《16》密会は人のいない教室でと相場が決まってるんだが!
皆さまこんにちは!
当作品を開いていただきありがとうございます!
今日から学校という学生さんもおられることと存じます。現に私もそうですし。
どうぞ五月病にはご用心を。これからも頑張りましょ!
昇降口で靴を履きかえ、D棟までは一緒に行く。2年文系棟はE棟で少し先だが真実は理系なのでここで別れるのだ。俺は理系はからっきしダメだ。数学というよりも算数から問題がある。思えば引き算の筆算の繰り下がりができないあたりから数字に関してはさっぱりである。お陰で真実の数学力には頭が上がらない。テストもなんとか乗り切っているが彼女に依るところがとても大きい。
一人で教室に向かう。朝でなおかつ他の部活は朝練中のこの時間はリノリウムでできた無機質な階段も石で出来たような冷たい廊下にもほとんど、いや、全く人がいない。俺一人の足音がカツン、カツンと反響している。廊下の中から過ぎざまに他の教室を覗いて見てもそれぞれ一人二人いるくらいでHRが始まる前のような騒がしさはまだなかった。
自分の教室のドアを開ける。電気が付いてないあたりまだ誰もいないのだろう。さすがに40分前では受験生でもなければこんなに早く来る意味はないだろう。いや、そうでもない。一つバッグがあった。お仕事中ですかい。それは最前列の中央。委員長、相澤杏果のものだ。
「真面目だな…。」
ぼそりと呟いて自分の席に向かう。どさりと荷物を降ろして窓の外からグラウンドを見下ろす。サッカー部が右側を使ってゲームをしている。左は…ラグビー部だな。ガタイが良いのが紡錘形のボールでパス練習をしている。グラウンド横の体育館。それでも奥行きはグラウンドの半分ほどで、もう半分はテニスコートがある。黄色いボールが跳ねているのがわかる。硬式テニス…。…真実は朝練があったはずだった、ということか。―そこまでして俺といたかったのか?―誰も答えぬ問いを問う。答えは言うまでもなく。結局行動が全てを物語っていた。
ふぅ。特段嫌なことがあったわけではないが肺に詰まった息を全て吐き出すように空を見てため息をつく。雀が一匹飛んできた。グラウンドから飛んできたボールが窓を割らないように建てられたネットと支柱の向こうを小さな翼を精一杯動かして大空の自由を謳歌している。二、三度前を踊るかのように行ったり来たりしていた。人間がそのほかの生き物を簡単に凌駕するような知恵があってもなお、翼をもち空へはばたきたがるのかわかる気がする。俺も空を飛びたいと幼い時は夢を見て両腕をパタパタさせながら高台から飛び降りたものだ。ある時は漕いだブランコから、また別の時は高い段差から。飛び立てず地面に落ちて足の裏から膝の先まで痺れるような痛みを走らせていたことはよく覚えている。突然、雀が支柱の前を通り過ぎて影と実像が2つになった。
ん?ん?増えた?!
呆気に取られた。自分の目の前で確かに雀は分身をした。全く瓜二つの雀。いや、雀の違いなんて分かりっこないのだが。それでも確かに分かれたのだ。でも現実的ではない。追憶していたら別のところから来ていた雀に気づかなかっただけだろうか?いや、きっとそうだ。そうじゃなければありえようがない。昨日の疲れが抜けてなかったのだろうか。
再び目線をグラウンドに落とした。まだいろんなボールが飛び交っている。ガラガラっとドアがスライドする音がした。誰か来たのだろう。まぁ知ったことではない。榊、長門、あとは、時折くる松岡を含めるかな、松岡は一年の時仲がよかったが二年になって別のクラスになってしまった。しかしそれでも時折くる。そのバカルテットくらいしかに挨拶はしないし、あいつらなら声をかけてくるから、そうでなければほっとけばいい。窓の外をまるで電気屋のテレビのように見ていた。
「藤堂くん…。」
どさりと少し重めで紙を置く音がした。澄んだ水の流れのような聞き馴染みのある声。そして昨日も聞いた声。挨拶する相手か、普段はしないからカウントしてなかったわ。振り返り切らない程度に顔を向け、無視はしていないアピールをする。しかし今日は相手が相手か。こちらから出ないといけないだろう。振り返って相手に傾注する。
「おはよ。杏果。朝っぱらからお疲れさん。」
「おはよう。その、昨日は…。」
やっぱりな。真実と同じように片手で制して止まらせる。仲がいいんだから本当に。
「もういいんだよ。昨日も言ったはずだぞ?」
「でも…。」
「そこまでしないと許されないかい?俺はもう許したと言ったよ。それはさておき。GWの話だ。後半でいいか?前半は自宅に帰るんだ。」
「そ、その話は…やっぱり…なしに……。」
だんだん小さくなっていく声に、せっかくの機会をまるで両手いっぱいに集めた砂を指の隙間から少しずつ惜しみながら零すように手放そうとしている気持ちがこもっていた。
あえて真実から聞いたことを知らないふりをして企画を無くそうとする背景を聞き出し、俺に気を使うってんなら押し切ってしまえ。
「ん?予定が入ったのか?」
「そうじゃないんだけど…迷惑そうだったから…。」
やはり彼女なりの気遣いだった。もしこのまま流されればきっと今までの関係が崩されてしまうだろう。しばしば二人で遊びに行ったり、どうでもいいことで一緒に行動してきたが、きっと疎遠になってしまう。その程度の関係だと認めてしまえばすこし悲しくなるが、それだけは避けたい。
