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聞こえる足音

作者: 初空

 4月後半。友人の住む県北地方で開催されるマラソン大会の情報を聞いた私は、その日の内にパソコンで申し込みを済ませた。私の住む県では今年最初の大会だ。今年こそはフルマラソンに挑戦したいと意気込んでいた私には、大会の空気感を掴む良いチャンスだ。


『出るんなら宿くらい貸すよ。俺、今一軒家みたいな所に住んでるから』


 今回の大会を紹介してくれた友人は小学校からの同級生で、今は医者として地方の病院に赴任している。昨年からジョギングを始めたらしく、何回か駅伝の大会に応援しに来てくれた事があるのだが、感化されるものがあったらしい。この大会で競技者デビューということで電話越しにも意気込んでいるのがわかった。


「金欠だからさ、助かるよ。じゃ、仕事が終わってから行くから、そっちに着くのはかなり遅い時間帯になるかもね」


 友人の住む家から大会会場までは車で15分もかからない距離であるが、県南住みの私の家から友人の家まで行くには4時間もかかる。同じ県内であるにも関わらずこんなに時間がかかるのは正直異常だと思う。


『起きて待ってるから気をつけてな。結構山道がきつくてなぁ』


 電話越しだといまいちピンと来ない経路説明を軽く聞き流すと、私は通話を切って地図アプリを開いた。これから1ヶ月、どんな練習メニューを組もうか思案しながら。






 大会前日、思いのほか残業が長引いた私は、前日に準備しておいた着替えに袖を通しバッグを担ぐと慌ただしく家を出た。時刻は20時を回っていた。

 このまま行くと確実に24時を過ぎるな。

 カップホルダーに立てたスマホのナビに視線を落としながら、荒々しくハンドルとアクセルを操作していく。丁度目的地との中間地点に来たところで、風景がガラリと変わる。疎らながらもチラホラと見えていた民家が無くなり、他の車とすれ違ったのもどのくらい前のことか。人気のない本格的な山道に入ったところで私は息苦しさを感じた。

 道が狭く、コーナーを曲がった先が、生い茂る草木によって見えないことから、いつ対向車とすれ違うか常に警戒する必要があった。車通りが少ないせいか、道路の舗装状態も最悪だ。車の排気管、錆びてたなぁとか車体を気遣いながらも、出来得る限りの最速を目指した。

 結構な時間山道を走っているがすれ違う車はない。

 街灯すら少なく、不安な気持ちになってくる。バックミラーを確認すれば、真っ暗闇が大口を開けて道路を呑み込んでいるように見える。ここで車が止まってしまったらどうしようとか、無駄な心配ばかりしている。道端に何かの祠や地蔵が建てられているのを見つける度にビクビクしている始末だ。……これは、ネタになるな!

 すっかりぬるくなったエナジードリンクを流しこみ、気合いで乗り切る。

 何事も無く山を越え、青と白の人口の光りを視認した時は肩から一気に重みが抜けた気がした。やけに緊張したものだ。時刻は24時少し手前だ。

 友人にあと10分ほどで着くとLINEを入れてコンビニを出る。

 地元に負けないくらい寂れたような閑散とした町(というよりは村)だ。本当にここが会場となるのだろうかと不安になる。いや、寂れているからこそ交通規制が簡単なのだろうか、などと失礼な事を考えながら欠伸を噛み殺し車を発進させた。

 もうすぐ友人との待ち合わせの場に着く。この町唯一の病院の駐車場だ。友人の赴任先でもある。


「眠ぅ」







「車はここに置いていって大丈夫だ。入院患者の家族とか、泊まり込む人もいるからな」


 友人と合流し、自分の車を病院の駐車場に置き去りにし、友人の車に乗せてもらい進むこと数十秒。病院の直ぐ隣りの家の前で車が停まった。


「え、ここ? 近っ! 車で来ることなかったじゃん」


「荷物とかあると思ってよ」


そういって私の二つあるうち片方のバックを担ぎ、友人はスタスタと先に家に入ってしまった。私は外から家の外観を眺める。平屋の白い家だ。壁のペンキが所々禿げ、庭はまったく整備されていない。男の一人暮らしではなかなか手が回らないのだろう。性格的に興味も無いだろう。

