2. そこ男には、夢があった
◇◇◇◇◇
メイドの朝は早いです。
私は先輩からキツイお叱りの声と共に起こされます。既に皆さんは、支度を終えていました。
私は急いでメイド服に着替えます。そして、ライト様の部屋の前に向かおうとしてーー途中、ふと窓から庭が見えました。
マナミーさんによって整えられた庭園、一つだけポッカリと空いた何もない空間に、ライト様がいました。
こんな朝早くから何を……
そう思いながら私はライト様をよく見つめ直し、その光景をみるのと同時に、昨日の話を思い出します。
ライト様は剣をお振りになっていました。基本の型から、仮想敵との激しい動き。私もメイド基本術として簡単な護身術なら学んでおりますが、とりわけ苦手な部類でしたので、ライト様の腕がいかほどのものかは計れません。
ただ、それは美しいと感じました。
フラフラとライト様のところへ向かおうとする足を理性にて止めます。昨日、先輩はこうも言ってたじゃありませんか。
ライト様は、見られるのが好きではない。そして、そう、お水とタオルのご用意!
見ればライト様の動きは、段々と静かなものへと変わっています。もうすぐ鍛錬が終わるという事なのでしょう。
私は私の記憶力に惚れ惚れしながら、急いで地下の冷蔵室へ向かいます。軽く自分の身を殺菌して、入るのです。
中は当然の事ながら冷えていました。ただ、家の中にこの広さの冷蔵室は、世界広しといえどアルカヌム家だけに違いありません。だって多分、仕事に使うのはこれ以上の規模なのでしょう。庶民の私としては、感心するばかりです。
おっといけない。
私は急いでお水を探します。分かりやすく整理されていたおかげで、すぐに見つける事ができました。メリーやればできる子。
急いで庭に行くと、丁度ライト様は体を休めているところでした。私は〈メイド基本術 あざとすぎない真心〉を行使しながら、タオルと水をお渡しします。
ライト様は汗で火照った体をタオルで拭き取りながら、水を一飲み。ふぅーと漏らす吐息は、すこし色っぽかったです。
「……ありがとう」
「いえ。メイドですから」
ライト様はまだ16歳。もう16歳。
そろそろ働かなくてはなりません。一般家庭なら遅すぎるくらい。それでもこうして、ライト様がゆったりとなさっているのは、親が親だからなのでしょう。生活に余裕があるので、ライト様の進む道は幾つもあるからです。
しかし、もうすぐ成人となる17歳はすぐそこです。商人ロメルドの一人息子が無職のままならば、流石に体裁が悪いでしょう。ライト様はそこのところ、どうお考えなのでしょうか。
自室で今日も本を読むライト様に、私は聞きたくてたまりません。何か私に、お手伝いできる事があればと思ったのです。
だけど聞けるはずありません。ご主人様の読書を邪魔するメイドが一体どこにいるのでしょうか。
「ご主人様、お聞きしてもよろしいですか?」
私だ!
「い、いいぞ」
少し狼狽えているご様子でしたが、快い返事に私は一安心。時々、考え無しに言葉を発するこの口をどうしてやろうと思う時がありますが、ご主人様が優しい方でよかったです。
……どちらにせよ、後で先輩に叱られるかもしれないけれど。
私は何を聞こうか悩みます。いきなり将来の夢はなんですか? と言ってもあまりにも突飛だし。ここはひとつ、良い機会ですので遠回しに色々と聞いてみようと思います。
「ライト様、私の事どう思いますか?」
「……うむ?」
「例えば、迷惑な奴だなぁとか」
「迷惑といえば今まさに迷惑と言えなくもないが……別に、何ともない。普通だ」
「なるほど、なるほど。では私に何かしてほしい事はありませんか」
「それを察するのがメイドでは?」
「ごもっともです! では、そうですね。ライト様に、夢はありますか?」
「夢……」
私の巧みな話術によって、見事に目的の話にたどり着きました。
ライト様は、悩んでおります。私も夢が何かと聞かれれば、同じように悩むでしょう。
「夢……夢、か。難しい事を聞くな」
「えっと、ご迷惑なら今の質問はなかった事にしても」
「いや、あるにはあるんだ。別に、迷惑ではない。ただ、俺は『夢』という言葉が好きじゃないんだ」
「それはまたどうして?」
ライト様は悩んでいました。でもそれは、夢が無いからではなく、どうも夢があるからこそ、悩んでいたのでした。
「夢なんてあやふやな言葉は、甘えとしか思えないからだ。まるで、『夢だから叶わなくても仕方がない』という言い訳の為に作られているようだ。もしも絶対にやり遂げたいものがあるなら、俺はそれに『目標』と使う」
ほへぇ〜とライト様の言葉に半分納得した私でした。世の中、様々な考えがあるのですね。
でも私は、夢という言葉は素敵で好きだったりします。どちらかというと、夢と言っても眠るときに見る夢の事です。だって……夢の中なら、何でも出来ますから。
ライト様は現実に使う『夢』が好きじゃないみたいです。確かに、起きたまま見る夢なんて、あやふやで不確かでちぐはぐな気がしますもんね。
……あれ?