「…もう予定は開けているんだ。真実からやめようとしていたことは聞いた。昨日のことはもう考えるな。そうさな、あれは悪い夢だ。そういうことにしておけ。」
「新島さんが…。さっき登校一緒だったもんね。」
「見ていたのか?」
「職員室に配布物をとり行くときに渡り廊下から。」
見られていたのか。まぁ、いいだろう。二人の裏の口合わせに任せることにする。
「そ、それじゃあ行く場所は…。」
おずおずとしながらでも彼女はこちらの希望を聞いてきた。とりあえず舵きりは成功だな。それでもスーパーで見たような彼女はいない。あれはプライベートな場で彼女にとって心を許せる相手の前にのみでてくる相澤杏果だ。あの語尾を弾くような喋り方は自分の前にいることが楽しいと思っていると感じれる聞いてて心地よい喋り方だ。それが聞けないのはまだ何か心に残したところがあるのだろう。彼女の責任感の強さの表れでもあるがどこかモヤモヤしてしまう。早くあの杏果に会いたい。さぁお嬢さん、笑っておくれ。心の中でそう願った。
「主様は花を好みますかな?」
「はな?」
「神扇半島花まつり。」
「あの、4つの市が合同でやるやつ…。」
「そっ。一条扇山市にある白鳳凰って名前が付けられた路地の目印にされている桜。あれお気に入りなんだ。水入駅から歩いて行って眺めてから花祭駅にある宿屋に泊まる。毎年使ってるから荷物は郵送できるし。どうだ?」
「いいと思う。」
「杏果の案は?」
「その、藤堂くん出してくれればそこでいいかなって思ってたから。」
だと思った。人当たりがいい、つまりどちらかというと受け身な彼女にはこっちから提案した方が早い。今まで何度か出かけた時があったが、いずれも俺からの発案だった。なぜならここで「俺はどこでもいいよー。」なんて言ったら間違いなく「私もどこでもいい。」の譲り合い合戦が始まってらちが明かなくなるのは待った無しだ、というか経験済み。すぱっと言ってしまうに限っていた。
「ならそうしよう。」
「でも意外。藤堂くん、花が好きなんだ。」
「花が好きというより花がある風景が好きだ。桜だと散っている姿とそこで騒がしく花見をしている人とかな。木々には古人たちから受け継がれている記憶がある気がする。」
「へー。そういえば古典!授業で当てられても授業以上の知識がでてくるもんね!すごいよね!私の知らないこといっぱい知ってる!この間の先生の無茶振り日本語訳をズバッと当てちゃってたし!「我が恋蛍はいずこにか。これは我のみ知りたることかし」が「私の恋心が蛍の光のようにどこを漂っているか。このことは私だけが知っていることです。」なんてわかんないよ!「恋蛍」が昔の言葉で「恋焦がれる気持ちを蛍の光に表したもの」なんだよね?しかもそのあとに意訳して「私の恋が誰に芽生えようとしているかなんて、誰にも秘密ですよ。」なんて藤堂くん、結構ロマンチストだよね!」
「まぁ、ね。」
饒舌に語る杏果を前に照れくさい気分になっていた。杏果は頭がよく、加えてよく努力もするので優等生の鑑のような人間だが、そんな彼女に得意分野を褒めてもらえて満更でもなかったのだ。まったく、人間の顔というのは人を騙すにはもってこいだが、一度制御が効かなくなるととことんまで使いにくい代物になる。意志に反して口元がにやけてしまうので、そんな顔を見せる訳にはいかず外に顔を向ける。窓に映った自分のピエロのようなにやけ顔が気持ち悪くて真顔に戻った。さんきゅー窓。しかし嬉しかった気持ちも火に水をかけたのようになくなってしまった。ちくしょう窓め。彼女に目線を戻す。
「日程はGW後半でいいとして、細かいことはどうしよう?」
「それは、おいおい、RINEで。」
単語を切っておどけながら目でドアを示す。ガヤガヤと騒がしい声が耳に届いた。さっき外を見たときには外の部活がいなかったのだ。朝練が終わって引き上げてきたのだろう。たいして誰も俺のことは気にしないだろうが、杏果と二人で旅行に行くと知られれば話は別だ。俺がGWまで生きれそうになくなる。さすがにすでに棺桶に片足突っ込んでいてもまだ寝るつもりはない。
「わかったわっ!」
彼女も察したらしい。連中が入ってくるのが見えた。長門がいるってことは陸上部だな。面倒といえば面倒な奴に見られた。
「それじゃあねっ!」
「ん。またあとで。」
すっかりプライベートな彼女も戻り、パタパタと自分の席に戻っていく杏果を見送る。そして次は見てやったぞと言わんばかりの気持ち悪いニヤニヤで近づいてきた長門を迎える。俺もさっきあんな顔をしてたのかなぁ…。なんかヤダ。
「おっはよーぅだんなぁ。みやしたぜぇ?なんすか?「おデート」っやつのお約束ですかい?」
うわうっざー。すげーうぜー。なんだその「おデート」だけを小声で囁くようにいう番頭口調にごますりと中腰の姿勢。お前そんなに殴られたいの?好きなだけくれてやるよ?指をバキバキ鳴らして首をコキコキ鳴らす。
「はよっす。早速だがムカつくから殴るわ。」
「わーわー!悪かったって。許して!なっ?」
「その手のひら返しもムカつくから殴る。」
「なんてこったい!」
痕が残らないように腹に左で肝臓を本気で狙う。はいりはしなかったが長門を床に沈めることができたからまぁいいとしよう。
デートか。その言葉を本当の意味で使う日が来るのだろうか。
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