《35》半身、その意味
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「えっ?」
杏果が俺の発言になにか超然的な話を告げられたように固まっている。風が呼応するようにサァァァっと吹き、杏果のスカートや髪をなびかせた。まるで俺と杏果に遥かな空間ができたような沈黙が流れ、ザザァと小さな波の音が耳に届く。白鳳凰に触れながら静かに話しだした。
「…この木は俺がこの手で植えた。正確には爺さんとだ。俺がまだ小さい頃だったが、この木もそこまで大きくなかった。植え終わって爺さんに言われたんだ。『この木はお前と一緒に生きていく。いわばお前の一部だ。だから大切にするんだぞ。』と。だからこの木は俺なんだよ。俺と一緒に藤堂家にあるんだ。俺が歳を重ねるごとにこいつも大きくなる。俺の成長そのものがこの木なんだ。」
「…そう。ここまで立派になるだけの歳月を藤堂くんと一緒に生きてきたってことね。」
感慨深い話を聞いたように神妙な面持ちで杏果は納得した。
「そういうことだ。だから毎年俺に会いに来てる。」
「なんかすごいね。私にはそういうのないよ…。」
「俺の誇れる数少ない自慢だよ。」
「やっぱり藤堂くん、ロマンチストだねっ!」
「照れるからやめてくれ…。」
にやける顔を隠すように杏果に背を向け愛おしむようにゴツゴツした幹を撫でる。白鳳凰たる力強さを感じる。俺もかく生きられているだろうか。その自問自答が今までの俺を形作って来た。俺はこの木に触れるたびまた頑張ろうと思えるのだ。
「でもよかった。」
「えっ?」
きっとニコッと笑って杏果が優しく言ったんだろう。まだ顔を合わせられるほどにやけは治まっていない。
「藤堂くんがこの木の魂の分け御霊とかじゃなくて。藤堂くん、古典得意でしょ?だからそういう呪術とか知ってて魂を結びつけてるのかと思ったよ。」
「なんでそんな発想になるんだよ。」
「だってこの木だけほかの桜と離れてて、この木だけがこの辺り一帯で一番綺麗だもん。普通の自然の力を超えているように見えたから。」
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。」
木を褒められたのに自分のことの様に嬉しかった。それほど俺はこの木に思い入れがある。杏果の様な褒め言葉や枝を見上げた時にかかっている風流人たちの歌がそのまま俺とこの木の活力になる気がした。
「久しぶりですね。白鳳凰。」
後ろからやってきたセミフォーマルのような私服の30代くらいの若い男性に声をかけられた。その声は心地よいバリトンの全てを包み込む様な優しさがある。
「お久しぶりです。玉響。」
彼とは面識がある。というより、ほぼ毎年会っている。これには少し意味があった。
「今年もこの時期ですね。一年とは早いものです。」
「そうですね。今年もあっという間でした。『花護』にはこれから?」
「えぇ。貴方も?」
「これからです。」
そう言った玉響は白鳳凰を見上げた。「ほぉ…。」とため息を吐いて感心していた。
「なるほど。今年も見事な咲きようですね。鳳凰の名に恥じない秀麗さだ。」
「お褒めの言葉、痛み入ります。どうぞ今年度もよろしくお願いします。」
「こちらこそ。ではお先に失礼。」
「また。」
そう言って玉響は去り際に「これを。」と言って筆ペンと短冊1枚を俺に手渡して行った。その姿が遠くなるまで見送って、不思議そうに杏果が話しかけてきた。
「ねぇねぇ、なんの会話だったの?なんで白鳳凰って呼ばれてたの?」
「ん?あぁ、美しくて人目につく桜は目印にされているんだ。」
そう言って白鳳凰からほんの少し離れたところにある1.2mほどの杭を指差す。その表には『白鳳凰』の文字が刻まれている。
「それでその木を管理する家の誰かにその呼び名、「桜名」をつけて自分の分身にするんだ。だから基本的に桜名を持つ人同士はお互いに尊敬を込めて敬称をつけず桜名で呼び合う。この山にある桜同士だからね。それでさっきも言ったように俺がこの木の桜名をもらっている。本当の意味でもこの木が俺の半身なんだ。」
「じゃあさっきの『玉響』って人もどこかに木があるの?」