 入ってみれば外見とは裏腹に中身は新しい。一人で住むには少々広過ぎる気がした。廊下の左右に二つずつ部屋があり、突き当たりを曲がったところが浴室とトイレだろうか。廊下右手側にあるハシゴを見上げればロフトのようなものまである。病院からあてがわれたと言っていたが、良い物件だなと思った。


「――――?」


「どうした?」


 ふと、なにか視線のような物を感じ、私はソワソワと落ち着かない気持ちになった。夜遅くに一人で山を越えてきたのだから変なテンションになっているのかもしれない。そう結論付けた。


「なんでもー」


「んだ? じゃ、この部屋使っていいよ」


 廊下奥の左側の部屋の襖を開けて友人が招き入れる。ここは客間か、6畳ほどの和室となっており既に布団が敷かれていた。


「さんきゅ。明日は早いからもう寝るか」


 大会受付は8時半からだが、身体を起こし朝ご飯を食べてトイレを済ませるタイミング等を考慮すると6時には起きねばならない。身体を運動する準備に持っていくにはそれなりに時間がかかる。むしろ時間を掛けた方が緊張が和らぎ良いパフォーマンスを――脱線脱線。

 しっかし、一人部屋か。いや、別に怖いとかそういうわけじゃあない。ちょっと試合前でナーバスになってるだけだ。初めて入る家の和室で落ち着かない気持ちになっているだけだ。いい年した野郎二人で同室なんて反吐が出るってもんですよ。友人の歯ぎしり、尋常じゃないしな……。

 パソコンで明日の走行コースを確認すると、私は和室に戻り適当に服を脱ぎ散らかし布団に潜った。仕事や長距離ドライブの疲れもある。直ぐに意識が落ちるだろう。そう思っていた。


「…………」


 眠れない。目を瞑り、仰向けで呼吸を整える。敢えてゆっくり静かに息を吸ったり吐いたりすることで身体の力を抜く寸法だ。しかし、深夜の沈黙というのは日中とはまた違った静けさを感じさせる。生き物の気配を感じさせないからこそ、無音が大きく聞こえる。そんな矛盾を感じさせられる。

 ザ……。

 何かが動く音がした。それは私の足元でなった気がする。足元には開け放たれたキャリーバッグがあった筈だ。袋ごとに小分けに荷物を詰めていたし、時間差で荷が崩れたのかもしれない。

 そう、己に言い聞かせている自分がいた。

 ザ……。

 また鳴った。同じく足元側ではあるが先程とは少し方角が変わっていた。

 ザ……ザ……。

 いったい何の音だろう。その答えに思い至った時、私は息を殺すように静かに唾を呑み込んだ。起きている気配を悟られないように。

 ザ、ザ、ザ、と断続的に聞こえるこの音は、(かかと)が畳みを擦る音ではないだろうか。それは私の布団の周りをグルグルと回っており、あらゆる角度からの視線を感じた。友人は廊下を挟んで向かいの部屋、居間のスペースで眠っている筈だ。襖を開ける音がしなかったのだから、誰かが入ってきたということはない筈だ。では、この音は何だ。

 それは、最初からこの部屋に居たということだろうか。

 私は鳥肌が立った腕を擦り、寝返りを打つフリをしながら身体を丸めた。目を開ける勇気はなかった。目を開けた先に、身の毛もよだつような恐ろしい存在がこちらを見つめているかもしれない。反時計周りに移動する音と気配に怯えながら、私は「意識よ、飛べ」と念じ続けた。






 気がつけば、朝が来ていた。

 時刻は6時のきっちり10分前。理想的な時間だ。昨夜はなにやら恐ろしい目にあった気がしたが、朝特有のぼんやりとした頭は深く考えることを拒否していた。朝一番にトイレに行ってご飯。そして大会に出かける前にまたトイレだ。マラソン会場は人でごった返すため、まともにトイレが使えるとは考えない方が良い。あ、シャワーも浴びないと。

