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74 妖紋石使い

 スプリガンのクランホールは、メサイオンの峻厳の広場近くにある。

 石造り、学校の校舎の一部を切り取ったような飾り気のない二階建ての建物で、いかにも「箱もの」といった風である。


 カナエは、クランホールの門についているインターホンを押した。

 少し間があって、入り口の扉が開いた。

 出てきた人物を見て、カナエは、目を疑った。


 現れたのは、鎧を展開したアーマーソルジャーだった。

 しかしその鎧が、尋常ではない。

 ピンク色なのだ。温かい、桃色のピンク。

 スマートな甲冑姿は仮面ライダーや、はたまた、アイアンマンを連想させるが、そのファンシーさが、全てを台無しにしている。妖精が投げキッスをしている絵がボディーに描かれている。兜の頬にはハートマークと星の印。


 イタ車ならぬ、イタ鎧である。

 カナエは数秒間何も考えられなかったが、最初の衝撃から立ち直ると、頭の中にしまっていた記憶を引っ張り出し、アーマーソルジャーの霊装カタログを開いた。アマソルのセットは、それだけを専門に開発する運営の研究室が、日々新装備の作成に勤しんでいるが、その総数は現在でも9つと、非常に少ない。


 カナエは、すぐにこのアーマーソルジャーの鎧が、既製品でないことを認めた。

 しかし、商品化されていないアーマーソルジャーの霊装は、存在しない。他のクラスはともかくとして、アーマーソルジャーの装備は、全て例外なく、運営が作り出したもののみである。アーマーソルジャーを選んだプレイヤーは、装備については既存の9セットの中から、選ぶしかないのだ。


 カナエは思わず、懐に手を入れて、銃を握ろうとしてしまった。

 チートで、勝手に変な鎧を作り出したのかと考えたのである。しかしカナエは、すぐに思い直した。このゲームは、そうそうチートができるような代物ではない。運営さえ、このゲームのプログラムをコントロールできないのである。一般のプレイヤーに、それを解析することなど、ほとんど不可能だろう。


 とすると、目の前にいるプレイヤーは何者だ――という話になる。

 モンスターの一種、あるいは召喚獣、そういった類の、要するに、プレイヤーではない何か、という可能性もある。が、一目見た瞬間に、このピンク鎧がプレイヤーであると、カナエは認識していた。そう「認識した」ということこそが、この人物がプレイヤーである決定的な証拠なのである。名前やステータスを確認するまでもなく、プレイヤーはプレイヤーを、瞬時にそれと見分けることができる。ちょうど人間が、人間と人形を見抜けるように。――プレイヤーは、そう、できているのだ。


「何か用かな?」


 堂々とした男の声で、ピンク鎧がしゃべった。

 自分がどんな恥ずかしい格好をしているのか知らないのではないかと、カナエは疑った。


「カーンさんに、会いに来ました」


「カーンに? カーンの友人か」


「いえ、確かめたいことがあって」


「確かめたいこと?」


「決闘を、申し込みに来ました」


「決闘……。何ゆえの決闘か、聞かせてもらって良いか?」


「いたって個人的な事情です」


「ううむ……わかった、呼ぼう」


 ピンク鎧は、その場でカーンにVCを入れた。

 クランホールの扉が再び開いた。



「お前か! 俺と戦いたいとか抜かしてる野郎は!」


 カーンは、サラサラの金髪、ショートカットの青年だった。

 ジーンズに赤いジャケット、銀のネックレスをつけている。歳は、16、7と言った所か。――カナエは、自分のイメージと随分違っていたので、少し驚いた。


「相手してもらえるか?」


「あぁ、いいぜ――と、言いたいところなんだけどな……」


「時間がない?」


「……金が無くってな。今日は無理だ、帰ってくれ……」


「金? あぁ――」


 そういうことかと、カナエは笑った。

 妖紋石は高い。このカーンという少年は、見た目こそチャライが、妖精の事はしっかり助けているのだろう。今日はヴァーディクトが町を襲ったし、4月には『破壊者』という称号が引き金になった暴動も起きた。そのたびに、恐らくこの少年は、大量の妖紋石を持って、町に繰り出していたのだろう。


 その結果今、彼には金が無い。

 無駄な戦いで妖紋石を消費している場合ではないのだろう。


 カナエは、金貨を一枚物質化して、カーンに投げた。

 金貨1枚は、10万Mである。

 カーンは、両手でそれを受け取った。


「ファイトマネーだよ。やってくれるか?」


「お、おぉ! よっしゃあ、金さえあれば、こっちのもんだ! どっからでもかかってこい!」


 カーンはそう言うと、一跳びで建物の柵を超え、空中でくるりと一回転し、着地した。ジャケットに両手を突っ込み、そして、引き抜いたその両方の手の指の間には、妖紋石が挟まれていた。


 カナエは銃を引き抜き、挨拶代わりに発砲した。

 カーンは、近くの壁を使って思い切り跳び上がると、両腕を交差し、バッと開いた。同時に、その手に持っていた妖紋石がオレンジに発光し、光線のように、カナエ目がけて突っ込んだ。


「食らえ! 爆炎石だ!」


 ドドドーン――。

 爆発と同時に、石畳の地面がめくれ上がる。

 ニヤリと、カーンが笑みを浮かべる

 その刹那、煙の炎の中から、弾丸が跳んできた。


「うわっ、と……っ!」


 カーンの持っていた石がピンクの弾丸に反応し、目に見えぬ障壁を作った。

 バチンと、障壁に亀裂が入り、次の瞬間、ばしゅうっと膨張した空気がカーンを吹き飛ばした。カーンは回転しながら着地し、再び妖紋石を両手に構える。


 炎の中から飛んでくる弾丸。


「守れ! 壁石!」


 カーンの投げた妖紋石が青く光り、飛んでくる弾丸の前に障壁を作った。

 同時に、オレンジに輝く石を投げる。

 オレンジの石は、くるくると空に飛んでゆき、あるところで急に角度を変えて、カナエの頭上に降り注いだ。


 カナエは、炎の中から飛び出した。

 カーンとカナエ、互いの姿を確認する。

 カーンは、両のこぶし一杯に妖紋石を握り、その両手を突き出した。


「いけぇ! 爆炎!」


 数万M相当の妖紋石が、カナエに殺到する。

 カナエは、ふっと笑みを浮かべた。

 直後、カナエの身体は文字通り炎に飲み込まれ、消滅した。



 決着の五分後、自動的に修繕されゆく道の石畳や石の壁を眺めていたカーンに、メッセージが届いた。

 カナエからだった。

 ――良い戦いができた。ありがとう――


 こっそり戦いを見ていたスプリガンの数人が、クランホールから出てきた。


「やっぱり、カーン様は強いですね!」


 クランホールで雇っている妖精が、カーンに声をかけた。

 まぁな、あったりまえよ!

 ――カーンは景気よくそう答えた。


 しかし内心、全く勝った気がしていなかった。


「(なんであいつ、最後の瞬間、手抜いたんだ……?)」


 爆発の炎が消えてゆくのを、カーンはもう暫く眺めていた。


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