でもライト様には
夢があると。
「俺の夢は旅に出る事だ」
「……夢ですか」
「ああ、『夢』だ」
ライト様はきっぱりと言い切りました。はっきりと、夢と言いました。
そこに『目標』という言葉は、使われなかったのです。
ーーやはり、不用意に口を開くべきではなかったのかもしれません。私は気の利いた言葉ひとつ、ライト様に差し上げる事が出来ませんでした。
◇◇◇◇◇
その日の夜、私は仕事のご報告を兼ねてロメルド様に呼ばれました。
相変わらず優しそうな顔をしていらっしゃいます。そういえばライト様はどちらかというと、素っ気ない感じだった気がします。
ロメルド様が太陽なら。
ライト様は……月のよう。
空が明るすぎると、たちまち姿を隠してしまわれる。太陽がいなければ、光る事すら忘れてしまう。
美しい、月。
「どうだい、息子の様子は」
「はい。今日も読書に勤しんでおりました。私はただ数回、お水とお食事の用意をさせていただいただけで、他にする事は……ありませんでした」
「ははっ、だろうね。昔からワガママを言わない子だった。じゃあ何か特別な事は、何もなかったかい?」
「それは……」
昼間の言葉が頭をよぎります。
ーー俺の夢は、旅に出る事だ
下世話な話、私にお給金を支払ってくれるのは、つまり私の雇用主はロメルド様です。優先度はライト様よりロメルド様の方が遥かに上でしょう。
ですが……
私は、ライト様のメイドなのです。
隠すような事ではないのかもしれません。しかし、ロメルド様がそれを知らないとしたら? 私は、ライト様の秘密を抱えた事になります。誰も知らない2人だけの絆のようで、独りよがりにそれを守ってみたいと思ってしまいました。
「特に、何も。……関係のない話ですけれど、ロメルド様に夢はありますか?」
「夢かい?」
「はい。ロメルド様の生活そのものが夢のような暮らしとはいえ、その上で何か、夢はございますでしょうか?」
「うーん、私にも夢はもちろんあるよ」
星に手を伸ばすように。ロメルド様の手が空を切りました。掴んだその手には、何もありませんでした。
「私の夢は、もう一度妻と一緒に、楽しく賑やかに息子と暮らす事かな」
「……」
「おや、どうかしたのかい?」
「いえ、えっと。その夢を、ロメルド様はライト様にお話になった事は?」
「どうだったかなぁ。いや、確か一度だけあったかな。それがどうかしたかい?」
「……いえ。素敵な、『夢』ですね」
ライト様が夢をお嫌いになる理由。私にも、少しだけ分かったような気がしました。
それが決して叶わないものだと、ライト様はきっと、認めたくないのですね。
星はとても美しいけれど。
手を伸ばしても、届かないのですから。
◇◇◇◇◇
チキチキッ ! 第7013以下略!
