● 031 狩猟Ⅱ(2)
「このままだと、マナ結晶の在庫がなくなっちゃうかも。ごめんね」
フラグだった。
輝石級ハンターとしてのハントを上首尾に終え、前回までの倍近くとなる38万7512レンもの収入を得られたのも束の間、僕たちは極めて物質的で経済的な問題に直面してしまった。
「あっ、商品をたくさん買ってくれるのは嬉しいんだよ。それは本当。ただ、低級マナ結晶の錬成に必要な素材がそろそろなくなっちゃうかなって。今まで週に10個以上買っていくお客さんがいなかったから」
在庫かあ。
それは盲点だった。
エディ君にとっても予想外の事態だったようで、持ってきていた巾着袋を開けようとしていた手がぴたりと止まってしまっていた。
そして反射的に謝罪しようと口を開きかけた瞬間に、リリアさんがエディ君の口元までそっと指を伸ばして制してくる(鮮やかなお手並み。真似したい。エディ君の唇をちょんとつつきたい)。
「ユウ君が謝る必要なんてないからね。商品を用意できないこっちの不手際だから。あ、もちろん素材の手配はしてるよ。でも、急な発注だったから、届くのは来月くらいになりそう」
「来月…。そうなんですね…」
「そうなの。えーと、念のため聞いていいかな。来月まで、あと何個くらい必要になりそう?」
「えっと、五等級なら20個くらいです」
「ああうん、全然足りないね。棚にあるものと、残ってる素材分も合わせて、商品に出来るのはあと10個くらい。それに、ハンター以外にも、見習い魔術師の子たちもたまに買ってくれるから…」
「本当にすみません…」
「ううん、本当に悪いのはこっちだから。もっと早く言っておけばよかった。ごめんね」
「いえ…」
副作用の強い五等級のマナ結晶は元々需要は低い商品だったのだろう。僕達にみたいにたくさんの魔力が必要で、お金に余裕のない人が稀に買っていくくらいで。
急に僕たちが大量買いするようになって、他のお客さんにも迷惑をかけてしまって申し訳ない気持ちになる。
どうしよう。ウィバクを解放するために貴重なマジックアイテムを使い潰しているなんて、善良な一般人のリリアさんにはまだ言えるわけがないし、言っても仕方のないことだ。
「ちなみに、四等級のマナ結晶ならあとどのくらいありますか?」
「そっちならあと20個くらいかな?」
「よかった。じゃあ、今日はそちらを3つ…、いえ、4つ買っていきます」
「えっ、うん。もちろんいいよ。4つで32万レンになります」
問題はお金によってあっさりと解決された。お金の問題だった。
エディ君が冷静に店主のリリアさんと遣り取りをしてくれて、躊躇なく大金をジャラジャラと支払っていく。
リリアさんは一度にたくさんの金貨を受け取っても大袈裟には驚かない。
下級ハンターでも頑張ったら一日にどのくらい稼げるのか知っているのかもしれない。
それに、500万のマナ結晶がポンと棚に置かれている世界だものね。きっと、上に行けば行くほど物価の桁の違ってくるのだろう。インフレが恐ろしい。
お勘定を済ませたリリアさんが両手の指と指を合わせ、女性にしか許されない『ごめんね』のポーズをとる。金髪碧眼の美人さんは何をしても似合うなあ。
「それでね、とっても…、ひじょーに言いにくいんだけど」
おや、またしても雲行きが悪くなってきたかな?