「そうだね。三条扇要にあるよ。一度みると美しさのあまり見入って時間が過ぎるのが一瞬のように感じるから『玉響』って呼ばれている。」
杏果が「へぇ〜。」と興味深そうに相槌を打つ。勉強熱心な杏果からすれば興味のある話なんだろう。
「それで桜名達がこの時期にやるのが花護の儀だね。」
「花まつりに関係が?」
「まつりだぜ?元はこっちが目的だ。いつのまにか花見が目当てになったけどな。それでその花護をやるための花護神社がこのカルデラ湖の真ん中のあそこに見える小島に建てられているんだ。まぁそんなもんで桜名達が湖に入っていく様を見て「水入」という地名になったんだな。」
「なるほどね。」
見せたいものがあったので少し申し訳なく頼んでみる。
「少々私用で申し訳ないけど、付き合ってくれないか?」
「ダメなら一人で今度来るだけだが…。」とは続ければ優しい杏果付いてきてくれるだろうからあえて言わず、単純に杏果の興味でついてきてくれないか頼む。躊躇いなく杏果は了承してくれた。
「いいよ!そのお宮見てみたいっ!このお祭りがお花見だけじゃないって初めて知ったもん!」
「綺麗なところだよ。後悔はしないさ。」
「それで、その短冊は?」
「ん?あっちこっちで桜にかかっていたろ?」
「よく見てなかった。…この木にもこんなにいっぱい…。すごい…。」
惚けたようすで上を見回している。一面散る桜のなかで、くるくるとスカートを浮かせて回る様子は精霊が踊っているようだった。風の吹き方一つで精霊を囲むその花びらの量が変わり、花の精霊のように思われた。筆を取り、学生が思いつく程度の拙い一首を詠む。
——徒らに 我が身散らすな 神扇風 いつぞ羽ばたく 時もえ知らず—桜名—
即興のまだまだ青くて荒い安直な歌だ。すこし皮肉や非難の色が消せてない。
「意味は?」
「神の扇と呼ばれる神扇の風よ。無意味に俺の半身を散らさないでくれ。まだ羽ばたくときを知れずに地上にいるのだ。」
「さすが…。」
「この程度…。」
この歌が増えるほどにもっとうまくなれたらいいな、と願いを込めて短冊を枝に吊るす。ひらひらと短冊は風にはためいて白鳳凰の一体となったのを見届け、「行こうか。」目の前ののプレハブ小屋に歩き出す。ガコンっ!と扉を開けたなかでは初老の男たちがが談笑して座っていた。「ふっ!」と覚悟を決めて上がり込んでそのグループに声をかける。
「お久しぶりです。」
「おー!白鳳凰の!来たか〜。」
「まーたでっかくなったなぁ!」
「あぁ!また一丁前のいい男になったなぁ!」
「親父とだいぶ似てんじゃねぇのかよ!」
いきなりマシンガントーク開始。しかも6門集中射撃。じいさんたちはすごいテンションが高くてついていけない。早速エンジン全開フルスロットルのテンポの速さに気圧される。
「なんだ?女連れかよっ?これか?」
杏果がいることに気づいてそう言って小指の指を立てるビール腹ジジイ。話半分に答えていなす。
「違いますよー!」
「んだぁ?ちがうのかぁ?別嬪さんだからそうかと思ったじゃねぇか!ガハハ!」
「そんなぁ!別嬪さんなんてぇ!そんなんじゃないですよぅ!」
めんどくさいジジイと猫かぶり始めた杏果。この親戚のおじさんの家に行った感のテンションの洗礼は毎年きつい。4年前くらいからこんな感じに適当になった。それより前は困惑しっぱなしで遊ばれていたが多少はマシになったようなもんだ。この人たちの空気を読むというブレーキ?は壊れているらしい。
「おーおー!可愛いじゃねぇか!嫁に貰っちまえよ!」
「かー!羨ましい!うちのばーさんもこんぐらい可愛かったらなぁ!」
「まだ貰いませんよ!何言ってるんですか!」
「『まだ』ですよぅ!『まだ!』」
揚げ足をとるように杏果が強調してきた。ジジイ共が顔を見渡せて手を叩いている。まーた厄介ごとだ。
「おおー!やるじゃねぇか!白鳳凰!」
「将来いい夫婦待った無しだ!」
「あー!もう!船貸してください!!」
収集がつかなくなると長くなるので話をぶった切って本題を告げる。「いいじゃねぇかちっとくらい。」なんて言われたがそこはスルーしないと精神衛生によろしくない。
「あー、船な。二人乗りでいいか?」
「えぇ。」
「船頭はー?!」
「平気ですよー!」
「あいよー!じゃあ24番だなー!救命胴衣は積んであるぞー!」
