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1. お月様は見ている

◇◇◇◇◇


 私は名をメリーと言います。この度は、メイド組合を通してのお仕事の為、商いによって栄えたアルカヌム家の館に来ました。


 実は、私にとってこれが、初めてのメイド仕事です。緊張しないはずがありません。それに、アルカヌム家といえばこの国一番の商人です。噂では、王家の次に莫大な財を持っているとか……まあそんな事はいいのです。


 アルカヌム家当主、ロメルドさんはお話のあった通り謙虚な方で、館はそれほど大きくありません。


 その館には私の他に、あと5人のメイドと、1人の執事がいます。その内1人のメイドは、私のよく知る人でした。


「先輩!」

「まさかとは思ったけど、メリーってやっぱり貴女のことだったのね」


 名前はロッテンマイヤーさん。確か歳はもうすぐさんじゅ……いえ何でもないです。きっと20くらいです。きっと。


 先輩は家事スキルを軒並みマスターしています。私は先輩の出来ない事を知りません。いわゆるベテランメイドとは先輩の事なんです。だからこそ、この館にいると思います。


 そして私はーー


 普通です!


「何で貴女が選ばれたのかしらねぇ?」

「そうですよね! ナゾですよね!」

「偉そうに言わないの。さ、顔合わせは済んだんだし、私たちはもう行くから。あぁそうそう、ここでは当主のロメルド様をお館様。ご子息であるライト様の事をご主人様とお呼びするようになってるから」

「え、そうなんですか?」

「理由はいつか分かるわ」


 そう言って応接間から出て行く先輩達の代わりに、遅れてやってきたのはロメルド様。ロメルド様は一言で言えば恰幅のよく、優しそうな方です。


 実際に接してみて、本当に優しい人なんだなぁという事が分かります。おめめがお肉に押されて常に笑ったような顔も、まるで母のような温もりを感じます。


 余談ですが、俗に言うぽっちゃりな方は結構モテモテだったりします。裕福な証拠ですからね。だから貴族の方々は、わざとお太りになる方もいるそうです。大変ですね。


「君がメリーだね」

「はい! メイド組合からやってきましたメリーです! 今日からよろしくお願いします!」

「うんうん、元気があっていいね。公の場でない時、私の事はロメルドと呼んでいいよ」

「そんなっ!? 出来ませんそれは!」

「ごめんごめん。うーん、こういうところは君達頑固だからなぁ。最近私も分かってきたよ。なら、息子をご主人様と。そして私の事もご主人様と同じように呼ぶのは分かりにくいから、そこは好きなように呼んでくれ。

 まあそんな話はいいんだ。早速だけど君にやってもらう仕事を言うよ」


 どんとこいです!


 ……あ、でも。


「話を遮るようで悪いのですけど、私はそんなに優秀ではないのでして。メイド組合でも成績は中の上。あ、いえ中の下、くらいでして……こんな立派な館のご期待に添えられるような仕事が出来るのかと一抹の不安が。もちろん! 努力は一所懸命させてもらうつもりですけど! ご迷惑はお掛けしたくないですし……」

「あー大丈夫、大丈夫。そう気負わなくていいよ。もう知っていると思うけれど、君の他にもメイドと執事がいる。皆とてもしっかりしていてね。君は焦らず確実に、仕事を覚えていけばいい」


 なんと慈悲深きお言葉。このメリー、とてもやる気出てきました!


 優しい配慮に甘えず、日々メイド道を極めたいと思います!


「話を戻すよ。さっきも言った通り、君の他にもメイドはいるんだけど、この人達にもできない事を君にさせるつもりなんだ」

「……あれ? お前私の言葉聞いてました?」

「ん?」

「ああっ、いえ、何でもありません! ゴホンッーー先輩達が出来ないよう事を私が、ですか?」

「そう。適してる、と言ってもいい。とにかく君には、私の息子の世話を頼む。仕事内容はそれだ。それだけでいい。掃除やその他の家事は二の次でも構わない」


 なるほど。先輩は歳が離れ……ともかくライト様と歳が近い私が任されたんですね。それだけじゃ私の選ばれた理由は腑に落ちないところがあるけれど。


 仕事内容は理解しました。


「ロッテンマイヤー達にはもう伝えてある。君は今日から、息子の為に働いてくれ。……あいつもそろそろ、人を使うという事を教えておいた方がいいだろうからね。

 ここだけの話、あいつは私の後を継ぐ気がどうもないらしく困ってるんだ。よければ君があいつの良き道標となってくれるのを願っているよ」

「了解、です」


 拝啓 お母さん。私、ひょっとすると想像以上に責任重大かもしれません。


〜〜〜〜〜


 扉の前で深呼吸。


 すーはー、すーはー!


