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73 エルメル

 ギルド会館の相談窓口。

 受付の妖精は、カナエがやってくると、はっとして、きょろきょろと周りを確認した。


「これは、カナエ様、今日はどのようなご用件でしょうか」


「あ、あぁ、うん……」


 もう慣れたこととはいえ、やはり恥ずかしさもあるカナエだった。

 周囲のプレイヤーが、カナエが妖精から、名前で、しかも「様」をつけられて呼ばれたことに、かすかにざわついた。妖精に覚えてもらっているプレイヤーは、決して多くはないのだ。カナエに関していえば、ギルド会館で暴れて、結果的にルリを救った事件があった。それ以来、妖精たちはカナエのことを覚え、「様」をつけて呼ぶようになった。


「妖精の女王様に会いたいんだ」


「エルメル様ですね! わかりました、少々お待ちください!」


 妖精が、カウンターの奥に入っていった。

 ここでも、プレイヤーたちがざわつく。妖精の女王の存在を知らない者もいた。そんな女王がいるのか、というざわめき。そして。存在を知っていたとしても、誰でもが女王に合えるわけではない。それを知っているプレイヤーの動揺。


 数分後、妖精が帰ってきた。


「こちらへどうぞ」


 カナエは、妖精に連れられて、カウンター奥の部屋に入っていった。

 階段を一つ登り、小さな廊下。その廊下に面した一室に通された。



「カナエ様、ようこそお起こしに」


 女王エルメルは軽く頭を下げ、礼をした。

 金の髪は銀のティアラで飾られ、その右手には、金の杖が握られている。ふわふわしたドレスを着ている。耳は尖っていて、肌は雪のようである。


「わたくしはエルメル、妖精の女王です。ミムとルリに良くしていただき、ありがとうございます。他にも、貴方に助けられた妖精たちはたくさんいます。妖精を代表して、お礼を申し上げます」


 か、かわいい――と、カナエは見とれてしまった。

 妖精は基本的に可愛いが、エルメルは、その中でも飛び切り可愛いとカナエは思った。女の子を見て心臓が止まると思ったのは、カナエには初めての経験だった。


「は、はじめまして」


「はい。あ、どうぞ、こちらへおかけになって」


 柔らかい物腰。

 甘い香り。

 誘われるまま、ソファーに腰を下ろす。エルメルの淹れたハーブティーに口をつける。爽やかな風味がすうっと口内に広がり、鼻腔と頭を突き抜けた。


「とっておきのお茶です。いかがですか?」


「美味しいです」


 エルメルに笑顔を向けられ、カナエは、呆けた様に答えた。


「良かった。ハーブの妖精が喜びます」


「はい」


…………。

…………――――。

――――――――――――――――。


「カナエ様?」


「はい」


「あの、何かわたくしに聞きたいことがあると――」


「え……? あ、はい、そうです」


「何でも訊いて下さい。答えられることなら、何でも答えます」


「えぇ、ええと……」


 心臓がドキドキいうのを自覚して、カナエは余計に緊張してしまった。

 思わず左胸をぎゅっと掴むようにして、息をつく。


「妖紋石について、聞きたくて」


「妖紋石ですか」


「妖紋石は、誰にでも使えるものなんですか?」


「いいえ。妖紋石は、妖精の加護を受けた者にしか、その力を操ることはできません」


「妖精の加護というのは……どのように得るんですか」


 カナエがその質問をすると、エルメルは一度ゆっくりと目を閉じた。

 それから、つぼみが開くように目を開けて、答えた。


「妖精の心を得ることです。そのことが、加護になります」


「心を得るっていうのは――好意を持たれると言うことですか?」


「それだけではありません。しかしそれも、間違いなく、強い加護になります」


 カナエはこのあたりでやっと、頭が回り始めてきた。


「妖精に危害を加えるようなプレイヤーは、その加護を受けることはできませんよね?」


「……善の妖精の加護は、受けられません」


「悪の妖精が?」


 エルメルは、悲しそうに頷いた。


「邪悪な妖精が与えるのは加護ではありません。力です。ただ力を、悪の妖精は与えます。


「その力を得たプレイヤーも、妖紋石を使うことができる?」


「いいえ。妖紋石の力を引き出すことができるのは、善の妖精の加護を得た者だけです」


「なるほど……」


 つまりそれはどういうことか。

 ヴァーディクトのスリンガーの投げていたのはただの石だということである。妖精に危害を加える者には、妖紋石は使えない。そして恐らく、同じような戦闘スタイルながら、スリンガーと妖紋石使いとでは、その実力は大きく違いそうだ。


 カナエは、その場で早速、ケイにVCを繋いだ。


『はいこちらケイです。何かありました?』


「ノービスの、カーンというプレイヤーのことを教えてください」


『ちょっと待って下さいね。――あぁ~、はい、あったあった。スプリガン所属、スリンガーですね。去年の9月に初ログイン、モンスターハウスのソロ称号持ち。討伐クエスト系の称号もたくさんあとってますね。これ、スリンガーにしては強いなぁ……』


「そのプレイヤー、スリンガーじゃないですよ」


『え?』


「ケイさん、妖紋石って知ってますか?」


『なんですかそれ。ちょ、ちょっと待って下さい、すぐ調べます』


 ケイからのVCが一旦途切れる。

 カナエは、エルメルが、不思議そうな目を自分に向けているのを知って、顔を赤らめた。


『――研究室に訊いてみたんですけど、わかりませんねぇ』


「カーンというプレイヤーの戦闘の映像なんかは、どこかに残ってないですか?」


『ええと――……無い、ですね』


「……実際に戦ってみるしか無いか」


『何か、あるんですか?』


「はい。彼に合うには、どうしたらいいですかね?」


『スプリガンのクランホールに行けば、会えますよ。今ちょうど、INしてます。クランホールにいるかどうかはわからないけど』


「ありがとうございます」


 カナエは礼を言ってVCを切った。

 カナエは、自分のものとは思えない名案が、頭に浮かんできていた。


「――そろそろ、行かないと」


「お役に立てましたでしょうか?」


「はい、とても。ありがとうございます」


「いえ、そんなお礼なんて――……」


「……――」


 立ち上がり、二人は数瞬間見つめ合った。

 互いに何か言おうとして、そのまま固まっている。

 やがて、妙に慌てて、カナエが動いた。


「あ、すみません、もう行きます、はははは」


「いえいえ、わたくしこそ」


 カナエはぺこぺこ頭を下げて、扉を引いた。

 その背中を、エルメルが呼び止めた。


「あの、カナエ様」


「は、はい?」


「また、いらしてください。今度は、また違うお茶を用意して待っています」


「あ、はい。また来ます」


「約束ですよ?」


「はい」


 カナエは短く応えて、部屋を後にした。


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