「あ、今日はアリサさんだけなんですね」
「みんな、忙しい」
「なるほど。アリサさんは大丈夫なのですか?」
「私の分の仕事も、メイがとっちゃった」
先輩……本当にアリサさんの事がお好きなんですね。こわっ。
「多分、1人くらいここにいないと、メリーが可哀想だからっていうメイの配慮だと思うの」
実は私先輩大好き。
「じゃあ遠慮なく。今日はアリサさんと2人っきりで親睦を深めましょう!」
「お酒、ダメよ」
「クッキー焼いてきました!」
「……一応これ、反省会だからね」
「分かってます分かってます。だってライト様が言ったんですよ。今はまだ毎日、この会に参加しろって」
「そっか。やっぱり、ライト様は優しいのね」
私の焼いたクッキーを一つパクリと咥えながら「あ、美味し」ありがとうございます。
アリサさんは、砂糖の控えめなクッキーをよく噛み締めます。
……そういえば。
先輩も言っていたんです。ライト様は、優しい方だと。先輩もアリサさんも、お世辞を言うような方ではないと私は思います。だからそれは、心からの本音なのでしょう。
「ライト様は、どのように優しいんですか?」
「メリーは、思わないの?」
「悪い方ではないと思うんですけれど。どうにもまだ、よく分からなくて。今日だって私とライト様の会話は、羊皮紙1枚分にもなりませんし」
「不満そうだけど、それくらいがメイドとして丁度いいんじゃないかな……?」
「そうなんですけどね〜。私はもっとライト様と仲良くなりたいんですよ。不仲の主とメイドなんて成立しませんから!」
「それは、そうかも」
「ですよね!」
「でも線引きはしっかりと、ね。怒ったライト様は、私もあまり見たくないから」
「ぜ、善処します」
アリサさんは私の事をジーっと見つめて、大きくため息をつくと。もう一つクッキーという糖分を補給して、紅茶を飲みます。
一連の動作は精錬されていて、もしかしてアリサさんってお嬢様かな? と私は思いました。馬鹿ですよね。メイドがお嬢様なはずありません。
アリサさんは『天使』ですよ!
「メリーは、もう少しよく考えてみるといい。主の心を読み取り、行動するのがメイドの基本。きっとそれが、メリーには出来ていない」
「ライト様の心……新しい本読みてぇなぁ。ってところでしょうか?」
「そうじゃなくて」
「この新人メイドの下着の色は何色かなぁ、とか」
「そこはせめてベテランメイドの私のだと思うの」
それはそれで落ち込むなぁ?
「私は分かるよ。ライト様の心」
「え、エスパー?」
「アリサだよ。メイドだよ」
「ライト様の心……うーん……あ! でも私、ライト様の夢なら知ってますよ!」
「ライト様の夢!?」
「言えませんけど」
「意地悪? 意地悪、キライだよ?」
「いや! 私の口からはさすがに言えませんよ! それに心がわかるなら夢くらい分かりますよね?」
「し、私的な事はメイドと関係ないの」
「そういうものですか」
難しいなぁ。本物のメイドって。
私は今日も学びます。反省会をする度に私はきっと成長しているはずです。
なら明日こそは、ライト様の心を読み取れるよう、頑張ります! メリーの本気を出す時が来たようです!
「……不安」
「大丈夫ですっ!」
きっと。
多分!
◇◇◇◇◇
一方その頃、自室でライトはお酒を飲んでいた。果物の果汁を発酵させて作ったアルコール飲料である。色は透き通った赤。
コップの半分も満たさないそれを、ライトは優雅に飲む……
「まずっ」
なんて事はないのであった。
「今日は酔おうと思ったんだが……どうにも慣れないな。お酒は」
まさか捨てるわけにもいかないので、鬱陶しそうにグラスを揺らすライト。中のお酒がクルクルと回る。
オレンジジュースが恋しいと、嘆いてみてもグラスの中身は変わらない。ライトは仕方なく、チビチビと飲み始めた。
その時、扉が開く。
「入るよ」と返事を待たずにやって来たのはロメルド。ライトの飲むそれを見て、珍しい物でも見たという風に目を開いた。
「ついに、お前もそういう歳がきたか」
「大人はみんなこれを飲むのか。 変人どもの成れの果てだな」
「……そういうわけじゃなさそうだな」
「ん、何ですか父上。何か用でも?」
「ああ、そうそう。別に用という用でもないんだが。さっき気になることを言われたんだよ」
「気になること?」
これ幸いとグラスを置くライト。ついでに中身が蒸発してしまえばいいと思いながら、ロメルドを見る。
肥えた体に人当たりの良さそうな顔。そんな父を誇らしく思うが、その体になりたいかと言われればそんな事はなかった。自分の母譲りの体つきと顔も、同じように誇りなのだから。
「お前、何か夢はあるか?」
「……どうしてそんな事を?」
「何となくさ」
