12. 満ち足りた月
◇◇◇◇◇
「っーー!」
シッ……と鋭い吐息と共に、振り下ろされる木刀。続いて流れるような袈裟斬りから、素早いステップにより相手を撹乱するような動きで、空に流れた幾つもの葉を叩き落とす。
一連の動作は、剣に興味のない私でも見とれるものがあり、ご主人様の朝の鍛錬は体感的にすぐに終わった。
ふぅと汗をかいたご主人様に、私はさっとお水を差し出します。お礼を言ったご主人様は勢いよくそれを飲み干し、それから空になったグラスを見つめて思案顔。
「どうしたんです?」と私が聞くと、ご主人様は「お前は喉が渇いていないのか?」と。
確かにこの頃空気が乾燥気味なので、私は一応頷きました。するとご主人様、急に嬉しそうな顔をして、グラスを見つめます。
私が、何をしているのですか? とご主人様に問う前に、どこからともなく現れた水が、コップの半分程まで満たされます。私が驚きながらご主人様の顔を見ると、ご主人様は少し胸を張って私にそれを渡してくれました。
「飲むといい」
いつになく誇らしげです。
……あー、なるほど。
自慢、したかったんですね。魔法が使えるようになったのが、そんなに嬉しいんですよね。
何それ可愛い。
「ありがとうございますライト様」
「まだまだリオンのように冷たくはできないが、熱湯なら出せるようになった。そうだメリー、暑くないか?」
「ん? いえ、むしろ寒いくらいですけど」
「そ、そうか、そうだよな。動いていた俺が勝手に暑いと思うだけで、お前は寒いのか……そうか……」
「……あれー、そういえば、少し暑いかもしれません。あっちー、あっちぃよー」
「っ……そうか! 待ってくれ」
ご主人様は集中するように目を瞑ると、こんどは風の魔法を使ったらしく、私にそよ風ががが……寒いよー。
もう秋だしぃ。ちょっと堪えるよぉ。
だけど嬉しそうなご主人様の顔を壊せるはずもなく、私は笑顔で礼を言えました。後で、あったかいココアでも飲みたいものです。
だけど珍しいですね。ご主人様がここまで我を忘れるなんて、新たな一面を見た気がします。
「ライト様の魔法は便利ですね。もう炎とか出せるようになったのですか? こう、ブワァッと!」
「いや、簡単な火種なら出せるだろうが、メリーのいうような炎となると俺はまだまだだな。というか、俺は元より炎なんて出せなくたっていい」
「いいんです? カッコよくないですか?」
「俺は魔法にカッコよさを求めてはいないからなぁ。大体、殺傷能力のある炎を覚えてなんになる。俺はそういう、物騒なものが好きじゃない」
「あ、そういえばそうでしたね。あれ? ではいつも剣の鍛錬などしているのは、いつか世にはこびる悪漢共を叩きのめす為ではなかったんですね」
お前俺の事を何だと思ってるんだ、と呆れ気味に落ち込むライト様。平和主義が、ご主人様のモットーだそうです。
「俺がアリアから習ったのは人を殺す剣じゃない。自分を守る術なんだ」
その言葉には、ご主人様の人となりが如実に表れていたような気がすると、私は思いました。
人を傷つけることを良しとせず、他人の為に優しくなれるご主人様を、私は好きになってしまったんですから。
自分を守る術。
私から言わせてもらえば、それはきっと。
誰かを守る術、なんですよ。
……
へっくち
やっぱり、寒い。
◇◇◇◇◇
サティー様が作ってくれた特製ココアによって身体が温まった私は、すっかり元気になってご主人様のもとに参ります。
ご主人様は、今日は特にやる事がないのか、ボーッと天井を見つめていました。
「予算……人員……見直し」
間違えました。何か私では到底見当もつかない考え事をしていらっしゃったようです。
メイドの私は、邪魔にならないよう黙っています。本来は沈黙が苦手な私ですけど、ご主人様の為ならいくらでも黙る事を誓いましょう。最近自分でもメイドとしての仕事に慣れてきたという自覚があって、心身ともに余裕ができたのです。今の私に、仕事のミスなどありえません!
