《51》勉強会1
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「はぁっ…はぁっ…。」
俺はアスファルトの地面を駆ける。手には一本の太刀、いや、太刀と呼ぶにはあまりに大きすぎる。その刀身は人の太もも程度と細くはあれど、長さは俺と同じくらいだ。この刀は決して人間を切るものじゃない。
――グォォォォオォォオ!
空気を震わせるような咆哮。後ろから市街地の幹線道路の両端に乱立するビルをいともたやすく破壊しながら巨大な地竜が地面を破壊しつつ、その巨体からは想像もできないほど高速で追ってくる。俺は地竜を引き連れて市街地の中を駆け抜けていた。
「ちぃっ…!」
――このままじゃ、追いつかれる!ポイントまでもう少しなのに!
全速力で逃げても、みるみる狭まる俺と地竜。ヤツの踏み込んだところのアスファルトが砕けて陥没しているし、吹き飛ばされたビルの破片が後ろから襲ってくる。足を止めれば破片か、踏み潰されてぺしゃんこ、生き残れないことは明白だ。足にぐっと力を込めて、砂塵を巻き上げてより強く地面を蹴る。
――キュォォォオオオォォオ!
「はっ?!うおっ!」
地竜が熱線を吐いてきた。正確にはヤツの体内で土やら岩石やら鉄やらが圧縮されてできたマグマだ。それが高圧力サプレッサーで放たれたようにして後ろから襲ってきたのだ。人間が掠めでもしようものなら一瞬で蒸発する。現に目の前の鉄筋のビルですら3つも4つもいっぺんに高熱で溶かされて大穴が開けられているのだ。
「あっつ!…ぐっ…!」
なんとか飛びのいて直撃は避けることはできた。しかし無理な体勢だったので着地はままならず地面に投げ出された。
――グォォッ!
「しまった!!」
地面に転がっている間にとうとう地竜に追いつかれた。俺の体を優に超えるような牙が、振り上げられた巨大な爪が俺を引き裂こうとしている。
――もう、ここまでか…?!
――グギャァァ!
最期の足掻きと言わんばかりに無駄だとわかっていても、刀を盾にして身構えたその時、突然、地竜の顔が爆ぜて苦しそうな悲鳴を上げて悶えた。
俺へ振り上げられていた爪がビルを引っ掻き、見るも無残に容易く粉砕する。
「藤堂の旦那ぁ!」
「早く立て!」
「長門!榊!ポイントはまだ先じゃ!」
「なーに言ってのさ!お前がそれじゃ、ここでやるしかないだろ!」
「松岡!」
俺を抱き起した榊の手にはバスーカーのような巨大な銃が握られていた。さっき攻撃が止まったのは榊が作戦ポイントから抜けてきて、ヤツに向けて爆発弾頭を放ったのだ。
「長門!」
「あいよっ!」
盾を持った長門は盾を体の上に。双剣を番えた松岡がそれを踏み台にして飛び上がる。
「はァっ!」
――ギャァァアァアァア!
そのまま地竜に向かってまるで舞を舞うかのような華麗で高速な回転で幾重にも斬撃を刻み込む。全身を切り裂かれる地竜から再び悲鳴が上がる。
「おら!旦那ぁ!さっさと立ち上がりねぇ!」
「あぁ!バックアップ頼んだぞ!」
「任せてくれ!」
松岡の乱撃に地竜の気が逸れた隙に、長門に激励されて立ち上がり、榊に背中を任せて一気にヤツの懐に飛び込んだ。
「ぜやぁ!」
思いっきり太刀を振り込んで城塔の様なヤツの前足を大きく抉る。
――グォウ…。
バランスを崩した地竜が大きく仰け反って苦悶な声をあげて、地面に伏した。
「怯んだ!」
「今!」
榊が後方から大口径の銃弾を叩き込む。地竜の体のあちこちが容赦なく爆破される。
「俺を使えっ!」
「俺から飛ぶ!はっ!」
長門は盾で俺と松岡の足場を作り、倒れて壁の様になった地竜の脇腹などの脆いところにむけて力一杯松岡、俺と連続で跳ね上げて、強襲攻撃の道を開いた。
「やぁぁ!!」
「チェストォ!」
落下の力と共に、思いっきり武器を叩き込んで、地竜の厚い鱗を叩き割り、硬い肉をも切り裂いて、熱い血を吹き上げる。火傷しそうなほど熱い血をかぶっても開いた傷に立て続けに攻撃を加える。
――グオオオオオオオ!!
