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妄想の帝国

妄想の帝国  その41 QJアノン実験

作者: 天城冴

企業の募集に応募して、大規模社会心理学実験を行うことになったB・JとT・D。彼らの考えた陰謀論拡散実験は当初の予想を超えてしまい…

カチャカチャとキーボードをたたく音で、僕は目が覚めた。

「あ、ごめん、起こしたか」

「いや、いいよ。定期チェックの時間だろ、今日も増えたのか?」

「すごいよ、この伸び。まあ、今回の話題はタイムリーだっただけに食いつく奴も多かったのかな」

T・Dの言葉に僕は噴き出してしまった。

「ホントにあの話にそんなにアクセスあったのか?マジ?まさか本気にしてんのかよ、あいつら」

「そうだろうな、たぶん。現職議員が悪魔崇拝で幼児性愛者って話を鵜呑みにするんだから。だいたい、そんなのはうまく隠せるだろうよ。つうか悪魔崇拝の悪魔って、どこの悪魔なんだ?議員は全員キリスト教徒ってわけじゃないんだが」

「多神教信じてる奴は悪魔主義って言われた時代もあったから、そういう意味では、あいつらのような陰謀論者にとっては異教徒の議員は悪魔崇拝ともいえる」

「まあ、そうかもしれないな。だけど、大事な被検者さんを陰謀論者って括り付けるのはどうかと思うぞ」

「どうせ、わからないだろ、だいたい実験に参加してることすら気が付いてないんだろうから」

にやにやしながら、僕はまたベッドで横になった。

 とはいえ、T・Dのタッチする音と液晶画面の明るさでなかなか眠れない。住んでいる部屋が狭すぎるのだ。それぞれのベッドとパソコンとわずかばかりの家具や身の回りのものでいっぱいだ。僕らのような親がロクデナシで貧乏でも、成績は良く、のし上がれそうな才能はある苦学生にはこれでもまだマシな方なのだ。しかし車中生活よりマシとはいえ、もう少し広ければ…

「これが上手くいけば、少しはマシな部屋に引っ越せるか」

成功すれば、ひょっとしてT・Dとのルームシェアを解消して、ガールフレンドぐらいできるかもしれない、それどころか家を買って早期リタイアして、と夢だけは膨らむ。この“実験”の結果いかんによって、その夢がかなうかが決まる。

 このQJアノン実験を思いついたのはT・Dだった。

「おい、B・J、ちょっと、これやってみないか」

「なんだ、新しいバイトかい?何々“新しい社会実験を実施するため、社会学もしくは社会心理学専攻の学生求む、当方は今までにないアイデアを切望する”ってそれだけ?内容が全然わからないじゃないか」

「でも、報酬はすごいぞ、ほら」

T・Dの示した額は僕らの部屋の家賃のざっと10年分に近かった。

「冗談だろ!たかが学生のアイデアにそれだけ払うのか!」

「それだけの価値があるものに限るってことだろう、それに内容は極秘。教授にさえ教えるなってことらしい」

「課題とレポートと授業の合間にそれをやれって?今だってバイトできついのに」

「とにかく、応募するだけでもしてみよう、ほらアレがあるだろう」

「アレか、確かにあれは卒業研究だのには使えないよな。かなり面白いとは思うし、どちらかというと企業とかには役立つとは思うけど」

「駄目で元々だろ、とりあえず手直しして、プレゼンの準備だ」

意気込むT・Dに引きずられるような形ではあったが、やり始めると僕も夢中になっていた。二人で話し合い、何度も案を練り直して、ぎりぎりで応募した。幸運なことに僕らの案は採用され、こうして“実験”が始まったわけだが

「しかし、バレたらかなりヤバいかもしれないな。違法ではないかもしれないけど、倫理的問題が、とか」

なにしろアイデア段階で教授たちの猛反対を受けた実験なのだ、“社会的混乱を招きかねない、かつてのスタンフォード大実験やアイヒマン実験のように”とすら言われた。世界的に有名な実験にたとえられ、内心嬉しかったのだが、それだけ嫌悪されると言われ、気を落とした。以来それに関するメモや資料は封印していた、それでもゴミ箱に捨てる気にはなれなかった、それほど僕らにとって興味のある、やりたいことだったのだ。

