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● 002 降臨(1)


 再び意識を取り戻すと、僕は巨大な広間の空中に浮遊していた。

 壮麗、という言葉が最も相応しい空間。罅一つない白い列柱や壁面が背後から差し込む七色の光に明々と照らされている。


 ここは、ヒカリ様が言っていた神殿の中だろう。写真や映像で見たことのある、地球に存在しているどんな神殿や教会よりも遥かに大きい。


 というか、すごく目がいいなあ、この新しい僕。視界の鮮明さや緻密さが以前と全然違う。視力が2.0どころか5.0くらいあるかもしれない。

 これだけでも女神様スゴイと思ってしまう。

 

 あ…。


 そして、僕は見つけた。遠い眼下に、無人の祭壇と相対するように、その子がいた。

 その子だけがいた。

 真っ直ぐに僕を見上げている。視線が合う。炎のように明るい赤色の髪と宝石のような濃い赤色の瞳。緋色と、茜色。

 目を見開いてとても驚いている。驚愕、という言葉がふさわしい表情。


 

 ――可愛い子だなあ。12か13歳くらいで、ギリギリ思春期を迎えていない感じ。身に付けている赤と白の衣装は、アニメの魔法少女版にアレンジされた巫女服、というような印象で。え?もしかしてこの子が勇者?男の子?



 という驚きを伴った第一印象だった。

 中性的で、女の子だと言われれば疑いもなく信じてしまうくらいに綺麗な顔立ちをしていた。



「はじめまして」



 最初の一言がするりと自分の口から出てきた。そして本当に女の子の声だ。びっくり。

 しかも『はじめまして』が聞いたことのない異世界の言葉だった。しかもその言葉の文法と辞典が既に脳内に知識として存在している。二度びっくり。


 そんな内心とは裏腹に、僕は音を立てずにゆっくりと空中を降りてゆき、白い靴下とローファーを履いた細い二つの足で静かに床に着地した。赤髪の子と祭壇の間に、導かれるように…、いや、明確にここに導かれて。

 背後から差し込んでいた七色の光がゆっくりと消えていく。だからここまでは、きっと女神様の采配。


 女神様の光が完全に消えて、煌びやかに彩られていた神殿が薄暗い場所に変わってしまう。今更ながら、とても緊張してきた。


 目の前の子どもの表情は少し変化していた。驚愕から…、なんだろう、感動と、確信?

 ずっと、僕だけを見ている。暗所の中で、炎の宝石のような瞳が赤々と輝いていた。少なくとも否定的なものではないと感じる。


 そんな様子の小さな勇者様を見ていて、ふと驚愕の事実に気付いてしまう。

 つまり、目の前の身長140~150センチくらいの男の子よりも視線の低い自分の体に。もしかしたら身長130センチくらいしかないかもしれない。


 だとしたら、推定10歳?

 10歳ロリ…!?


 ええい、驚いてばかりでは進まない。

 ままよ。



「僕は天使のアキラと言います。光の女神様の使者として地上にやって来ました。こうしてお会いできて嬉しく思います、勇者様」


 

 ちょっと見上げて、視線を合わせて、ぶっつけ本番!



「あ…」



 勇者君の表情が固まり、時間が止まる。

 焦るな僕。

 待つのも大事だ。


 

「はじめまして」



 静かに待った甲斐があった。推定男の子の勇者様は優しくはにかんでくれた。



「ボクは当代の光の勇者、クエーサー・エディンデルと言います。父クエーサー・レイドからはアウデイロの鷹の英雄、母フォトン・メルトからはキヌアの守護者の血を受け継いでいます。お会いできて光栄です、天使様」



 あどけなさの残る、とびきりの笑顔だった。

 やばいね。

 僕がオトコじゃなかったらこれだけでいちころだったね。決してショタコンでもロリコンでもないので、安全安心です。


 よし、とりあえず愛想笑いをしておこう。愛想は大事だ。



「はい。よろしくお願いします。エディ様」



 エディンデル君か。畏まった自己紹介ありがとう。クエーサーが名字で、こっちが名前だよね。いい名前だ。でもちょっと長いからエディって呼んでもいいかな。心の中で君付けするのは許してほしい。みたいな感じで。


