● 028 日記Ⅰ
『はじめに』
エディ君に頼んで日記帳と筆記用具を買ってもらい、新暦5004年5月8日の今日から日記を書くことにした。ただし、堅苦しい表現は無しで、思うままに書き連ねていくつもりだ。今も思うままに書いている。
そして見て分かるように、この日記は日本語で書いている。だって、心の中でエディ君って呼んでることがバレたら恥ずかしいし。
もし日記の中身を見られても、天使の言葉だと言ってごまかせばいい。苦しいかな?
目標は三日坊主にならないこと。
◆◆◆
『今までの振り返り』
4月29日
光の女神様と契約を交わし、僕が天使として降臨した日。エディ君と出会い、この世の果てのような場所で闇の魔王の一体である陰黒龍ギラーに殺され、聖樹の森にある神殿で復活した。初めての拠点はテイガンドという辺境都市。リリア魔法工房でリリアさんと知り合う。目指せお得意様。
4月30日
2日目。廃教会でトマス神官ことトムと出会う。エディ君の過去を知った。エディ君を裏切り、虐げた人間を許すことはできない。直接の加害者は女神教の北神殿と呼ばれる場所だが、中枢である大神殿がどこまで関与、関知しているのかは不明。ウィバク黄昏領域での最初の戦闘。二回目の復活。撃破数約200。この領域には78000の陰魔が封印されているという。こちらの戦力はエディ君と僕の二人。あまりに劣勢だ。
5月1日
3日目。休日。トムから聖なる守護印のネックレスを貰った。よかれと思ったのに、エディ君に一緒のお風呂も添い寝も断られてしまった。諦めるのはまだ早い。
5月2日
4日目。ハンター加入試験について情報収集をするため、テイガンド中央区にあるハンターギルド支部へ向かう。受付のシャランさんがチョロかった。他にも色々あった。言葉では表現し辛い。あの煌きは一生忘れられないだろう。一生忘れられないことが増えていく。
5月3日
5日目。試験に合格し灰石級ハンターとなる。。試験官のゼータさんがテイガンドの支部長だった。貫禄はあるが少し残念な人かもしれない。エディ君から三種の魔法と魔法系統樹について教わる。一日一ハグを始めた記念すべき日。5月3日をハグの日と制定しよう。
5月4日
6日目。第2回ウィバク黄昏領域解放戦。守護印が光り輝き、元聖騎士の騎士霊様が助けに来てくれた。魔力切れを起こすも、撃破数300強。赤い聖剣に水色の加護を合わせると、安らかな死をもたらす菫色の光の花が生まれた。これも女神様の贈り物だろうか。
5月5日
7日目。ハンターとしての初仕事。カサンドラさんとキャリアー契約を結ぶ。良縁に恵まれたこともあり、初収入はなんと約19万レン。喫茶白猫庵ではちょっとおっちょこちょいなアルバイト少女セーラちゃんと出会った。エディ君が女の子に間違われて凹んでしまう。僕は僕で、性同一性の危機。
5月6日
8日目。休日。商店街で散歩デート。将棋と魔物図鑑を購入。エディ君が僕に藍色のリボンを買ってくれた。一生の宝物だ。5月6日はリボンの日。
5月7日
9日目。第3回ウィバク黄昏領域解放戦。五等級マナ結晶を2個使用し、撃破数は約400。日々の進歩を実感する。
そして今日が5月8日。
僕がこの世界にやってきてから10日目。
光の女神様、勇者エディンデル(敬愛するエディ様。そして親愛なるエディ君)。破門されたトマス神官改めトム。錬金術師のリリアさん。ハンターギルド受付のシャランさんとエリーゼさん、ギルドテイガンド支部長のゼータさん。熟練キャリアーのカサンドラさん。そして喫茶店のアルバイト少女セーラちゃん。小龍の宿や銀星街の人たち。
たった10日でこんなにもたくさんの人達と関わってきた。そして、ウィバク黄昏領域という封印された場所でエディ君と二人きりで無数の陰魔と戦ってきた。ううん、今は3人の騎士霊様も一緒だ。
最優先の中期目標は、ウィバク黄昏領域に存在している全ての陰魔を打ち滅ぼし、ウィバクを解放すること。エディ君が勇者として認められるには実績も実力もまだまだ足りていない。それが現実であり、今は雌伏の時だ。
また、生活費と軍資金の獲得も大きな課題だ。その為に2人でハンターギルドに加入し、定期的に都市外でモンスターハントを行うことにした。世知辛い、という一言に尽きる。