 “QJアノン実験”と名付けたそれは、いわゆる陰謀論をどこまで意図的に拡散できるか、に関する実験だ。陰謀というと言い過ぎかもしれないが、要はフェイクニュース、荒唐無稽な話をどこまでSNSで広められるか、どういった傾向をもつ人々がアクセスし、信用し、他に広めるか、元の話がどのように変化し、類型などができていくか、を調査するのが目的といえた。もちろん、こんなことは実験参加者に明かすことはできない、本人たちが、気が付かないうちに参加しないと意味はない、作られたことがわかりきっている陰謀論なんて誰が広めてくれる?ツィッターでつぶやいた途端、笑いものになるだけだ。

 倫理的問題もあり、このアイデアはお蔵入りだったが、儲けのためならなんでもやりかねない企業にとっては興味をそそられるものだったようだ。採用されて、すぐに僕らは実験を開始した。QJのハンドルネームで、サイトを立ち上げ、様々な陰謀論をもっともらしく書き連ねた。アノンはアンノウンの略、匿名で政府や世界の真実を書く、というスタイルにした。内容は以前からささやかれた陰謀論の寄せ集めを吟味して、信ぴょう性を高めるために他のサイトを引用したりした。この国の属国といわれるJ国のネトウヨと呼ばれる連中のサイトはかなり参考にした、どれも怪しげで根拠が不明だし、デマも多いらしいが、どうせ外国語で書かれた文章など、この国の陰謀論に飛びつく連中は読まないだろう、特にオツムの弱い奴等は。そんな感じで始めたサイトに徐々にアクセスが増えていき、信者もとい被検者もどんどん増えていった。今のところ実験は順調のようだ、僕らは定期的にアクセス数を確かめ、時期にあう陰謀論をアップする日々が続いていた。アクセスしたほうのログの解析やら情報の分析は企業の雇った別の専門家が行っているようだ。もしかしたら、僕らのような応募した学生グループかもしれない。一応企業の担当者を通して、サイトをみている奴等の年齢性別職業や人種といった分析結果は渡してくれるが、彼らに直接あったことはない。本当は打ち合わせして、より信じられやすい話を作ったほうがよいのかもしれないが、直接連絡をとることは禁じられていた。企業がとりまとめたせいか、この実験自体が僕らの当初考えていたものより大規模になっていたため、僕もT・Dも全体がどうなっているのか、よくわからないのだ。

「だけど、陰謀論の拡散ってどう企業に役に立つんだろうな」

僕の独り言をT・Dは聞いていたのか

「多分、クレームとか、いやがらせ画像の拡散と似ているからじゃないか、どう広まって、どう収拾すればいいか知りたいとか」

「それならクレームの拡散でいいんじゃないか?」

「でも自社のクレーム拡散なんてリスクでかいよ。嫌がらせもさ。だいたい嘘だってバレたら不味いだろう企業イメージがめちゃくちゃだ。かといって他社にクレームつけるわけにもいかないし」

「陰謀論のほうが、傷が浅い…か」

「それともなければ僕らみたいに、到底、信じがたい話を信じてしまう人達ってホントにいるのか、いたらどういう人なのかを純粋に知りたい、のか」

「確かにお祖母ちゃんにみたいに、怪しげな健康飲料だのを買い込む人ってどんな人か知りたいよ、僕は。かなり遺産減ったって母さんが嘆いてたし。どこかの企業の社長にもそんな身内がいるのかな。だけど、トップ連中の道楽にしても、金がかかりすぎ…いや、すごい規模の大企業とかなら、有り得るか。でも僕らの契約した会社はベンチャーみたいだけど」

「どうせ、どっかの多国籍企業とかGAFA系列の企業の関連会社なんだろ。巧みに関係は隠してるみたいだから、どこが大元かはわからないけどさ。一応分厚い契約事項にきっちり目は通したけど、そんなに僕らに不利にはならないみたいだ」

