72 妖紋石
ロッシュからスリンガーの話を聞いた後、カナエは急いでアゼリアに飛んだ。アゼリアの郊外、ダイアン・スミスである。
カランコロ~ン。
ベルが鳴る。
店の奥、工房の方から妖精が一人出てきた。
蝶々のような瑠璃色の翅。
ルリは、カナエの来店に、翅をぱたつかせた。
「いらっしゃいませ、カナエ様!」
「やぁ、ルリ。久しぶり」
「はい、お久しぶりです。あ、あの、カナエ様は、お変わりありませんでしょうか」
「え?」
「あ、あの、すみません、そのぅ……」
カナエを命の恩人と思っているルリは、カナエの前になると、緊張して上手くしゃべれなくなってしまうのだった。
「ルリ、ちょっと教えてほしいんだけど――」
「は、はい! なんなりと!」
「この、ビー玉みたいなのって、どうやって使うの?」
カナエは、太めの竹筒に入れられたビー玉のようなものを指して訊ねた。筒一つで1万M。商品名は――〈妖紋石〉。以前、ショットガンを受け取りに来た時にもこれがあった。そのことを、カナエは覚えていたのだ。その時は、使い方さえわからない落ちこぼれ武器の一つだと思って気にしていなかったが、スリンガーの件で、カナエは急に、これを思い出したのだった。
「投げて使います」
ルリが答えた。
「投げると、どうなるの?」
「爆発したり、壁になったり、色々です」
カナエは顎に手を当てて考えた。
騒動を起こしたスリンガーたちが投げていたのは、普通の石だった。しかし中には、このビー玉――妖紋石投げているスリンガーもいたのではないだろうか。「投げて使う」という道具の性質から考えれば、妖紋石はスリンガーの武器である。
「これは、売れるの?」
「はい」
「どれくらい?」
「これくらい、かな……」
ルリは、両手で丸を作り、袋を抱えるようなジェスチャーをして見せた。何とも可愛らしいが――。
「ええと……このビー玉、いや――妖紋石を買いに来るプレイヤーは、どれくらいいるんだ?」
「一人です」
「一人だけ?」
「はい。私たち妖精を、いつも助けてくれる方です!」
「その人の、名前を教えてもらっていいかな?」
「カーンさんです」
「カーン……」
カナエの知らない名前だった。
カナエは最近追加されたオプションタトゥーの新機能、〈プレイヤー検索機能〉を早速試してみた。
数件ヒットした。
このゲームでは、倫理規範から逸脱したものでない限り、名前は自由に設定できる。重複しても全く問題がない。プレイヤーは個別のID――〈メサイヤナンバー〉を持っているため、それで識別されている。
検索に上がった名前を指でポイントすると、プレイヤーのプロフィールが出てくる。「非公開」に設定していなければ、名前の他にバトルクラスと所属クランが表示される。その他に生年月日や性別、趣味、特技、好きなもの、嫌いな物、コメント……と、プレイヤーが記入していれば、色々な項目を見ることができる。
「その人のバトルクラス、わかる?」
「はい! ええと……あれ、そういえば、カーンさんのクラスって……」
「わからない?」
「わからないです……」
「戦っているのを見たことある?」
「はい!」
「どういう戦い方をしてた?」
「妖紋石を投げて戦っていました!」
「投げて戦う、か……」
基本5クラス――アーマーソルジャー、ベルセルク、ソーサラー、サマナー、プリースト。いずれのクラスも、物を投げる戦闘スタイルではない。ソーサラーの魔法で、物を投げているように見えるものはあるが、ルリははっきりと「妖紋石を投げている」と言っている。
となると、考えられるクラスは一つしかない。
カナエは、「無印」にクラスを絞って検索をかけた。
ヒットは1件。
名前:カーン
クラス:ノービス
クラン:スプリガン
他の情報はない。
しかしカナエは、そのクラン〈スプリガン〉という名前を知っていた。決して大手のクランではないが、その活動の特徴から、運営も注目している。スプリガンの結成・活動目的は何と「妖精を守ること、助けること」なのである。スプリガンの登場によって、クランタイプに「妖精との交流」というのが追加された。
「(ということは、この妖紋石を使うノービスは、町で騒ぎを起こしたスリンガーの仲間ではないな。あるいは――妖精を守るクランに所属する一方で、ヴァーディクトの一員として活動している、そういう可能性もあるにはあるか……)」
「その人は、強い?」
「はい、とっても! あ、でも、カナエ様ほどかどうかは、わかりません」
「並みのプレイヤーよりは強いというわけか」
「はい」
妖精は、実はあまりおべんちゃらを言わない。
弱いプレイヤーには決して「弱い」と指摘することはないが、「強い」と言ったりはしない。逆に強いプレイヤーには、その事を言葉と態度で伝えたがる。妖精であるルリの言う事である、その、カーンというプレイヤーが強いのは確かなのだろう。
「その、妖紋石は、誰にでも使えるの?」
「いいえ、精霊と繋がりのある方でないと、使えません」
「精霊と繋がり……。それは、どういうこと?」
「ええとそれは、あの、ええと……」
ルリは、説明が下手だった。
その上、カナエの前という事で、緊張もしていた。
上手く話せない。ついにルリは降参して、カナエに謝った。
「ごめんなさい、その……女王様なら、詳しく知っています」
「女王様?」
「妖精の、女王様です」
「おぉ! その、女王様に会うにはどうしたらいい?」
「メサイオンのギルド会館にいらっしゃいます! カナエ様なら、すぐに会えると思います」
「あぁ、そう? じゃあ早速、行ってみようかな」
「ごめんなさい、私が無知なばかりに……」
「いや、助かったよ。それじゃあ、また」
「はい、是非また、いらしてください!」
ルリに見送られて、カナエは転移ゲートに向かった。
メサイオンのギルド会館に、カナエは向かった。