ただ、勇者の使命を優先するのなら、ひもじい思いをしてでも必死の思いで毎日陰魔と戦うべきなのかもしれない。しかしそれではエディ君の心が持たない。彼はやせ我慢をしているだけだ。表面上は完璧に取り繕っているけれど、完璧すぎるからこそ危うさを感じる。他人との関わりを必要最小限に済ませようとしている傾向も見られる。僕の杞憂であれば、それが一番いい。
それに、誰だって死ぬのは辛い。毎日死ねば、僕だって心がどうにかなってしまうだろう。
今のところは勇者とハンターの二足の草鞋で上手く生活を送れていると思う。順調すぎて、足元を疎かにしないように気を引き締めないといけないくらいだ。
終末戦争。黄昏領域解放戦。魔神と魔王。女神様。そして、女神教北神殿と大神殿。考えるべきことは山ほどある。下手な考え休むに似たり。でも、考えることを止めてはならない。
とはいえ、エディ君を慰めて癒して励ますことこそが僕の使命であり、噓偽りのない本望でもある。初心忘るべからず。一日一ハグ。
◆◆◆
『5月8日(フレミオ日;橙の日)』
降臨から10日目。
三つ編みリボンをしてハントへ。リボンがよく似合ってるとカサンドラさんに誉めてもらった。
グラスウルフ16体、バイオレントラビット20体、ビッグモス4体を狩る。巣が近くにたくさんあったのか、今日は兎が多かった。報酬は前とほぼ同じで20万レン弱。一日で20万レンというのは灰石級ハンターの稼ぎのほぼ上限らしい。そして、この調子ならすぐに輝石級に上がれるとも言われた。ゲーム的なアイテムボックスが存在しない以上、稼ぎを劇的に増やすためにはランクアップが必須だ。
待ち時間で喫茶店に寄り、前回のようにアルバイト中のセーラちゃんと会うことができた。前の大失敗のせいで相当恐縮していたけれど、僕たちと会うのを楽しみにしていたと言ってくれたので、喜んで改めて友達宣言をした。握手してからブレーキが効かない感じで一気に距離を詰めてきて、接客がなっていないとマスターさんに叱られていたのはご愛敬。
それに、その後もめげずにリボンが可愛い似合ってるとべた誉めしてくれた。いい子だ。思わず顔が緩んでしまったら、うわこの子チョロい、みたいな目をしていた。僕はチョロくありません。
リリア魔法工房で五等級マナ結晶を3個購入。9万レンの出費。リリアさんもリボンがとても素敵だと誉めてくれた。皆にこんなに誉められたら、いくら僕でもいい気になってしまう。シャランさんもすっごくいいと言ってくれたし。ふうん、そんなに?みたいな。皆、うわこの子チョロい、みたいな目を…。解せない。
そして、このリボンはエディ君に買ってもらいましたと説明すると、皆一様に満面の笑みでうんうん頷いていた。
注釈。
三小神と四天使について。
女神教の聖典には、光の女神様が世界創造において天上で従えた三色の小さき神々と、生命創造において地上に遣わした四人の天使についての神話が記されているという。
三小神はカイア、エシス、ウォルンと呼ばれ、それぞれ赤色、緑色、青色を司る。
四天使はフレミオ、サルファス、メルギア、レヴァと呼ばれ、橙色、黄色、水色、紫色を司る。
小神と天使の名前はこの世界の曜日を表す言葉でもある。
順に並べると、カイア(赤)・フレミオ(橙)・サルファス(黄)・エシス(緑)・メルギア(水)・ウォルン(青)・レヴァ(紫)の一週間になる。
今日は橙のフレミオ日だ。(『日』を付け加えないと神様や天使様を呼び捨てにしてしまうことになるので注意)
そして世間では人間を導いたレヴァ様の日が安息日として定められている。
僕たちの場合だと、一週間はカイア日から『解放戦・ハント・休日・解放戦・ハント・ハント(or休日)・休日』のルーチンになる予定。黄と紫の日が休日で、青の日は隔週でハントと休日を交互にする感じで。中休みも欲しいけど、連休も欲しいよね。目指せ週休二日制&月休十日制。
神話の天使。どういうふうに描かれているのか、興味がないと言えば嘘になる。
創世神話が史実かどうかも気になる。どんな些細な事でもいい。エディ君を過酷な運命から助けられるヒントが欲しい。
◆◆◆
『5月9日(サルファス日;黄の日)』
休日。
夜遅く、エディ君が悪夢にうなされて目を覚ました。
僕がエディ君と出会ってから初めてのことだ。最近ずっと順調な日が続いていたから完全に油断していた。順調だからこそ気が緩んで悪夢の蓋が開いたのかもしれない。
