● 034 狩猟Ⅲ(1)
厳格な審判の元、森の神殿での禁じ手が制定された記念すべき日の翌朝。グッドモーニング!
「エディ様、リボンを結びますね」
「ありがとうございます」
「…はい、できました。じゃあ、次はエディ様が僕にリボンを付けてくれますか?」
「う…」
「ダメですか?」
「だ、だめじゃありません。リボン、付けます。頑張ります」
「くす。三つ編みの仕方は分かりますか?」
「わ、さらさら…」
「エディ様?(さわさわ)」
「ひゃいっ!?」
「髪くらい、いつでも好きな時に触っていいですよ」
「そんな気軽に言ったらだめです。髪は女の子の命なんですから」
「命」
「命です」
こんな感じで仲睦まじく藍色と茜色のリボンを結び合い、常に真新しい天衣の上に薄墨色の法服を羽織る。
いつもより早く宿を出て、陽が昇っていくにつれて町がどんどん活気づいていくのを眺めながら大通りを歩く。
そして、いかにも儲かってますよという風体のハンターギルドに到着。
「「おはようございます」」
「おはよう、ユウ君、アキラちゃん」
「おはよう、ふふっ、今日も仲良しだね」
シャランさんやエリーゼさん、名前は知らないけれど顔馴染みになってきたハンターさん達と、エディ君と声を重ねて朝の挨拶を交わす。
挨拶は欠かしてはならないコミュニケーションの基本である。うん、今日もいい朝だ。
それから数分後、約束の時間よりも少し早く、シックな魔法少女風衣装を身に付けたリリアさんがギルド会館の玄関に姿を見せた。いつもの姿とは違うファンタジックデザイン傾向強めの服装でちょっとドキドキしてしまう。とても似合っていたのでより一層ドキドキしてしまった。まだまだオトコ心が自分に残っているようで何よりである。
そして意外なことに、リリアさんは一人ではなかった。銀色に輝く一振りの長槍を背負った、とても端正な顔立ちの男性が少し遅れて入ってくるのが見えた。他人同士ではない、明らかに関係性が近い距離。誰だろう。もしかして…。
「おはよう、ユウ君、アキラちゃん。今日はよろしくね。こっちはリューダ君。昔からの縁で、時々錬金術のお手伝いとか、採取の護衛をしてもらっているの。急な参加になっちゃって申し訳ないんだけど、一緒にいいかな?」
「リリアと同じ、白銀級のリューダだ。本当に突然で申し訳ない。もしよければ今日のパーティーに入っても構わないだろうか。…今朝、リリアが子ども2人と狩りに行くと知ったばかりなんだ。不都合があれば遠慮なく断って構わない」
「はじめまして。ボクはユウです。リリアさんの知り合いの方なら大丈夫です」
「アキラです。よろしくお願いします。僕もお兄ちゃんと同じで大丈夫です」
「そうか、ありがとう。本当にすまない。よろしく頼む」
「じゃあ、この4人のパーティーで決まりだね。よかった」
「…はあ。お前はもう少し反省しろ」
「してるよお」
建物の中がにわかにざわめく。
銀鈴のリリアと銀槍のリューダだ、お姫様達とパーティー組むってよ、マジか、こっちに来るのすげえ久しぶりじゃね、そもそも五つ星の錬金術師だしこんな辺境にいるのがおかしいくらいだよ、銀槍と駆け落ちして戻ってきたんじゃなかった?、イケメンは滅びろ、オレ達には二人の姫君を鑑賞する特権があるそれでいいじゃないか、今日もアキラちゃんカワカワ、一房だけリボン巻いてるのエモい、ユウ君のポニーテールいい…、という周囲の皆さんの声が届く。
中々にレベルの高い発言も多い(ポニーテールいいよね。おじさん分かってるじゃん)。
でも、二人はどんな関係なんだろう、と僕も下世話な感想が浮かんでしまったのであまり人のことは言えない。
リリアさんは美しく華奢な魔法使いで、リューダさんはそんなリリアさんを守護する由緒正しい騎士というイメージ。男女関係に疎い僕から見ても、信頼し合ったお似合いの大人のカップルのように見える。
ええと、聞いてもいいかな? 子どもだからいいよね(独善)。
「お二人は付き合っているんですか?」
「えっ…。ううん、違うよ」
「付き合っている訳ではない」
「そうなんですか」
「昔馴染みのトモダチなの」
「そうだな」
なるほど…?
