第7話 暗闇の底
いや寒いですね。体調に気を付けてお過ごしくださいね。では第7話どうぞお楽しみください。
ヒュォォォ
キンジは風の音を感じながら何も抵抗せず落ちている。最初は見えていた49層の松明などの光はもうなくなった。どこを見ても暗闇。
(なんでこんな目にあっているんだろう。僕は死ぬのかな?)
今足掻いたって落ちている現実には変わらない。死を覚悟してその時を待っている。落下して数秒たつがまだ落ちたまま。どうせ死ぬんだから、と何も考えずにいた。
じょじょに風の音すら聞こえなくなり、あぁ死ぬんだなと覚悟する。しかし、その覚悟を嘲笑うかのように再び風の音が聞こえてきてどこかで嗅いだことのある匂いが鼻をくすぐった。
(この匂いは...どっかで...確か海の潮の香り...そう潮の...って潮!?)
鼻をくすぐった香りは海に行ったときに嗅いだ潮の香りだった。しかし洞窟の中に海なんてありえないしどうしてだ、と思っていると。
ドボォォォォン
水しぶきをあげながら勢いよく水の中に落ちた。突然のことで息なんて整えておらずすぐに息が切れてしまう。そして息が切れたキンジはだんだん意識がとおくなり暗闇に落ちていった。
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「うぅ...げほっ、げほっ...ここは...」
目が覚めると見たこともない場所にいた。
「そうだ、たしか逃げてる時に橋から落ちて、水の中に落ちて、そのまま...」
自分がどうしてここにいるか確認しながら周りを見渡す。するとそこはさっきまでいた洞窟とは違う感じで明かりをつけなくても大丈夫なぐらい明るかった。それでも洞窟の中にいるのはたしかだった。
ゆっくりと立ち上がり周りは歩いて散策してみる。そこはなにもなく魔物すらいなかった。
「ここはどこなんだ」
なにもないので不思議におもいつつ、ただひたすら歩く。すると青白い光が差し込んでいるところを見つけた。走って近寄ってみると、そこは地上まで穴が開いて月の光が場所をしめすように差し込んでいた。
ちょうどその月の光が差し込まれているところには大きく古びた建物があった。地球でいうと大きな聖堂のような建物だった。
「ここで休むか...」
今日一日でいろいろなことがあったせいで体が疲れて重くなっていた。休む場所がほしかったところなので聖堂で休むことにして、今後どうしようか考えることにした。
吊り橋から落ちて死を覚悟したが生き残った。これは幸運なのか不運なのか、とりあえずそんなことはどうでもいいと思った。あの吊り橋の上でなぜ突然体がうごかなくなってしまったのか。よくよく考えてみたら吊り橋に向かう時に一回木にひっかかって転んだが、テヌミ洞窟にはひとつも木なんて生えていなかった。もうそれはキンジだけを転ばせるような場所に生えていた。そして吊り橋の上で体が動かなくなったときには魔法陣が足元に浮かんできてそれを踏んだら動けなくなってしまった。魔物も魔法を使う時があるがあきらかに意図的だったので違う。
結論は、生徒たちの中にキンジをよく思わないやつがいて...といってもたくさんいるか。でも生徒たちの中に犯人がいるのは間違えないだろう。
「犯人捜しをするよりもとりあえずどうするか」
ここにいたってアイテムボックス中の食糧は残り少ない。
「あっ...そうだ、転移の羽を使えば...」
そう転移の羽を使えばまた戻れるしこの場所ともおさらばできると思い探す...が、ない。
「あれっ、なんで...ないんだ。たしか...」
ここに来る前に転移の羽をどこで使ったか思い出してみる。
(たしか訓練の最中魔石を20個集めるとかいうやつで、ギルに渡して...)
「あの、じじぃぃーーーー」
転移の羽は訓練でギルに渡してそれから戻ってきていなかった。ギルの顔を思い返しながら天井にむかって叫ぶ。
ボカァァァン
キンジの叫んだ声に返すように外から大きな音が鳴り響いた。聖堂の大きな扉をすこしだけあけて外を見てみると驚くような光景が広がっていた。
一匹の大きなヌーみたいな牛が倒れていて、そこに舞い降りてきたのは紅い鱗をもったドラゴン、火竜だ。その火竜は倒れて弱っているヌーにかぶりついて捕食していた。
(そうだここは弱肉強食の世界で、弱いやつは死ぬ、強いやつは生き残る。僕は強くならなきゃいけない)
そう心に言い聞かせて扉をそっと閉じた。
これからどうするか、転移の羽がない以上自力で戻らなくてはいけない。そのためには食糧の確保とレベル上げが優先事項となった。自分のステータスを確認してみる。
キンジ Lv.20
攻撃力 1500
防御力 1600
俊敏性 1400
魔力 1800
得意魔法 『無』
「とりあえずみんなをぎゃふんと言わせるために、Lv.50までいこうかな」
自分をここまで落とした奴らが再びちょっかいを出せないようにうんと強くなってもどってやる。と心に誓った。しかしキンジは後悔することになる。自分がどこで何をしようとしているのかよくわからないまま...。
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時は戻り、キンジが吊り橋から落ちたあとのこと。
「そんな...うそでしょ...」
生徒たちみんな愕然としていた。なんせ目の前で人が見えない底に落ちたのだ。この高さなら死んだも同じだとわかっているので、目の前で人が死んだ、ということになる。中でも一番悲しんでいるのは天音だった。
「ぐすっ...神道くん...こんなのあんまりだよ」