動揺が顔に出さないように抑え、震えるエディ君を抱き締めて撫で続けた。エディ君はこれからも時々悪夢を見続けるだろう。どれほど心が強くても、心は傷付く。傷が残る。それがとても辛い。
朝、恥ずかしそうにしているエディ君と同じベッドで目覚め、いちゃいちゃしてから起床し、日中はトムの教会に向かった。
三小神と四天使は教会の天井画に描かれていた。三柱の神様はたくさんの翼を持った、とても不思議な幾何学的な姿で描かれていて、四人の天使は翼を持ったとても美しい人間の姿をしていた。
聖典の神話によると、カイアは天空を、エシスは大地を、そしてウォルンは海洋を司るという。
フレミオは原始的な生物を、ルサファスは植物を、メルギアは動物を、そしてレヴァは人間を司る。だからレヴァが一番人気のある天使であり、レヴァ日が安息日とされている。
紫のレヴァ。少女の姿をした、母のように最も慈愛に満ち、宝石のように最も美しいと謳われる黒髪の天使。
レヴァ。そしてレヴァリア。
何度もその名を唱え、不思議な感覚を憶えた。これも天使の直感だろうか。
そして、アキラと言う名の、僕は…。
ちなみに、藍色のリボンはトムにもとても好評で、本当のお爺ちゃんのように相好を崩していた。
その後は二人で銀星街を散策したり、将棋をしたりして普通に休日を満喫した。お店でも、周囲の視線が三つ編みリボンに集中しているように感じた。悪くない気分。鬼に金棒、少女にリボン。
◆◆◆
『5月10日(エシス日;緑の日)』
第四回ウィバク黄昏領域解放戦。
出発前、本当に戦っても大丈夫ですか、とエディ君に問うと、大丈夫です、と笑って答える。心も体も万全です、と。あんな顔をされると止められない。
本当は戦ってほしくない。辛い思いをしてほしくない。
でも、僕は天使で、エディ君は勇者だから。
だから、せめて。
陰魔と戦う日はリボンを部屋に仕舞っていく。リボンがない日が天使として戦う日で、リボンがある日が――(黒く塗り潰した跡)
予定通り、前回の死亡地点からスタートし、時計回りに表層を攻略していく。騎士級をまともに相手にしないように、全力で逃げながら兵士級と戦士級を可能な限り掃討した。
騎士級の小隊から逃げ続けていると進行方向から二つ目の小隊が挟み撃ちにしてきた為、混戦となる。やはり情報が陰魔全体で共有されている。
陰魔全体が一つの集合的な群体である可能性。司令塔は深層部にいる神官級だろうか。だとすれば、神官級を全て倒せば群れの統率が崩壊するかもれしない。
結果、兵士級318体、戦士級155体、騎士級31体を撃破。
計504。
騎士級が出現するまでの第一ラウンドの撃破数は約280。
騎士級から逃げながらの第二ラウンドの撃破数は約220。
3つ目のマナ結晶を使用した時、やや強い倦怠感が手足を覆った。息が浅くなり、握力が失われる。辛うじて、魔法の維持に支障はなかった。結局、騎士級3個小隊を相手取り、総撃破数は500を超えた。聖術と魔力容量の成長を感じる。僕たちはどんどん強くなっている。この成長こそが大きな希望だ。
とても順調ではある。撃破記録は200、300、400、500と綺麗に比例直線となっている。次は600を目指そう。
◆◆◆
『5月11日(メルギア日;水の日)』
リボンをしてハントへ。日記が三日坊主にならなくてよかった。
いつのもの草原で、レベル2モンスターであるハードリザードと遭遇した。
魔物図鑑によると、テイガンド周辺では草原の東側に広がっているドーウィ森林辺縁部に生息しているトカゲの魔物だ。余裕があるなら自分の力だけで倒しておくといい、とカサンドラさんがアドバイスしてくれたので、結界を解除してからエディ君が1人で対峙し、鱗のような硬い表皮に覆われた胴体をスパンと断ち切った。レベル2でもまだまだ余裕のようだ。
ハードリザードのボーナスを合わせ、21万レンの収入。
二人で相談して、明日は連続でハントの仕事をすることにした。代わりに、来週のウォルン日は休みにしよう。
今日も喫茶店でセーラちゃんと会った。団体客が来てとても忙しそうだったので軽く挨拶だけ。そういう関係もいいよね。すごく日常って感じがする。
たくさんの飲み物を載せたお盆を思い切りひっくり返しそうになって、すんでの所で踏ん張って、一回転したお皿をジャストタイミングでキャッチし、いつものノリのいいハンターさん達から盛大な拍手を受けていた。日常…?