「僕だって目を皿にして契約書を読んだけど、怪しげではなかったよな。もっともそんな契約書を読んだの初めてではあるけどさ」

「僕だってそうさ、でも事前に本やらネットでも調べたけど、ごく一般の契約、だと思うよ」

「ともかく、実験の結果が重要なんだ、そうだろ」

「そう、それに今のところ上手くいってる、いきすぎなくらいだ」

「そうだよな、何千、何万のアクセスが毎日のようにあって、僕らの作ったサイトに関するサイトができて」

「どんどん増殖してるよ。“今の国のトップは今までの奴等とは違う、影の支配者たちから政府を取り戻すヒーローだ!唾棄すべき小児性愛者や悪魔崇拝者を倒せ!”。よくまともに読めるよな。自分で書いててバカバカしいくらいなのに」

「だいたい今のトップなんて、金持ちの出来損ない息子でえげつない手段で破産を免れたとか、セクハラしまくりとかロクな噂ないぜ。まあショーマンとしちゃ優秀だろうけどさ。それが偉大なるヒーローだの救世主だのって、大丈夫かよ、こいつらは、と時々思うよ」

「まあ、いずれは収まると思うけど」

実験の予想外の成功にT・Dも僕も興奮して眠れない日々が続いた。


「おい、ヤバいよ、あいつ等トンデモナイこと起こしやがった」

眠い目をこすりながらT・Dの指さす画像をみると

「え、一体何を…“M州議会での決定にデモ隊が暴徒化、彼らは「現大統領は救世主だ!敵対するものは悪魔!」と叫びながら、対立する党の支持者に対して暴行を加え、制止しようとした警官に発砲し…”って、僕らのサイトの信者がやったのか!」

「多分な。QJアノンのいうとおりだとか、あれが真実とかいってるのが暴徒に交じってた、というか主催者だったらしい」

「嘘だろ!あれを信じて暴力行為を働いたっていうのか、あんなデッチあげ本気で信じるなんて」

「そうみたいだが、実験は中止になるだろうな、死傷者がでてしまったんだから」

T・Dの声は重く沈んでいた。

僕らのやったことで、本当に傷つく人がでるなんて…。僕は自分たちの引き起こした結果にすっかり取り乱していた。なんてことしてしまったんだろう、教授が反対した理由が今ならわかる、やってはいけないことというのは本当にあるのだ。

「確かに暴力に対しての衝動が強いとか、怒りの抑制ができない、冷静な判断力に欠けるなどの傾向がある連中だとは思っていたけど、こんなことをするなんて」

僕の言葉にT・Dは

「いや、たぶん何かやるんじゃないかと思って心配してたんだ。奴等のツイッターやブログなんかを追ってたら、“今度の議会の決定が気に入らないものなら力による正常化を図るため強硬手段も辞さない”とか、“大統領に敵対するものに死を!”とか物騒なセリフだらけだった。不味いと思って企業側にも報告したんだが」

「え、じゃあ、企業側は知っていながら警告しなかったのか!そんな…」

「多分、奴等のリアルの情報を解析してるグループもわかっていたと思う。僕と同じように警告はしたんだろうが」

T・Dは、うなだれていた。

「いっそ、直接州知事にでも訴えればよかったのかな」

僕は自嘲気味につぶやいた。警察や州議会に警告したところで無駄だったかもしれないけど。だいたい僕らの作った偽陰謀論に踊らされた連中が議会を襲いに来るなんて、バカげた話を誰が信じるだろう。企業の担当者もそう思ったに違いない、そして、まさか奴等が、こんな大それたことをするなんて、考えもしなかっただろう。誰が書いたかもはっきりわからない、根拠も不明、ろくな証拠もない、伝聞だらけの似非主張を疑いもなく信じ込んで人を、議員たちを襲撃しようとするなんて。

「バカな奴等だよ、ホントに」

でも、そいつらを陰で扇動したしたのは僕たち…なのかもしれない


「ああ、もう、どうしようもない!」

T・Dがキーボードをバンバン叩いた。

「そんなことをしても本当にどうしようもないよ、もう僕等じゃ手に負えない」

あの暴力事件の後、すぐにサイトは閉鎖した。もちろん実験は中止。それでも僕らには既定の報酬は支払われ(おそらく情報解析グループにも)、この件は極秘ということになり、厳重な守秘義務の契約にさらにサインさせられ、口止め料みたいなものも受け取ったのだ。それで終わりかと思ったのだが。

