77 Sランクネスト初日
――Sランクネスト特別対策室。
ネストをSランク化してから、すでに一時間が経っていた。
攻略イベントは二日後である。この二日間で運営は、Sランクネストの情報を集め、分析し、攻略の作戦を固めなければならない。GM部に所属するエージェントは総出で、Sランクとなったゴブリンネストに行き、情報収集を行う。
『レクスだ。かなり手強い。ゲート番を増やさないと潰される』
『ルシアよ。小っちゃいのは大したことないけど、大きいのが、固いわ』
『こちらポム。ゴブリン、強くなってる。一撃で倒せない』
『オブシウス。ゲートに戻る』
『こちらロッシュ。AチームとBチームのエージェントはゲートに引き返し、各自ゲートを守ってくれ。対策室――想定以上に魔物が強い。ボットだけでゲートを守るのは不可能だ』
対策室――GM統括ライデカーはモニターを睨みつける。
局長以下、全ての管理職スタッフが顔をそろえている。
「ボットを増やす。ロッシュ、持ちこたえろ」
ライデカーの指示で、ボットを監視するボットオペレーターたちが、急いで増援の用意をする。ケイをはじめ、GMオペレーターは、GMから寄せられる情報を片っ端から整理し、攻略総務のサーバーに上げる仕事に追われる。
「クロップ、どういうことだ。いい加減な予想を出すな」
ライデカーが、クロップに噛みつく。
火吹き竜とあだ名されるライデカーと言う男は、その厳しい表情から、いつも怒っているように見られている。実際、彼から発せられる言葉は、常に怒りの火を帯びている。
「総務部長、ボットのエネルギー領域をBラインまで広げても良いのでしょうか」
「Cまでなら大丈夫です」
総務部長のロトが答えた。
開発センター長のクロップは、研究室から上がってくる書類を受け取り、頭を掻く。開発センターが予想していたSランクネストと、実際のSランクネストの様相の誤差が、思った以上に大きそうであるという結論が、早くも出始めている。
「クエスト発注だ。プレイヤーに、ゲートを守らせろ」
「報酬金額はどうしましょう」
「そんなものは自分で考えろ! 何のための管制課だ!」
「はい!」
ライデカーに怒鳴られたのは、メサイオン管制課のクエスト担当である。彼は裏返った声で返事をして作業にかかった。
『ケイさん、カナエです。ゲート付近の魔物は、体格のいいゴブリンをリーダーに、数匹から、大きいいのだと数十匹の群れを作っています。アーマー・スキンが全体的に、若干固くなっています』
「若干って言うのは、どの程度ですか?」
『そう問題にならない程度です』
ケイとカナエのやり取りを聞いていたライデカーは、その視線をケイに向けた。ケイは、ライデカーに睨まれているのに気づき、なぜか言い訳の様に言った。
「か、彼はちょっと違うので、Sランクのゴブリンも、簡単に思えるのかもしれません、は、ははは……」
『すみません、そろそろ落ちて大丈夫ですか』
「あ、はいはい、大丈夫ですカナエさん。長い時間お疲れさまでした」
ケイはカナエにそう返事をして、ちらりとライデカーを盗み見た。
ライデカーは、メインモニターをじっと睨んでいた。
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「ん~、ただいま……」
午前2時過ぎ、奏恵はそおっと扉を開けて帰宅した。
妹の葵はもう眠っている。
リビングの電気を点け、とりあえず椅子に座る。自然とため息が出る。
テーブルの上には、ラップされた野菜炒めの皿と、可愛らしいウサミミの蓋のティーカップが置いてある。炊飯器には、「保温」の横にオレンジ色のランプが点いている。
奏恵は野菜炒めと紅茶をレンジで温め、ご飯をよそい、テレビをつけた。
世界のニュース番組――中国の動物園で、ダチョウが脱走して街中を走り回った挙句、地元の猟師に捕獲されたという出来事が報道されていた。
次のニュース――。
サクラダファミリアの完成から30周年の記念式典が数日後に迫り、スペインには世界中から観光客が集まっている――。アメリカの数学者が提出していたリーマン予想の解答が、どうやら正しそうだと、数学者の団体が発表をした――。レアル・マドリードに移籍したばかりの日本人選手がハットトリックの活躍を見せた――。
ずずずっと、紅茶を啜る。
がちゃりと、葵の部屋の扉が開いた。
「お兄ちゃん、帰ったのぉ?」
青い水玉のパジャマ姿で、葵が眠そうに部屋から出てきた。
「寝てなよ」
「うん……」
目をこすりながら、葵はカナエの向かいの席に座る。
眠りの浅い葵は、真夜中でも、兄が返ってくると目を覚まして部屋から出てくるのだった。
「忙しいの?」
眠そうに、葵が質問する。
「そりゃあ、イベントの前だからな」
「ふーん……」
「明日も、葵と一緒に出勤だな」
「出勤……ぷくく……」
「なんで笑うんだよ」
「だって、お兄ちゃんが出勤って」
「兄が出勤しちゃ悪いのか」
「だって、お兄ちゃん仕事とか……キャラじゃないよ」
「キャラって何だよ。兄ちゃんが仕事するの、そんなに変か?」
「うん、変。お兄ちゃんってなんか、ずっと公園で遊んでるイメージなんだもん」
「マジか……」
「お仕事、大変……?」
葵が、奏恵の顔を覗き込むように見つめる。
奏恵は考えながら答えた。
「まぁ、夜遅くなるのは、続くと大変かな。でも、世間一般の仕事の大変さよりは大変じゃないような気がしてる。パワハラ上司もいないし」
「もし大変だったら、お仕事、辞めてもいいからね」
「お前なぁ――」
奏恵は、ぐいっと身を乗り出し、妹の頬をぎゅっとつまんだ。
「んんっ!? うんむっ、何するの!」
「兄を舐めすぎだ。お前のお兄ちゃんは、電車に轢かれても生きてる男なんだぞ?」
「死にそうだったじゃない!」
「でも死なないんだなぁー、これが」
「そうじゃなくてっ!」
「さて、寝るぞ葵。ご飯、ご馳走様でした」
奏恵は、ささっと食器を洗い場に運び、歯磨きを始めるのだった。




