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息抜き

穴あけ男の話

作者: 揚旗 二箱

テーマ:AM7:00,luna,(取手)※()内のものは使用していません。

「なあ島田、穴あけ男の話は聞いたことあるか?」

 歴史の授業の最中、隣の席の斎藤が話しかけてきた。

「なんだそれ」

「夜、エアーをつけて無理に歩き回っているとよ、襲われるんだ……」

「もしかして都市伝説の類か?」

「そうそう!満月の夜、ガスマスクをつけた大男が追いかけてきて、捕まったらバーナーカッターでエアーに穴を空けられるんだ。穴あけ男は破裂したエアーを背負っていて、呼吸をしていないからただの不審者じゃないらしい」

 ……。

 くだらない。確かに歴史の授業は退屈極まりないが、退屈さでいったら都市伝説も似たようなものだ。

「どうせ深夜徘徊をやめさせるための教訓話かなんかじゃないのか?政府が酸素消費を少なくするために深夜のエコガス散布を始めてからもう30年はたつってさっき先生も言ってたよな。最初は夜間外出を控えるようにって勧告にビビってたのにみんな慣れてきちまって、最近じゃむしろ不要な外出でエアーを無駄遣いしている住民も多いらしいじゃないか」

「お前は生真面目だなぁ……もしかして午後7時から午前7時までの12時間、マジで一度も外出したことが無いとか?」

「そんなわけないだろ。帰宅時間にもがっつり被っちゃうんだし」

「だろ?今日は満月らしいし襲われたら困るじゃん。実際に残業帰りのサラリーマンが殺される事件も起きてるし、知れることだけでも知ってたら生き残る確率が上がると思うぜ」

「殺人事件と都市伝説は別の話だろ……おい、俺ら睨まれてるぞ前向け前」

「やべっ」

 慌てて授業を聞いているふりをする。くだらん話に付き合っていたせいで怒られたりしたらたまったものじゃない。先生があまりへそを曲げていないといいが……。

 しまった、目が合っちまった。

「島田。酸素消費を抑えるための重量ガス、通称エコガスの導入を決めた総理大臣の名前は」

「はいっ!?え、ええっと……」

「はぁ……島田、お前は放課後先生の部屋に来るように」

 ちら、と隣を見ると斎藤が必死に笑いをこらえている。ムカついたので歴史便覧を投げつけておいた。

 畜生、居残りかよ……。


 先生が課した課題は思ったよりも鬼畜だった。

「以上の点から、環境的に影響の少ない通常の空気を押しのけて地上に充満させることで酸素消費を抑えるというエコガス計画の根幹を示した島田総理大臣は世界中から表彰され……あーやっと終わった!」

 問題の答えは俺の名字と同じだったらしい。クソ、趣味の悪い先生だ。

 30枚にも及ぶレポートをコピペと言い換えの乱用によって気合で終わらせたころにはもう21時を回っていた。こんな夜遅くまで学校に残ったのは初めてだ、外はとっくにエコガスで満ちていることだろう。

 印刷した紙束を先生のレポートボックスに叩き込み、荷物をまとめてエアーを背負った。政府から支給されるものだからあまり無駄遣いはしたくないのだが……過剰な居残りにより貴重な“空気様”を無駄遣いさせた先生は国家犯罪者として逮捕されるのがいいだろう。

 靴を履き玄関から出たところでマスクをかけてバルブを捻る。背負ったエアーのボンベから流れ出た弱弱しい空気が肺へなだれこんだ。

「……今日は満月だって、斎藤も言ってたっけ」

 見上げるとうっすらと現れ始めた満月が見える。ちょうど見え始めたらしい。

 ケータイで親に今から帰る、と連絡した。都市伝説が流行っている割にはあまり心配していないようだ。

 ……いや、あんな都市伝説で心配されても困るのだが。

「さぁ帰ろ帰ろ!」

 文字通り重たい気が充満する静かな街を、最寄りの駅まで大股で歩く。

 怖いわけじゃない、早く帰りたいだけだ。


「嘘だろ……」

『事故のため運転を見合わせております』というその文字を俺は理解することが出来なかった。

 無人電車が止まっちまう理由は誰かが線路に飛び込んだか、緊急停車の二択しかない。緊急停車で運転見合わせになんかならないから、実質一択だ。

 自殺者の急増に伴ってがっちがちに対策された今となっても線路にどうにかして飛び込むアホは後を絶たない。むしろ生きる苦労よりも線路に跳ぶ方が苦労するとすら言われるのに、しかもよりによって今日止めるとか……。

「ついてねえ」

 親はもう寝ちまってる時間だ。幸い歩いて帰れない距離ではない。

「エアーも二晩は持つって言うし、大丈夫か……」

 緊急避難用に全国民に持たされているエアーのことをこんなに感謝した日はない。一応残量を確かめ、駅を出る。


 昔は自家用車が走り回っていたらしい道路は、夜になるとすっかり生気を失ってただ広い荒野の様だった。人などひとりも歩いておらず、数十メートルおきにショボい街頭が建っている以外には光もない。

 そういう意味では自分が世界の支配者になったようで、謎の全能感を味わうことが出来る。

「この感覚を味わうために深夜徘徊するやつが絶えないのか。なるほどなぁ」

 独り合点するも、妙な心細さだけはぬぐえない。思い切り深呼吸して落ち着きたいくらいだが、エアーを無駄遣いするのは気が引ける。エコガスに毒性が無くても、窒息すれば人は死ぬのだから。


