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● 035 狩猟Ⅲ(2)


 青空一割、枝葉九割の仄暗い森の中、三体の大きなロアーオークが並んで幹と枝葉を震わせて迫ってくる。

 硬い幹をもつ巨木であっても、幹を支えている地面ごと動かせば大人が歩くくらいの速度で進むことはできる。その実例が迫ってきている。

 思っていたよりも速い。油断しているとあっという間に接近を許すくらいの速度だ。


 それに、ロアーオークはただ無防備に近づいてくるのではなく、接近しながら土砂に混じる礫の散弾を何度も地中から弾き出してくる。



 キィィィ…!



 更に、この鳴き声のような音波。人の意識を刈り取る力を持った轟音が森の陰へと響き渡っていく。


 それらがロアーオークの呪術攻撃。

 本質的には、魔法と同じなのかもしれない。物理法則が一つの世界に一体系しかないように、全く異なる二つの魔法体系が一つの世界に混在しているとは考えにくい。呪術が魔法の一種である可能性が…。


 天眼水晶という、本来は不可視の魔力をも見通す聖術を得たからこそ、子どもの僕がそんな仮説を気軽に立ててしまえる。

 魔物が扱う魔力の質はくすんだ褐色の波線であり、光り輝いて緩やかな曲線を描く人間の魔力とは違っている。けれど、全く違うものだと言える程ではない。カオスな折れ線を描く陰魔の暗黒魔力の方がよっぽど異質だ。


 そのような強力な敵の魔法が何度も打ち振るわれる。土石と音波。しかし、そのどちらもが強固な光の結界に阻まれ、エディ君を傷付けることは決して叶わない。

 物理的なものであれ、目には見えない精神的なものであれ、女神様の結界は僕たちを害するあらゆるものを遮断する。そう理解していて、まさに今それが証明されている。


 人を精神的に攻撃し、失神させる呪術の完全な無効化に成功。高速で放たれる礫の散弾は戦士級狙撃体とほぼ同等の威力。耐久力は不明。聖術以外の魔法を無効化するという陰魔の特性から、単純な比較はできない。



「《ウィンドエッジ》」



 短い詠唱の後、エディ君の風魔術がロアーオークの三本の幹に一つずつ叩き込まれた。

 これまで相対した全ての魔物を一撃で屠ってきた風刃は、ここで初めて敵の強固な樹皮を浅く切り裂いただけで霧散してしまった。

 地面を掻き分けるようにしてロアーオークが迫る。石の散弾と呪いの鳴き声が通用しなくとも、この巨体と土砂の質量こそが本来の武器だといわんばかりに。このままでは光の結界ごとエディ君が地中に埋められるかもしれない。


 彼の表情に動揺はない。下級魔術程度では突破できないと事前に予想していたのだろう。すぐに続けてより上位の魔術が行使される。

 正確に言うと、天元風属性中級魔術。天地水火光の五元において、天の枠組みで想像される暴風の攻撃魔術だ。



「《ウィンドブレード》」



 古代語による命名規則は安直。しかし、安直だからこそ想像は堅実となり、期待された通りの確かな立像を生む。

 空想と言葉によって純粋な魔力から作り出されたのは、刃渡り3メートル以上の暴風の太刀。右手の五指が綺麗に揃えられ、その切先から鋭利な風の直剣が形成された。


 天眼水晶が二次元的に存在する魔力の輝線を捉える。暴風の太刀に込められた魔力量はおよそ90エルネ。エディ君のウィンドエッジは最大で10エルネ。実に9倍の内包魔力。中級魔術は魔力消費も威力も下級とは一線を画す。エディ君のキャパシティと比較しても、軽い消耗ではない。決して。


 荒々しい魔術を片腕に宿したエディ君がロアーオークへと一歩踏み込む。土砂の波濤が光の結界に衝突して二つに分かれた直後、低い姿勢から軽いステップで空中に躍り、一気に爆発するように腕を思い切り水平に振るった。

