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9. 好きとは言えず、好きではないと言わない

◇◇◇◇◇


 今日は、テヨ様とお会いする日です。初めてなので緊張します。ご主人様の婚約者どうこうの前に、相手は一国の王女ですからね。アリア様で耐性をつけていなかったら危なかったかもしれません。


「この前みたいに、歩き方を忘れるなよ」

「ご、ご安心くださいライト様。私はちゃんと成長しているのですから」

「だったらいいが」


 大丈夫! 安心してね!


〜〜〜〜〜


 お昼過ぎ。


 いよいよその時が来て、外に出迎えに行きます。そこで私は、馬車から降りてくる一人の女性に思わず見惚れてしまいました。


 夜のように黒い髪と、雪のように白い肌。アメジストもかくやという瞳の輝きは、どことなくアリサちゃんを思い浮かべる人間離れした容姿です。


 これが、ハーマフロダイト人の特徴という事なのでしょうか。


 テヨ様はそれだけでなく、一挙一動が洗練されていました。どこからどう見てもお姫様で間違いありません。


 テヨ様は優雅にライト様の側に寄ると、礼儀作法にのっとり挨拶をしました。


「お久しぶりですライト・アルカヌム。テヨ・ハーマフロダイトが今参りました」

「本当に久しぶりだな。遠くからわざわざすまなかった。心より歓迎しよう」


 ここで、テヨ様のお付きのものはロメルド様に連れられておもてなしをされます。そしてテヨ様は、お一人でライト様についていくのです。


 アリア様は王子を装っている、とうのが私の第一印象でしたが、テヨ様はそんなところもなく、ライト様の部屋に入り周りからの視線が消えても、依然とした態度を貫き通し、お姫様はお姫様でした。


 こ、この人……手強い!


「例え会う事は叶わずとも、貴方の噂は私の国にまで届いていました。聞いて驚きましたよ。まさか、自ら外に出かけただなんて」

「おいおい、俺はそんなに家に篭りっぱなしに見えるのか?」

「事実、ですよね」

「そりゃあ普通の人よりは外出の数が少ないだろうが、この前だって収穫祭はめいいっぱい楽しんだんだぞ」

「ああ……収穫祭」


 そこでテヨ様は、私の方を見つめます。いえ、睨みます?