「さっき、低級のマナ結晶の素材がそろそろなくなっちゃうって言ったよね。それで、実は三等級から五等級までのマナ結晶の素材は共通してるの。お値段的な意味で等級が低いものも需要はあるから、わざと質を落として作ってる面もあって」
「はい。需要があるのは分かります。僕たちがそうですから」
「でね。結論を言うと、発注した素材が届くまで、そろそろ四等級も品切れになりそう。四等級を買っていってくれるお客さんもいない訳じゃないし、副作用のない三等級は値段の割には一番需要があるから切らさないようにしないといけないしで、割とピンチかなって」
「本当にすみません…」
「いえいえ!謝らないで!悪いのは私だからー!」
「でも…」
悪い予感は見事的中し、問題は若干先延ばしにされただけと判明した。
本当に申し訳なさそうにしているエディ君に、目をバッテンにして両手をブンブン振って謝り倒すリリアさん。
「うーん、よし!決めた!」
「リリアさん?」
「ユウ君、アキラちゃん!私と一緒に素材を採りに行こうっ!それなら商品不足が一気に解消されるし、収入もガッポリで一石二鳥になるよ!」
「えっ、でも…」
「大丈夫!こう見えても私、白銀級のハンター証も持ってるからっ!」
「わあ、そうなんですか?」
「ふふっ、アキラちゃんびっくりした?」
「はい。びっくりしました。リリアさんって凄い人なんですね」
「えへへ、それほどでも。まあ、昔取った杵柄でね」
「でも、本当にいいんですか?」
「もちろん!遠慮なんてしないで!…他のお店にとられちゃうのは絶対に阻止しないと(ぼそり)」
うん、まさかの急展開の上、普通にリリアさんの実力にびっくりした。まさかリリアさんもハンターだったなんて。しかも白銀級といえば上から三番目の上級ランクだ。驚かせてくれたお礼に、最後にぼそりと付け加わった言葉はスルーしておこう。
「それでね、今特に必要なのは『琥珀魔石』っていう、樹木系の魔物からしか採れない特殊な魔石なんだ。他の素材は私がパパっと採取すれば済むけど、これだけは狙って大量に確保する必要があるんだよね」
「琥珀魔石。魔石の一種ですか?」
「そそ。普通の動物系の魔石は正式には『漿液魔石』って言うんだけど、琥珀魔石は樹液が結晶化したちょっと特別な魔石。ここからだと、ドーウィ森林の中間層にいるロアーオークが狙い目。中間層はレベル4エリアで、ロアーオークもレベル4の魔物だけど、私がリーダーになれば規則上問題はないよ。もちろん、二人の安全第一で。だから、どうかな?」
「それは、つまり」
「うん、一時的にパーティーを組んでハントに行かない?私も気分転換するいい機会かなって思って。最近、奥の工房からここまでの往復しかしてないから体もなまっちゃってるし」
情報量の多いマシンガントークを浴びる。
いい条件だと思いますがどうしましょうか、とエディ君が視線を送ってくる。
即決してもいいとは思う。でも、一応は状況を整理してみよう。
3万レンの五等級マナ結晶は倦怠感の副作用が強くて、一度に3回までしか使えない。在庫も素材もほとんどなくなって、これから一ヵ月は実質的に購入禁止。
8万レンの四等級マナ結晶は五等級よりも副作用が少なく、魔力の回復量が2倍。ハンターランクが輝石級に上がり、金銭問題はある程度クリアできている。しかし、こっちも在庫に余裕がなく、リリアさんとしては他のお客さんの為にも買い控えてもらいたい(言葉は濁しているけれど、そういうことだ)。
また、四等級が五等級よりも副作用が少ないということは、連続して使用できる回数が多くなるということ。それで、さっきエディ君は3つではなく4つ購入したのだろう。
ウィバク黄昏領域に封印されている陰魔はおよそ78000(今までの奮闘の成果で、残りは76000弱)。つまり、単純計算で一度の出撃につき撃破数750オーバーを維持できるようになれば、100と少しで全ての陰魔を倒すことができる。
出撃頻度は週に2回。この世界の一年は370日で、52週。つまり、1年で104回は戦う計算。
五等級のマナ結晶3つで、撃破数の最高記録はおよそ500。
四等級4つなら、確実に600は超えるだろう。上手くいけば700以上?
