08 白いリボン
ちょうど3秒。
〈ルミナス王国〉の五人の兵士たちが、風化し始めた。
カナエはショットガンをしまい、ジョッキに残っていたビールを飲み干した。
流石に動揺を隠せないエトワ。
街中での窃盗行為は運営も本気でやめてほしいらしく、かなり重いペナルティーをプレイヤーに課している。それならそんなことができないような仕様にしろ、という意見も多いが、それはプレイヤーの自由を奪うとして、あくまで行動自体は、プレイヤーにゆだねる方針であるらしい。
一方PK行為については、運営としては何も発言していない。
GMマニュアルにはPKについて、「頻発して経済や社会に悪影響を及ぼすレベルのものに対しては収拾させるための処置を検討しなければならない」としながらも、基本的にPKという行為自体は、アトラクションの一つとして認めている。
カナエは、そのアトラクションを楽しんだに過ぎなかった。
が、一般的にPKは、好かれる行為ではない。
戦いたいなら、「決闘」で、正々堂々戦うべきだ、というのが多数派の意見である。
「従順な護衛を倒しちゃって悪いね」
カナエは、そう言ってニヤリと笑った。
全然悪いなんて思っていない、そんな笑みである。
「大胆ですのね……」
彼女は難しい立場だった。
クランメンバーがPKされたことは、遺憾に思うべきである。が、クランメンバーの態度も態度だった。かといって、PKされてデスペナルティーという実害を被ったのは彼らだから、謝るのも思い上がりのように感じている。エトワは、彼らは自分の「護衛」とか「家来」だとは、考えていなかった。
「さて、ここにいると彼らが戻ってきそうだし、俺は行くよ」
カナエは立ち上がった。
「カナエ様――」
エトワは、立ち上がった方江を呼び止めた。
「これを――受け取っていただけませんか」
エトワがそう言って、去り際のカナエに差し出したのは、白いリボンだった。
そのリボンは〈フレンドリボン〉というアイテムで、受け取ると、フレンド登録される。それぞれプレイヤーは、基本設定では三色のフレンドリボンを各色100個ずつ持っていて、渡すプレイヤーは、色によってそのフレンドを、グループ分けすることができる。
カナエは、リボンを受け取った。
「白」の表すフレンド分類が何なのか、カナエにはわからない。
カナエのフレンドリストに、エトワの名前が追加された。記念すべき第一フレンドである。一年前引退するときに、それまでのフレンド登録はすべて解消していた。
「あっ! カナエ様、早くお逃げになって」
「え?」
「わたくしのクランのクランメンバーが、カナエ様をやっつけるために、こちらに向かって来ていますわ」
「報復ってわけね」
流れとしては、ごく一般的な展開である。
PKに対してはその報復としてPKK。PKを受けたのがクランに所属しているプレイヤーなら、クランぐるみでPKKにやってくる。PKKを請け負う、PKKクランなるものも存在するくらい、プレイヤーは実は、PKKが好きだ。
PKではなく、PKKなのだ。
なぜなら、大義があるから。
1、2回倒されれば相手もそれ以上はやってこないだろう。
粘着PKというのは、それがPKKであってもプレイヤーモラルに反する。〈ルミナス王国〉なんてクランは知らないが、口ぶりから、そこそこのクランなのだろう。そんなそこそこのクランは立場もあるから、きっと粘着はしてこない。
そこまで考えて、カナエはしかし、倒されてやるのも癪だなと思った。
「もう、来る?」
「もう、すぐそこまで――」
カナエは、再びショットガンを取り出した。
入り口の扉に向かう。
扉の向こうから、騒がしい足音が聞こえてくる。
カナエは扉を開けて酒場を出た。
扉の前には、剣を構えて筋肥大したベルセルクと、甲冑で身を包んだアーマーソルジャーがいた。
カナエは、躊躇いなくショットガンを撃ち放った。
機先を制された2プレイヤーは、ゼロ距離射撃の連続ヒットを受け、あっけなく沈んだ。
カナエはそのまま路地を出て、プレイベートルームに戻った。
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カナエのプライベートルームは、物が増えていた。
足を乗せるのにちょうどいい高さの丸テーブル、二人掛けのソファー。ソファーの座り心地は最高だった。二人掛けのソファーを一人で独占する幸福を。ソファーは、8万Mもした。
テーブルと合わせて、9万Mの出費。
カナエの所持金は今、1万Mを切っていた。
「極貧生活だなぁ……」
クエストを受けて、狩りでもして、お金を稼がないといけない。
でもその前に、〈ルミナス王国〉の事を考えるべきか。
カナエは、頭を整理して、選択肢を出した。
①何度かPKされて、向こうが襲ってこなくなるのを待つ。
②逃げ回って、ほとぼりの覚めるのを待つ。
③訳を話して和解交渉に持ち込む。
④全面戦争。向こうに白旗を上げさせる。
無難なのは①と②。
面倒そうなのは③。
「……戦争だな」
カナエは、ちょっと考えて決めた。
オペレータールームの6番にVCを繋ぐ。
「ケイさん、いますか?」
『はいはい、ケイです。あぁ、カナエさんか。どうしました?』
「あの、ケイさん――クラン潰す良い方法ありませんかね?」
『……え?』
VCの向こう、ケイは耳を疑った。