でもその割には、二人の距離はとても近いのだ。僕がどうしても二人の関係を聞きたくなったくらいには。
いつでも腰に腕を回せるくらい距離で、率直に言って、イチャイチャカップルか新婚夫婦だと勘違いされても文句は言えないと思うんだけど、当の本人たちが否定しているのなら子どもの僕にはどうしようもない。
「うふ、二人ともこの界隈じゃ公然の秘密のカップルとして有名なのよ。リリアさんは知る人ぞ知る世界有数の錬金術師だし、リューダさんも宝石級が有望視されてる達人級の仙術師だし」
エディ君が報酬の取り分について大人な二人と確認している間、背後の受付からシャランさんがこっそり僕に教えてくれた。
「でも、二人とも違うって」
「二人は隠しがってるみたいね。バレバレだけど」
「どうして隠すんでしょう。大人なのに」
「うふ、大人には色々あるのよ」
出た、説明を求める子どもに対する常套文句。
あと、シャランさん。隣にいるエリーゼさんの視線が段々冷えてきてますよ。話を合わせた僕も悪いですが、そろそろ真面目な社会人モードに切り替えた方がいいと思います。
「ここだけの話ね、リリアさんの方が週一で通い妻をしてるって噂があるのよ。うふふ」
残念ながら、僕からの無言の忠告は届かなかった。
テンションが上がっているのか、モードチェンジに深刻な不具合が起きているようだ。というよりも、シャランさん、そんな話を子どもにしないでください。うふふって。
当然の帰結として、隣から届く視線が一気に氷点下を下回った。南無。
◇◇◇
カサンドラさんはいつものようにコンテナ集積所で僕たちを待っていた。急に四人の臨時パーティーを組んだことを開口一番で謝罪しようとしていたエディ君を先手で制して、謝る必要はないよと首を振る。
「ちゃんと事前に連絡が来ていたし、規約違反がない限り問題ないさ。それに、臨時パーティーを組む相手が白銀級で、収入が増えるのならむしろ有難いくらいだね。あんたたちの為になるっていうのなら、なおさら」
暗黙の了解を共有しているのか、そのままリリアさんとリューダさん、カサンドラさんの三人が手短に挨拶を交わす。軽い打ち合わせで三人とも合意を当たようだ。
そんな社会人のやり取りに憧れる。アダルティー。
そんな感じで、ドーウィ森林へと向かう道中でも和やかな雰囲気で会話が弾んだ。
「でも、リリアさんもハンターだったなんて本当にびっくりしました。しかも、白銀級なんて」
「あはは、必要に駆られたというか、錬金術で使う素材をギルドに加入して自分で集めていたらいつの間にかにね」
「銀鈴のリリアだからこそできる荒業だね。キャリアーギルドでも有名人さ。それこそ何十年も前から――」
「あー、いい天気だねー、アキラちゃん」
「えっ、あっ、はい。何十年も…?」
「あぁー、誤魔化されてくれなかったー!」
ええっと…。つまり…?
「ふんふーん、らららー」
「リリア。まさかまた、こんな子ども相手にサバを読んでいたのか?」
「ううっ…!?」
「ええと、カサンドラさんはリリアさんと知り合いなんですか?」
「ああ、そうさ。昔ちょっとあってね。古い馴染みだ」
なるほど。世間は狭いね。
昔ちょっと。古い馴染み。スルー推奨かな?
