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10. 魔法使いがやってきた

◇◇◇◇◇


「魔法使いがやって来たそうですよ!」


 私の迫力に、ライト様はただ頷きました。


 今、国ではその噂でもちきりなのです。魔法使いといえば、人生で一人会えばいいくらいです。


 といっても、ちょっとした魔法くらいなら先輩でも使えます。それが魔法使いといえば、魔法を操れるのです。


 秘密主義をモットーにしていますから、魔法は半ばおとぎ話。戦争の起こらない今、国は見栄えや体裁なんかの為に、魔法使いなら喜んで雇います。そこを断るのが、魔法使いなんですけどね。


 自由奔放。旅に生きる。寿命で死なない。


 それが魔法使いです。


 そして今日、その魔法使いがやってきたと、国ではもっぱら大騒ぎ。お買い物に出かけていたマナミーさんから聞きました。


「それに、その魔法使いさんって、とってもカッコいいらしいんです!」

「……会いたいのか?」

「一度は会ってみたいですかねー」

「よし、ならば会いに行こう!!」


 今度は私がライト様の気迫に押されながら、ただ頷くだけしかありませんでした。


◇◇◇◇◇


 その魔法使いは紺色のローブを被っていた。背丈は高くないが、ローブの内側に見える顔はなるほど、女性の、それもお姉様方から愛されそうな容姿をしている。事実、魔法使いを見た感想として、弟にしたいという発言は過半数を占めていた。


 魔法使いは人という人に囲まれて、ろくに歩けないようで、困ったように立ち尽くしている。メリーはそれを遠くから見つめていた。


「んー、見えないなー」


 どうにかして魔法使いを目視しようと目をこらすメリー。


 その後ろで、ライトが難しい顔をしている。人混みが危ないからと念の為についてきたロッテンマイヤーは、そんなライトの顔を見て一つの可能性に至る。


 ーーまさか、嫉妬?


 メリーは魔法使いに興味津々。何より魔法使いの容姿も上々ときた。これは、まさか、という妄想が膨らむロッテンマイヤー。


 ーーこれは本当に、メリーにも可能性が……



 そこへ、ライトの呟いた一言。ロッテンマイヤーは〈メイド高等術 風が教えてくれる〉で聞こえてしまった。


「魔法使いっ……是非会いたい!」


 なんてことはない。ライトが一番、興味津々だったという事だ。


 ロッテンマイヤーは肩を落とした。


 ーー道は長そうね……


 何はともあれ。


 魔法使いは、行動を起こす。


 パッと消えた。


 人々の視線を一度に集めたまま、魔法使いは跡形もなく消え去った。民衆にざわめきが走る。


「わわっ、いなくなっちゃったようですよ!」

「魔法使いは伊達じゃないって事ね。改めて思うけど、桁違いだわ。

 どうしますライト様?」

「……ちょっと待ってくれ、考える」


 ライトがまず考えたのは、どうして魔法使いが消えたのか。これは簡単だ。単に周りを鬱陶しく思ったに違いない。次に考えたのは、ならどこへ行ったのか。


 消えたままなのか。人気の少ない路地裏に向かったのか。


 その時、空を飛ぶ鳥に気がついた。青い色をした、鳥だった。


〜〜〜〜〜


 鳥はパタパタと空を飛ぶ。下にいる人を通り過ぎながら、やがて人の少ない路地裏へと入り込んだ。


 ライトの、というかここまでは、多くの人間が予想した事だが。


 鳥は一瞬のうちに人の姿へと変わる。もちろん、魔法使いの姿に。


 人が来るには時間がかかるだろうと考えた魔法使いは、早く自分に認識阻害の魔法をかけようとして……


 足音が聞こえてきた。


 明らかに自分を探す足音だった。ここまで一直線にたどり着いた、何らかの方法に敬意を示し、魔法使いはそれを待つ。


 現れたのは三人。一人に男と二人のメイド。そのうち一人のメイドは、はあはぁと息を切らしていた。かなり走ってきたようである。当たり前だ。あの場から相当の距離があるのだから。


 まず、男が先に挨拶した。


「お初にお目にかかる。俺はライト。追いかけるような不躾な真似をした事を、まずは先に謝りたい」


 その男の容姿と挨拶をみて、魔法使いは感心する。メイドを連れておきながら、家名を名乗らない点、良し。失礼を詫びる素直な態度、更に良し。


 優しそうな顔、文句無し!