 静から動へ。左から右へ。切り返し、右から左へ。

 透明な直剣を空中で真一文字に放ち、大気を切断したかのような断絶音を二度響かせ、ロアーオークを根元から真横に切断した。



「見事」

「うん、すごいね」



 リューダさんとリリアさんの賛辞が聞こえる。 

 魔石が埋まっていた箇所を綺麗に輪切りにされ、ロアーオークの命が途絶えた。普通の樹木に戻ったかのように轟音を響かせて地面に倒れていく。

 それが正確かつ丁寧に3回繰り返された。つまり、暴風の太刀が合計6回振るわれ、三体のロアーオークが物言わぬ倒木へと変わった。


 ウィンドブレードはロアーオークを一体倒すごとに内包魔力の大半を使い果たし、エディ君がその都度80エルネ程をチャージしていた。また、光の闘気は維持のみで実質的な消費なし。

 レベル1のグラスウルフが4エルネ、レベル2のハードリザード等が10エルネで倒せているから、中間のレベル3を倒すには25~30エルネ程度の魔力を要するだろう。一撃必殺に必要な出力は、レベルが1上がる毎に2.5~3倍の計算。

 だとすると、もしレベル9モンスターを一撃で倒そうとすると…。単純計算で、少なくとも約8000、多ければ約20000の魔力が必要だということだ。


 ……。

 そう考えると、聖術は非常に燃費と攻撃性能が優れている。明らかにロアーオークより強い騎士級をたった20エルネ程度で倒せていることがその証拠だ。流石女神様。聖術さえあれば陰魔なんて雑魚同然です。その軍勢が何万もいなければ。



「お兄ちゃん、お疲れ様です。風の剣、とてもカッコよかったです」

「あ…、ありがとうございます」



 迷走する高速思考を打ち切ってエディ君を褒め称える。まるで聖剣のようでしたね、と視線で伝えると、慣れた戦い方なので…、というふうにエディ君がちょっと恥ずかしそうに目を逸らした。

 エディ君が中級の風魔術まで使えるということは事前のブリーフィングで教えてもらっていた(下級~上級の全属性魔術については、別途資料参照)。あれが最善の戦い方だったし、本当にカッコよかったので何も問題ない。


 うーん、勝利を祝福して頬にキスするくらいなら、友人関係でも問題ないかな?



「二人ともお疲れ様。うん、本当にびっくりしちゃった」

「あの力…。いや、いい。いいものが見れた。将来が楽しみだ」



 おっと残念、時間切れだね。



「あの魔術剣は見事だったが、あと一段階は圧縮できる。コツを教えよう」

「あっ…、はい。ありがとうございます」


「実物の剣のイメージに囚われるな。魔力の剣に必要なのは、薄氷よりも薄く鋼鉄よりも強靭な刃のイメージだ」

「薄氷よりも薄く、鋼鉄よりも強靭な…」



 その後、リューダさんのアドバイスによってさらに切れ味と射程が増した風の魔法剣によって、ロアーオークが何体も狩られていった。途中で乱入してきたアイアンスパイダーという鉄分を多分に含んだ外殻を持ったレベル3の大蜘蛛も、エディ君の一撃で両断されてすぐにカサンドラさんのコンテナ行きとなった。斬鉄!


 見るからにエディ君のモチベーションが上がっていっている。命がけの仕事に真面目に取り組み、とても楽しそうだ。僕としてはそれが一番嬉しい。



「ユウ君って凄いね。ううん、凄いなんて言葉じゃ足りないくらい」

「はい。お兄ちゃんは世界一凄い人ですです」


「ふふっ。でも、アキラちゃんの魔法だって凄いよ。あの結界、外側から来る敵の攻撃は完璧に防いで、内側からの自分の攻撃はそのまま素通りさせてるよね。間違いなく二重時空構造を応用した高等魔法だよ」

「二重時空、ですか?」


「うん、魔法にはそういう理論があるの。物理時空層に重なる数理時空層っていう…、あ、また難しい話をしちゃってごめんね」

「あ、いえ。そういう話には興味があります」


「そうなんだ。ふふっ、アキラちゃんは賢いね」



 リリアさんは優しく笑う。光の結界に興味を示した一方で、どうしていつもエディ君と二人で行動しているのかとか、どうしてハンターになったのかということは一切聞いてこない。

 配慮も多分にあるとは思う。でも…。

 もしかして、ほとんどバレてる…?