「確か、今のユウと同じくらいの歳から、当時の英雄候補としてこの辺りで名を馳せていたはずだよ。15の成人の儀式を終えてすぐにテイガンドを出て、各地でまさしく英雄的逸話を打ち立ててから数年前にひょっこり戻って来て小さな店を構えたって話だね。おっと、ちょっと調べればすぐに分かることしか喋ってないよ。だろう?」
「ううっ、二人ともそんな目で私を見ないでっ…。だって、私のことを全然知らない純真な子たちに会えて、すごく嬉しくなって、ちょっぴりお姉さんぶりたかっただけなの…。達観したお年寄りぶるには、その、とても微妙な年齢だし…」
「あ、いえ、リリアさんはリリアさんですから。ボクにとっては優しい錬金術師のお姉さんです」
「ありがとうユウ君。うふふ、後でたくさんサービスしてあげるね」
「年甲斐もなく年齢を偽ったことをちゃんと反省しろ」
「リュー君が厳しい!そしてアキラちゃんの好奇心旺盛なキラキラな瞳が眩しいっ!」
おっと、つい。
ごめんなさい、スルーしようとは思ったんです。リリアさんの実年齢を知りたい訳じゃないんです。
「えっとね、アキラちゃん。ネクタルって知ってる?」
「ええと、ネクタル水とは違うものですか?」
「そう。錬金術師の祖先である賢者教団が完成させたとされる、不老不死の霊薬。それがネクタル。聖女や仙郷と並ぶ、失われた神話級遺物の一つ。賢者の血脈を引く錬金術師の見果てぬ夢の一つだね」
「すごい話ですね(ネクタル、聖女、仙郷…。神話級遺物…)」
「それで、一流の錬金術師なら不老不死とまではいかなくても、半ネクタルと言えるような若返りの薬や不老長寿の薬はすごく頑張ればちょびっとだけ作れるの」
「それでもすごいです」
「うん。だからね、えっと…」
「僕もお兄ちゃんと同じです。リリアさんはリリアさんで、美人で優しいお姉さんです」
「ああ、なんていい子なの…」
「むぎゅ」
むぎゅ、と感極まったリリアさんにハグされる。
ふふ、何の打算もなくおべっかを使っている訳でもないのだ。
またしてもリリアさんの情報満載早口トークが炸裂した訳だけど、錬金術関連で僕がどうしても個人的に知りたいことがある。好奇心がムクムクと出てくる。
そう、不老や若返りの薬があるのなら、体を成長させる薬も作ることができるはず。
今すぐに10歳ロリの体をどうこうするつもりはないし、恐らくは不老の天使の体を都合よく変化させられるかは全くの未知数だけれど、可能性を模索するのは悪いことではないだろう。
繰り返し言うけど(誰に向かって?無論、女神様に向かって)、僕はしばらくはこの体のままでいい。何の不満もない。ありません。
でも、正直に言うとずっと10歳のままというのもちょっと…、な気持であることは否定できない。永遠のロリはいいとしても、やはり10歳というのは幼すぎるのであるからして。
ロリはロリでも、せめてエディ君と同じ12歳くらいの体になれば…、こほんこほん。
◇◇◇
退魔の石柱に囲まれたドーウィ森林に辿り着き、同業者によって踏み固められた比較的安全な道を通って辺縁層の雑木林をそのまま通過していく。
時々現れるヴァイススネークやハードリザードを相手に戦うのは、臨時パーティーのホストであり、リーダーでもあるリリアさんだった。
私から誘ったんだから道中は全部任せて、と年齢詐称が発覚した後も変わらない美人のお姉さんとして振舞っていた。強靭な精神だ。見習いたい。
――リーン…
錬『銀』を為した最高位の錬金術師でもあるリリアさんの武器は、二つ名通りの鈴のような音を鳴らしながら彼女の周囲に浮かぶ、10枚の銀の円盤だった。
材質不明の円盤状の武器が鈴の音を伴って一斉に空中を奔り、鋭角のジグザグ軌道を描いてアーミーホーネットの群れを一瞬で切り裂いていく。攻撃を完了した円盤はブーメランのようにリリアさんの元に戻ってきて、再び彼女の横の空中に浮いて待機状態となる。