「……僕の名前は、リオン」


 礼儀に対しては礼儀で答える。リオンはローブを脱いだ。空色の髪が風に揺れた。


 ローブを脱ぐと、余計に身長の低さが目立つ。背格好だけで言えば、アリサと同じくらいだろうか。魔法使いは外見を装う事が出来るので実年齢は当てにならないが。


「リオン殿、か。先ほどは素晴らしい魔法だった。それと心中お察しする。この国に魔法使いが来るのは何年振りかの事なのだから、皆、貴方が気になって仕方がないのだ。もちろん、俺も例外ではない」

「それは、まあいい。ただ一つ聞きたい」

「ん、俺に答えられるものならば」

「僕の居場所をどうやって知った?」

「ああ、それは。貴方の化けた青い鳥だが、この国では珍しい、というより生息しない種類なのだ。迷い込んできたという可能性もあったが、そこは賭けかな」


 ライトがロッテンマイヤーに聞いたところ、あの鳥は隣国ハーマフロダイトを生息地としているらしい。風や気候、地形の問題で、ここアイウエオ国にやってくる可能性は……ほぼゼロ。


 リオンが同じ色のローブをしていた事から、ライトは自身の勘に頼った。


「なるほど。これはどうしようもなく僕の手落ちだった。まさか一羽の鳥にそこまで目をやる人間がいるとは思わなくてね。それで、用はなにかな? ここまで追いかけてきたんだ。何か理由があるんだろう」

「確かに、頼みがあって俺は来た。もちろん断ってもらっても構わないのだが」

「聞こう。お前の話」


 ライトは深く呼吸をして心を落ち着かせ、リオンに真っ直ぐな視線を向けながら言った。


「俺に、魔法を教えてくれ」


◇◇◇◇◇


 早急だった事は認めよう。魔法使いを前にして、俺はいささか興奮していた。古き子ども心が蘇ったのだ。許してもらいたい。


 俺の唐突な願いに、魔法使いは条件付きながら了承してくれた。これはかなり幸運だと言っていい。


 ただし、その条件というのがかなり厄介だった。人によっては、場合によっては簡単かもしれないが。


「僕は女性が嫌いだ」


 ちなみに、ロッテンマイヤーとメリーは館に戻っているーー


 という事にしている。


「今日1日、お前が女性と関わらなければ、僕は魔法を教えよう」


 そういう訳で、俺はリオンと一緒に街中をぶらつく事になった。リオンは魔法によって他者からの認識を曖昧にしているらしい。


 魔法の力ってスゴイ。


 最初は簡単な条件かと思った俺だったが、これは中々厳しい。


「うわーん! ママ〜!」


 早速、少女と関わらなければならない場に来てしまった。どうやら少女は迷子らしく、周りもまるで少女に気づいてないみたいに素通りしてしまう。


 さすがに少女を見捨てる訳にもいかず、動こうとした俺にリオンが声をかける。


「ライト?」

「……もちろん、分かっているさ」


 俺は結局、少女を無視した。


 ーー任せたぞメリー


 早くも切り札を使ってしまったが、致し方ない。後ろをチラリと見ると、手際よくメリーが少女の世話をしていた。


 もしもの場合に備えて連れてきておいてよかった。残るはロッテンマイヤーだけだが、そうそう迷子なんて見かけないはず。まあ、あと1日くらいは大丈夫だろう。


 俺はそう思っていた。


 間違いだったと知るのは、これからほんの10分後。俺はこれが、改めてリオンの出した試練だと思い知った。


「おいおいねぇちゃん」

「おいおいよぉ」

「や、やめてやめて、おやめになって」

「おいおいよぉ」


 か、絡まれてる! うら若き女性が下衆な男共に囲まれてる!


