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● 030 狩猟Ⅱ(1)


 5月15日、フレミオ日。絶好の狩猟日和。

 身だしなみよし、リボンよし。もしもの時の為にネクタル水も持って準備万端。


 ハンターランクが輝石級に昇格し、市門から歩いて10分の草原からは卒業した。

 新しい目的地は、街道をそのまま歩いた先にあるドーウィ森林。

 その一番外側がテイガンドに最も近いレベル2狩猟区になる。前にエディ君が倒したハードリザードを始めとした爬虫類系や虫系の魔物が多数生息している。



 ――ドーウィ森林は辺縁層、中間層、古木層、太古層、化石層の五層に分かれる南部地方最大の大森林であり、レベル2の辺縁層は比較的良好な狩場となっている。しかし、隣接する中間層はレベル4まで一段飛ばしで危険度が増し、さらに古木層はレベル6、太古層はレベル8となる。太古層の主なレベル8モンスターはフォレストドラゴン(森竜)、クリムゾンマッシュルーム(真紅茸)の二種。なお、レベル9エリアである化石層は宝石級ハンターのみが立ち入ることのできる魔境であり、詳細は情報非公開。

 かつてはレベル3、レベル5、レベル7のエリアも存在していたが、徐々に魔物の生息域が混じり合い、個々のエリアの維持が困難となって現在のような同心円状の五層構造に定着した。

 また、過去において一時的に魔王『白獅子ケイアスビート』が君臨したこともある。

 レヴァリア最大級の狩猟区の一つである。

 (出典:魔物図鑑)


 

 冒険心と狩猟欲を抑え切れないゼータさんが時々思い出したように支部長の職務を放り出して太古層まで遠征に行ってしまう、とはシャランさんの談。大体一週間くらいで戻って来るそうだ。

 黙って行かなかったらそんなに怒らないのに、とやれやれ顔で言っていた。

 きっとナイスミドルの男性には内緒で冒険に出かけたくなる日もあるのだろう。多分。



「いい天気でよかったですね」

「あっ、はい。そうですね」



 んー、エディ君の様子が少し変?

 仲直りはできているので、気まずい訳ではない。

 何か気になることがあるのかな。視線が合う回数がいつもより多いので自意識過剰ではないと思う。


 なんだろ?

 昨日の晩に仲直りをした後、なし崩しで添い寝をしたこと以外心当たりがないなあ。よく分からない。いつの間にか寝ちゃってたし…。




  ◇◇◇




 ガンド平野を東西に貫くテイガンド街道を真っ直ぐ東に進む。前までは北に逸れて草原入っていた地点を通り過ぎ、そのまま東へ。緩く弧を描いているので、方向としては東北東。

 聖樹の森とはまるで異なる、魔物だらけの森林への入り口はテイガンドから街道を東へ1時間ほど歩いたところにあるらしい。


 短い子どもの足だけれど、スタスタとかなり早歩きで歩いているので時速5キロくらいは出ているだろう。つまり町から狩場の森まではおよそ5キロ。近いといえば近い。

 そして今朝のおどおどとした様子はどこへやら、街道を往くエディ君の足取りはとても軽やかだ。


 エディ君が嬉しそうで僕も嬉しい。

 草原で狼や兎を狩っている間は、最初こそ新鮮味があってよかったものの、段々と淡々と黙々と反復作業をするようになって、…つまらなそうだったんだからね。うん。極力表情には出さようにしていたみたいだけれど。言わないけど。

 していたことは虐殺に近いので気分が低空飛行になるのは仕方ない。


 なのでこうして順調にランクアップし、未知の場所に行けるようになったのはとても喜ばしいことだ。

 主にモチベーション的に。


 ふんふーん。


 ほら、エディ君も機嫌がいい。僕を見てにこりと笑ってくれる。今日はいい日だ。


 ふふふーん。

 


「ユウもアキラも子どもにしちゃ体力があるね。息切れしているところを見たことがないよ」

「小さい頃から割と鍛えてきましたから」

「はい。僕も何時間でも歩けます」



 この体は頭や顔の出来だけではなく、運動能力も相当優れている。

 前の僕は壊滅的な運動音痴だった。でも今なら、どれだけ頑張っても成功率が50%を切っていたバレーやテニスのサーブを難なく決められそうな気がする。もしかしたら、フルマラソンを完走することだってできるかもしれない。