10枚ものディスク型の薄く鋭い刃が同時に制御され、極めて高性能な遠隔操作の武器として機能していることが分かる。けれど、見ているだけではたったそれだけしか理解できない。天眼水晶の聖術を使う…、つもりはない。この女神様の魔法は、きっと僕がその気になって焦点を合わせてしまえば何もかもをつまびらかにしてしまう。明確な敵ならいざ知らず、そのような力を親しい人に向けるのは甚だしいプライバシー侵害に他ならない。
なので視力に優れた天使の眼力に頼って…、ダメだ、全然これっぽっちも分からない。少なくとも、円盤自体は実物の金属で、魔術ではないようだ。空中に浮かんでいるのは、浮遊を可能とする魔術か闘気仙術だろうか。でも、円盤は自動的に動いているようにも見える。一連の現象が聖術でない以上、人間は自力でもこれ程精密な魔法を操作できるということになる。
このような戦い方があるとは知らなかったし、予想すらしていなかった。
僕が思っている以上に魔法の世界は奥深く、底知れない可能性を秘めているようだ…。
――リン、リン…
辺縁層と中間層を分け隔てる境界線にも退魔の石柱が立ち並んでいて、何の抵抗もなくそれを越える。レベル2狩猟区から、一足飛びでレベル4へ。
不吉な匂いのする鬱蒼とした森林地帯。レベル4以下の魔物が跋扈する、一人前のハンターでなければ簡単に命を落としてしまうような魔境だ。本来は。
そんな危険な領域に足を踏み入れても、リリアさんの無双状態は止まらなった。
魔物図鑑やギルドの資料室で見たことがあるレベル3モンスターをバラバラと切り裂いていく。戦闘はずっと円盤に任せきりで、本人は木の根元に生えている不思議な植物や地面に落ちている石片等を嬉々として拾い上げている。あれはきっと貴重な素材の採取をしているのだろう。動きに淀みがなさすぎて、手当たり次第に手を伸ばしているようにしか見えない。プロの業だ。
「さて、ここで問題です。モンスターレベル3とレベル2の、一番大きな違いは何でしょう」
「呪術という、モンスター特有の魔法を使えるか使えないかです」
「正解。じゃあ、レベル2以下のモンスターは全く魔力は使えない?」
「いえ。体を頑丈にしたり筋力を強くしたりするために、低レベルのモンスターでも本能的に魔力と肉体を結び付けて特殊な魔力合成物を作り出す能力を持っています。そして、その核となる器官が魔石です」
「100点満点。モンスター特有の『魔力同化』だね。その現象自体は剛体仙術とよく似ていて、呪術版の剛体と言えなくもないよ。言っちゃうと仙術師に怒られちゃうけど」
「あはは…」
ぼんやりとリリアさんの三面六臂な活躍を眺めていたら、リリアさんが唐突に振り返ってきてハンタークイズを仕掛けてきた。
即答したのは勿論エディ君。エディ君は偉いなあ。空気を呼んで苦笑するエディ君も可愛いなあ。
あとリリアさん、あなたの背後にギルド職員から達人級の仙術師という評価を受けているリューダさんがいるのですが。細められた眼光に本当に気付いていないのでしょうか。
それにしても。
呪術。
そして、魔力同化。
魔物図鑑によると、陰魔すら含め、全てのモンスターは魔力同化という人間にはない能力と、呪術という敵性魔法を使う、と言われている。そう説明されている。
人間がそのように定義し、隔離し、危険な魔物や魔族等の生息域を厳重に都市部から遠ざけてきた。魔性生物は呪われた力を持っていると。
けれど、そんな定義は無意味だと言わんばかりに、リリアさんは鋭い軌道を描く先制攻撃で頭上や木の裏側の敵を一瞬で切断し、屠り続ける。攻撃が速すぎて、僕たちにとっては初見の敵の呪術が全く間に合っていない。なので参考にならない。
カサンドラさんは事切れたモンスターを次々にコンテナへ入れていく。その結果だけを受け止めて粛々と仕事をこなしている。プロ中のプロだ。
リューダさんは最後尾のポジションから動かない。間に挟まれた僕とエディ君はまだ何もできないままで、現状、保護者に連れられてピクニックに来たのと変わりがなかった。
そうしてリリアさんの快進撃に導かれ、僕たちは何の苦労もなくロアーオークの群生地に到着した。
目的はロアーオークから採取できる琥珀魔石。
動物系と比較すると数は少ないものの、この世界には植物系の魔物も存在している。