五等級マナ結晶を3個購入。
◆◆◆
『5月12日(ウォルン日;青の日)』
今度は魔法農園の北に広がるヒガン湿地から迷い込んできたファットラットとマッドラットの一群と遭遇。マッドラットはレベル1だけど、レベル2のファットラットに統率された場合は一気に脅威度が増す。悪名高いスライムに次ぐ、ルーキー殺しのモンスターたちだ。
結局、エディ君がスパンスパンと7匹の大鼠を斬り倒し、残ったファットラット一匹を僕が単独で倒した。思い切り飛び掛かってきて結界に衝突した瞬間を狙い、ウォーターの水球に取り込む。かなり激しく抵抗されたが、ブーストさせた水球の質量と圧力で無理矢理押さえつけ、逃げられる前に息の根を止めることに成功した。大きな生き物を自分の手で殺すのはまだ慣れない。悪夢的で非生物的な陰魔とは手応えがまるで違う。
エディ君とカサンドラさんが手放しで称賛してくれたので、魔物は人間の天敵でしかないんだなあと結論付ける。あるがままに。
そして、過去最高の23万レンの収入。またもや無傷のファットラットが剥製職人に高額で買い取られたらしい。鼠の剥製なんて、需要はどこから?
さらにこの日、僕もエディ君も『灰石級で一定の実績、及び単独でレベル2モンスターを撃破』という昇級条件を満たし、輝石級に昇格した。
シャランさんに詳しく聞くと『一定の実績』は今日のハントで規定得点を満たし、『単独でレベル2モンスターを撃破』の方はカサンドラさんが証人となってトカゲと鼠の件をそれぞれギルドに報告してくれていたらしい。ハンターと対等な契約を結ぶパートナーとして、キャリアーにはそういう役割もある(ハンター心得にちゃんと書かれていた)。ちょっとしたサプライズだ。
次に会った時のカサンドラさんの豪快な笑顔が目に浮かぶようだ。
早くも白色のハンター証。シャランさんによると、ギルド加入から一月足らずで輝石級に昇級した未成年者は、レヴァリア南部地方では十数年ぶりとのこと。
あまり目立たない方がいいのだろうか。でも、資金の調達の方が大事だから仕方ない。
驕らず、謙虚に精進していきたい。
白猫庵にセーラちゃんはいなかった。セーラちゃんのアルバイトは不定期で、神出鬼没の天然ドジっ子アルバイターとして人気を博しているそうだ(通りすがりのハンターさん情報)。ランクが上がったことを自慢しようと思ったのに。残念。
また、帰宅する前にギルド会館にある資料室に寄って近辺のモンスターについて一通り調査した。ハンターにのみ(無料で!)開示されている情報がかなり多く、書店で売られていたモンスター図鑑より詳細な情報を得られた。しかし、数字と図表ばかりが並ぶ統計資料や先達のハンターから提供された備忘録も含め、情報が多岐に渡って詳細過ぎて時間がいくらあっても足りないのが難点。今後も定期的に資料室を利用しよう。
モンスター図鑑は都市外の危険について知ってもらう為に書かれた一般向けの本なのだろう。必要な情報を包括的に記載してくれているので、手元に置いておく図鑑としてはちゃんと有用だ。
マナ結晶を更に3個購入。リリアさんは昇級したことを純粋に祝福してくれた。マナ結晶を買いだめしてて相当怪しいのに、僕たちの事情についてはまだ何も聞いてこない。ただ、いつでもいいよ、という無言のオーラはびしびしと伝わってくる。
ただ、五等級の結晶については倦怠感が取れないままの状態で何度も使わないようにと重ねて注意を受けた。僕の場合、3つ使っても特に支障はないから大丈夫だろう。
これで五等級マナ結晶を六個所持。