「僕もリリアさんと一緒にハントに行ってみたいです」
「それなら、はい。行きます」
「よかった。じゃあ、臨時パーティー成立だね」
高速思考で単純計算を済ませ、エディ君と互いに頷き合う。
それだけで、二人とも同じ結論に辿り着いている、という確信を得る。
備えを怠らなければ、きっと一年以内にあの黄昏の空間を解放できる。
この世界から陰魔の脅威を一つ減らすことができる。
そして、エディ君が勇者だと、皆に…。
楽しみだね、腕が鳴るよ、というリリアさんの明るい声を聞きながら、二人でもう一度しっかりと頷き合った。
◇◇◇
その後、早速リリアさんと一緒にハンターギルドに行き、リリアさんをリーダーとするパーティー結成を申請した。
完璧な受付モードのシャランさんが教えてくれた事は主に二つ。一つは、パーティーの結成と解散は所定の用紙一枚と若干の事務手数料で気軽に行えるということ。もう一つは、リリアさんは『銀鈴の錬金術師』『アルケミー・シルバー』という二つの二つ名を持つ、上級ハンターにして最上級の錬金術師だということだ。すごいカッコいい。
ギルド内にいた時間は短かったけれど、それでも注目の視線は今までで最大密度を更新していたと思う。聴覚に優れる天使の耳が捉えた先輩達の会話によると、リリアさんは若くして『貴金属元素変換』に成功し、鉄塊から純銀を精製した天才なのだそうだ。
鉄から銀に。それは、本当にすごい。それこそ魔法だろう。
「そうだ、今の内に。ユウ君、アキラちゃん、ちょっといいかな」
「はい。なんですか?」
「えっとね、マナ結晶を何個も使う子どもは滅多にいないの。だから、そのことはなるべく秘密にした方がいいかなって」
「秘密に?」
「うん。普通、子どものキャパシティ…、古代語で魔力容量っていう意味なんだけど、それは普通で50くらいしかないの。成長期前は筋肉や骨格が未熟なのと同じ理由で、キャパシティはどうしたって肉体の体積と成熟度に依存するから。それで、低級マナ結晶は一度きりで使い捨てになるから…」
「半分くらい無駄になりますね。なるほど…」
「成人の場合でも、全体平均は200くらいかな。キャパシティも才能の一つだからあとは血統次第の青天井だけど、一人前扱いされる鉄板ハンターで500から1000くらいだと思う」
たしかに、魔力容量…、キャパシティが50くらいしかないなら、100エルネ回復するマナ結晶を使い捨てにするのは勿体ない。
僕の場合は…。
この感覚が確かなら、今は1400~1600くらい。ちょっと前まで1000くらいだったことを考えると、すごい容量と成長速度だ。
ヤバい。ヤバくない?
エディ君と目が合う。アキラ様は天使ですから、という優しげな目線。そうだね。天使だね。
「でもたまに、最初から三桁とか四桁とか、規格外のキャパシティを持った子も生まれてくることもあるの。そういう子は優れた天恵魔法を持っていることも多いから、英雄の卵扱いされることが多いね。ちなみに、私も昔はそう呼ばれてたり」
「リリアさんも」
「うん。ユウ君とアキラちゃんもだよね」
「はい。ゼータさんからそう言われました」
「そっか。でも、そもそもそういう子は低レベル帯のハントでマナ結晶を使うことって早々ないんだよね。逆に、自前の魔力が余るくらいたくさんあるから」
「……」
…………。
珍しくエディ君が返答に窮している。僕はずっと黙って成り行きを見守っている。天使は無責任。あくまでサポーターであるからして。
リリアさんのニコニコの笑顔が、『私はいつでも告白OKだよ!』と言っているように見えた。否、表情でそう断言していた。僕たちの秘密を明かさないという選択肢は瀕死寸前である。
毎日元気一杯だったクラス一の陽キャ女子の威光を思い出す。
リリアさんにも同じオーラが見える。踏み込み方が凄い。リリアさんはリリアさんの世界の主人公である。リリアさんはそれを自覚しているタイプの人だ。眩しい…。
はじめの頃は落ち着いた感じの大人の女性だと思っていたのに。まさか、猫を被っていたのだろうか。
エディ君と2人になってからコソコソと内緒話をする。
「ちなみに、ウィンドエッジはどのくらい魔力を消費しますか?」
「下級魔術だと、素の通常出力で4エルネです」
なるほど。
これはつまり、4エルネというファンタジックなエネルギー量が、最下級モンスター一匹、魔法未使用の人間一人を即死させる『真剣一振り』や『銃弾一発』等の物理的なエネルギー量に相当するということを意味する。