「ありがとうございます!」
「気ぃつけてなー!」
「はーい!」
「あ!お嬢さんこれ持ってきねぇ!」
「ありがとうございますぅ!」
「白鳳凰!船は日が落ちる前に戻してくれればいいがあんまり激しい運動するなよ!ひっくりけぇるからな!」
「何想像してんすか!」
タバコくさいねじり鉢巻のジジイから杏果がなにかを受け取ってから裏口をでて湖の波止場兼船着場へ。猫の被り物を脱いで通常運行になった杏果が聞いてきた
「どうやっていくのっ?」
「んー、船でー。24、24。」
「漕げるの?」
「毎年やってっからねー。3年前くらいからちゃんと漕げるようになったよー。24。あったこれだ。」
そう言って一艘の魯のついた白木造りの和船に乗り込む。杏果の手を取り、乗り込ませて荷物を降ろし船尾に立つ。すこし押してみたが感覚は鈍っていないようだ。船首が水を割り始め、水面を滑るように船が進み始めた。
「すごいねっ!なんでもできるんだっ!」
「いや、この手合いくらいだ。モーターボードとかになったら無理。オールも使ったことがない。毎年やるからできるってだけ。」
そう言って見えている小島を目指す。魯が船の跡に波を立てている。割と体力は使うが、慣れてくればゆっくり大きく漕ぐだけで進んでいく。
「何百年もやってきたんだろうな。さまざまな人たちを受け継いで…。」
「そうねっ。そう考えると感慨深いねっ!」
「だから俺は古いものが好きなんだよな…。」
「それで言葉が時々古い感じなのねっ?」
「まぁ、そんなところだな。」
雑談をしながら着実に進んで進む。杏果は船のヘリに頬杖をついて鼻歌を歌っている。綺麗な歌声だ、本当に歌わせたらもっとすごいんだろうと聞き惚れる。
「ねねっ、花護って何をするの?」
「んー、単純に言うと神様に今年の安全と繁栄を祈って甘酒をお供えするんだな。あとは花まつりのための花の見栄えを保つこと。早く散らないようにとか。」
「なんで甘酒なのっ?」
「神様が酒に弱くて泣き上戸でふつうの酒をお供えするとめっちゃ泣いて雨になって花が散るから。幼女らしいよ。花の神様らしく。」
「へー!いろんな神様いるんだねぇ。」
神様…俺は禍ツ神なんだよなぁ…。鳥居くぐれるかなぁ、追い出されそうだ。先輩、なにしてるかなぁ…。まさかっ!ロリ神様って空間神じゃ?!でも宴の時ふつうに飲んでたなぁ…。なんてことを考えて向こうに見え始めた赤い鳥居を目指して舵をとった。
「みえたっ!あれ?」
「そうだな、すごいだろ?鳥居が水の中に立っているんだ。あの先に水上宮がある。」
「なんか神秘的っ。」
「霧が出てると怖いぞ。雨の日とか荒れるし。」
「晴れてよかったねっ。」
「あぁ、だからこそ俺がここに立てるんだよな。雨に降られたら船頭頼まないと転覆しそう。」
しばらくして鳥居のたもとにやってきた。くぐるときにはあまり派手なリアクションはできないがすこし身構えた。しかしまるで何事もなかったように船は水を滑り続けた。
その先にある船着場には宮司さんがいた。ロープを投げ渡しつないでもらう。荷物を持っておりて杏果を引っ張り上げる。
「お待ちしておりました。白鳳凰様。どうぞ奥へ。」
「ありがとうございます。」
「こちらは陸ノ宮の先の船着場へ連れておきます。」
「わかりました。お願いします。」
そう言って靴を脱いで階段を上がり水上宮の奥へと向かう。水の上に立つ桟橋や各所東屋、それらを抜けた先の本殿はいずれも寝殿造のような形で作られており、足の下を水が流れている。
「すごいねぇ…ファンタジーの世界見たいっ。」
「そうだな。夜とか普通に何か出そう。」
「でも素敵だねっ。なんかいいなぁ、こういうところっ。」
「そうかなぁ…。」
俺の中には柳原時代のときの「澪」シリーズの濡れ髪の巫女の最終エリア「水方ノ宮」が頭をよぎって正直怖気付きそうで、毎年来ていても不気味だと思った。
「ここだ…。」
巫女さんが御幣を持っていた入り口で穢れを清めてもらい、和紙に包まれたものを受け取って中に入る。神器の刀剣や鏡、供物の米などが捧げられた正八角形の祭壇があった。すでに何名か来ているようで瓶子がいくつか最下段に捧げられていた。