「ライト?」

「……俺は何も見なかった」


 俺は結局、女性を無視した。


 ーー任せたぞロッテンマイヤー


 まだ日が沈まぬうちに最後の切り札を使ってしまったが、やむを得ん。後ろの方でドキバギといやーな音がしたが、俺は関係ない。「助けてくれてありがとうございますお姉様!」なんて聞こえたが、本当に俺は関係ない。頑張れロッテンマイヤー。


 さて、ここまでくれば俺にも分かる。リオンはわざと、俺を試しているのだ。

 

 つ、次こそ、俺は選ばなければならない。自分の幸福か、他人の不幸か。


 遂にその時が訪れる。


 お婆ちゃん、お婆ちゃん、荷物がちょいと重いのでは?


 うー、うーと唸るお婆ちゃん。後先考えて行動しろと言いたいが、その荷物には深い訳があるのかもしれない。


 無視なんて、できなかった。


 ありがとうねぇとお礼をするお婆ちゃん。リオンは俺たちの後ろを、黙ってついてくるだけだった。


 男の俺でもかなり苦労した大荷物。お婆ちゃんでは運べなかったに違いない。


「いやー、本当にぃ助かった。実はねぇ、今日はひさっしぶりに息子や孫達が集まってくれるからねえ、久しぶりにご馳走させてやりたかったんだよぉ。どうだい、あんたもさぁ?」

「……いや、遠慮しておこう。家族水入らず楽しんでくれ」

「そうかい? んじゃまあ、ありがとうねぇ」


 ……後悔は、してなかった。


 俺は自分でも気味が悪いくらいスッキリとした気持ちで、今もずっと黙っているリオンを向く。


 怒らせてしまったかな?


