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8. 婚約者は突然に

◇◇◇◇◇


 チキチキッ、第ほにゃらら回の反省会が始まりました。まあ、このお話は反省回でもあるんですけどね。


「ーーへえ、そんな事が。あんたがいきなり何を言い出したかと思えば、結構本気の気持ちのようね」

「えへへぇ、えへぇ」

「やめなさいその顔!何かムカつくから!」


 私がライト様を好きになったかもしれないと言うと、先輩はやけに冷めた感じに納得してくれました。


「でも、ライト様ったら私にネックレスまでくれて」

「それなら私達みんな頂いたわよ」

「……」


 先輩の胸に、キラリと光るものあり。アリサちゃんやハロルドさん達も、ポケットの中身から私のつけたネックレスと同じものがががが……


 で、でもでも、みんなは私が冠まで貰ったことを知りません。あれは特別な日の時までに、大事に保管してあります。


 そう! あれは、私だけ!


 むふふぅ


「いい加減しばくわよその顔。何、貴女ってこんなにイラつかせるのが上手かったっけ?」


 これ以上は冗談ぬきで独身先輩にボコボコにされそうなので、顔を引き締めます。


 キリッ……


 ……えへへぇ


「はぁ、ったく、遂にあんたも恋かぁ。よくある話だけど、確かにチャンスがないわけではないのよね」

「本当ですか!?」

「ライト様は貴族って訳ではないし、今まで浮いた話一つないし、あんたが本当にそのつもりなら、私も応援してあげない事もないけど」

「だいすき先輩!」

「ちょ、離れなさい! 大体、あんたアリサに勝つ自信があるの?」

「へ? 何でそこでアリサちゃんが?」


 まさか、と思いながら私はアリサちゃんの方を見ます。今日も可愛いアリサちゃんは、可愛らしい手つきで可愛らしいクッキーをパクパクと可愛食(かわいく)してましたが、私の視線に気づくと、困ったように微笑みました。やはり天使か。


「確かに、私もライト様を狙ってたけど」


 ああ今日は低血圧も大丈夫そうなしっかりとした口調ーーって、なんですと?


「でもだいじょぶ。私は出来たらって感じだったから、そんなにメリーがライト様を好きなら、応援する……ね?」

「アリサちゃんも大好き!」


 これを外堀から埋める、というのでしょうか。やや不安であったこの気持ちに、確固たる自信がついた気がします。


 先輩とアリサちゃんが味方についた今、もう恐れるものは何もない!