杏果に部屋の端に下がってもらい、バッグから持ってきていた祭具を取り出し、可能なものは全てしまっておく。はじめに白い絹の小手を取り付け、神具に汚れが移らないようにし、『目』と一文字真ん中に書かれた和紙を取り付け、捧げられた神器や鏡を儀式中に面を切って向かわないようにする。香は焚いて場を清め、神酒口のつけられた瓶子を拝借し、一升瓶から甘酒から移し替えて封をして神酒として高杯に捧げ置き、一度儀式を止め、祭壇に息がかからないように杏果の方に向き直る。
「杏果、すまない。ここから鳥居を出るまでは決して話せない。話せば儀式は失敗する。いいね。」
「…わかったわ。」
神妙な面持ちの杏果が静かに頷いたので、静寂の中で儀式を再開する。
和紙を開いて中から名のところが抜けているお札と二枚の形代を取り出す。備え付けの筆でお札と一枚の形代に『白鳳凰』と書き込み形代は右手で持ち、頭と胸と左手と三度体にすりつけ、三度息を吹き込む。そうしてできた形代人形をお札と紅白紐の間に左手で挟み、神酒を捧げた高杯に立てかけ、二礼二拍手一礼をして今年の祈願をする。
次に何も書き込んでいない形代を「智剣の印」を切ってから上下に折り曲げ、口に咥えてバックを背負って「外獅子・内獅子の印」を結んで立ち上がる。目で杏果に「ついてきて。」と合図して誘導しながら、入ってきた時とは反対の扉から出る。
扉には鈴がつけられており、出入りするときの音をかき消した。
印を解き、船着場を目指してきたルートから別のルートを通って今度は陸側を目指す。入り口には宮司さんが控えていた。靴と船を移しおわった合図だ。目で礼を告げると宮司さんも一礼をしてきた。靴をはいて陸の鳥居に向かう。湖にあった鳥居とは対照的でどこにでもある感じのものだ。そこをくぐり抜けて形代を外す。
「ふぅ、終わった。ありがとな。」
「お疲れ様。これが花護の儀式なんだねっ。」
礼を告げてから小手を外しにかかる。杏果が苦労を労ってくれた。再び歩き出しすぐそこの陸ノ宮に向かう。
「そうだな。毎年これだ。」
「かっこよかったよっ!神前の儀式する姿!」
「そうかい?地味だと思うけどね。神酒と札を置くことくらい。」
「えっ?それじゃあどうして最後、形代を咥えていたの?」
「あれは…。」
正直明るい話ではないから言っていいものか悩む。「「稀人」を殺してその血と魂を使っていた名残だ。」なんて言わないほうがいいだろう。
「あれは、身代わりの儀式だ。ちょっと色々あってな…。」
「ふぅん。」
あまりそこには追求しない方がいいと感じ取ったのか杏果は話を打ち切るように鈍い返事をした。
「ここが陸ノ宮だ。儀式のためだけの水上宮に比べるとこっちの方が神社らしいな。まぁ、今からはどちらかっていうと生活の場だけどね。」
ガラガラっと引き戸を開けて純和風造りの建物の中に入る。ここは桜名たちからすれば公民館とかの憩いの場としてこの時期は儀式の後に寄ることが多い。船を漕いでくるまででかなり腕もやられるからその回復も兼ねた休憩所だ。その中でいつも使わせてもらっている襖を開ける。
「よいせっと。ちょっとまってな。ここの縁側がいいんだ。」
そう言って障子を開けて縁側に出る。そこには花まつりの桜が空と山々がくっつくまで一面に広がって桜色の大きな海のような景色が広がっていた。崖の上から全てを見下ろすことができる景色を堪能できるのは花護神社の参拝者ぐらいだ。秘境中の秘境のような雄大で優美な眺めに杏果はすっかり息を飲んでいた。
「綺麗…。」
「今お茶もらってくる。」
「さっきおじさんたちからお団子もらったよっ!」
「ちょうどいいや。」
給湯室へお茶を取りに行く。今は静かってだけで玉響もどっかにいたりしてだいたい常駐的に桜名がいるからポットにお湯が用意されている。茶葉とお湯を急須に注いで湯のみも借りて部屋に戻る。杏果はまだ縁側で突っ立っていた。よほど景色に見とれていると思われる。連れてきたかいがあった。
「すごいだろ?あの辺りが見えるか?あの、少し色味が多いところ。あれが花祭でこれから行くところだ。」
「あそこね…。」
メイン会場はすでに眼下に見えていた。
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