「畜生、まだQJアノンを信じるバカがいやがる!」

T・Dが叫ぶ。

「し、黙れよ」

と止めながら僕も叫びたくなる。

 サイトの閉鎖直後に、この閉鎖自体が政府の陰謀だと言い始めた奴があちこちに出だした。そしてQJアノンの遺志をついで、影の支配者を倒すとか、後継者を名乗って新しい陰謀論を書き足す奴が次々に現れた。海の向こうのJ国には支部ができた、元々かの地で発祥した怪しげな説が帰ったわけだが、そのことに気が付きもせず、仰々しく解説するアホどもの出現には開いた口がふさがらなかった。もっとも事態は冗談ではすまなくなっていた。

 我が国のアホトップは、感染症対策に大失敗して支持率が下がったせいか、過激な支持者を取り込むのに、僕らの陰謀論を暗に利用した。陰謀論を信じトップの扇動するような言動を真に受けて、現トップの支持者たちは敵対する党の議員や知事を脅迫するは嫌がらせするは、果ては知事の誘拐未遂という犯罪にまで手を染めたのだ。

もう僕らの手に負えない。僕らの蒔いた種は、この国に渦巻く不安や恐怖を肥料にして恐ろしい花を咲かせたようだ。

「オツムの弱い連中が移民や女性や、この国でマイノリティと呼ばれた人たちに追い落とされることをそんなに恐れているなんてな。いや、それどころか才能ある連中でさえ、後続に追い抜かされるのを怖がってる。この国は自分の努力や才能でのし上がれるのが売りだったのに」

T・Dの言葉に思わず僕はつぶやいた。

「才能も何もないから余計怖いんだよ、きっと。家族や親にすら見捨てられて惨めに生きるのが。才能のあるやつだって、いつ底辺まで転げ落ちるか、不安なんだろうよ。今まで享受した、日の当たる、賞賛をあびるポジションを失うのが」

自分らがさげすんだ人々以下だと思い知らされるのが、そんなに怖いのか。脱税しまくり嘘にまみれた事業に失敗して破産した僕のオヤジみたいに。

「傲慢だよな、でっちあげ話を信じてトンデモナイことやっちゃうほど愚かなくせに、他の、マイノリティなんかより自分が上だなんて、よく思えたもんだよ。…いや、だからこそ出自とか親の地位、資産しかよりどころがなかったのか。一つだけ突出した才能しか誇れるものがないってのもあるかもしれないけど、一つだけでもあればマシ、少しだけでも上がれてマシとは思わないんだな」

唯一のよりどころを失うぐらいなら出来の悪いお話にでもすがる、本当にブラックジョークだ。

「もう、どうしようもないな…、あ」

「どうした?」

「例の企業から連絡だ。僕らがここにいたら不味いらしい。QJアノンの正体を連邦警察や情報部が探っているらしいから」

「いっそ、何もかもぶちまけようか」

もちろん、そんなことはできない。守秘義務違反であるだけでなく、意図しなかったとはいえテロ集団を作り出し、この国の分断を助長したのだ、ただではすまない。企業や協力した他のグループいわば共犯だ。

「とにかく支度しろ、パスポートとかはすぐ用意してもらえそうだし、向こうでの生活も当分は保障してくれるそうだ」

何もかも捨てて他国に逃げる、か。自業自得とはいえ、大きすぎる代償だ。

「いつか、何年か経った後、手記でも書けばいいさ。“QJアノンの真相”ってさ」

それまでに、この国はどうなっているのだろうか。僕らは再び帰ってこれるのだろうか。暗澹たる気持ちで僕はバックパックに少ない荷物を詰め始めた。


どこその国でも”真実は~”とか”私が知っている事実は~”との言説が見られますが、それが本当に真実なかどうか検証はしにくいですねえ、本人が本気でも思い込みや勘違いも多々ありますし。マスコミがウソつきだとしても、”ネットで真実!”という方の言うことが真実である証明にはならないとおもいますが。

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