その最も大きな特徴は、体内に琥珀魔石を有していること。琥珀魔石は樹液が結晶化した魔石であり、非常に使い勝手が良い為、錬金術師にとって非常に有用な素材となる。
ロアーオークは樹木の体をあまり動かせない代わりに繁殖力と呪術に長けている。根本の土を操る念動系呪術と人間の精神を掻き乱して失神させる鳴き声のような音波系呪術が脅威であり、さらには耐久力を重視した魔力同化によって樹皮や枝葉が非常に強固になっている。
何の対策もなく接近すると、呪術によってあっという間に意識を刈り取られ、地中に埋められて養分にされる。
一人前の鋼鉄級のハンターであっても単独で挑むことは推奨されていない、ドーウィ森林中間層の難敵だ。
ちなみに、言うまでもないこととして、動物系モンスターにも植物系モンスターにも効果的な炎熱系の攻撃魔術は、確実な消化方法を持っていない限りテイガンド草原やこのドーウィ森林での使用は禁忌となっている。草原が延焼したり山火事になればモンスター退治どころではないので、当然と言えば当然の話だ(ちゃんとハンター心得にも載っている)。火魔術は可燃物のない場所でしかおいそれと使えず、自然豊かな狩猟エリアでは肩身の狭い魔術だったりする。
「えいっ」
でも、そんな難敵のロアーオークでもリリアさんにとっては恰好の獲物でしかなかった。
ちょっと気の抜けた掛け声とやや甲高い鈴の音と共に、2枚の円盤が投擲される。銀色のそれは空中を一直線に飛びながら強い光を放ち、瞬時に巨大な円盤へと変化した。
二枚の円盤は30cmくらいの隙間を開けて平行に、そして地面に対して水平に真っすぐ飛ぶ。
ギャン。
それは円盤の勝鬨か、金属音に似た断末魔か。
呪術範囲外から放たれた圧倒的な切断力により、樫の魔物は為す術もなく根元から倒れていった。
「根元の部分のこの辺りに魔石があるから、上下の体と切り離せば無力化するよ」
ロアーオークは単に横に真っ二つにされただけではなく、二枚の円盤によって根本付近の幹が30cmの幅で輪切りにされていた。つまり三分割。バウムクーヘンのような輪切り部分が地面にころころと転がっていく。
続けて、リリアさんが散歩のような足取りで事切れたばかりのロアーオークに近寄り、上下と分かたれた輪切りをフワリと宙に浮かせる。次に、右手をズボッと年輪の中心に突き刺して――
え、突き刺して?
重い木材を空中に浮かせたのはまだいい。円盤と同じ要領で空中に浮かせているのだろう。魔法は、応用次第で無色透明なサイコキネシスのように使うこともできるようだから。例えば闘気だと、出力が上がる毎に自分自身や付近の物体に対して軽量化、浮遊、飛行という影響を及ぼすことができるようになる。
でも、リリアさんの右手の方は…、うん、間違いない。今もそのまま木に突き刺さっている。
そしてあっけなくスポンと右手が抜き取られる。
その掌には琥珀色の大きな魔石がしっかりと握られていた。魔石以外の部分は細かい木くずのようになってボロボロと落ちていく。
間違いない。あれも魔法だ。リリアさんの右手が触れた瞬間、硬い心材が豆腐のように柔らかくなっていた。
「あったあった。じゃあ、ついでに丸太にしておくね」
その手際に驚く暇もなく、もう一度円盤を操り、あっという間に魔物の死骸…、ロアーオークを切り刻み、立派な樫の丸太へと変えて地面に並べていった。
まだまだ続く。リリアさんは小石のような灰色の球体を懐から取り出して地面に落とした。都合8個の謎ボール。
彼女が軽く手を振るとボールが周囲の土を纏い始め、僅か数十秒で8体の大きな土人形が完成した。土人形…、そう、ゴーレムだ。魔法と言えばゴーレム、錬金術と言えばゴーレム。過言ではない。
そしてやっと最後に、横たわった木材が再び宙に浮き、整列する土ゴーレムのたくましい肩へと載せられていった。
「すごい…。これも、錬金術の力ですか?」
「うん。これも錬金術の力だよ。物質の操作と分解、そして結合。ふふ、そんなにキラキラした目で誉められたら錬金術師冥利に尽きるなあ。でも、これと同じようなことは他の魔法でもできるんだよ」
「そうなんですか?」