 竜に睨まれた馬とはよく言ったもので、私は正にそんな風にジッと立ち尽くしていましたが、視線がふっと柔らかくなると、テヨ様は私に近づきます。


「貴女がライトのメイドですね。噂通り……あまり賢い人ではなさそうだけど」

「えー……」

「心配する事はないですよ。馬鹿は賢者より好かれるって、これ定番ですから」


 喜べばいいのか、落ち込めばいいのか。


 この場合の馬鹿というのは私として、だったら、賢者は……


「今日はやけに饒舌だな。気に入ったか、メリーの事が」

「メリーという名でしたか。そうですね。とても愛おしく思えますよ」


 テヨ様は私にウィンクしながら言った。破壊力の大きすぎる発言と仕草、私が男なら死んでいた。


「それは俺もよりかな」

「もう、意地悪を言わないでくださいまし」

「気にすることはないさ。俺たちの関係は半ば父上達が強引に決めたにすぎない。もしもテヨが嫌というのなら、俺はお前の気持ちを尊重するつもりでいるよ」

「……承知してます」


 テヨ様はにこやかな顔のまま頷きました。でもどうしてでしょうか。それは仮面のように張り付いた偽りに思えるのです。


 さっきから、どうにも違和感を感じます。ライト様と話すときのテヨ様は、どこか、作り物みたいです。


「そうだ。今お茶を淹れてこよう。最近アリアに認められたばかりでな。自慢したい、悪いが付き合ってくれ」

「まあ、アリアが。それは楽しみです」

「よし、待っててくれ。メリー、言葉はちゃんと話せるか?」

「もうライト様!」

「大丈夫そうだな」


 そう言ってそそくさと部屋から出るライト様。残された私とテヨ様の間に沈黙がーー何てことはなく、テヨ様は私に喋りかけてきます。


 その社交力、見習いたい。


「ライト様は優しい方ですね。今も私と貴女との仲を深めさせようと二人っきりにしてくださいました」

「あ、今のはそういう……」

「ええ。昔から、あの人は自分の事よりも他人を大事にするのです。時々、見ていて危なっかしいほど」

「ラ……ご主人様とはいつ頃の知り合いですか?」


 もしかしなくとも、これは好機。ライト様のくれたチャンスを、もとより私の計画していた作戦を実行するために活用させてもらいます。


 そう、あくまで自然に聞くのです。ライト様を、どう思っているのか……と。


「私があの方と初めてお会いしたのは7歳の頃よ。まだお互い幼かったから、特別仲が良くなく悪くもなく、一緒にいる時間も少なかったら記憶はおぼろげなのだけれど。

 それから次に会ったのは12歳。一目では分からなかったけれど、すぐに思い出せたわ。直接お会いするの2回目だったけれど、私たちは昔のように自然に接っする事が出来て、その時私とライト様は本当の友人になれた気がするの」

「元々、相性の良い二人だったんでしょうね」

「お父様にもそう見えたみたいで、私達を知らない間に婚約者にしちゃったの。それをロメルド様から知らされた時のライト様の顔といったら、とても可愛いかったわ」

「まあ素敵、とは違いますね。それは何というか、受け入れるのが難しかったりしなかったのですか?」

「そこがあの方の悪いところですの。私を傷つけまいと、決して反対の言葉を言うことはなかったわ。

 だからね、さっきはとても驚いたの……いつものライト様なら、あんなに焦った発言はありえなかったのだから」


 何のことか私が考える間に、グイッとテヨ様が私の目と鼻の先にまできました。


 私は動けませんでした。にこやかな顔のままのテヨ様は、言葉に出来ない威圧感があったのです。


 一体何をするのかと私が混乱している中、テヨ様は言いました。


「貴女は、ライト様の事をどう思ってるの?」


 ……あ、あれー?


 それ、私の質問だったんですけど。


 というか何気に危険な質問です。迂闊な事は言えないのです。


「も、もちろんご主人様の事は好きですよ! ほら、主とメイドという関係ですし! 嫌いなはず、ないじゃーないですかー」

「……そう。それは良かった」


 ホッと、一息。


 何とか危機を回避したようです。ありがとうメリーマウス、勝手に動いてくれて。


「ところでライト様、恋をしてましたね」

「そうですね。ライト様が恋んっっ!?」


 た、確かにしてるそうですけど。


 どうしてばれたのん!?


 私は一体どうすれば?


「な、何故そう思われたのです?」

「分かりますよ。だって、私はあの方の婚約者ですから。ライト様の目は恋をしている目でした。あれは恋をしている目です。間違いありません恋をしている目なのです」

「大事なことだから、三回言ったんですね。えっと、テヨ様はそれで……」

「良かったです!」

「あ、はい?」

「私は常々心配していました。いつあの方に想い人が出来るのかと。不安で仕方がありませんでした。いつも怯えてました。その懸念は、今消えたのです」


 ーー杞憂では、なかったという意味で


「良かったです。本当に。私は所詮婚約者ですからね。これからは、あの方の恋が実るよう、側で見守り続けるとしましょう」


 それでいいなんて。


 ここです。ここに人格者がいます。


「テヨ様も優しい方ですね」

「私が? まさか」


 ーー私が優しいのなら、今頃あの方の恋は叶っているのだから


「私は結構、ズルい女なのよ」


 意地悪そうに小悪魔っぷりを見せるテヨ様。出来る人というのは謙遜を忘れないんですね。


 でも、これで私の不安はなくなりました。最大のライバルであったかもしれないテヨ様が相手だと、流石に勝ち目の薄い戦いだったかもしれませんが、私にもまだ可能性はあるのです!


 ライト様の好きな人はまだ分からないけど、いつか現れるその人の為、私は己を磨き続けるとしましょう。



 ……少し経って、ご主人様が戻りました。テヨ様はライト様の淹れたお茶を、美味しい美味しいとお飲みになられました。


 美味しい、美味しいと。


 あまりの美味しさに涙が出ていました。

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