 するとエディンデル君、もといエディ君が一気に顔を赤くした。ボッ、という擬音語が出るみたいに。

 おお…。子どもらしい反応をするじゃないか。君があまりに綺麗で、超然としてたから、お兄さん少し心配してたよ。普通、このくらいの年頃の男の子って比較的猿っぽいというか、馬鹿馬鹿しくて本能的な生き様をしているものだから(実体験)。

 


「こ、ここちらこそよろしくお願いします…。アキラ様…」



 ふんふん、実は人見知りだったりするのかな?


 

「はい。こちらこそ」



 わ、まっかっかだ。うーむ、純真で恥ずかしがり屋なのかな? でも、一度友達になれば距離感がぐっと近くなるタイプと見た。


 そして完璧じゃないか、僕。

 すごいぞ僕。

 まだ一度も噛んでいない。それどころか、絶好調の時のように頭から手足の指先まで全神経が冴え渡ってる感じがする。

 ああ、なるほど。視力だけじゃないのか。何せ女神様謹製の天使の体だ。つまり、ものすごく頭が良くて、運動神経も良くて、いろいろ抜群な体なのだろう。恐るべし、女神様。


というか、肩の下まで流れるこの長髪!

 そして空色!


 僕が見下ろしていたのは、自然と自分の視界に入っていたのは、ほとんど銀色のようにも見える淡い空色の髪だった。

 なにこれ綺麗。髪を触る自分の指も白くて細くて綺麗。


 そして、身に纏っている衣服は真っ白な白地に鮮やかな青色の模様と服飾(フリル?と言っていいのかな?)が散りばめられたワンピース。エディ君が着ている紅白の服と同じようなデザイン、つまり魔法少女チックな造形をしていた。 

 気付くの遅過ぎだ。


 審美眼が鍛えられていない自分でも分かる。分かってしまう。見える範囲だけでも、自分の体が芸術品レベルだと。髪も、爪も、肌も、そしてついでにこの服も。一点の瑕疵もなく、奇跡レベルの存在としての美しさが現実のものになっている。


 とても、ファンタジーだ…。



「あの…」

「あ、すみません、なんでもないです。なんでしょうか」



 おっと、しまった。肝心の勇者君の目の前で挙動不審になってしまった。集中集中。



「これからのことで」

「はい」


「えっと…」

「……」


 

 そこでエディ君はまた恥ずかしそうに黙って目線を下げてしまった。

 ふむ、これからのこと。

 そうだね、いくらぶっつけ本番でも、問題を把握することが大事だね。学校の先生もそう言ってたし。問題を正しく定義することこそが肝要で、それができたなら解決したも同然だって。いや、そこまでは言ってなかったかな?

 とはいえ、本当にほとんど何も教えられないままここに来たから、現状を知ることから始めないと。



「ごめんなさい、実は、僕は天使になったばかりで、この世界のことをほとんど何も知らないんです」

「えっ…?そうなんですか?」


「はい、光の女神様は、地上に降り立った後に自分で知る必要があるということを仰っていました」

「女神様が…」



 正直、とても困った事態だ。

 天使の僕が無知のままここに降臨する必要があったのか、あるいはそれが降臨の条件だったのか。

 気にならないと言えば嘘になるけど、今はいくら考えても仕方のないことだ。



「…僕の使命は『終末戦争が終結するまで勇者を支え続けること』です。なので、短期的、長期的の両面でエディ様が支援を必要としている問題について、詳しく教えてもらってもいいでしょうか」

「短期的、長期的…」



 僕がこことは違う世界で死んでから天使に選ばれたという身の上話は…、突拍子がなさすぎるし、とりあえず今は言わなくてもいいだろう。


 うーん、でもちょっと事務的で、下手に出すぎてるかな? もっとフレンドリーな方が良いかな。

 天使としてどういうふうに振舞ったらいいのか、とても難しい(ちなみに、会話の合間にこういう高速な思考ができているのも頭の回転が滅茶苦茶速くなったからだ。慣れない内は目が回るかも)。