「なっ!?」
「うぉっ!?」
――ギャァァァアアアッ!!
「がはっ…!!!うわぁぁぁ!!!」
「松岡!」
突如、身を翻しながら立ち上がった地竜に俺たちは宙に投げ出され、振り回された尻尾に松岡が直撃してしまった。松岡の体は軽々と飛ばされてヒビの入った廃ビルに叩きつけられ、崩れたビルの瓦礫の下敷きになる。そのまま地竜の大鎌はあっけにとられた俺をも刈り取ろうと迫ってきた。
「藤堂!構うな!」
榊からの声が飛ぶ。その声にハッと気づかされた。
「わかってる!これで終わらす!」
そう叫んで自分に言い聞かせ、ブォォォォン!と空気を切って襲い来る尻尾をタイミングよく踏み込み地竜の遥か上空を飛ぶ。最頂点に来たところで身を弄してヤツの首めがけて太刀ごと落ちていく。
「はぁぁぁっ!!」
――ギャァァア!
地竜に首に太刀を突き刺す。鱗を突き破り、楔帷子のような皮を裂いたが、岩の様な肉の硬さに太刀は首を貫通させるまでにはいかなかった。
「流石に…硬てぇ…!でもっ!!」
俺は深々と刺さった太刀の柄を持って首の外へと飛び出す。自重でヤツの首の肉を切り落とす算段だ。
――グギャァァア!
「うおっ!」
首を突き刺された地竜は断末魔をあげ、巨体を振り回して俺を飛ばそうと足掻く。地竜の名に相応しく地震の如くもがくが、俺はなんとか飛ばされないように太刀にしがみつく。
「ぐぅ…ぅぅ…っ!」
突き刺さった太刀と俺の自重が相まって地竜は暴れれば暴れるほどに自分の首を裂いた。暴れれば周りのビルや地面が崩れて破片が飛んでくるし、肉が切れればその分の返り血を浴びる。俺は体に破片が当たる痛みを我慢しながら、手と剣の間をドロリとした血が濡らして滑りそうになるのを握りしめて必死に耐える。
――グォォ…。
いよいよ暴れに暴れた地竜が首の半分を自ら切り裂いて力尽き、大きく仰け反って地面に堕ちた。ドドーン!と倒れた地竜の天地を揺らすかのような衝撃が更に半壊しているビルとともに、魂が崩れる盛大な音を立ててあたり一帯を更地にした。
地竜はたしかに地に伏したがまだ死んではいない。ヤツは微かではあるがたしかに低く太い音を立てて呼吸している。太刀を首から引き抜いて上から下まで切り裂かれた肉の横に立つ。溢れ出る血の先に、人の胴体ほどもあろうかと思われる巨大な頸骨が見えていた。
「これで…、終いだ。」
太刀を一気に振り落とし、露出した骨を力ずくで叩き割った。地竜はバキョリッ!と骨の折れる音を残したのみ、何も遺さず絶命した…。
「いよっしゃぁぁぁあぁぁぁ!」
喉が裂けんばかりの声で勝鬨を上げる。
「さっすが藤堂!!」
「やっと終わったぜぇ!」
「いや〜長かったね!」
四人で喜びを分かち合う。お互い命を託しあったからこその歓喜。お互いの汗や血なども気にせず抱き合う。鎧越しの仲間の力も、傷口にしみる汗の痛みも心地よかった。
「次!次どこいく!」
未だ冷めやらぬ興奮。瓦礫から這い出てきた松岡はボロボロの体になっていても、もう次の戦場へと思いを馳せていた。
「そうだなあ!あっ!雷りゅ…。」
「勉強しなさい!!」
「ガフッ!」
「雷龍はどうだ?」と言おうとした時、大いなる天竜からの怒りの鉄拳。俺は床に叩きつけられた。痛みで頭がグラグラする…。
「痛い…。痛いっすよ真実さん…。いつの間にいたんすか…。」