「それでも、その歳で初日から楽々と歩き回って狩りができるのは尋常じゃないさ。二人とも、魔女と仙人の血統を色濃く持ってるのは確実だろうね」



 のんびり歩きながら、カサンドラさんが遠い過去に思いを馳せるように訥々と語る。

 前回に引き続き、血統についてのお話。意外と(失礼!)お喋り好きな人なのかもしれない。



「純血の魔女はもうどこにもいない。生粋の仙人も純粋な賢者も、長い歴史の中で人知れず消え去ってしまった。魔物や魔族によって滅ぼされたか、陰魔の波に飲まれたか、あるいは自滅したか。わずかな生き残りも、ここ数百年の間に目撃されたことはないそうだ」

「『魔女は隠れ、仙人は飛び去り、賢者は溶け消えた』…」

「あ、それはまだ教えてもらっていません」


「す、すみません。有名な歴史家の言葉なんです。歴史の授業もまた今度…」

「はい。楽しみにしています」

「はは。盛者必衰さ。けれど、三種の始祖たちの血脈は決して消え去らなかった。途方もなく長い年月をかけて少しずつ薄まりながら、少しずつ世界中へと伝わっていった。単なる伝説に収まらず、とある魔女が俗世に降りて子を成したという記録がちゃんと残っている。それが世界で最も有名な魔女の一人、スワンディーナ。アキラが首に掛けている、その守護印に守られたお姫様のおとぎ話にも登場する白鳥の魔女さ」


「魔女…」

「ああ。魔女スワンディーナ。精霊という色も形もない新しい魔術を自由自在に操った伝説的な魔女の血統も、過去の魔女たちと同様に市井の血と混じり合った。けれど精霊魔術は隠され、遠いどこかの隠れ里でのみ脈々と受け継がれていると言われる…」

「とてもロマンチックです」

「そう言われると…」


「はは、そうだね。とても伝説的で情緒的な話だ」



 三種の血統。それらが混じり合った血統魔法。

 それが人類圏における、根本的な基盤だ。

 先天魔法と並び、人の強度を規定する構成要素。才能そのもの。


 エディ君は三種の血統の全てを高い水準で有している。勇者なので。

 僕はどうだろう。女神様が創造した体なので、いい感じでパラメータを弄られただけな気もする。



「まあ、ハンターを長く続けていればそうした昔話に触れる機会も増えるだろうさ。興味があるなら、いつか世界中を巡ってみるといい」

「いつか…。はい。いつか。世界を巡るのはとても楽しそうです」

「僕も楽しみです。色んな遺跡とか、ダンジョンとか見てみたいです」


「ああ、アキラはそっちかい。…こんなに綺麗な女の子なのにねえ」

「?? 駄目ですか?ダンジョン」

「駄目ではないと思います。ただ…」


「ただ?」

「その、一般的にはあまり華やかではないというか、ひたすら地下に潜り続けて、地味というか…」

「ぶっちゃけ、地底人呼ばわりされてるね。変わり者扱いの」



 なるほど。

 どうやらこの世界では、ダンジョンはメジャーな冒険スポットではないようだ。


 こつこつマッピングするの、楽しいのになあ。




  ◇◇◇




 ドーウィ森林の辺縁層では、森というよりは雑木林といった方が相応しい光景が広がっていた。

 木々の幹は細く、かなり先まで見通せるくらいまばらに乱立している。


 そして、森と草原との境に、太さも高さも電柱と同じくらいの円柱形の石柱が立てられているのが見える。視界範囲では4本がおおよそ等間隔で並んでいる。エリアの境界に柱が立てられたのか、逆に柱が立っているラインが自然と二つのエリアの境界となったのか。



「あの石の柱が…」

「そう、退魔の列柱と呼ばれている貴重な遺物さ。モンスターが本能的に苦痛を感じる魔力場を発生させる代物でね。街道や農場にある鎮護の石柵と並んで、この世になくてはならないものだ」


「魔力場。前にも聞いたことがあります。魔法はそういうこともできるんですね。貴重な石柱がたくさん使われているということは、この森はそれほど大事な場所なんですか?」

「ああ。狩猟区としても、良質な木材や薬草の採取場としてもよく利用されているからね。複数のギルドが厳重に共同管理をしている。ほら、あちこち枝打ちされているのが分かるだろう?この森はテイガンド生命線さ」