「ふむ」
メリーが何か言ったか。と勘付くライトは、こう答えた。
「特にありませんよ」
「本当か?」
「嘘をついても、仕方ないじゃないですか」
「むむぅ……」
ライトは父の瞳の奥を見つめる。それは〈商人の目〉であった。公私混同はないんじゃなかったのかよと思いながら、必死に冷静を保つ。
やがてロメルドは、大きく息を吐いた。
「駄目だ分からん。普通なら嘘をついているのかどうか一目でわかるのだが、流石は私の息子。ポーカーフェイスも一級だ。良かったな。商人になれるぞ」
「まだ諦めてないんですか父上よ」
「当たり前だ。私の後を継ぐのは、お前しかいないと思っている」
「……」
ライトはグラスの中身を一気に飲み干した。味はいまいち分からなかった。この程度の量では、酔えるはずもなかった。
父は商人になれと言っている。しかし、自分にその気はない。
嫌な理由はない。むしろ父がその仕事をしているのだから、将来なるとしたらそれしかないだろう。
だが……
イエスと言えない自分がいる。
商人にならない理由も見つからないが、商人になりたい理由もまた、同じように見つからなかった。
一生本を読んで暮らせればと思っている。現実的に無理な事ではない。ただ、それは親の事を思うと選択しかねる道なので……やはり早く自分のしたい仕事を見つけなければならない。
誰もが想像する以上に、ライトはとても混乱して、焦っていたのだった。
「あ、そうだ。言い忘れていたが、近々殿下が遊びに来るらしい。最近どうも元気がないようだから、遠慮しないで遊んでやってくれよ」
「……今驚きで言葉に詰まってしまったぞ。父上、王子の事をまるでオマケのように話をするな。それでも商人か」
「うーむ、いいだろう家の中くらい。正直、殿下よりもお前の方が大事だからな」
「あーそういうのはいい。……やっぱりもう少しだけ飲もうかな」
「お、いいな! 私も付き合おう」
どこに隠し持っていたのやら。そもそも、元々そういうつもりでやって来たのか。ロメルドの手にはグラスとお酒が既に用意されてあった。
「明日の仕事に差し支えないように気をつけてくださいよ父上……あぁそれと、何か甘い果物も用意してくれます? 」
「どうするんだ?」
「入れるんですよお酒に。俺は父上ほどアルコールに強くないんですから。少しはマシになるように、と」
「酒に果物を入れる? 勿体無くないか」
「元々果物から出来てるんです。まあ、結構合うんじゃないんですか」
「ふむ……」
〜〜〜〜〜
後日談ではあるが、商人ロベルトが新たに発案した、ワインをベースに果物を加えた飲物 通称「ライトワイン」は大ブレークした。
元々、庶民の間には広まりつつあった手法だが、味を研究するほど量はなく、貴族の間には完成されたワインを何か他のもので邪魔するなどもってのほかで、本格的にライトワインを開発したのはロベルト氏が初めてであった。
安ワインを幾らか上等な物に変えるこれは、値段も良心的で、何より名前の通りお酒に弱い人でも美味しく軽く飲めて、これは画期的だったと言えよう。
見た目もオシャレで、特に若い女性陣の中で大人気。最近では自作ライトワインを誰が一番上手く作れるかなどが流行で、噂では近々ライトワイン大会が開かれるらしい。優勝者にはロベルト氏秘蔵お酒コレクション一式が贈呈されるとか……もっぱら男性貴族の間でも盛り上がってきたところである。
こうしてまた、商人ロベルトの伝説は増える。曰く、彼は世紀の発明王ーーと。
……
ライトワイン 名前の由来が、実はロメルドの息子であるライトから付けられた事は誰も知らない(嘘。半分くらいの人間が勘付いた。その理由までは分からないとしても)
〜〜〜〜〜
何かを思いついたのか、楽しそうにじゃんじゃんと調子に乗って酒を飲みまくるロメルドは、すっかり眠りこけてしまった。これで本当に明日は大丈夫なのかと心配になるが、そこは商人。大丈夫なのだろう。
ライト自身もすっかりとお酒に飲まれてしまい、熱くなった体を冷ます為にベランダから外へ出た。
夜風が気持ちいい。
虫が鳴いてる。
何より
月が、綺麗だった。
「……夢、か」
さっきの事を思い出す。ライトははっきり、夢はないと答えた。嘘をついたのは父だからではなく、誰に対してもそう簡単に夢の事など話さない。
しかし、そうなると。
ーーどうして自分は……
メリーには話した。夢の事。
何故だろう。
答えは出なかった。
恐らくそこに深い意味はない。
ただ……
「そういえば、俺は言ったのに。メリーの夢は聞いてなかったな」
それだけが、もやもやしていた。
明日あたりに聞いてみよう。ぼやけた頭でそう思い、明日になるとそんなこと、すっかり忘れていたのであった。