 いやまさか。エディ君と僕が勇者と天使で、二人きりで陰魔と戦っていて、山ほどのマナ結晶を必要としているなんていくら何でも予想がつかないはずだし…。


 うーん…。



「リリアさんにはいつかちゃんとお話します。いつか…、きっと」

「うん、待ってる。私はいつでもいいからね。どんな話でも、きっと私はユウ君とアキラちゃんを信じられると思う」


「ありがとうございます」

「ふふっ…。よしよし」



 この小さな頭を撫でる手が、途方もなく優しい。


 うん、やっぱりある程度は察してるっぽい。

 少なくとも、のっぴきならない事情があることは。


 感謝も打算もひっくるめて、リリアさんには本当のことを知ってほしい。だからちゃんと打ち明けよう。僕が天使でエディ君が勇者であることも。テイガンドの近くにあるウィバク黄昏領域で陰魔の大群と戦い続けていることも。陰魔を殲滅するにはたくさんの魔力が必要で、何度も死と復活を繰り返していることも。


 でも、それはいつのことになるだろう。

 どこで踏ん切りがつくだろうか。僕たちだけでもここまで戦うことができた、と胸を張って誇ることができた時だろうか。


 一日の撃破数はやっと1000を超えた。次は2000?それとも、陰魔の数が5万を切ったら?


 大事なのはエディ君の気持ちだ。もしエディ君が最後まで僕と二人だけで戦いたいと望んだら、僕はきっとその思いを受け入れるだろう。


 あるいは、思いに反してでも諭すべきだろうか。いつまでも二人きりで戦い続けるのではなく、いつかは誰かに打ち明けて協力を仰ぐべきだと。




  ◇◇◇




 初めて尽くしのハントが大収穫に終わり、テイガンドに帰り着いたのは夕日が地平線に差し掛かろうとしていた頃だった。リリアさん印の即席土ゴーレムは結局32体まで増産され、長い列を作って木材と琥珀魔石を抱えて街道を進む様子は橙色に染まった草原で酷く目立っていた。


 なんだなんだと集まってきた見物人が見守る中、ロアーオーク45体分もの大量の木材とレベル4以下の様々な魔物、各種採取物満杯のコンテナが東門で引き渡され、リリアさんがどうもどうもと手を振ると周囲から盛大な歓声と拍手が巻き起こった。オォーッ!!!ウェーイ!!!えっ、なにそのテンション。


 そのまま調子に乗ったリリアさんが僕とエディ君の手も取ってきて一緒にぶんぶんと振る。さらに歓声が沸き起こる。

 大収穫だからね。つまりハレの日だ。

 陽キャの皆さんが大盛り上がり。


 うん、ノリが軽い。どうもどうも。さっきはあまりの熱狂にちょっと引いちゃったけど、僕は適応型陰キャです。よろしくお願いします。

 エディ君は乗り切れずにちょっと恥ずかしそうだ。

 リューダさんは溜息をついていた。ハンター熟練者でもこういう風土に合わない人もいると分かってちょっとほっとした。やっぱりかなり独特なんだね。このウェーイ界隈。

 

 一方、いい仕事だったよ、と気さくに手を振ってクールに別れを告げるカサンドラさんの後ろ姿が印象的だった。プロだ。


 それから、やはりセーラちゃんはもう仕事が終わって帰ってしまっていたので、買取りの査定中にギルド近くの飲食店で4人で祝勝と親睦を兼ねた夕食をとることにした。


 リリアさんのお勧めで、子ども連れでも大丈夫な(酔っ払いの大人の人が少ない)上品で落ち着いた雰囲気の鉄板ダイニングのお店へ。育ち盛りの子どもには美味しいお肉が一番だよね、と高級ステーキを奢ってくれた。