「さっきからいたわよ!アンタたち!いつまでゲームしてんの!さっさと勉強しなさい!」
「うへぇ…。」
『勉強』の二文字に一気に現実に引き戻された。四皇との勝負が決まってからはや6日。朝の10時、俺らは勉強会の約束どおり俺の部屋へと集まっていた。
残念ながら、やっていたのはMMですが…。
「なんで君達はゲームなんてしてるのかなぁっ?」
杏果がふくれっ面に腰に手を当てて長門に詰め寄った。「あなたが一番問題なのよ?自覚してるのかしら?」と言いたげな目だ。
「違う、違うんですよ。相澤さん。榊がやろうってっから…!」
「それは言い訳というのよ!照史くんも一緒になってやらないの!」
「さーせん…。」
申し訳なさそうに慌てて抗議している長門を省みることなく、二人とも完全にご立腹である。早見もそうらしく、ゴミを見る目でこっちを見てくる。三人共、私服姿なのだが楽しむ余裕がないほど険悪なオーラを出してくる。冗談めかして気の利かない感想一つ言えたもんじゃない。
「はぁ…勉強かぁ〜。」
ため息をつくのはゲームをしようと言った榊だ。勉強よりもゲームに走る勉強会。これはもはやテンプレではなかろうか…。青春時代の男達の悲しい性としか言いようがない。
「さっさとノート広げなさい!」
「「「「うぇ〜す…。」」」」
「ちゃんと返事するの!」
「「「「Yes,sir!」」」」
真実と杏果に怒られてキビキビと準備する。でも一人で用意できるテーブルを二人がかりで用意したり、結局速いんだから遅いんだかわからないような速さで準備が整えられた。
「あー、長門?お前の集中講座のために二階開けてあるわ。講師と一緒に行け。」
「毎度ありがとうございます…。」
礼を言いながらも長門は地獄行きが決まった亡者のような顔をしている。だが地獄は教える側の俺らもそうだ。
なにせ何言っても覚えない、鳥より残念なトリ頭にものを覚えさせようってんだから…。
「お前怒鳴りながらやると周りの気が散るからなぁ…。」
「はぁ…ストレスで胃に穴があきそうだよ。」
「今回も頑張りますかねぇ…。」
榊と松岡もすでに顔が暗い。女子三人組はこの後の悲劇を知らないらしく首を傾げている。その顔が後で苦悶に歪むと思うといたたまれなくなる。
「えいえい…。」
「「「おー…。」」」
講師陣の力無い気合いしても、入る気合いが既にないんじゃ意味がない。長門も申し訳なさそうな顔をしているが、「そんな顔するなら言ったことを覚えてくれ!」素直に心で叫ぶ。
「ほらいくよ…。まずは数学からだ…。」
あらかじめルーレットで決めていた最初の犠牲者は榊である。
アパートの両隣の部屋は無人だから何しても平気なのは後で謝る必要がないせめてもの救い。これでご近所さん頭下げて、後ろ指をさされるんじゃ割りに合わない。
「ういっす。オナシャス!」
「やる気だけはあるのになぁ…。」
「はぁぁぁぁ…。」と盛大なため息を漏らした榊と、何故か笑顔の長門二人がえっちらおっちらと階段を上がる音を聞きながらこちらも勉強を始める。
流石に少し大きめの机ではあるが一人暮らし向けなので長門と講師一人をぬいた四人でも座ればそれなりに狭い。教科書などが机上にひしめきあう。シャープペンシルの音がつらつらと聞こえ始めた。
「真実。」
「ん。」
「あざ。」
「…。」
「ん。」
「助かる。」