「……念の為に聞きますが、ミレイさんはその、ご主人様の事をどう思いで?」

「え、私? うーん、難しいなー」

「大丈夫よメリー。私の妹は色気より食い気って女だからね」

「ひどいお姉ちゃん! 私だって子供欲しいなぁって思う事くらいあるよ」

「へー意外。で、相手は?」

「だから言ってるよ。いつかハンサムでお金持ちの男を仕留めるんだって」

「ふーん、私が聞いてるのは理想じゃなくて現実のことなんだけど。っていうかそれ、前から思ってたんだけど、ライト様の事じゃない?」


 ライト様……お金に関してはなんら問題ない。そしてハンサム? カッコいいけどハンサムとは違うような、でもハンサムと言えなくもないような。


 ミレイさんも姉であるマナミーさんの言葉にうーんと首を傾げます。


「ライト様は弟っていうか、お兄ちゃんっていうか。私はほら、うるさいお姉ちゃんしかいないし、そういうのに憧れてるから? 恋愛対象としては、よく分かんないような?」

「何で疑問系なのよ。っていうかさりげなく私を悪く言わないで」


 なるほど、皆さん家族みたいなもんですからね。恋というより愛ということなんでしょう。


 ハロルドさんとサティーさんに関して言えば、完全に私の恋を黙認してくれているみたいですし。若いですなぁ、なんて言って楽しそうに談笑している。


 うーん、だとすると、私の恋敵は第一王子アリア様のメイド、セパスさんだけになるという事でしょうか? 前回の事を思い出すと少々引け目を感じますね。


 あーだめだめ。これ以上うじうじ考えると行動に出られなくなります。私メリーは、これから素直に生きるのです。


「そういえば、先輩は恋しないんです?」

「ふんっ。私くらいになるとね、こっちが何もしなくたって、男共は羽虫のように寄ってくるものなのよ」

「恋はしないんです?」

「だ、だから、私は別に、ただいるだけで愚かな男共がハエのように寄って」

「しないんですね」

「……いいのよ! 私にはアリサがいるもの!」

「苦しい。抱きつかないで」

「冷たい! でもそんなアリサも好き!」


 もしかして……先輩ったら意外と奥手? 仕事の都合上出会いなんてそうそうないと思いますし、まさかキスだってした事ないのかも!


 なるほどぉ、魅力だけでは世の中どうにもならないという事ですね。


 今度私が、恋とはどれほど素晴らしいものなのか、先輩に教えてあげるのもいいかもしれません。


「あんたの顔を見てる何か無性に腹が立ってきたんだけど、また余計な事でも考えているんじゃないでしょね」

「そ、そんな事ないですよー……あっ、アリサちゃん! 私はアリサちゃんの事を考えていたんです。アリサちゃんって、隣国出身なんですよね? 故郷に残した幼馴染とかいないんです?」

「私?」


 うーん、と口ごもり、アリサちゃんはしがみつく先輩を離して言いました。


「そういうのは、いないかなー」

「気になっていた男の子とかは?」

「もちろん、いないかなー」

「天使ですね」

「アリサだよ」

「でもあれですよね。アリサちゃんって、お父さんに大好きー、とか言ってそうな感じです」

「……そういうのも、いないかなー」

「え?」


 何だか聞き取りづらかったので、耳を近づけると、ポカンと先輩から小突かれます。


「イタイですよ。何ですか先輩」

「馬鹿な質問しないの」


 先輩は真面目な顔をして言いました。


「アリサに大好きと言ってもらうのは、他の誰でもない。この私よ!」


 ……


「えー……それはないような」

「大丈夫。耳をすませばほら、マリー大好きって聞こえてくるわ」

「それ多分マリーだる過ぎですよ」

「何ですって!」


 急に何を言い出すかと思えば。当のアリサちゃんだって首振っていますし。アリサちゃんの事となると、どうもおかしくなってしまうのが先輩の弱点ですね。


 なんちゃって……今のは踏み込み過ぎた質問だったのかもしれません。先輩が止めてくれて助かりました。


「大体、人の事ばっかり聞いて、あんたこそどうなのよ」

「私? あははっ、ないですないです。私の近くにいたのはジャガイモ小僧ばっかりでした」


 私には兄と弟が馬鹿みたいにいます。もちろんあいつら自身は根っこからの馬鹿ですけど。


 田舎生まれで、そんな野暮な奴らと育った私。平気で「お前」とか「うるせー」とか言ってましたし、最初は乱暴な言葉遣いばかりで、よく先輩から叱られたものです。もう、そんな事はないですけどね!


 だから恋なんて夢物語。いつかの都会と一緒によく妄想してただけです。


 今ではすっかり順応して、私はメイドとなり、恋もしたのですから人生何が起こるか分かりません。あ、今度出す手紙にちゃんとご主人様の事かいておこっと。


「私のお母さんですら、ぱっと見クマと間違えてしまわれるような女性だから、初めての女の子でもあり、メリーは奇跡の子だって言われたものです。あそこでは恋なんて泥にまみれて沼に沈みますよ」

「そういえばあんたも中々強かに生きてきたのよね。狩りくらいできるんじゃないの?」

「血抜きは得意ですよ」

「狩人にでも転職すれば?」


 獣殺し、血塗れのメリーとかも、それはそれでそそるものがありますが、やっぱり私はメイドがいいので、先輩の冗談は軽く受け流します。


 そう、メリーはメイド。


 ご主人様のメイドなのです!