 その大人な計らいに、実はお肉大好きなエディ君がにっこり。僕もにっこり。

 経済面でも社交面でも、リリアさんは間違いなく立派な大人だった。いいお店を知っている大人はいい大人である。


 熱々で赤身の旨味たっぷりのフィレステーキに舌鼓を打った後、ギルドの受付へ。


 リーダーのリリアさんが白銀級の受付で受け取った金額は、なんと743万5332レン。それを綺麗に二等分にした371万7666レンがエディ君に現金で手渡される。一回り大きな100万レン金貨がキラリと光った。


 びっくりしたまま説明を聞くと、報酬の半分以上を琥珀魔石が占めているだという。

 何でも、これほど高品質で無傷の琥珀魔石を得るには高位錬金術師がハントに同行して専門的な抽出作業を行う必要があるとのこと。でも、熟達した錬金術師ほど自分の城である魔法工房に籠りがちなので、今回のような大収穫は滅多にないそうだ。

 


「魔石は売らずにそのままリリアさんが使ってもよかったのでは?」

「琥珀魔石は需要が大きいからね、独り占めにするより市場に流した方がいいの。持ちつ持たれつだよ」


「ボクたちが相当得をしているような」

「そんなことないよ。遠慮しないで」



 当分の間、リリアさんには足を向けて寝れないし、敵いそうにない。年季が違う…、なんて言ったら失礼だね。


 ともかく、ギルドからの帰りにそのままリリアさんの魔法工房に寄り、4等級マナ結晶を6つ購入した。48万レンの支払い。物価的に1レン≒1円っぽい感じなので、つまり48万円だ。


 371万円の収入!

 直後に48万円の支出!


 溜息が出る。子どもが動かしていい金額ではない。この世界でもきっと。でも、リリアさんのお陰で懐はまだまだ温かい。


 事情によっては今以上に融通するよ、というリリアさんの優しい目は僕の勘違いではないような気がする。経済状況も含めて、色々と見透かされてる…。うぐ…。でも…。 


 エディ君がリリアさんのお得意様になれたことが、ほとんど必然の、都合のいい運命だったとしても。

 頼り切るのは、僕ですら躊躇してしまう。世界の命運がかかっているとしても、だ。



「自由に生きるハンターとは対極の、多くの命を背負った者の切実な太刀筋だった」



 ずっとリリアさんに付き添っていて、僕たちのやり取りを静かに見守っていたリューダさんが最後にポツリとそう呟いた。床に落ちた独り言ではなく、その言葉ははっきりとエディ君に向かって伝えられていた。



「不退転の高潔な騎士。それがお前の在り方なのだろう。…深くは聞かない。期待している」

「…はい。ありがとうございます」



 最後の最後にリューダさんが無言で手を差し出す。エディ君が一瞬だけ驚いた顔をしてから、はにかんでしっかりと握手をした。


 エディ君、すごく嬉しそうだ。


 騎士、か…。

 その言葉はとても的を得ていると思う。


 そうだよね。きっとエディ君は、勇者であることよりも…。 




  ◇◇◇




 その夜、ハグをする前の静かな時間帯に。



「エディ様は、はじめは騎士になりなかったのですか?」

「…はい。ボクは、元々は聖騎士になってテル様と一緒に戦いたかったんです」



 寝室では魔石照明が橙黄色に灯っているだけで、外はほとんど無音で、物音は僕たちの声以外にはない。



「使命を全うされた聖騎士様や神官様は、最期に自分の聖術を誰かに受け継がせることができます。少なくとも一つ…、適性が高ければ二つ以上…。そうして、本来は一人一つずつしか与えられない聖なる天恵魔法が世代を超えて積み重ねられ、相応しい人間にそれぞれ相応しい聖術が継承されてきました」


「女神教が擁する聖印軍は、半分以上が『破魔の聖気』という基礎的な聖術を持った聖騎士で構成されています。聖気は基礎ではありますが、その力がなければ陰魔を武器で打ち倒すことは極めて困難です。陰魔を滅ぼす力を人に宿すことができるのは女神様だけで、聖術をもってしても、人が人にその力を直接与えることはできないからです」