「長期的な問題は、アキラ様の言うようにこの終末戦争を…、なんとしてでも、終わらない黄昏の戦争を終わらせることです。でもそのためには越えないといけないことがたくさんあって…、ありすぎて…」

「分かりました。それについてまた後で構いません。それと、戦争終結という長期的な目標が遠すぎるなら、段階的に複数の中期目標も設定した方がいいかもしれませんね」


「中期目標。段階を踏んで…。なるほど、そういうふうに考えれば…。あ、それで、短期的な問題の方は…、というより、今この場での問題というか、お恥ずかしい限りなのですが」

「はい」


「強大な敵に追い詰められていて、迂闊にこの神殿から出られないんです。絶体絶命の状態です」



 本当に恥ずかしそうに、消え入るような声でエディ君はそう言った。


 続けて、グウ、という音がお腹から響く。



「あっ、そのっ」



 耳だけでなく首の付け根まで真っ赤にして縮こまってしまった。




  ◇◇◇




 エディ君に案内され、神殿の出入り口まで足を進める。



「あれは…」



 暗い大地へと続く長大な階段の頂に立ち、半壊した都市と無数の瓦礫の先の荒野を眺める。

 周囲の大気が黄昏のようにくすみ、滲んでいる。光と闇の境界線が歪み、色そのものを削ぎ落しているかのようだった。


 そして、地平線に近い場所に途轍もなく巨大で真っ黒なドラゴンが居座っていた。



「あれが『陰魔』と呼ばれる人間の敵で、その中でも最も強大な闇の魔王の、一体です。またの名を『陰黒龍ギラー』。何万年も昔に闇の魔神によって生み出された、最も古い陰魔だと言われています」

「陰魔…。陰黒龍…」



 うん、やばい。

 字面もヤバければ、実物もヤバい。闇の魔神に生み出された闇の魔王、というおとぎ話のような極大の怪物が現実として存在している。


 あんなに遠い場所にいるのに、灰色の曇天を衝くような威容に恐怖を感じてしまう。地上から頭頂部の禍々しい黒い角まで、一体全体、全高何メートルあるだろう。

 スカイツリーだってあんな威容を誇っていなかったはず。

 距離感からして、もしかしたら1000メートル以上あるんじゃあ。



「幸い、どんな陰魔でも、魔物でも、女神様の神殿だけは侵入も破壊もできないので、ここにいる限りは安全です。ただ、ああしてずっと待ち構えられてしまっていて…」

「エディ様を狙って?」


「はい、恐らく。もう半日経ちましたが、こちらを向いたまま一向に動く気配がありません」

「そうですか…」



 ギラーという巨大なドラゴンは地平線に近い場所から真っ黒な眼で僕達を見下ろしている。無言で。無音で。エディ君も、僕のことも。


 敵視されている。

 天使の直感によるものか、それが分かる。地球で平凡な男子高校生をしていた頃には全くなかった不思議な感覚だ。


 天使として生まれ変わったばかりで浮ついていた気分を鎮め、自然と暗黒の怪物へと吸い寄せられる視線を無理矢理切る。

 周囲はどこまでも灰褐色の廃墟と荒野で、僕たち以外誰もいない。あるのは無味乾燥の瓦礫と、石と土と風だけだった。神殿の中も、エディ君の様子からして延命に役立つものはないのだろう。



「もし、この神殿から出たら…」

「今のボクの力では決して勝てません。階段を降り切った瞬間に『闇の息吹』で殺されるでしょう」



 なら、どうしてエディ君はここにいるのか。独りでここにいたのか。


 そういった疑問を飲み込む。

 建設的に、現実的にこれからのことを考える。天使として。契約通り、勇者を支える天使として。



「では、勇者様。僕から提案があります」



 考えるというよりも、決意する。そうしなければならないのなら、そうするしかないのだから。

 なせばなる。

 惜しい所で僕の座右の銘には選出されていないが、これも大事な現実認識だ。



「一度、一緒に死にましょう」



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