「ゴーレム(※本人もそう言ってるし、ちゃんと古代語に対応する言葉がある!)の作成は、魔術だとサンドゴーレムかメタルゴーレムで、仙術は闘気の力技でって感じでね。どれも極めれば同じような現象は起こせるの。それでも、錬金術は主に原子・分子レベルの化学反応と魔導反応を扱う魔法だから、こういうことが得意と言えば得意かな。見ての通り、魔石を傷一つなく綺麗に抜き取るのも得意だよ」
やっぱり、リリアさんは何でもないことのように言う。僕は今、錬金術の秘密について教わっているのではないだろうか。
化学反応と同列に語られた魔導反応は、既出の魔力合成物や魔力同化が関わる分野に違いない。つまり、錬金術とは――
「はあ。リリア、子どもにいきなり何を言っているんだ」
「あ、ごめんね、つい」
「この傍若無人の光景が、我が道を進み続けて大成してしまった英雄の成れ果てだ。憶えておくといい」
「リュー君?なんだか酷く失礼な物言いに聞こえるよ?」
「そうだな、悪かった…が、お前も同じだ。調子に乗ってここまでする必要はなかったろう」
「えっ? あっ…」
今まで無言で見守っていたリューダさんからため息交じりの指摘を受け、リリアさんがカサンドラさんの方を見てはっとした表情になり、すごく気まずそうに目を伏せた。
「ごめんなさい。調子に乗っちゃいました」
「構わないさ。長くこの仕事をやってるから、善意で即席のゴーレムやら馬車やらで仕事を手伝ってくれる魔法使いには慣れてる。それに忘れてるだろうけど、昔あんたにほとんど同じことをされたことがあるんだよ。今更目くじら立てやしないさ」
あははと大声でカサンドラさんが笑う。なるほど、リューダさんがリリアさんに注意したのは、いくら彼女が強くて、獲得した資材が膨大でも、契約で運搬を一任されているカサンドラさんから勝手に仕事を奪ってしまったからだろう。
「片手間でキャリアーとしても一流の仕事ができる上級ハンターがいるのはよく知ってるし、一々嫉妬してたらきりがない。それより、ユウとアキラにも狩りをさせてやってくれないかい?いい機会だからね。この子たちの強さはあたしが保証するよ」
カサンドラさんがこちらに向き直り、事の成り行きを見守るしかなかった僕とエディ君に向かって不敵な笑みでウィンクしてくれた。もしかしたら、ずっと見学するだけで魔物と戦えずにいたエディ君の様子に気付いてくれたのかもしれない。
意欲が溢れてうずうずした様子のエディ君が目線を上げ、話し合い中の大人の人達に期待の眼差しを送る。
「ボクも頑張ります。やらせてください」
「分かった。好きにやってみるといい」
「ありがとうございます。アキラさん、力を貸してください」
「もちろんです。頑張ってください、お兄ちゃん」
「はい」
うん、エディ君がこうして新しい経験ができるだけでも今日のハントは大成功と言えるだろう。よかったよかった。
「はは、何だいリリア、ちゃんと叱ってくれるいい男を捕まえてるじゃないかい。逃がしたらもったいないよ」
「うっ…。分かってます」
「なのに結婚も同棲もしないのかい?」
「だって、リュー君は私が育てた子だもの…」
「ああ、そりゃ難儀だね」
「でしょう?今の関係だって、お前は一人で居たら駄目になるって、追いかけてきたリュー君に強引に言い寄られて、なし崩しで…」
「へえ。詳しく」
「うーん、これ以上はアルコールが必要かな」
「いいね。楽しみにしてるよ」
「じゃ、今度行きつけのバーで…」
「この藪蛇は予想できなかったな…」
気合を入れている内に、横で大人の世間話が繰り広げられていた。
最後の台詞はリューダさん。
なるほどなー。
お似合いだと思うんだけどね。そういう関係なら難しいよね。不老長寿があるこの世界ならではの関係かあ。ちょっと暴走気味のリリアさんと、抑え役のリューダさんで相性がいいし、僕としては有りだと思うんだけど。そもそも、極秘情報によると、通い妻をしているのはリリアさんの方じゃなかったっけ?
あ、横で大人の生々しい話を聞いたエディ君が赤くなって固まっちゃってる。可愛いなあ。よしよし。




