は困難を極める。ビルミ黄昏領域、ジッカの黄昏領域、フォーローマ黄昏領域の形成。サヤ黄昏領域、ブーナ黄昏領域の開放。
――新暦約1200年~約1800年(約3200年前)
アイデ黄昏領域、コリンダイム黄昏領域、トトル黄昏領域、ミサロア黄昏領域の形成。
黄昏領域が10箇所を超え、レヴァリアの居住可能地域の5%以上が浸食される。
「魔神が復活してからの歴史は、陰魔との果てしない消耗戦なんですね。閉じられた世界で、何千年も…」
「陰魔の大群を封印する黄昏領域は天盤結界の力がしみ込みやすい清浄な場所から選ばれます。そういう所はほとんどが豊かな土地で、魔物も少ないので大勢の人が暮らしている大切な場所でもあるんです」
「じゃあ、黄昏領域が作られるということは、単に残された土地が削られるだけではないんですね」
「はい。貴重な田畑や都市が幾つも陰魔に飲み込まれ、人類全体の生存のために犠牲となってきました。ウィバクの地もまた、かつては黄金の小麦が波打つ広大な穀倉地帯だったそうです」
――新暦約1958年~1960年
原生の魔王『腐食王ハルテリオン』の暴虐。死者22万人。
――新暦2208年
ダイン・エヴァー直系の子孫であるダイン・ジールがアリタル朝を開く。ジールの長子オルドが第29代神子によってセイヴリード皇帝として戴冠される。
新生セイヴリード帝国の建国。帝都セイヴリードは帝都ダインとなり、神子と大神殿の力を借りて老朽化していた巨塔の大規模修復を行う。
――新暦2216年~2469年
第2代皇帝バッハが250年以上に渡って君臨し、安定した知世を続ける。『バッハの黄金』。
ハンターギルドとキャリアーギルドが設立される。各主要狩猟区と主要街道が再整備され、流通網が確立する。
――新暦2687年
第6代皇帝の崩御により、新生セイヴリード帝国が西セイヴリード帝国と東ロンザック帝国に分裂する。中央レヴァリアの不安定化。
――新暦2851年
レヴァリア北東部のミラクトル山の巨大噴火。龍族の魔王『真龍妃エス・エリス』が付近の村落を保護し、人類との和平を申し出る。『ミラクトルの和睦』。
――新暦3096年~3097年
魔獣の魔王『白獅子ケイアスビート』の暴走。死者17万人。ケイアスビートの死と、新たな魔獣の魔王『白眼狼デューディア』の誕生を以って終結。
――新暦3122年
東ロンザック帝国が内乱により滅亡。
――新暦3203年
レヴァリア東部のワイバース山脈でロアーオークの突然変異体が大量発生し、生息域を急激に拡大させる。討伐が追い付かず、およそ半月で2つの都市と5つの村落が吞み込まれる。『ワイバースの悲嘆』。
――新暦3430年
レヴァリア北西部、滅亡した魔族の小国から『巨人骸レッドクラウン』が出現し、死者の魔王として認定される。
――新暦3707年~3750年
錬金術師ケディゲンヘルが黄金錬成に成功。魔導帝国崩壊以降失われていた元素変換の錬成を復活させ、新技術と融合させて大量生産工場を建造する。錬金革命。『ケディゲンヘルの黄金』
――新暦3864年
城塞国家シャイマクのガヘン独眼王により西セイヴリード帝国が征服される。ガヘン王は魔導帝国の後継者を自称するも、魔族の王女との婚姻が発覚。以後行方不明となる。西セイヴリード帝国の崩壊。帝都ダインが王都セイグリードへと復古し、セイグリードの名と歴史が残される。
同年、セイヴリード同盟が復活する。
――新暦4025年
40箇所目の黄昏領域が形成され、レヴァリアの居住可能地域の20%以上が浸食される。人口減少率が――
――新暦4189年
セイヴリード地下迷宮で初代魔導皇帝の秘宝が発見され――
――新暦4266年
レヴァリア西部で魔族の魔王『鮮血姫フェアリエル』が渓谷都市カリオスを征服し――
――新暦4271年
レヴァリア東部で反エリス派の龍族連合が――
――――――
――――
――
――新暦4822年
大魔導師タキオスの時空凍結魔術により、漆黒蝶ベゼーがタキオス自身と共に永久封印される。以降、漆黒蝶は復活せず。『タキオスの黒点』
――新暦4873年
ウィバク黄昏領域の形成。同年、レヴァリア南部地方で大干ばつが重なり、大量の餓死者が出る。更に大量発生した魔物の氾濫により南端の辺境都市ガンドが滅亡。『ガンドの悲嘆』
――新暦4899年~5001年
第53代勇者テルによって13箇所の黄昏領域が解放される。
――新暦5002年4月4日
第53代勇者テルによって暗黒帝ザハーが討滅される。以降、年間1万の陰魔発生と侵攻が停止する。『テルの黄金』
――そして現在、新暦5004年。深海の暗黒帝は滅び、陰魔がレヴァリアを侵犯する脅威が休止したまま、約二年の時が過ぎた。今なお数千万の陰魔は健在であり、残された黄昏領域は36箇所。最大最強の魔王ギラーは動かず。年間人口減少が増加に転じ、人は『テルの黄金』というかつてない黄金時代を迎えようとしている。
「…闇の魔王は三体。陰黒龍ギラー、暗黒帝ザハー、そして漆黒蝶ベゼー。20年周期で復活する漆黒蝶を大魔導師タキオス様が自分ごと封じた時、テル様はまだ勇者になったばかりで、その戦いを見ていることしかできなかったそうです。その時の後悔を胸に、それから200年近く心を砕いて陰魔を殲滅し続け…、最期に、深海に巣食う暗黒帝をも撃ち滅ぼしました。あとは、魔神を守り続けているとされるギラーのみです」
「それで…。………」
「アキラ様?」
「歴史のこと、たくさん教えてくれてありがとうございます。エディ様は人に教えるのが本当に上手ですね。とても丁寧で分かりやすかったです」
「それほどでも…、その、どういたしまして」
「ところで、今更なことではありますが。エディ様はよく一人で大結界を越えて、ギラーがいる場所まで辿り着けましたね?」
「えっと、聖樹の森の南側は比較的陰魔が少なくて、全力で空を飛んだら辿り着けたというか…、それにその頃はちょっと自暴自棄になっていたので…。せめて最後に残った魔王を見ておこうと」
「なるほど。やっぱり」
「あ、えとその、怒っていますか?」
「怒っていません。今更ですし。ただ、また無性にエディ様をハグして、キスしたくなっただけです」
「う…」
「よしよし」
有言実行。
天使の記憶力に頼った情報過多の歴史の勉強を終えて、充実した疲労感を感じながらエディ君をハグをし、よしよしと撫でて、小さな額にお礼と労りを込めてキスをした。
後はもう、就寝時間まで思う存分二人でゴロゴロした。ニャンゴロ。ちょっとあざとかったかもしれない。
寝る前、もう一度ハグとキスをした。
今日もお疲れ様。
おやすみなさい。