 すーすーすーすー!


 ケホッケホッ……深呼吸をするつもりが、いつの間にか過呼吸になってました。うっかりな私はいつかひょんな事で死んでしまいそう。


 コホンッ。改め、私は深く息を吸って、〈メイド基本術 耳触りにならないノック〉を行使します。中から、若い男性の声が『どうぞ』と言うのが聞こえました。


 失礼します、と私は一言。


 すると……


 そこには、私の想像していたライト様はいませんでした。どんな想像をしていたのかというと、ぶっちゃけロメルド様のミニサイズを思い浮かべていました。


 けれども、実際のライト様を見て私は確信しました。


 ーーあぁこれ母親似ですね


 失礼かもしれないので、もちろん、心の内に秘めておきます。


「初めまして。私はメリーと言います。この度、ご主人様のお世話を任されました。ご用の際には何なりとお申し付けください」

「……そうか」

「……」

「……」


 沈黙が続きます。ライト様は私の事など気にせず、読書を再開してしまいました。本来ならここで、ジッと主の命令を待つのがメイドたる私のお仕事なのでしょうが。


 アグレッシブなメリーにとって、これは結構辛いものがあります!


 何でも!


 何でもいいから言ってください!


 願いは通じたのか、本から目を離して、ライト様が私を見ました。


「ああ、そうだ」

「はい何でしょう!」

「ロッテンマイヤーを呼んでくれ」

「……了解です!」


 確かに、ライト様は私に仕事をくださいました。他のメイドを呼べ、という中々鬼畜な命令を。


 あぁなんだろうこれ、つらいよぉ。所詮初心者メイドの私って、やっぱりこの程度なのかなぁ。つらいよぉ。


 意気消沈しながら、私はおとなしく先輩を呼びに行きました。先輩は一瞬怪訝な顔を浮かべて、それから何かに納得すると、すぐさまライト様の部屋に向かいます。


 途中、私に一言くれました。


「ライト様は、ああ見えて優しいお方なのよ。でもそれを表に出す事を、まるで憎むかのように嫌がっているの。あれはもう性格ね。だから絶対、褒めたりしてはダメよ。機嫌を損ねるから」

「つまり、面倒くさいお方なんですね!」

「……言っておくけれど。私にとってはお前の方が面倒くさい存在というのを肝に銘じておきなさいな」

「ひいっ、ごめんなさい!」


 はぁ疲れる。とでも言いたげにげんなりとした表情を見せていた先輩ですが、ライト様の扉の前に来ると、それはもう呆れる程の綺麗な笑みを浮かべます。


 そして、〈メイド高等術 耳心地の良いノック〉を行使して、それはもう呆れを通り越し褒めたくなる程の綺麗な声を出します。


 流石は先輩、ベテランでした。


「何かご用でしょうかライト様」

「ん……ロッテンマイヤー、俺が紅茶を苦手としているのは、もちろん知っているな」

「はい。ライト様が好まれるのは、冷えた水でございます」

「喉が渇いた」

「既にご用意しておきました」


 何っ……!?


 確かに、先輩の手には結露の発生したコップが握られていました。


 さっきまで何もなかったはずなのに。


 先輩はそのコップについた水滴を軽く拭き取り、ライト様にお渡ししました。


 ライト様は美味しそうに水を飲むと、空になったそれを先輩に返しながら言います。


「やはり、ロッテンマイヤーの入れた水は美味しいな」

「お褒めにあずかり光栄です」

「この水をどう入手しているのか、また聞いてもいいか?」

「もちろんです。この水は当然、井戸からでは手に入りません。お館様の伝手を使い、特別なルートから仕入れております。保存状態を良好にしておく為、いつもは地下の冷蔵室に保管させています」