キンジのことを一番いろんな意味で想っていたのは天音だ。当然いろんな意味の中には恋を入っている。いままで思いを伝えられずにいたが、まだ時間があると思っていた。しかしさっき目の前で好きな人が死んだ、思いを伝えらずに。落ちる寸前手を伸ばしたが届かなかった。もう泣くことしかできなかった。
「いったん宿に戻ろう」
みんなの体力はケルベロス戦でものすごく消耗していた。しかも目の前で人が死んで改めて地球とは違う世界で簡単に人の命は失うと思い知らされた。全員戦意喪失状態なので洞窟のなかにいるのは危険だと大和が判断し宿に戻ることとなった。
勇者の宿の食堂。夕食を済ませて話し合いをするはずだったのだがその場の空気は重く誰も料理を食べる気にはならなかった。
「みんな、聞いてくれ。これからなんだが...」
大和がこの場の重い空気を何とかしようと話し始めるのだが、それは逆効果だった。
「これから?目の前で人が死んだんだぞ、またあいつとたたかえっていうのか!!」
「そうよ、あんなのに勝てっこないよ...」
大和が話しはじめようとした内容が悪かったのかみんなから否定の言葉が飛んできた。
「そうだ、神道くんは死んでしまった。でも僕たちは前に進まなくてはいけない。地球に帰るために乗り越えなきゃいけないんだ!!」
きびしい口調で返す。またその場の空気が重くなった。するとギルが扉を開け食堂に入ってきた。
「ちょっといいか、話がある。さっき上に連絡した。これまでのことと1人死んでしまったこと全部だ。これからまたあのケルベロスに立ち向かわなきゃいけない。そして次はだれも死なせてはいけない。誰も死なせてはだめだ。もし勝ったとしても、この世界をもっと知らなくてはいけない。よってこれから訓練の最終目標はテヌミ洞窟70層攻略とする!」
ギルが言った上とはアルカデア王国にいる大臣たちだ。訓練で勇者一人を死なせるという例外な出来事により、魔界軍と戦う前にこの世界について知らなくてはいけない。そのため訓練での最終目標はテヌミ洞窟70層攻略となった。
50層に行く前にこれだけ厳しい戦闘をして結果的に撤退となって、一人が犠牲になった。これからもっと厳しくなるためこのままでは死人がまた出てしまう。魔界軍との本番の前に勇者を貴重な戦力を減らすわけにはいかないのだ。
「あと俺にも責任がある。そばにいながら何もしてやれなかった。しかも転移の羽を渡し忘れたままだ。もし生きてたら戻ってきたかもしれない。これからは全力でサポートするつもりだ」
「ギルのせいじゃない。あの高さから落ちて助かるはずがない。何もできなかったのは僕たちもだ」
「僕たちは地球に帰るためにこの世界を救わなきゃいけない。そのためには僕たちが強くなって魔界軍に勝つしかない。この世界をもっと知りいろんな経験をしなくちゃ勝てないだろう。あのテヌミ洞窟で満足してたら井の中の蛙だ。あのケルベロスには勝てなかった。僕たちの経験とレベル不足で神道くんが死んでしまった。彼のためにも地球に帰るために頑張ろう」
彼の言葉を最後に話し合いは終わった。
みんなが寝沈みに入ったころ、時間帯は深夜。宿の裏で人影があった。
「約束は果たしたぜ」
「よくやってくれたのお。こっちも手間が省けたわい」
裏で話していたのは清水グループとウィルだった。
「それで報酬はどのくらいなんだ?」
「私にも上の存在はいるのですよ。報酬は話しをとおしておきますよ」
「わかったぜ」
「これからまた何かを頼むかもしれないのでな、そしたらまたよろしく頼みますぞ」
「ああ、わかった」
老人は暗闇に姿を消していった。
「な...なぁ」
「なんだよ」
「俺たちは人を殺してしまったんだよな」
「なんだよいまさら」
「ほかのみんなにばれてないかな」
「何も言われてないからばれてないだろ、別に大事だろ。あの神道を殺ったってだれも困んねぇーだろ」
「うぅ、悲しんでいる姫川さんを見るのがつらいよ」
「それでも俺たちのものになるかもしれねぇーんだぜ。そのためにあの老人と約束したんだろ」
「そうだよな、俺たちのものになるからいいんだよな、まっててね姫川さん」
キンジを落としたのはこの清水グループだ。しかもそれはだれにもばれていないし、ケルベロスの攻撃で落ちたことになっていた。自分の欲のために人まで殺めてしまった。この三人が心が闇に染まるのは時間の問題となってしまった。
キンジが死んでしまったことはアルカデア王国まで知らせられた。
ガタン
「なに?キンジが...死んだ?」
「えぇ、さっきギルから連絡がありダンジョンの中で戦死だそうです」
「そうか...」
アリスもその知らせを聞いてショックを受けた。勇者たちの中で一番気軽に会話ができるのはキンジだった。一日話した程度だったが、アリス的にはもう友人だったので心が痛くなった。
城の地下ではリチャードとウィルが話しをしていた。
「ご指示通りに、始末いたしました」
「よくやった。どうやってやったのだ?」
「勇者の中に使えるものがいましてな」
「ははは、お前も悪だな」
「これからも使って私たちの都合よく動いてくれるでしょう。その見返りになにか褒美をと」
「そうだな。訓練が終わってある程度ど出歩きできるようになったらこのアルカデア王国でいい地位につかせてやるか」
「伝えておきます。それならいいようにうごいてくれるでしょう」
「そのものたちもこちら側につかせるのはこっちにもたしかに都合がいいな。お前も悪になったなウィルよ」
「あなたほどではありませんよ」
「ふっ」
リチャードは口角をつり上げて不敵に笑った...
次話は四日以内に。今回はキンジ方面と勇者方面で分かれて話しを書きました。次もこんな感じでいこうと思ってます