「すまないリオン。お前の条件、守れなかった」

「……喉が渇いた」


 そう言ってリオンは、どこからともなくコップを取り出すと、魔法で水を出した。コップには冷やされた水がなみなみと注がれる。


 リオンはグイッと飲むと、残りの半分を俺に差し出した。


「これは美味しい。お前も飲むといい」

「あ、ありがたく頂こう」


 俺に知っている魔法は、主に戦争で使われているものだった。魔法使いとしての需要が一番激しかった頃だ。


 でも俺は、そんな魔法が好きじゃなかった。全てを燃やし尽くす火炎も、全てを呑み込む荒波も、全てを切り裂く突風も、全てを埋め尽くす土も。


 そんな物騒な魔法は好きじゃない。


 遥か昔は、もっと素敵な魔法があったそうだ。空飛ぶ靴や、カラフルなシャボン玉とか、しゃべるケトル、そういう魔法は好きだった。


 リオンは魔法を使った。


 人の役に立つ、素敵な魔法だった。


「美味しい。ありがとうリオン」

「これが魔法だよ。僕が何百年も過ごした人生の集大成。誇りと言ってもいい。容易く気安く人に教えられるものじゃない」

「……そうだよな。理解は、していたんだ。わがままをいって悪かっ」

「だから、僕にとっては君が初めての弟子という事になるかな」

「そうか……んむ?」

「店の中で話そう。さっき、途中で美味しそうなデザートを見かけた。僕がこの国へやってきたというのも、それが理由なのさ。

 偶には、贅沢したい」


 リオンはいたずらが成功したように笑みを浮かべながら言った。


 えっと、つまり。


 ……


 よく分からんが、奢ろう。


〜〜〜〜〜


「女性が嫌い、というのは嘘じゃない。だからといって僕は全ての女性が嫌いだなんて言うほど心は狭くない。広い目で見れば、女だって男だって同じ人間だから。

 まあ、僕は男も嫌いだけど」


 リオンは蜂蜜とバニラたっぷりのパンケーキをパクパクと食べながら、そんな心が狭いのが広いのかよく分からない事を言った。


 それ、3皿めだぞ? いいかげん口の中が甘ったるくならないのだろうか。コメントは辛口のままなので、しばらくは心配ないのかな。


「結局、どうして引き受けてくれる事になったんだ? 俺はお前の出した条件は守れなかったんだぞ」

「欲に目がくらむ人間は信用できない。嫌いだ。迷子の少女を無視して、襲われる女性を見放して、困った老婆を蔑ろにする人間なんて、好きになれるはずがないじゃないか」


 次、4皿目。砂糖たっぷりの揚げパンだった。きっとリオンは、世の女性が羨む体質を持っているのだろう。俺もそこまで食べたら、少しは太りそうなものなのに。


「だから、ライトは合格だ。全てに対処した。僕はお前が大好きになった」

「やっぱり、バレていたか」

「見くびらないでくれ。僕の名前はリオン。お師匠様から三日月の(しるし)を授けられた天才魔法使いで、お前がこれから魔法を教わる相手なんだから」

「リオン……感謝する」


 俺も、頑張って2皿目にいってみようかな。甘いものは大好きだが、うん、念の為にコーヒーもたっぷり頼んでおこう。


 目の前に出された生クリームたっぷりのケーキを見て、俺は冷や汗を流した。


「ところで、何故お前は僕に魔法を教わりたいんだ。 何か理由あっての事なのか?」

「特に大した理由はないさ。誰だって一度は憧れるものだろう。魔法というのは」

「そういうものか?」

「そういうものなんだ。俺も聞きたいんだが、リオンはいつも何をしているんだ? 魔法使いに旅は必須だといっても、目的くらいあるだろう?」

「もちろんある。店員さん、お代わり」


 な、なにっ、5皿目だと!? どうなってるんだリオンの胃袋は。いや量は男なら問題ないとして、そこまで甘味を食べて飽きないものなのか?


 少し、リオンの日常生活が心配になってきた。いつも朝ごはんは摂っているのか聞いてみようかな。美味しそうにプリンを頬張るリオンを見て、俺はそう思った。


「僕の目的はある魔女を探す事だ。かれこれ500年は生きてるであろう魔女だ。といっても、見た目は恐ろしいほど若いけどな。ライトも、いつか会う事になったら僕に伝えてくれ」

「もちろん、そうしよう」


 そういえばリオンも何百年も生きているみたいな事を言っていた。魔法使いというのは、常識が通じないとみて良さそうだ。


 見た目だけでいうならアリア以上に弟なんだけど、歳だけでいえばサティー以上だとは、奇妙なものだな。


 ーー結局、リオンは店の人間が苦笑いをするくらいに食べ尽くし、せっせと料理を運んできてくれた若いウェイターには、同情やら哀れみやらの視線をいただいた。安心してくれ。金ならある。


 ……魔法。


 俺にもできるだろうか。リオンが教えてくれる事になったとはいえ、心配だった。


「あ、ライト様〜!」


 家に戻ると、早速メリーが迎えに来た。


「よかった、うまくいったようですね!」

「まだ俺は何も言ってないぞ」

「そんなの見れば分かりますよー。なんたって私は出来るメイドですから。ライト様の顔を見れば一発です! 頑張ってください! ライト様ならきっと大丈夫ですよ!」

「……」


 どうしてなんだろう。なんの根拠もないメリーの発言に、俺はとても安心していた。


 大丈夫。と、思えてしまうのだ。


 俺が玄関でもたついていたせいで、他のみんなもやってくる。


「お帰りなさいませライト様。あ、先ほどはご安心ください。暴漢めらは兵に突き出してやりましたから」

「あら、ご主人様。何だか嬉しそうですね。何かいい事でも……ってミレイ! 走らないの!」

「だってみんな来てるから私も来なくちゃって思って。もうお説教は後にしてよね。アーリサー! こっちこっち!」

「ん……分かってる。大きな声、出さないで」

「おや、皆様お揃いのようで。丁度良かった。サティーが食事の支度ができたから、皆様をお呼びするように、と。今日は腕によりをかけてのご馳走だそうです」


 賑やかだなぁ。


 アリサの低血圧は心配だが。ロッテンマイヤーにマナミー、ミレイとハロルドまで。ここにはいないサティーも、よく働いてくれている。


 アルカヌム家に対し、この数のメイドや執事は常識的に見て少ないだろうけど、俺は一度も不満に思った事はない。こんなにも、幸せなんだから。これ以上高望みをするとバチが当たる。


 俺は、満足すぎるほどに満足なのだ。


「それは楽しみだ。行こうか、みんな」


 俺にはもったいない多くの幸せ。


 他の何よりも尊く、これこそまるで、俺にとっての魔法のようなものだった。



「はい、ライト様!」

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