「そうか。よく分かった……ところで、俺が甘いものを好んでいるのは知っているな」

「特にクッキーを、ですね」

「ああ。例えば何かをミスした時には、クッキーをすぐに用意する事で、大抵の事は水に流せる。凄いなクッキー」

「凄いですよね。クッキー」

「あとは……」

「……そういえばライト様、今日は剣の鍛錬はどうでしたか?」

「っ……そう。それだ。俺は毎朝、庭で剣の鍛錬に励んでいる」

「見られるのがお好きではないようですから、終わったのを見計らい、タオルと水をご用意させていただきます」

「うん。分かっているなら、いい」

「……浴室へご一緒するのも」

「駄目だ! けしからん!」

「は、はい。その通りです。絶対に、ダメですよね。分かっています」


 その後もお二人は、私の事なんか忘れたように話し合っていました。


 内容はとても興味をそそられるものだったのですが、余計に悲しくも感じました。だってそこにはやっぱり、私はどこにもいないのです。


 自分がわがままを言っているのは十分理解しているんですけど。


 つらいよぉ


 仲間外れにされているようで。


 ……つらい……な


◇◇◇◇◇


 「第7012回 アルカヌム家執事アンドメイド反省会」が始まりました。私にとっては記念すべき1回目です。この会は毎日行われています。


 反省会は基本、執事のハロルドさんの部屋にて行われます。お仕事の都合上、参加するメンバーはまちまちなのらしいですが、今日は私の歓迎会という事もあり、珍しくメイドと執事の全員が出席してくださる盛大な反省会です。


 そんな席で私は、1人項垂れていました。


 ……あれからロッテンマイヤーさんが去ったあと、結局私は一度もライト様とお話しする事が出来なかったのです。


 ライト様は何も命令なさらずに。


 私の事など、いないように。


「私ぃ、向いてないんでしょうかぁ〜。ライト様に、何か嫌われるような事をしてしまったんでしょうか……あぁもーう、ダメです。ダメな子メリーです。よろしくお願いします」

「なんて自己紹介の仕方よ。ほら、しゃんとしなさい。お前は一応、アルカヌム家に仕えるメイドなんだから」

「先輩!」

「ま、すぐにいなくなるかもしれないけど」

「先輩ぃぃ……!」


 あれれ、私の目から流れるこれは涙? おぉ神よ。お聞かせください。もしかして私、先輩から嫌われてる?


「メイ、意地悪」

「で、でもメリーが」

「意地悪なのは、キライ」

「そんなぁ!」


 あの先輩を。成績優秀でつっけんどんで猫被りの得意な先輩を手玉にとるのは、もう1人の若いメイド。


 私は15歳です。


 そして彼女はきっと、私よりも若いメイドだと思います。……私なんかより、よっぽどライト様の側にいられるようなメイドです。いっその事、替わってもらえないでしょうか?


 名前はアリサさんです。アリサさんは涙目の先輩を無視して、私に手を差し伸べてきました。


「気にしないでメリー。初めから全部上手くいく人なんていない」

「私は完璧だったけど」

「メイは今黙ってて。……だから、落ち込むのはそれくらいにしよ。今日はメリーの為に、お酒の許可も頂いているから。今夜はほろ酔い気分で、明日また頑張ろ?」


 ……


「貴女が天使でしたか」

「アリサだよ」

「ううん、聖母かもしれない」

「アリサだよ。子供いないよ」

「いっそ神様だ! 神様聞いてください。私、先輩から嫌われてるかもしれません!」

「アリサだよ。それは……」


 神は言いました。


 神の如きお声で。


 神の如き微笑みと共に。


「誤解だよ。メイはメリーの事、キライじゃないよ。むしろ気にしてるの」

「え、でも……」

「メイはわざと冷たくして、メリーにはっぱをかけてるの。だって、メリーは自分に自信がないでしょ?」

「それはっ、本当の事ですし」

「うん、そうかも。だからメイのもう一つの心遣い。早めに現実を見せて、辞めさせようとしているの。その方がお館様の迷惑にもならないし、メリーにとっても楽な道。……身の丈を超えたお仕事が、必ずしも良いとは限らないからね」

「な、なるほど。先輩が、私の事」


 ちらり。


 私は感激しながら、先輩を見つめました。先輩はいつものように鋭い目を吊り上げながら、ほんのりと頬を赤く染めていました。


「ば、バッカ! 別に、私みたいはエリートにとって、お前の事なんてどうでもいいに決まってるでしょ。あーほんとほんと、全然辞めても構わないのよ。というか辞めるならさっさと辞めてちょうだい。せいせいするから」

「変に付き合いが長くなると、いざ別れがツライものね」

「アリサ!? 何で今日はそんなに饒舌なの! そしていつもより私に強気に元気! でもそんなアリサも可愛い!」

「離れて。暑い」


 先輩は……私に冷たくしていた。でも今の私の胸の中は、とても、温かかった。


 しかしまさか! あの先輩が私の事をそんなにも考えていてくれたなんて。これはもう驚きですね。嫌われてるんじゃなくて良かったです!