4エルネという消費量は一見少なく感じる。でも、例えばマジックスキルのマルチで弾数を増やした場合、消費魔力は一気に倍化する。一度に三つの風の太刀で攻撃すれば、それだけで12エルネの消費になる。更にそこから、一つ一つに4エルネのブーストをかければ威力も消費魔力も2倍の24エルネになるという塩梅だ。
だから普通、子どもが一日に何十発も連発できるものではない。あらゆる意味合いで、子どもが実戦で何十発も銃を撃ち続けられないように。
「ウィンドエッジだと、ボクは最大で10エルネまで魔力を込められますから、前のハントでは300エルネくらい使いました」
「ということは…」
前回のドーウィ森林でエディ君が使用したウィンドカッターは28発。レベル2の魔物はレベル1よりはずっと外皮が頑丈で、即死させるためにエディ君の限界までブーストをかけていたようだ。
そして、光の闘気と天衣の維持に100エルネずつ消費したとして、合計500エルネ。
感覚的に、エディ君のキャパシティは僕の半分くらいはあるから、余裕はまだまだあるだろう。
ともかく、輝石級ハントでも300エルネは使うという事実。英雄の卵、か…。
カサンドラさんも分かってて何も言わないでいてくれている。それに、ギルドの職員さんも、先輩ハンターさん達も。
まあ、エディ君が気にしていないのならいっか。その辺のことを僕に言ってなかったということは、優先度が低いということだろうから。問題なし。
思考放棄ではない。
というか、黄昏領域で繰り広げられる戦いが苛烈すぎるのだ。陰魔強すぎ問題。
「僕たちのキャパシティが大きいのは…」
「万を超える陰魔の大群と戦うためには、莫大な魔力が必要になります。聖術が限られた人間にしか与えられないのは、大前提として陰魔との戦いに耐えられるだけの器を持った子どもが極めて限られているからなんです」
「器というのは、キャパシティのことですか?」
「はい、それも含みます。女神様は人が生まれる前の胎児の時点で、潜在的な血統や気質を見通せるそうです。キャパシティの限界量が大きくなければ戦い抜くことがそもそも困難ですし、酷く気質が荒かったり、独善的だったりすると、その…」
「なるほど…。きっと女神様は、無闇に大勢の人を矢面に立たせたくないのでしょう」
「はい。ボクもそう思います。戦う人ばかりではこの世界は成り立ちません。あと、女神様と波長の合う子どもでなければ先天的に聖術を身に宿すことは難しいという話も聞いたことがあります」
「波長、ですか?」
「はい。聖術以外の天恵魔法をもたらす魔法系統樹とのコンフリクションがあるせいで、女神様と波長が合わないと天恵魔法の枠を系統樹に取られてしまうようだと、ずっと前にテル様が仰っていました。すみません、これ以上のことはボクもよく分からなくて…」
思わぬ形で聖術の秘密を知ってしまった。
遺伝による才能と気質という、ある意味でお金の問題と同じくらい切実で現実的な理由だった。女神様も、この世は世知辛いと思っていたりするのだろうか(性善説、性悪説の問題はとても根深いので下手なことは言えない。環境要因も大きいし)。
波長については、最初に当の女神様から『最も私と波長の合った人があなたなのです』と言われていたこと思い出した。かなり重要なワードのようだ。
そして、魔法系統樹とのコンフリクション。天恵魔法の枠を系統樹に取られてしまうという、他ならないテル様の言葉。まるで系統樹が女神様の競合他社であるかのような言い回しだ。憶えておこう。
◇◇◇
折角ギルドまで来たので白猫庵に立ち寄り、摩訶不思議アルバイト少女セーラちゃんと会うことにした。
ハントから帰ってきた後のタイミングでも白猫庵に寄っていたのだけれど、その時は丁度お客さんが満席状態でほとんど話せなかったのだ。
逆に今はお手すきの時間帯だったようで、マスターさんの許可を貰ってセーラちゃんに同席してもらった。
こういうことするの、すごく友達っぽい。
天真爛漫とは彼女の為にある言葉だろう。素直で、明るく純真で無邪気な女の子。
リリアさんとはまた違ったタイプの陽キャ女子だ。リリアさんが行動力のある超有能キャリアウーマンだとすると、セーラちゃんはノリ重視のスポーツガールな気がする。
そして初めての、同性の、女の子の友達。
肉体的には年上の子で、精神的には多分同じくらいというのがちょっとややこしいね。
そして精神的には異性なのだけれど、恋愛的なアレコレな感情は一切湧いてこない。
不思議なものだ。
それ自体も不思議だし、それでも構わないと思えることもまた不思議だ。
「へー、それで、ランクアップのお祝いと親睦を兼ねて、『銀鈴の錬金術師』さんに誘われたの?」
