84 蜘蛛の群れ
ワームネストのネストコアは、すでにA+ランク以上にはなっている見通しだったが、Sランク程には成熟していないようで、ゴブリンネストのSランクよりも、道中は楽だった。
カナエたちは、さほどの時間も要さず、ワームネストの最深部付近にまでやってきた。エリアランクは、A+程度であることがわかった。GMで構成された他3つのPTも、ちょうどそのエリアに入ったという報告が、ロッシュからもたらされた。
あとは、ボス探しである。
出てくる魔物は強力で、数も多いが、そこはGMのPTである。一人一人が強いために、さほどピンチには陥らない。この頃になると、ようやくカナエは、ショットガンを現出させて、戦いに参加し始めた。
「絶対、私たちが最初にボスを見つけるのよ!」
リナルドの戦いは、一つの芸術だった。
円を描きながら、波の様に滑らかにステップする。
フランベルジェの紅い光の軌跡。
斬りつけられた魔物は、傷口から大量の炎を噴き上げて絶命してゆく。
リナルドのパーソナリティからは少し考えられないような戦い方に、カナエは少なからず衝撃を覚えた。強いだけでなく、美しい――一般のプレイヤーとは、確かにモノが違う。
「見つけたぞ! 上だ!」
ファーザの声に、皆上を見上げる。
太い幹が伸びたその木々の緑の天井に、白い巨大な何かがいる。白い糸が張り巡らされている。
「クイーンスパイダーだ。だが、注意すべきは本体じゃない」
木の幹を伝って、白、黒、赤の子蜘蛛降りてきた。
子蜘蛛といっても、その大きさは1メートルから、大きいものだと2メートルほどもある。そしてその数――視界に映るすべての木の幹を覆い尽くす大軍である。
「イージス、考える時間が必要?」
「頼む」
イージスの答えを聞いて、リナルドがフランベルジェを地面に突き刺した。
すると、剣を中心に花のような赤い魔方陣が浮かび上がり、その外側の輪郭から紅の炎が上がった。構わず突っ込んできた小蜘蛛は、炎の壁にぶつかると、熱風に噴き上げられ、燃えて消えた。
魔法陣の中、GMたちは息を着いた。
「ポム、遠距離からボスに攻撃、できるか」
「うん」
「子蜘蛛は私とファーザ?」
「リナルドとファーザは、ポムの援護に回ってくれ」
「了解」
「了解だ」
「カナエは、ポムと共にボスを――」
イージスは言いかけて、言葉を止めた。
魔法陣の外、群がっていた子蜘蛛たちが、さあっと引き始めたのだ。
「どういうこと?」
リナルドは、魔法陣を解いた。
あれだけの群れを作ってPTを取り囲んでいた小蜘蛛が、あっという間にいなくなってしまったのだ。上を見れば、白い糸を伝って、遠くに逃げてゆくクイーンスパイダーの姿があった。
「追うか、イージス!」
ファーザは、すでにそう言いながら、走り出している。
追うならすぐに決断しなければならない。
ボスがプレイヤーを前にして「逃げる」というのは、普通ではありえない行動だ。バグとまではいかないが、魔物の本質から考えると、その行動原則を逸脱している。
このボスに、一体何があるのか。
何を考えているのか。
その目的は何だ。
――逃げた先で、何を狙っているんだ。
「全員、ボスを追うぞ! 絶対に逃がすな!」
イージスが即断し、全力で走り出す。
ファーザとリナルドが、待ってましたとばかりに駆け出す。
ポムは走りながらボウガンを放った。
『強襲PT、ボス討伐を急いでくれ!』
ロッシュからVCが入る。
『メサイオンが、魔物の襲撃を受けている。ワームネストの魔物だ!』
直後、全てのプレイヤーに速報が入った。
『メサイオンが魔物の襲撃を受けています。冒険者の皆さん、メイイオンを守ってください』
「メサイオンにはボットがいるのではないのか」
イージスが、VC先のロッシュに言った。
『メサイオンを守ってるボットは、今は通常の40パーセント程度しか動かせない』
チッとファーザが舌打ちをする。
逃げるボスに対しての舌打ちだったかもしれない。
ダーン、ダーン!
カナエのシュットガンが火花を散らす。
ボスまでの距離は、なお30メートルほどある。
「ケイさん、どういうことなんですか」
カナエは、個人的に、ケイにVCを入れた。
『カナエさん? あぁ、もう、こっち今大忙しですよ』
「メサイオンが襲われてるって」
『えぇ、その通りです。今プレイヤーにクエストを出しています。でも、これからIN率が下がる時間帯だから、かなりまずい感じです』
「ボットは、機能しないんですか?」
『ゴブリンネストの邪石結晶を浄化するのにエネルギーを使ってて、ボットの生産と維持に力を使えない状況です』
「結晶の浄化は、今じゃないとダメなんですか?」
『すぐにやる必要があるんですよねぇ……』
「ワームネストの魔物が、どうやってメサイオンに?」
『空です。第一陣はジャイアント・マンティスに乗ったプレデター、それが、マンティス系の魔物の群れを引き連れて。――こんなの、誰も予想なんてしてませんでしたよ!』
「第二陣があるんですか?」
『今さっき、本当に信じられない事ですけど、蜘蛛の群れが、ゲートを潜ってやってきました』
「蜘蛛の群れが!? でも、転移ゲートを通れるのは、プレイヤーだけのはずですよね?」
『そのはずでした。でも実際、ゲートから転移して、こっちに来ているんです!』
ちょうどそこへ、カナエのもとに、新たな声がVCとして飛び込んできた。
『カナエ様、私です、エルメルです……!』
「エルメル、さん?」
切羽詰まった様子のエルメルの声。
妖精の女王である。
カナエは、体が熱くなるのを感じた。
『どうかお助け下さい。妖精たちが襲われているのです!』
カナエは一瞬、自分の任務を思い出して躊躇った。
GMとして、今やらなければならない事は、クイーンスパイダーの討伐である。
しかし――カナエは、答えた。
「わかりました、すぐ行きます!」
カナエはそう言うと、オプションタトゥーを操作して、メサイオンへの帰還のボタンを押した。カナエにしか見えない半透明のウィンドウに、「Yes」、「No」の二つの四角いボタンが浮かび上がる。
「ごめん、メサイオンに戻る!」
カナエはそう言うが早いか、「Yes」のボタンを押した。
カナエの身体が、すうっと半透明になって、風化するように消えて行った。
「え!? ちょっと、カナエ!」
リナルドが驚きの声を上げる。
「チッ……全く、日本人はルールを守るんじゃないのか」
「目の前の事に集中しろ、ファーザ。俺たちの仕事は変わらない、あいつを倒せばそれで終わる」
イージスはそう言うと、剣を抜き、クイーンスパイダーの吐き出した猛毒の唾液を斬った。