 ……現実的な話、狩人じゃあ稼げませんからね。やっぱりメイドは素晴らしいです。


「ハロルドさんは恋とかしました?」

「私ですか。あまり期待に応えられるような話はできないかと思いますが……一応、孫がいますな」

「したんですね恋! あー、孫ですかぁ。いいなー、それっていいなー。サティーさんはどうです?」

「私も孫はいるよ。お婆ちゃんお婆ちゃん言ってくれる可愛い奴らさ」

「あー! もういいですね! いいですね! そういうのって、いいですね!」


 孫……いや、それよりまず息子とか娘。


 私の頭の中で、ピンク色の絵が浮かび上がります。想像の中の息子や娘達の顔は見えませんが、お庭で楽しく遊んでいる。


 そして私が優雅に紅茶を飲んでいると、後ろから未来の旦那様がやってきて、そっと抱きしめてくれながら二人して子供を見守る! きゃー、メリーのバカ!


 ーーコンコン


 妄想がパッと弾けます。


 誰かが扉をノックしたようです。



『俺だ』


 ライト様でした!


「どうぞ!」


 私は有頂天のあまり周りの了承を得ずに答えてしまいました。けれどそこは先輩達。さっきまで散らばってあったお菓子は消えたように無くなり、机の上はきっちり整理整頓されています。


 本人達は背筋伸ばして行儀良く、入ってきたライト様もこれには苦笑。


「この時間は無礼講だろう? 気を使わなくたってもいいんだが」

「最低限の礼儀というものですよライト様。だらしない姿は見せられません」

「俺はロッテンマイヤーのだらしない姿にかなり興味あるが、いつかの楽しみとしておこう。

 さて、邪魔してまで入ってきたのは申し訳ないが、今日は用事があってきた。メリー、今いいか?」

「私は……」


 先輩達は、首を縦に振ってくれます。


「大丈夫ですよ!」


 勤務時間以外にライト様がお呼びに来てくれるなんて、こんな事ありません。私は喜んでライト様の元へ向かうのでした。


 ーーこの後、メリーのいなくなった反省会は、ちょっとだけ続く。澄ました顔のマナミーが、ロッテンマイヤーをちょこっと睨みながら言った。


「そういえばマリー、あなた一番大事な事を話してないじゃないの。唯一の難関といっても差し支えない程の事実を」

「なに、私が意地悪したとでも思ってるの?」


 ーーマナミーは肩をすくめる。ロッテンマイヤーは「心外ね」と言って、アリサの手を掴もうとした。避けられた。諦めた。


「応援したいって気持ちは本当なのよ」

「確かに、あなたはメリーにだけ甘々だものね」

「ば、バカッ、教育係としての責務を果たしてるだけに過ぎないわよ」

「メリーに優しいマリーは、好き」

「そんな!? アリサあなた私になんて試練を与えるの!」


 ーー葛藤するロッテンマイヤーを、マナミーは(もう出来てるじゃん)と思いながら、先ほどの話に戻す。


「で、なんで言わなかったの?」

「別に大した理由はないわよ。私が言うまでもない事だと思っただけ。勘なんだけどね。こういう話をしたって事はつまり……遠からずあの子は知る事になるんだから」

「なんじゃそりゃ」

「もしかしたら、それは今かもしれないけどね」

 

 ーーそう言いながら、ロッテンマイヤーは天井を見つめた。ただしそこを見ているわけではない。見えない壁の向こう側を覗くように、ロッテンマイヤーはメリーのこれからを憂いるのだった。


◇◇◇◇◇


 ロッテンマイヤーの勘は当たっていた。


 ここはライトの自室。ルンルン気分で付いてきたメリーは、たった今耳に聞いた言葉を頭の中で反芻して、理解した上で尋ねる。


「今、なんと?」

「だからーー俺はもしかしたら、好きな人が出来たかもしれん」


 聞き間違いではなかった。


 拝啓 お母さん。ご主人様に好きな人が出来たようです。メイドとしてこれは、どう対処すればよろしいのでしょうか。


 頭の中のお母さんはガッツポーズを取りながら言ってくれます。


 (押し倒せ! 獣の如く!)