「そんな事いったら、ロッテンマイヤーが厳しくなるぞ」
「心読んだんです!?」
「途中からだだ漏れだったぞ」
「この私の口が!!」
案の定というか、メリーのメイド熟練度は、まだまだのようでした。
不幸中の幸いか、もうご主人様はひと段落ついたらしく、思考に没頭する事をやめました。代わりに、私を見つめます。
そ、そんな。
ご主人様に見つめられると私ーー
「暑くないか?」
いやもうそれはいいですから。
「ライト様は、リオン様に魔法を教わっているんですよね? でも私、リオン様を見かけた事がないんですけど」
ふと、疑問を覚えました。そういえばいつ、ライト様は魔法を習っているのかと。
「あの人は基本、人が好きじゃないからな。この前人混みにやられたのをかなり後悔したらしく、いつもは近くの森で生活している。だから、ここに来るのは真夜中だ」
「森?」
「自然が好きなようだから、サバイバル生活もお手の物なんだろう。事実、そうして生きてきたらしいからな」
「はあ、魔法使いって変わってるんですね」
「悪かったな変わり者で」
ひゃいっ!?
いつの間にか、窓に腰掛けるようして、リオンさんが私の事を睨んでいました。
「ふんっ、否定するつもりもないが」
「今日はどうしたんだリオン?」
「なんだ、僕は用がないとお前に会いに来てはダメなのか」
「そんなはずない。もちろん歓迎しよう」
「わ、私すぐにお飲み物の準備をしてきますね!」
逃げるように立ち去る私。どうにも、あの方は苦手です。
嫌い、ではありません。私は優しいから嫌いな人間なんて全然いませんもの。だからリオンさんはなんというか……久しぶりに会う親戚のおじさんというか、怖くないのは知ってるけど近寄りがたい、そんな人です。
ライト様の好きなクッキーもお持ちして、私はそーっと部屋に入ります。ライト様はすっかり楽しそうな顔で、リオンさんと話し合っていました。
「おっと、そうだった。今日はお前にプレゼントがあるんだ」
「プレゼント?」
おっと、そうだった……なーんて、わざとらしいです。リオンさんの表情が私の勘が間違ってはいない事を証明ひいっっ、だから私を睨まないで!
「これだ」
リオンさんの手のひらに現れたのは、収穫祭にてとある老婆から買い取った宝石に似ていますが、更に装飾のなされたそれは、いかにも魔法使いが身につけていそうな怪しげな物でした。
神秘的で、どことなく不気味で。
淡い紫の光を放っています。
形は、十字形に似ているでしょうか
「これは……ロザリオ?」
「魔力媒体ともいう。一般的には杖として使用する事が多いが、どうせ見せかけだ。要は身につけてさえいれば効果は出るから、腕に巻きつけるとか、首からぶら下げるだけでいい」
「もしかしてこれ、手作りだったりするのか?」
「ん、ま、まあな。僕にとって1週間もあればこんなのすぐに作れるから問題はない。まだ完全に魔力と同調が出来てないお前に、丁度いいと思ったんだ。そうでなくともこういうのは魔法使いの必需品だからな……名付けて『紫縁の薔薇』。気に入らなかったか?」
「まさか。嬉しいよリオン」
ご主人様は早速、リオンさんからの贈り物を身につけます。
魔法なんてちんぷんかんぷんな私に、それがどれほど貴重なものか見当もつきませんが。多分私の想像以上に、ご主人様の想像以上に珍しく価値のあるものだと、私はリオンさんの顔を見て確信しました。
ご主人様はリオンさんの言葉通り、腕に巻きつけました。普段は服に隠れていても、いざとなれば、先っぽの方を手に持ち魔法を使用するのです。明日の鍛錬で私はそれを直で見ることになります。
「こんな物まで頂いて、リオンには借りばかり作ってしまう」
「僕が好きでやったことだ。気にするな」
「そうか……ならリオンを俺の魔法で驚かせよう。今はまだまだだが、いずれ、びっくりさせるような魔法を見せてやる。それが弟子からの恩返しにもなるだろう?」
リオンさんは少し驚いたような顔をして、それから恥ずかしそうにご主人様から顔を背けると、窓から見える遠くの遠くの景色を見ながら言いました。
「期待してる」
〜〜〜〜〜
リオンさんを食事に誘ったご主人様でしたが、これをリオンさんは丁寧にお断り。お腹が空いたからと森へと帰っていきました。