 先輩! 一生ついていきます!


「……なによ。ジロジロ見て。言っておくけれど、アリサの言った事はほとんど間違いだから! 勘違いしてはいけないわ。仕事中は絶対に私の足を引っ張らないでね。このベテランメイドに傷をつけないでね!!」

「先輩、そんな事言って、頬が赤いですよ」

「お酒よ馬鹿!」


 ツンデレ疑惑の発生した先輩はおいておいて。他にもメイドがいる事を忘れてはなりません。執事さんもです。


 彼彼女らは私達を孫でも見るかのように眺めていました。それもそのはず。執事さんに至っては、もうお爺ちゃんという歳なのです。


 だけど、ハロルドさんは実年齢よりお若く見えます。このダンディーな姿。一部の若奥様には大人気間違いなしです!


「話もまとまったところで、私も自己紹介といきますかな。昼にも名乗りましたが、私は名をハロルドと言います。ご存知の通り、アルカヌム家の執事を務めております」

「確かハロルドさんは、一番最初にロメルド様にお仕えしたのよね」


 先輩の言葉に、ハロルドさんは頷きました。その一瞬だけ、彼が年相応の顔を見せました。本当に一瞬だったので、私の気のせいかもしれません。


「ハロルドの次に、私ね」


 ハロルドさんより少し若い。つまりおばちゃんの熟練メイドさん、サティーさん。きっとお菓子作りが得意に違いないです! シチューとかも!


「私が入ってようやく、この反省会は出来たのよ。だから私とハロルドは、第1回アルカヌム家執事アンドメイド反省会を体験しているの。凄いでしょ」

「懐かしいですなぁ。あれからもう、二十年……ロメルド様もライト様も、大きくなられて」

「あーやめてやめて! ストップ! 2人して何を昔話してるの! そんな話聞いてると私までおばちゃんみたいじゃない! 気が滅入るったらありゃしないわ」



 彼女はもう1人のおばちゃんメイド。名前はマナミーさんです。……といってもサティーさんが食堂のおばちゃんなら、マナミーさんは行き遅れの妙齢美女。


 なんて無礼な事を想像してはいけません。マナミーさんはちゃんと、息子も娘もいるそうです。


 実はマナミーさん。歳の離れた妹がいます。何を隠そう、その妹さんこそ最後のメイドの1人、名前はミレイさんです。


「お姉ちゃんはもうしっかりおばちゃんだけどねー」

「うっさい。あんたも油断してると、すぐにおばちゃんになるわよ……独身のままね! ハっ!」

「ううっ、いいもん! 私はもうすぐ、ハンサムでお金持ちな男を捕まえるんだから! お姉ちゃんの旦那さんみたいな、猫背で牛みたいにでかくて、何それ人間ハイブリッドォ? なんかじゃなくてね!」

「なっ、あれでもカッコいいところあるんだから……って何言わせるのよお馬鹿!」

「馬鹿って言った! 馬鹿って! 私妹なんだからもっと可愛がってよ!」


 実に仲が良さそうでなによりです。


 私も実家にいるであろうお兄ちゃんとお兄ちゃんとお兄ちゃんと弟と弟と弟と弟と弟を思い出しました。元気にしてるかなぁ。今頃、また新しい弟が出来ていたりして。


 はっ、そうだ。私これでやっと仕送り送れる! だいたい当初の目的ってそれだったよ。忘れるところだった危ない危ない。メリーは家族思いの良い子になりたかったのです。



「思い出がーー」

「ですねーー」


 ……


「お姉ちゃんがーー」

「そっちこそーー」


 ……


「うっとうしいのはキライーー」

「悲しい! でも止まらない衝動ーー」


 拝啓 お母さん。私は、まだ頑張りたいと思います。


 頑張れると、思います。


 ひとまずの目標として。明日こそ必ず、ライト様とお話をするのです!