 消えろ煩悩!


 頭の中のお母さんは最後に


 ((さら)けだせ! 欲望のままに! 本能を信じるのだ!)


 そう言って消えて行きました。最後まで筋肉脳のたくましいお母さんでした。今度会った時は一発ぶん殴ってやりましょう。私がミンチにされるかもしれませんが。


 さてと、お母さんが脳内で語りかけてくるくらい混乱している私は、黙ってライト様の言葉を聞く事にします。


「好き、という言葉は軽いような気がしてあまり使いたくはないんだが……他の言葉を総合した上で出した俺の結論だ」

「そうなのですか……それで、ど、どうして私にそれを?」

「聞いてほしかったからだ。他に特別な理由はない。それで、俺はどうすればいいと思う?」


 ライト様に好きな人が出来たというお話は、私の中でかなりショックでした。もしやすると、私のいなかった間の収穫祭に運命の人と出会ったのかもしれません。


 私を探すライト様と、思わずぶつかる誰か。二人は互いに目を見て確信する。ああこれ一目惚れやわぁと。


 くぅ、私の方が付き合い長いのに!


 どこぞの誰とも知れぬ女性を妬ましく思いながらも、そこは最近成長したメリー。涙を堪えてメイドとして主に尽くします。


「何か問題があるんですか? 恋をしたのなら、次はその相手と仲良くなればいいのです!」

「仲良く、か。そういうのは分からないな。相手との線引きが曖昧なんだ」

「とりあえずアタックするんです!」

「苦手だなぁ。そもそも俺のこれが本当に恋かも確信はないんだ」

「あー、ご主人様って積極的に動くタイプじゃありませんからね。でも受け身態勢だと、その女の子はどっかにいっちゃうかもしれませんよ?」

「……それは、嫌かもしれないな」


 ライト様は私を見つめながらそう言いました。うんうん、こっちは複雑だけど、ちゃんと私の言ってる事を聞いてくれているようです。


「でも俺には、もっと問題がある」


 好きな人が出来た、とは自分の鼓膜を疑うくらい仰天しましたが、次のライト様の言葉に、私は心をフルボッコされたようなショックを受けました。


「実は俺には、婚約者がいるんだ」


 ……好きな人がいて

 ……婚約者がいて


 何ですかその二段構えは!? 神はどれだけ私の恋路を邪魔するというのですか!!


 更に問題なのは、ライト様の婚約者の相手が相当な人物だという事です。


「まだ正式には決まっているわけではない、単なる口約束のようなものだから、そこまで心配する必要はないかもしれないが……無視はできない問題だ。

 こちらから一方的に話を取り下げるのはまず無理だといっていい。願わくば向こうに早く相手が見つかることを祈っている……そもそも俺は昔からそう望んでいたんだよ」

「そ、ですか……ちなみに、どんな方なので?」


 隣国、ハーマフロダイト第二王女、テヨ・ハーマフロダイト。その美しさと人望から、人々は彼女を畏れ敬い、崇め奉る。


 どうしてそんなお方がライト様の婚約者であるかというと、そこはやはりロメルド様の伝手でしょう。ハーマフロダイトとしては、何とかしてアルカヌム家と繋がりが欲しいらしいです。その辺りの事は私にはよくわかりませんから、割愛します。


 問題は、私なんかでは太刀打ちできない相手だという事です。


 先輩たちによって自信の付いていた心に、ヒビが出来てしまったような喪失感。だからといって諦める事はできない。私は一体、どうすれば……


 そうだ。


 今度、そのテヨ様がここへ来るそうです。その時にテヨ様の真意を問いたいと思います。ライト様の事をどう思っているのか、と。


 なんだ簡単でした。例え色んな事を考えても無駄なのが私です。こうなったら行動あるのみ。メリーはこれっぽっちも、諦めたりなんかしないのですから!

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