「魔物さえ出なければ自然豊かないい場所だと思います」

「はは、ハンターにとっちゃ、魔物も自然の一部さ。…ほら」



 カサンドラさんが親指で指示した方向に目を遣ると、落ち葉が積み重なった地面を滑るように、ほとんど無音で三匹の大蛇が蛇行して迫ってきているのが見えた。

 サーバントスネーク。このエリア特有のレベル1モンスターで、草原に出てくることは滅多にない魔物だ。



「すみません、気が緩んでいました」

「このくらいならサービスの内さ。それにしても、この距離ですぐに見つけられるなんて、アキラは目もいいね。苦手なことなんてないんじゃないのかい?」


「そんなことは」



 魔物の蛇はまだ遠い。冷静に光の結界を張る。

 一方のエディ君はカサンドラさんに言われるよりも前に気付いていたようだ。エディ君こそ苦手なことはないかもしれない。

 苦手なものは僕だと言われたらどうしよう。凹むかも。



「《ウィンドエッジ》」



 そして、鋭利な風の一太刀が、今まさに先頭のエディ君に一斉に飛び掛かろうとしていた三匹のサーバントスネークの頭を同時に斬り飛ばした。まるでグラスウルフの焼き直し。


 これで終わりだろうか。いや、何かがおかしい。

 そうか、カサンドラさんがまだ動こうとしていないんだ。今までだったら仕留めた獲物にすぐに冷凍魔術をかけてくれるのに…。

 

 サーバントスネークは低レベルの下僕の蛇。

 では、その蛇を下僕として従えるものは何だったか。

 


「……! 上の枝です!」

「ッ…、《ウィンドエッジ》」



 エディ君の真上まで突き出ていた細い枝に保護色の蛇が絡み付き、今まさに口を大きく開けて身を躍らせようとしていた。

 僕がエディ君に向かって声を上げた直後、サーバントスネークに比べると随分小さな蛇がエディ君に向かって急降下する。同時に、透明な風の刃が彼の頭上で微かな音を鳴らし命を刈り取った。

 

 ヴァイススネーク。無論、魔物図鑑とギルドの資料で予習済みだ。

 サーバントスネークを囮として利用する、邪悪の名を持つレベル2モンスターの毒蛇。体躯こそ小さいが、グラスウルフよりも優れた俊敏性、バイオレントラビットよりも優れた突進力、そして何よりレベル2としては非常に強力な毒を持っている。


 草原の戦いに慣れてしまった駆け出しハンターを頭上の死角から襲う難敵は、エディ君に張り巡らされた光の結界に接触する直前に分割され、盛大に血を撒き散らして腐葉土の柔らかな地面に落下した。

 結界の防護により、身体が魔物の血で汚れることはない。これも得難い利点の一つ。

 