 そう思い、廊下に出るとヒンヤリとした朝の空気がハーフパンツから出た足に纏わりつき、身震いする。妙に広く感じる家だからこそ、余計に肌寒さを感じた。さて、友人はまだ起きていないようだ。起こすべきか、寝かせておくべきか悩んでいると、廊下に立てられたハシゴが目に入った。 ロフト、か。秘密基地のようで格好良いな。まるで童心に帰るようだ。私は思わずハシゴに足を掛けた。他人のプライバシーに関してはこの時は一切頭になかった。好奇心が頭を占めていた。一つ、二つとハシゴを登り、後少しで登りきった先が見える。そう思った時だ。


「ん?」


 またなにかを感じた。今思えば、それは足元からの〝視線〟だったのかもしれないが、この時の私は違和感程度にしか感じていなかった。ふむ、と改めてハシゴの先に手を伸ばした先で、


 ジリリリリリリリ!!


 けたたましい音が鳴り響き、心臓が口から飛び出そうになった。私は反射的にハシゴから飛び降り音を出さないよう四肢で着地した。着地の瞬間に関節を使い衝撃を逃がす。我ながら忍者のような身のこなしだ。

 音の正体は友人が設定した目覚ましの音だろう。

 この時になってようやく正常な判断力を取り戻した私は、ロフト探索を諦めトイレに向かった。勝手に人の家を覗くのはよろしくないな。反省反省。

 トイレから出ると友人が眠たそうに目を擦って立っていた。


「おはよ」


「うぃ」


 居間で電源の入っていないコタツに入りながら早めの朝食を摂る。メニューはコンビニで買ったおにぎり二つとバナナ二つ、家から持参したプロテインを水で溶かした物だ。普段はこんなに食べないが大会当日は特に多めの食事を摂る。スタート前でも小腹が空けば食べれるようにクッキーやチョコレートを携帯し、その都度食べる。長距離ランに挑戦する為の食事の重要性を友人に説きながら、私は昨晩起きた事を友人に話せないでいた。

 友人は昔からその手の話しが苦手だからだ。

 本人がなにも感じていないのであれば下手に怖がらせる必要もないと思った。


「うし、じゃあ大会頑張るかねぇ」


 そう言って私はシャワーを浴びて着替えと大会に持っていく荷物の準備にかかった。






「……雨だな」


「雨だな……」


 会場へ向かう車の中、雲行きが怪しいなぁとか思っていたら、フロントガラスに雨粒が落ちてきた。最初はノックする程度だったものが、ワイパーが追い付かないほどの雨に発展するや、友人と二人悲鳴を上げた。


「ぎゃーひどいな。こんな天気でもやるのか……」


「雷とか鳴りだしたら中止かもね。俺もこんな天候での大会は経験ないけど」


 最悪な事に、会場に近い第一駐車場は満車となっており、会場から少し離れた所にある臨時駐車場となっているホームセンターに車を置くことになった。ずぶ濡れ確定だが、どうせ走りだせば同じことだと覚悟が決まって良かったのかもしれない。

 会場まで歩き、受付を済ませて屋根のある待機所を探し回るが、

 人、人、人。

 面積の狭い天井を目指して人が殺到し、会場は修羅場となっている。結局、自分達は荷物を置く場所だけを確保して自分達は雨に打たれながら開会を待った。途中、友人の友人である看護士と合流し一緒に準備運動をこなし、スタート時間が迫ると、私と友人達は分かれた。私はハーフの部に参加し、友人たちは10kmの部に参加するためスタート時間が異なるのだ。そして、


 無事とは言い難いが、私はなんとか完走することができた。


 打ちつける雨が体温と体力を奪い、いままで経験したことがない疲労感が身体を襲った。調整不足と初めてのコースという要素も重なり、思うようなタイムが出せなかったのは残念だ。悔やんでいてもしょうがないが。

 友人達と一緒に撮った写真の私は死人のような青い顔をしていた。






 適度、どころじゃない疲労感に苛まれながら友人の車の助手席に身を深く沈める。高級車だろうが関係なく、私は汗と雨にぬれた頭をヘッドレストに押し付ける。隣りで友人がなにやら電話のやり取りをしている。会話の内容に耳を傾けると、どうやら病院からの電話のようだ。