…興が乗って書き過ぎた。文章量が増えていくと面倒臭くなって止めてしまう恐れがあるため、もっとコンパクトな記述を心がけよう。
◆◆◆
『5月13日(レヴァ日;紫の日)』
休日。
朝からゆっくり過ごす。
復活を挟んでいるので体は問題ないが、三日連続で戦闘に勤しんだため精神的には疲労が溜まっていたようだ。一日中、僕もエディ君も気が抜けてぼんやりしていた。
二度寝が至福。ベッドの上で将棋をしながらごろ寝をするのも至高。結局そのまま二人で昼寝をしてしまった。この気だるさがメンタルヘルスによく効くのだ。
日が暮れてから、僕の服を買いに行くのを忘れてしまっていたとエディ君が残念がっていた。また今度ね。
昼間に寝すぎて二人とも夜に目が冴えてしまい、突発的にエディ先生の魔法教室が始まった。
お題は自己完結的な強化と進化を扱う魔法、仙術について。
仙術は主に三種類。『闘気』と『六覚』、そして『剛体』。(※レヴァリアの日常語には、日本語の仮名や漢字と同じような音節文字と表意文字がある。日本語の闘、気、覚、剛等の多種多様な漢字に当たる文字がこちらに実在している。一方、主に魔術で使われている古代語はアルファベットによく似た音素文字で書かれる)。
種類は少ないが、どれもが基礎にして奥義となる力だ。
魔術と錬金術では、魔力は主に体外へと注がれるのに対し、仙術では主に人体という自己完結な内界に向かう。自分自身をどこまでも強くしたいという原始的な希求を叶えるために。
闘気は魔法として実在する輝く気功であり、肉体や所持する武器に纏わせることで強度や戦闘力を上げる。横文字にするとバトルオーラ。熟達すればエネルギーを集めて波動や弾丸として撃ち出せるようになる(〇〇〇〇波!)。また、カサンドラさんが使っていたように重量を軽くすることも可能で、さらに極めると浮かんだり飛んだりもできる(舞○術!)。
六覚とは魔法として実在する第六感。横文字にするとエクストラ・センサリー・パーセプション(ESP)。千里眼や透視、過去視、未来視、魔力感知等。また、解放戦で活用している念話も六覚の一種になる。
三つ目が、剛体。
体を強く頑丈にする古い仙術、とカサンドラさんが言っていた魔法。そして、全ての魔法の中で最も古く根源的な力だとも言われている。
この魔法もまた、おおよそは字義通り。すなわち、金剛の肉体。
日々の鍛錬で筋肉量を増加させるように、筋力、持久力、耐久力といった基礎的な身体能力を徐々に強めていく。この世界には魔力と物質が結びついた魔力合成物が多種多様に存在していて、剛体もその一種になる。人体がこの原始的な魔法によって正しく魔力と結びついた場合、人間離れした恒常的な力を得られる。
つまり分かりやすくゲーム風に言うと『ステータスアップ』に当たる。物理的な戦闘能力を鍛えるという単純明快で肉体言語的な魔法により、人は超人的な戦士になれる。だから剛体の仙術しか使えない人間でも、極まればドラゴンとだって戦える。引き締めた筋肉だけで真剣を弾き返すことだって可能。
この世界においては、鋼のように強化された肉体で武器を振るう剣士もまた魔法戦士なのだ。
事実、強体オンリーの宝石級ハンターも実在するらしい。宝石名は『ジェット(黒玉)』、二つ名は『剣聖』。カッコイイしかないやつじゃん。
しかし逆に言うと、仙人の血統を持たない純粋な魔術師や錬金術師は、身体能力は一般人レベルに留まるということになる。また残念ながら、剛体で上げられるのは物理系だけで、知力や幸運を恒常的に上昇させる魔法的手段はこの世界には存在しないようだ(知力に関しては、脳神経を強化できればワンチャン?)。無論、自動的でゲーム的なレベルアップは幻想の彼方にある。