「はい。大体そんな感じです。それで、次のお仕事の日はリリアさんとドーウィ森林の中間層まで行って、帰りが遅くなると思うので、こうして前倒しでセーラちゃんに会いに来ました」
「わっ。その…、すごく嬉しいよ。でも、どうして?」
「? どうしてと言われても…。もしかしたら一週間くらい会えなくなるかもしれないので。お話をしに」
「わっ、わっ」
明日は休日なので、エディ君と二人でのんびりまったり過ごす予定。なので会えない。
明後日は黄昏領域解放戦へ。
明々後日はさっき言ったようにドーウィ森林へ日帰り遠征に行くから、ギルドに帰り着いた時にはもうセーラちゃんの退勤時間を過ぎてしまっているだろう。
4日後と5日後は、先週から決めていた初めての連休だ。エディ君と二人で(以下略)。
そして、6日後も黄昏領域へ。
うん。見事にセーラちゃんとすれ違う日々だ。折角友達になったというのに、これは寂しい。
休日に会いに行ったらいいのに、という理性はベッドで安らかに横たわることになるだろう。ズボラでごめんなさい。
「友達だから、わざわざこうして会いに来てくれたの?」
「はい。会いたいから会いに来ました。お邪魔ではなかったですか?」
「ううん、全然そんなことないよ。…ねえ、アキラちゃん。ちょっとだけ、ぎゅってしていい?」
「あ、はい。ええと、どうぞ…?」
「えへへ、失礼します…(むぎゅ)」
「むぎゅ…」
夢心地のような状態のセーラちゃんにぎゅっとハグされる。はあ、と吐息をついて満足そうだ。
これはどういうことだろう。単なる友情ではこんなにも強いハグをしないのではないだろうか。
この抱擁にはどういう意味が秘められているのか。消化不良で困惑し、この喫茶店のどこかにヒントが隠されていないかとハグされたまま視線を彷徨わせる。
カウンターに白猫のミーさんを発見。目が合う。我関せずとそっぽを向かれる。クール&キュート。
僕とセーラちゃんの遣り取りを静かに見守っていたエディ君と目が合う。
ただただ、優しい微笑み。
むむ。以心伝心が発動しない。この状況に対する解釈について、僕とエディ君の間で何らかの齟齬が生じているようだ。
「僕たちのこと、ちゃんと話せないままでごめんなさい。色々、不思議に思ってますよね…?」
「ううん、いいの。気にしないで。アキラちゃんはアキラちゃんだから」
僕はどうしようもなく女性同士の友情に疎いので、この場ではいくら考えても分からない。
なので、僕たちとセーラちゃんの間で宙ぶらりんになっていることについて謝罪する。曖昧なことを、曖昧なまま。
セーラちゃんはそれで許してくれた。ある程度察していることもあるはずなのに。
だからまあ、このままハグされててもいいか。
それに、相手の方から積極的に来られると弱いんだよね。嫌いになれない。
あれ、押しに弱いのは僕の方では?
今だって、セーラちゃんからハグをされて、満更じゃない。全然、満更じゃない。嬉しい。
有り得ないだろうけれど、エディ君の方からハグされたり、そのまま押し倒されたりしたら、拒もうとする気すら起きないだろうなあ。
もう一度エディ君を見る。
エディ君も僕をハグしていいんですよ?、善処します…、交ざりますか?、遠慮します…。今度は以心伝心が通じた。うむ。
おっといけない。今はセーラちゃんの温もりに集中しよう。
「それにね、実は私もすっごい隠し事をしてるの。だから、おあいこ。ね?」
「分かりました。僕もお兄ちゃんもすごい隠し事をしているので、おあいこです」
「そっか。じゃあおあいこだね」
「はい。おあいこです」
おあいこがゲシュタルト崩壊する。でもそんなことはどうだっていい。
ハグをされるというのはとても不思議で、心地よい感覚だ。まるで、僕の全てが許されるような。
全身の力が抜けて、一度の瞬きをしている間に白昼夢に入ってしまったかのような感覚。
エディ君も僕にハグされていた時にこんなふうに感じていたのかな。だとしたら嬉しいな。
「実は私、母親が魔王なアルティメットマジカルプリンセスなの」
「速攻で告白されました…!?」
「あははっ、アキラちゃんは可愛いなあ。すりすり」
「むぐ…」
神妙な雰囲気になり、僕にだけ聞こえるくらいの小声でそんなことを言ってくるセーラちゃん。
でもその後すぐ、感極まったように明るく笑ってぎゅーっと僕をハグしてくる。母親が魔王でアルティメットマジカルプリンセスって。究極魔法少女的お姫様?
……。
ところで、セーラちゃんはあとどれくらい僕をハグし続けたら満足するのだろう…?
僕はぬいぐるみじゃないんだけどなあ。エディ君、へるぷ。セーラさんは女の子なので問題ありません。そんな殺生な。