「すまん、担当の患者が死んだみたいだ。寄り道するぞ」


「ん、だいじょぶー」


 いつも持ち歩いているであろう白衣をジャージの上から着込み、友人は急いで車を患者の家に走らせた。死亡の診断書を書かなければならないのだとか。友人が患者宅に入っていくのを見送り、私は居心地の悪さを感じながら助手席で小さくなっている。通り過ぎる親族が場違いなジャージ姿を見ては首を傾げて通り過ぎていくからだ。

 早く帰ってこい。そんな祈りが通じたのか、思ったよりも早く友人は戻ってきた。


「これから病院に行く。家に一旦降ろしてくから、それ終わってからメシ食いに行くべ。あと温泉もな」

   

「おけぃ」


 そしてそれが終わったら飲み会だな。腕が、いや喉が鳴るぜ。…………腹が鳴ったぜ。






 簡単に髪を乾かし、着替えを終えると、私は今のコタツでうつ伏せに突っ伏していた。

 ぐったりと床に溶けてしまいそうな感覚が心地よい。思うような結果はでなかったが、この全力を出し切った感はマラソンの醍醐味だ。その後の仲間と飲む酒も。

 グフフと不気味な笑みを零した所で自分がいま如何に退屈な状況にいるのかを思い知る。身体が動けないし動きたくない。友人のパソコンを勝手に操作するわけにもいかない。「しょうがない」とスマートホンを取り出しソーシャルゲームに勤しむ事にした。レッツ引っ張りハンティング。むぉう、超レアな乱入クエストが発生だ。これは友人が返ってくるのを待って協力プレイの方が良いのか。などとポチポチしていると――


 ガラガラ。


 玄関のドアが開く音がした。続いて廊下を踏む音も。友人が帰ってきたのだ。随分と早いな。しかしこれで遅めのお昼ご飯にありつける。もう14時近いな。

 私がコタツから身を起こそうとしたその時、スマホからLINEの着信音が鳴った。いつもバイブレーション設定にしているために飛び上がりそうになるほど驚いた。彼女ちゃんかな? と目線を落とし、私は凍りついた。


『すまんトラブった。少し遅れる』


 短く簡潔に表示されたメッセージは友人からのものだった。

 ブワリと全身の毛が逆立った。

 この家の主である友人はまだ病院にいるという。


 では、


 今玄関を開けて入ってきたモノは誰なのだろうか。今も廊下を歩くような音が聞こえている。このドアを隔てた先で、いったいなにが蠢いているのだろうか。

 自分から扉を開ける勇気などありはしなかった。

 今自分の心を占めるのは、

 なんだ? 何だ? なんだ? ネタになる やばい 怖っ

 その時、足音がどこかで止まり、数瞬遅れてパンッというなにかが弾けるような乾いた音が居間のドアを叩いた。私の心臓の鼓動が一気に跳ね上がる。なんだ、入ってくるのか? どうなんだ!?

 その時とった私の行動は自分でもよく分からない行動だった。

 まず第一に、スマホの音量を最大まで上げる。ソシャゲの軽快なBGMが部屋いっぱいに鳴り響く。今思えば、これは自分の存在をアピールしてしまう逆効果なのではなかっただろうか。トイレで用を足している時の「入ってますよー」的な。

 しかし冷静さを保っても居られない状況だ。私は必死に「あ、ゲームに集中してるんで、邪魔しないでください」アピールを続けた。友人と協力プレイするつもりだったレアモンスターに孤独に立ち向かっている。どうだ? 邪魔すんな。入ってくんな!

 一心不乱。これでもかという程にゲームに意識を向ける。ラストステージまで行って負けた。くそぅ。

 無理矢理意識を引き剥がした甲斐もあり、気付けば妙な音は鳴り止んでいた。

 空気を読んで立ち去ったのか、始めからそんな音などしていなかったかのように。

 ホラー映画だと安心して振り向いた所でサプライズがあるわけだが、私も迂闊ではなかった。目を閉じ、コタツに潜った。友人が戻るまで目を開けない。そう自分に言いきかせながら。






 マラソンの疲れもあり、私はまた眠っていたようだ。

 帰って来た友人が私を探し、居ないと思ってコタツに座ったところで私を発見し、起こしてくれた。ようやく独りから解放された事で私の腹が歓喜の声を上げた。

 あらかじめ調べておいた温泉に向かい汗を流し、帰りにラーメンを食べた。時刻は15時を過ぎていた。飲み屋は18時に予約しているが、私は強気にも大盛りにメンマをトッピングした。身体がカロリーを欲していたのだ。