 自分以外の生物がいない街をただ歩く。自転車を使って登校していないことを死ぬほど後悔し始めたが、そうなると電車登校をやめることになる。難しい問題だ。

 そして暇になると不安とは増してくるもので、自然とケータイに目を落とす時間が長くなる。暗闇に目を凝らすと、そこから何かが出てきてしまうんじゃないかという気分になるからだ。

 友達がよくいる掲示板を覗いてみるが、さすがに深夜。誰もが室内でも空気を消費しないように教育されているので、更新もほとんどない。

「斎藤にいたずら電話でもかけてみるか……」

 普段はあまり押すことのない連絡帳のボタンに指を伸ばす。

「あっやべ……」

 しかし片手で無理に押そうと横着した結果、ケータイを落としてしまった。

 カラカラカラ……と滑っていくケータイを追いかけて少し走る。電源が落ちてしまったようで、暗闇に紛れてしまっている。

「くっそーどこに行きやがった……」

 立ち止まり、地面に集中する。月の明かりもあるし、そのうち目が慣れて見えてくるはずだが……。


「―――――――」


 ん?

 何の音だ、人の声か。こんな夜中に誰なんだ。


「や―――――――れか――――――」


 悲鳴か?事件が起こっているのかも……背筋が冷える。

 だがここからは少し離れているようだ。どうにかして迂回できれば……。


 しかし、少し冷静に考えて気がつく。


「――――すけて……」


 なぜ、声がくぐもっていない?


 顔を上げた。奥の方、街灯の下。

 二つの影が見える。

 人が、地面に倒れているようだ。まるで死体のように全く動かない。

 そしてその隣に、大きな影が立っている。

 ボロボロのスーツ姿で、細身の体躯に不釣り合いな大きい頭。

 右手に赤々と光っているのは炎だ。エコガスは燃えないので、つまり混合燃料のバーナーから出ているものだろう。

 混合燃料のバーナーなんか普通売っていないが、例えば“金属溶断用のバーナー”ならそういう種類のものもある。

 立っている影と目が合った。

 いや、目が合ったという表現は正しくない。本当に見たのは……。


 死神のように真っ黒な、ガスマスクのゴーグルだ。


 悲鳴を上げる前に逆の方向へ走り出していた。

 高身長のガスマスク、その隣に倒れる人。

 あれはまさか、穴あけ男なのか……。

「斎藤の野郎っ!!」

 確認することはできない。というかしたくない。

 あれが本物なら捕まってはいけない。斎藤の言うことがもし本当なら、エアーのボンベに穴を空けられる。そうなれば当然窒息死だ。


 めちゃくちゃに走って、だんだんと疲れてきた。

「ここ、まで、逃げれば……」

 後ろを振り返る。そして、振り返らなければよかった。

 道の先に、黒い影が見える。

 ガスマスクをつけ、バーナーを持った高身長の影。

「くそっ……!!」

 疲れた脚に鞭を打ち、肺へ空気を叩き込む。

 エアーは過剰使用の警告ランプを点灯させている。

「このまま捕まれば、確実に中身を空っぽにされちまうんだぞ!」

 嫌な感情を振り払うように怒鳴るが、むしろ一気に減ったメーターを見て恐怖が増した。


 どれくらい逃げただろう。

 もうメーターはわずかしかない。逃げる根気もなくなった。

 逃げ込んだのは可燃ガスボンベをしまってある倉庫だ。俺が欲しいのは空気なのに、皮肉なことだ。

 鍵はかけてあるが、すでに穴あけ男によるドアの溶断が始まっている。

 もう無理なのか。

 そのとき脳裏に斎藤の言葉がよぎる。


「相手のことを知っていれば……」


 ……最後の抵抗をすることにした。




 穴あけ男によって、ドアが開け放たれた。

 床に倒れる俺の元へ穴あけ男が近づいてくる。

 俺は差し出すように、エアーボンベを転がした。

「ほら……やれよ」

 肺に残したわずかな空気でひねり出した言葉を聞く間もなく、穴あけ男はバーナーに着火した。


 その瞬間、視界が真っ白になる。


 次に視界が回復したとき、ごうごうと燃える倉庫が見えた。

 ちょっとした爆発でも起きればいいと思っていたのだが、どうやら7時になって空気の供給が再開されたようだ。

 これは困った……火事被害を訴えられたらどうしようもない……。

 しょうもない考えと共に意識が薄れていく……。


 ふと、視界の端に黒い塊が映った。

 ガスマスク、だろうか。穴あけ男のつけていたものだ。

 もうどうでもいい……。


 ある考えを閃いた。

 エコガス下でも動ける穴あけ男。彼のボンベは破裂していると斎藤は言っていた。

 ならば、もしかして呼吸の秘密はこのマスクにあるんじゃないか?


 無我夢中でガスマスクを拾う。

 顔に押し付けるようにして被ると、不思議なほどフィットした。

 空気を求める身体の要求に従って、思いっきり息を吸い込む。


 なだれ込んできた空気が、肺を焼いた。




「なあ、どう思う?穴あけ男の都市伝説、また殺されたやつがいるらしい」

「えー怖い!どんな見た目なの、穴あけ男って」

「ああ。ガスマスクにバーナー、破裂したエアーボンベと」


 男子学制服を着ているのが、特徴らしい。


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