「ありがとうございます、アキラさん」

「役に立ててよかったです」



 もし僕が気付かなかったとしてもエディ君ならギリギリのタイミングで凌いでいただろうし、万が一の場合でも光の結界がある。

 それでも、エディ君に降りかかる火の粉はなるべく少なくしたい。



「アキラさんが役に立っていない時なんてありません。いえ、もし役に立っていない時があるとしても、…いえ、すみません、なんでもありません…」

「?? そのまま口説いてもらってもよかったですよ?」


「ふぇっ!?」



 やっぱり、朝からエディ君の様子がおかしい。微妙に、何かに気を取られているというか、引き摺っているいうか。本調子でないのは明らかだ。

 うーん…。



「……(じっと目を見る)」

「えっと…、本当になんでもないですから…」


「お兄ちゃんは嘘が下手ですね」

「うっ…」

「やれやれ、いい意味でも悪い意味でも、あんた達はいつも通りだね」



 悪い意味でも、というのはどういう意味だろう。



「仕方ありません。僕はレディーなので、こんなことでお兄ちゃんを問い詰めたりはしません」

「( ´,_ゝ`)プッ」


「カサンドラさん?」

「あはは、その目、ユウのジト目とそっくりだよ。きょうだいだねえ」


「そうですか?」

「くくっ、そのままユウを見てやってみな」


「はい。……(じ~)」

「っ…、……!」


「お兄ちゃん?口を押えてどうしましたか?思わず笑ってしまいそうになりましたか?」

「ち、違うんです。アキラさんがとても、その…。か、かわ…」


「?? 可愛い、ですか?ありがとうございます。嬉しいです」

「~~っ(真っ赤)」

「はは、何やってんだか」




  ◇◇◇




 わちゃわちゃとした後は至極真面目にハントに時間を費やした。


 ドーウィ森林辺縁層で『管理』されている主な獲物はレベル2のヴァイススネーク、ハードリザード、そしてアーミーホーネット。

 ハードリザードは草原でもエディ君が瞬殺した、硬い表皮だけが取り柄のような魔物だ。魔法なしでは大の大人でも歯が立たない、れっきとした天敵。けれど風の太刀の前では癒し枠。

 アーミーホーネットはほぼ必ず4体以上で活動するスズメバチの魔物で、このエリアではヴァイススネークを超えて一番の強敵となる。


 それでも、エディ君に対して為す術もなく二分割されていたけれど。風魔術強すぎ問題?



「ウィンドエッジは下級魔術としては相当殺傷能力に優れた魔術だ。それに、籠められている内包魔力と魔力密度、発動速度の全てが子どものレベルじゃない。あの闘気も含めれば、ユウの戦闘能力は既に鉄板ハンターと互角以上だろうね」



 とは冷静に狩猟風景を見守っていたカサンドラさんの寸評。

 


「内包魔力、魔力密度、発動速度…。それが戦闘能力を決めますか?」

「そうだね、どれも強さに直結する大事な指標だ。内包魔力が大きければ大きいほど単純に魔法効果が上がるし、魔力密度が高ければそれだけ魔法が強固になって切れ味が増したり壊れにくくなったりする。発動速度は言うまでもないね。遅いよりは速い方が有利に決まってる」


「子どもの内から、その3つを鍛えるにはどうすればいいでしょうか?」

「あたしの意見でよければ…、とにかく同じ魔法を繰り返し使い続けることが、結局は一番の近道になるだろうね」


「とにかく同じ魔法を…」

「ああ。一つの魔法に籠められる魔力の最大出力も、圧縮可能な限界も、そして発動までにかかる時間も、その魔法の練度が高ければ高いほど上がっていく。無論、それらの成長速度や限界は血統次第、才能次第だけどね」


「練度…」

「習熟度でも上達度でもいい。要は、魔法は使えば使う程、強く硬く、速くなる。例えば同じファイアーボールでも、初心者だと最大でも5エルネの火球しか作れないが、熟練者だと内包魔力量が軽く100エルネを越える火球を作れたりする」


「なるほど」

「だからこそ、いかに天才児でも、何十年、何百年も生きた達人に勝つことは難しい。年季の違いがそのまま魔法の強さに直結するからね。火力の桁が違うのさ」


「…でも、だからこそ、子どもの頃から実戦や鍛錬を怠らなければ、いつかは達人も超えられる…?」

「はは、アキラは本当に頭がいいね。将来有望だ」


「あ…、ありがとうございます」

「よしよし」


 

 カサンドラさんは機嫌よく笑い、豪快に僕の頭を撫でてくれた。まるで、小難しいことは後でいいよ、と言うように。



「普通の子どもならあっという間に頭を齧られるような天敵とあんた達は戦っていて、しかも簡単に勝っている。この先、竜を殺す蟻になれるかはあんた達次第だよ」



 竜を殺す蟻。

 成程、と腑に落ちた。この世界には竜を殺せる蟻が存在している。恐らくは宝石級ハンター。英雄の部類。


 であるなら、勇者は…。



「お兄ちゃん、お疲れ様でした。今日も魔術が冴えていますね」

「ありがとうございます。調子は悪くないと思います」



 あ。

 エディ君の気分がまた低空飛行になりそうな気配が…。


 敵が弱すぎて虐殺という名の反復作業に臨もうとしている、とても微妙な感じのあの表情。


 こういう場合、誉めすぎても逆効果になってしまうから難しい。

 エディ君のモチベーションのために何かイベントが起きたらいいなあ。


 なんて、考えてしまったら不謹慎だね。


 フラグになるし。










 

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