そのような、三種の血統が混ざり合った結果としての才能とその上限を総称して、血統魔法という。
またもゲーム風に言うと、光属性魔術しか才能がなくてレベル10が上限の人もいれば、光属性・火属性魔術と闘気・強体仙術、錬金術の全てをレベル50まで上げられる人もいる。世の中が血統主義か才能至上主義に支配されそう。もうされてるかも。何もないところに明かりを灯せるだけでも十分凄いと思うんだけどね。
生まれついての才能としては、魔法系統樹からもたらされる天恵魔法もある。けれど、その種類と上限はほとんど完全なランダムであり、当たり外れが相当大きいらしい。カサンドラさんのように仙人の直系子孫なのに僅かでも賢者の血が混ざっていればあまり強くない錬金術が与えられたり、魔女の血が強い子どもに運よくシナジー効果のある強力な魔術が与えられたりするそうだ。つまりガチャゲー。
まとめると、人の魔法能力は血統魔法と天恵魔法という二要因から構成されている。
ただ、重要な事実として、聖術だけは魔法系統樹に属していない。天恵魔法としての聖術は魔法系統樹からではなく光の女神様から与えられる。より厳密に言うと、聖術だけは血統と魔法系統樹とは関わりのない、女神様が個々人にもたらす天上由来の魔法である。それが意味するのは――
エディ君は魔女、仙人、賢者の全ての血統に恵まれていて、剛体仙術の才能もそれなりにあるそうだ。筋肉ムキムキでもないのに握力は軽く100kgオーバー。流石勇者様。万能の魔法戦士である。
魔法的に強化された体の手触りをよく知りたくて腕やお腹を撫でていたら、頭と背中以外のお触りは厳禁となった。無念。
◆◆◆
『5月14日(カイア日;赤の日)』
第五回ウィバク黄昏領域解放戦。
結果としては、兵士級323体、戦士級168体、騎士級28体を撃破。
計519体。
その日4つ目のマナ結晶を使った瞬間、強烈な倦怠感が全身を覆い、飛行がままならなくなった。直後、またしてもエディ君にお姫様抱っこをされてしまった。なんとか体を動かせるようになるまで逃げ続けて、騎士級小隊に前後を挟まれて激戦となる。
そして魔力が尽きて、ここで死んだら持ってきたマナ結晶が無駄になるという思いから5個目のマナ結晶使った瞬間、全身の感覚を喪失し、魔法すら維持できなくなり墜落。死因は兵士級による轢殺、及び撲殺。この世界に来るきっかけとなったあの事故を思い出した。感覚がなくなっていたので、体が引き裂かれる激痛を感じなかったのは幸いか。
結界を失ったエディ君も、僕がバラバラになっている最中に蹄獣体のレーザーに貫かれ、ほとんど同時に死んでしまった。
結局、撃破数は前回と同程度。マナ結晶の使用を3つまでにしておけばもっとたくさん戦えて、記録を更新できていたのに。それに、マナ結晶を全部使えずに無駄にしてしまった。未使用の6個目があの砂漠のどこかに落ちているだろう。
復活した後、しばらくの間エディ君が口をきいてくれなかった。とても気まずくて、申し訳なくて、できればあの時のことは記憶から抹消したい。リリアさんからも何度も忠告されていたのに。本当にごめんなさい。
とにかくミスをしたことを謝罪して、使うのは3つまでと約束した。それでもエディ君の反応は鈍かった。
人前では取り繕っていたけれど、ケンカした?、とリリアさんから心配されてしまった。
トムも何か察しているようだった。
ケンカ、かあ。
…ケンカ、だよね。
寝る前のハグがまだできていない。この日記を書き終わったら寝ないといけない。どうしよう。