ご主人様は姿が見えなくなるまで見送ると、嬉しそうにロザリオを取り出し、いろんな角度から見つめて、しばらく堪能した後もう一度腕に巻きつけました。
「……なんだその目は」
「いえいえ、なんでもないですよー」
微笑ましかったなんて言ったら、ご主人様の機嫌を損ねてしまいそうですし。
沈黙は大抵優秀です。
だけど言葉に出さずとも、ご主人様なら私の考えくらい簡単に悟ったようですが。
「し、仕方ないだろう。師匠から弟子に贈り物というのは、とても名誉な事なんだ。素直に喜ばせてくれ」
「邪魔する気なんてないですよ。私だってプレゼントは嬉しいものですから。でもそれって、魔力媒体でしたっけ。実際にどれくらい実用性があるんですか?」
「俺も詳しくはわからないが、体感的にこれが便利だと感じ取れるくらいには使い勝手のいい道具だ。そもそも俺は、魔法の才能があるという訳でもないからな。無いより身につけていた方がずっといい」
「ライト様に魔法の才能がないって、面白い事言いますねー。ライト様ってやれば何でも出来てしまうじゃないですか」
「お前の俺に対する過剰評価を一度正さねばならないみたいだな」
「出来ないんです?」
「やって出来る事なら既に俺はやっている。だが、そこに確かに才能の差というものが生じるのは仕方のない事。俺は特に、自分への強化魔法が苦手でな」
きょ、きょうかまほう
私がぎこちない笑み浮かべるのに気づくと、ご主人様は一枚の紙を取り出しました。長い付き合いで私の事をよくわかってくれているのです。
すらすらーっと文字や絵をよどみなく書いているご主人様の手つきは、これが1回や2回の経験ではない事が読み取れます。ごめんなさい私がバカだから。
「ーーつまり、簡単に言ってしまえば自分の身体能力を高める事のできる魔法だ。これは大きく分けて攻化と防化の二種類がある。 パンチで相手を叩きのめすのが攻化。パンチを食らっても叩きのめされないのが防化だ」
「魔法使いってバリバリ近接もオーケーですか」
「当たり前だろう? 近くに距離を詰められて何も対抗手段がないんじゃアホ丸出しじゃないか」
そういうものなのかな。
ご主人様は私に伝わるよう、赤と青の絵を見せながら話を続けます。
「これは自分にだけでなく、物を強化する事も出来る。達人が使えば、木の枝でさえ鉄の強度を誇るというわけだ」
「ほぇ凄いですね。あれ? でもその物を強化する場合って、攻化です? それとも防化?」
「あー、わかりやすくお前に教えただけで、攻化も防化も本質的には変わりはない」
「……」
「すまない。俺が悪かったから、考えを放棄したような顔をしないでくれ」
でも攻化が攻化で防化は防化なのに、攻化も防化も防化と攻化でーー
哲学かな?
「攻化と防化は強化するという意味でほとんど一緒なのだが、大事なのは心の問題だ。相手を倒そうとするか、自分を守ろうとするか。その二つによってどうとでもなってしまう。
相手の事ばかり考えていて自分をおろそかにしては、ちょっとした傷で大怪我を負う事もあるし、逆に自分の事ばかり考えていては決定打を出せず、いつまでも戦いが終わらない。勝つためには、その二つをどう扱うかが肝となってくるんだ」
と、そこまでスラスラと一気に話し終えたご主人様は、首を傾げた。
話が脱線しているような気がしたのだ。
「別に、ここまで話す必要はなかったな。つい熱くなりすぎてしまった」
「いえいえ、大変興味深かったですよ」
確かに私は全てを理解することは出来ませんでしたが、魔法の事を話すご主人様は、本当に子供のようで、とても可愛いですから。
いわゆる、ギャップ萌え?
かっこいいご主人様はもちろん好きですが、そんな可愛いご主人様も私は好きだと、今日はっきり分かりました。
明日はどんなご主人様を見つける事が出来るのか、私は毎日が幸せです。
ーーけれど、世界中が幸せだとは限らない。この世はどこにもいつでも、溢れこぼれるほどの感情を抱えているのだから。
拝啓 お母さん。最近めっぽう寒くなりましたが、いかがお過ごしでしょうか。私? 私はとても幸せです。毎日が楽しくて仕方がありません。先輩はみんな優しくて、ご主人様は私の大事な人です。だから……
だから今日も私は、お月様に願います。
明日もどうか、幸せでいられますようにと。