 家に戻り、予約までの時間をゲームで潰し、時間が近づいたら車を走らせ閑散としたシャッター街を行く。目的の店に入り、簡単な注文を済ませ、二杯のビールが届いた所で乾杯の練習をした。二回目の練習を始めたところで会場で会った看護士が合流し、三人揃って乾杯した。


「ひどい雨でしたね」


「ほんとね」


「俺のデビュー戦……」


 酒も進み、最高の料理を味わいながら思い思いの話しをする。趣味や家庭の話し。酒とか酒とか酒の話しだ。大分進んだところで友人がトイレに立った。残されたのは知人の知人同士。私は軽い人見知りを発動しながらも、一緒に酒を呑んだ者は友達精神で話しを振った。良い機会だ。そう思い、昨日から自分の身に起こった不可思議な体験を喋った。自分一人で抱えるのは不安だった。その看護士の食い付きもよかった。


「怖いですね。なんだろ? どこかから連れてきたんですか?」


「わかんない。あーでも、ここ来るとき山越えたなぁ。それとも病院の隣りだから? いや、○○○(友人のあだ名)の患者さん今日亡くなったみたいだし、もしかして――」


「どしたぃ」


 話しこんできたところで友人が戻ってくる。話すべきか迷ったのは一瞬で、酒の席だし、良いかと謎理論で話す事を決めた。


「あぁん? 俺が来てからそんな事は一度もねぇぞ」


 友人は怪訝そうに首を捻った。幸いな事に、怯えた様子は微塵もなかった。知らんうちに成長したな。


「そうなん? じゃ、あれかな、隣りの家の音が聞こえてきてたのかな。わりと車の通り過ぎる音とかも凄かったし」


「それは無いんじゃないですかね」


 私の言葉に反応したのは友人ではなく看護士だ。


「○○○先生の隣りの家、空き家ですから。あそこ直ぐ引っ越すんですよねー」


 まじか、と改めて愕然とする。それではあの現象を否定するには自分の感性を疑う他に無いではないか。だがあの時の尋常じゃない鳥肌は思い出せば再現できるぐらいの生々しい記憶が残っていた。鳥肌を打ち消すように両腕を摩っていると、友人が更に畳みかけるように怖い事を言う。


「初日の霊が最初から家に居た霊だとすると、今日のは外から来た霊ってことですかね?」


 その可能性を私は考えていなかった。初日と今日の不可思議な現象はそれぞれ独立した話しだったとするならば、今、あの家はどれほどカオスな状況になっているのだろうか。酔いが一気に醒めるような気分だ。私は看護士の横に腰かけ直すと、


「今日は、帰りたくないの……」


「あ、や、私結婚してるんでー」


 やんわりと断られた……。

 うむ、受け入れられても困るところだ。割りと酔いが回っているのかもしれない。

 なにはともあれ、話し合いの末に導き出された答えは、


『幽霊はいるかもしれないし一匹じゃないかもしれない。じゃあどんどん飲もう』


 だった。

 その日私達は3件店をハシゴし、最後に寄ったスナックでは知らないおじさんにごちそうになり、家に帰った頃には潰れるように寝入った。おかげでおかしな現象に遭遇することも無かった。朝は二日酔いと筋肉痛によって目が覚め、お昼ごろになってようやく食欲が回復し洋食屋でハンバーグを食べて友人と別れた。

 ベロンベロンで酔っぱらいながらも詳細を事細かく覚えているのは、心の奥深くで恐怖心が根を張っていたからだろうか。それとも帰ったら絶対小説のネタにするという執念か。

 今となってはまたあの家に泊まりに行きたいなぁ、とすら思う自分がいた。

 いつかまた、ホラーな体験をする事があったならば、こうして書き記すこととしよう

奇妙な体験をしてからしばらく経ちますが、友人の方は特に変わりないようです。

当時は結構ビビりましたが、ホラー好きとしてキチンと対処できなかったのが悔やまれます。

次こそは! ……いざとなるとビビるんだろうなぁ。

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[良い点] 体験談かよ!(ガクブル)
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