わからないところがあったので真実に問題とノートを渡す。大した返事もなく受け取りノートを一瞥しただけでサラサラと何かが書き加えられ、数分もたたないうちにノートに公式とポイントが、問題集の問題の中の重要箇所に線が引かれ、①、②、③番号の振りと教科書のページを指定されて返ってきた。
さすが真実。
字が綺麗なので見やすいしダラダラ書いていないので読む気になる上に、自分で考えることができる。それに声で周りに迷惑かけることがない。
教え上手とはこういうことを言うんだろう。
甚だ感心しながらノートに実際に解いてみる。詰まったことが嘘のように問題が解け始めるから本当に魔法のようだ。そこからは教えてもらった方法とともに大きな文章題を5、6問ほど解いた。しかし、俺の数学力では限界があり、蟻のようにゆっくりではありながらも、コツコツと大きな問題もなく解くことができた。
「アキ。」
「んー?ん。」
7問目を解いている時に渡されたのは古典の問題。
問題は…。なるほどな…。こいつは古典の中でその文章の中の特有の表現がされた名詞のせいで意訳すら難しいヤツだ。
『東の刀の鑑』と『曇らぬ月』か。
前者は幕府のことだな。京があった位置から見て東側に建てられた武家政権だから『京からみて、東にある幕府の判断』となる。『曇らぬ月』は夜の闇を照らす月のように『正しい判断の結果』ということだ。
所領安堵のための裁判録だから難解な単語を連発される分、ある程度知識がないと乗り切れないだろうな。
その旨をルーズリーフに書き込んで真実に返す。
「ほいよ。」
「ありがと。」
再び沈黙が訪れる。
中断していた問題も解き終わり、別の章へと入って再び詰まったところで真実に助けをもらいつつ、松岡が早見に手振りだけで教えられているシュールな光景を横目に問題を解いていた。そうこうしているうちに時計の針は2度ほどすれ違った。
「だっからこれさっきも言っただろっ!!!何度言ったらわかんだよ!!」
「ごめんよぉ!!」
「謝んなら手ぇ動かせ!手をよ!」
突如として二階から響いてきた怒号。女子の皆さんはビクゥッ!飛び上がってそれはそれは驚いた表情でキョロキョロしている。しかしそんなことはバカルテットからすればなんらおかしなことはない、
「おー、始まったな。」
「えっ?」
やっとかと言わんばかりの松岡と、キョトンとした杏果。
「2時間と16分32秒。最長記録だ。」
「アキ?」
今日の長門はよく健闘した方だ。褒めてやってくれよ、真実。
「流石に長門も勉強してきたんだろうな…。」
「四皇相手だからな。」
二人で長門の健闘に敬意を評しながらも、上から立て続けに響いてくる怒号に、榊が座っている長門にまるで闇金の取り立てのように迫っている姿が目に浮かぶ。
「もういいだろう。昼飯時だし、回収してやろう。長門も頑張ったよ。」
「そうだな、流石にかわいそうだ。三人もそれでいいか?」
女子陣も頷いたので、階段の下から「榊―!長門―!飯にするぞー!」と二人を呼ぶ。そう時間もなしに、無駄に疲れた顔の榊と二階に上がった時とそう変わっていない長門が降りてきた。
二人の違いは運動部だからこその体力の違いかあるいは…。
「お疲れさん!」
「もうヤダ…。」
「お疲れさん…。」
地竜よりも激戦になりそう…。
ここまでご一読いただきありがとうございます!
ただいま修行中ですので投稿落ちますが、ぜひ気長にお待ちください。