◇◇◇◇◇


 一方その頃、リビングにて。


 ーーパチッ


 駒から放たれる乾いた音。


 ーーパチッ


 父子(おやこ)はボードゲームをしていた。静かな空間で、息子と打つ「勇棋王」という駒遊びを、ロメルドは密かに楽しみにしている。


『ーー!』


 ……今はその、静かな空間とやらとは、かけ離れているかもしれないが。


「何やら、上は楽しそうだね」

「……」

「メリーという子も、上手く輪に入ってくれてるといいんだけどね」

「……」

「そもそも、主人であるお前と上手くいっているのか、私は気になってるんだけど。お前の事だから、どうせ必要のない変な気遣いをして困らせているんじゃないかと」

「何でもいいが父上よ。いくら話を逸らそうとしたところで、負けは逃げてくれないぞ」

「うぐっ」


 盤面は察しの通り、ライトが優勢であった。ロメルドの陣では、

『砦』も崩され、『兵』も『民』もボロボロ。


 昔はまだ良い勝負になっていたが、この頃はというとライトの連勝連勝。ロメルドではすっかり敵わない相手になっていた。



「うーん、お前はこういう、頭の使う物が得意だなぁ。母さんに似たのかな?」

「……母さんもしていたのか」

「ああ。暇な時は相手をしてもらっていたんだけど、遂にあいつに勝つ事はなかったなぁ」

「そっか」

「そうだよ。そういえばあいつはかなりの打ち手だった。お茶を入れるのも上手いし、何をやらせてもそつなくこなす秀才だったなぁ。いやはや素晴らしい妻で」

「何でもいいが父上よ。いくら口を開いたところで手を動かさないと、駒は勝手に動いてくれないぞ」

「うぬぬ。容赦のないところは、私に似たのかぁ……?」


 結局、戦局を巻き返す事はできずに、ロメルドは戦の終わった盤上を見つめて反省会を開いていた。


 ライトはというと、同じ部屋にいるものの読書をしている。


「何故だ。私はどこで間違えた? 最初は優勢だったはずなのに……」

「……」

「何でだ。誰か教えてくれないかなー。私ちょー困ってる」

「……」

「ちょー困ってるんだがなぁ」

「……はぁ」


 これでは集中出来ないと、ライトは顔を上げた。父のロメルドがわざとらしく、しきりに首を傾げて悩み続けていた。軽くうざったい。


「父上も商人なら、何か対価を支払っていただきたいものだがな」

「失敬な。仕事とプライベートは割り切っている。今の私はただの親だよ」

「みっともない親で困る」

「そんな事ないぞライト! お前の父は本当は凄い奴だからな!? 一つ口を開けば人が動き、二つ口を開けば金が動く。三つ口を開けば国が動き、口を閉ざせば世界中の閑古鳥が鳴くーーと言われるほどの男だからな! 凄いんだぞ。商人ロベルトは。最近だって新たな事業に取り組みーー」

「すまない父上。仕事の父とプライベートの父は割り切っているんだ。今の父上は、ただの親だよ」

「ぐぬぬ……」

「じゃあ、俺はもう寝るから」

 

 本を片手に、 部屋から出て行こうとするライト。しかし、ここで黙って出ていける性格をしていない。


 振り返り、残念な父の姿を見た。仕事では確かに、いつも自信満々で失敗を恐れない姿でいるが、家の中ではよく弱音を吐いたりする。


 それでいいと思っている。家の中を、そういう居場所にしたいと思っている。


 だから今日も明日も。


 ライトは、「勇棋王」で負けないのだ。


「ーー父上は攻めが激しい。だが、その分どうしても守りが弱い」

「そういえばお前は、鉄壁だな」

「隙をついて一突きすれば、たちまち陣が崩れる。黙ってジッとしているのも考えものだが、時には慎重に動く事も忘れないでくれ。いつか、期はくる」

「なるほど」


 ライトが去った後、ロメルドはしばらく考え込んでいた。


 仕事とプライベートは割り切っていると言ったものの、ロメルド程度の商人となれば、どうしても頭を仕事に結びつけてしまうのは仕方のないことだった。


「……慎重に、か。私は少々、自分に自惚れていたのかもしれんな」


 後日談ではあるが、商人ロベルトが立ち上げた一大プロジェクト、「海を越えての企業拡大」は急遽中止となった。


 誰も成し得た事がない、海を越えるとはあまりに無謀な話ではあったが、その話を自分から取り下げるのも身勝手な事だった。


 しかし、予定されていた航海日。一年に2度あるかないかの大嵐が国を襲う。もしも海に出ていたのなら、船は無残に沈んでいったのは想像に難くない。


 こうしてまた、商人ロベルトの伝説は増える。曰く、彼は天すら支配するーーと。

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