「ボクのように支援用の聖術を持っている場合は神官となって軍に帯同するか、組織運営の為に後方に配置されます。ただ、数は少ないですが、神官であっても『破魔の聖矢』という陰魔を狙い撃つ聖術に選ばれた場合は正式な聖印軍の一員になれます。そうして、先天か継承かによらず、陰魔を打倒できるたった二つの聖術に選ばれた方々が勇者様と共に防衛線や黄昏領域で戦い、使命を果たされてきました。」


「もちろん、陰魔と直接戦えなくても、他にも大切な仕事はたくさんあります。これまでの勇者の偉業は決して勇者一人が成し遂げたものではなく、勇者同様に遥か昔から陰魔と対峙し続けてきた女神教と聖印軍の全面的な支援あってのものでした」


「こういう話になると、どうしても過去との違いが浮き彫りになってしまいますね。…はい、大丈夫です。アキラ様のお陰で大分吹っ切れましたから」


「本当です。心配してくれてありがとうございます」


「話を戻しますね。…ええと、そう、聖術の継承と、ボク自身の話です。ボクは、自分に与えられた聖術もちゃんと戦いに役立つものだと理解はしていました。周囲を広く詳細に写し取って、大結界を破って侵入してきた陰魔を見つけ出す為の聖術。子どもの内は狭い範囲しか見れませんが、大人になれば周囲何十キロ、何百キロも俯瞰的に把握できる、とても便利で重要な力だと教わりました」


「でも、本心では勇者様と一緒に戦うための力が欲しかったんです。欲を言えば、神官が継承できる『聖矢』ではなく、勇者様の間近にいられる聖騎士の力が、どうしても」


「修業を怠らなければ、神官見習いであっても『聖気』の継承に選ばれる場合があると聞いて、それからボクは毎日そのための修行に明け暮れました」


「女神教の一員としてこの身を人類守護と世界解放に捧げるため、世界中から集められた同世代の子どもたちに負けないよう、誰よりも努力して…。ただ、そうしてがむしゃらに修行ばかりしていたら、気付いた時には友達が一人もいなくなってしまって…」


「それについては完全に自業自得ですね。決して、意地の悪い子たちに女みたいだとからかわれてばっかりだったからではありません。…本当ですよ?」


「テル様と初めてお会いしたのはそんな時です。忘れもしません。十歳の誕生日に行われる特別な儀式で…」


「あの、何か特別なことがあったわけではないんです。偶然近くに立ち寄ったテル様が気まぐれで僕の儀式に参加して、普通にお祝いして下さっただけなんです」


「でも、だからこそボクは本当に嬉しくて、どうしようもなくテル様に憧れました。伝説の存在としての勇者様ではなく、実物大の人としてのテル様に。男らしく騎士なりたいという願いは、いつの間にか、もし適うのならあの人の跡を継ぎたいという夢に変わっていました」


「それは確かに本心でした」


「だから、後悔はありません」


「それになにより、アキラ様とお会いすることができましたから」


「今が一番充実していて、一番幸せです」


「…えっと、あの…」


「アキラ様?」



 今日の頑張りを誉めるためと、昔のことをたくさん話してくれたお礼に、ハグをする前にエディ君の額にそっとキスをした。


 音は鳴らない。そのくらいのとても軽いキス。

 それでも僕の唇がエディ君のおでこに触れたことは間違いない。


 だから、正真正銘のキスだ。


 寝室では魔石照明が橙黄色に灯っているだけだったから、エディ君がどのくらい赤くなっているのかよく分からなかった。

 だから、僕もどのくらい赤くなっているのかエディ君にはよく分からないはずだった。


 熱は分かる。

 僕もエディ君も熱くなっている。


 触れたところは特に。

 とても小さな、局所的な熱。


 だから、意味は明らかだ。

 どうして僕がそうしたのか、エディ君は分かってくれただろう。


 どうして僕がそうしたのか。僕は分かっている。

 幸運なことに。

 幸福なことに。










 

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