71 スリンガーの暴動
妖精たちに外出禁止令が出たのは、ゴールデンウィークの最終日、日本時間の13時頃だった。昼食から戻ってログインしたカナエは、メサイオンの町の空気がいつもと違うのを感じた。
早速、ケイからVCが入った。
『S―12のトラブルが起きています』
「S-12……」
カナエは、頭をGMモードに切り替えた。
トラブルコード「S」の「10」番台は集団PKに関するトラブルである。その危険度は一の位で示されている。〈S-12〉ということは、集団PKに関するトラブル案件で、現時点での危険度評価が、五段階中の「2」であることを示している。
『10分前に、全ての妖精に外出禁止令が出されました。でも街中にはまだ、建物に逃げ込めていない妖精がたくさんいます』
「救助ですね」
『お願いします!』
カナエは、お祭り気分の浮かれた調子でいるプレイヤーの間を駆け抜け、妖精を探した。メサイオンには広場が11あり、広場を繋ぐ大通りが22ある。小さな路地の数は100を超えている。
『栄光の広場周辺に向かってください』
「了解しました」
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「はっはっは、ほらほら、食らえ!」
「おらおらおらおら!」
広場に行く途中、カナエは、興奮した様子で、何かをひたすら投げているプレイヤーたちに遭遇した。一人や二人ではない。皆、ビギナーに配られる布の服を着て、石のようなものを投げている。
放り投げられた石は、ぴかっと一瞬光ると、矢の様に宙を横切り、他のプレイヤーやNPCや、建物に被害を与えた。カナエは銃で彼らを撃ち殺し、そのまま妖精を探して道を走った。
路地裏に入ったところで、蹲って固まっている三人の妖精を見つけた。
妖精たちは怖がって、カナエが近づいてくると、びくっと体を震わせ、恐怖に目を真ん丸にして、カナエを見つめ返した。
「助けに来た。こっちへ」
妖精たちは、縋るように、カナエの後に続いた。
小さな路地を伝い、三人の妖精を、路地裏の酒場に押し込む。小さな、寂れたような酒場だが、そこには彼女たちと同じように、PK魔と化したプレイヤーから逃げてきた妖精がいて、身を震わせていた。
妖精への外出禁止令が解除されたのは、それから2時間後のことだった。
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カナエは運営局御用達の店、〈アルノの料理屋〉に呼び出された。
店の空気はピリピリしている。
ロッシュのいるテーブルにはすでに、幾人かのスタッフの姿があった。皆、UC課のGMである。その中には、以前カナエが賭け試合をしたソーサラー、ルシアもいた。ルシアの方は、その試合の時すでに、カナエが同じ課のGMだということを知っていたが、カナエは今この瞬間まで、ルシアがGMであることを知らなかった。
カナエは、しかし個人的な会話を楽しむ空気ではないのを悟り、空いている席に座った。カナエの隣には、白銀の髪の少女がいて、カナエが隣に座ると、身を強張らせてうつ向いてしまった。
テーブルにはまだ空席がいくつもある。
酒が運ばれてくる。
一人、また一人と、GMがやってきて、席に着く。挨拶を交わすくらいの関係を持ったGMたちもいるが、全体としてみれば、そのそれぞれには、「友達」というような親しさを感じない。
席が埋まったところで、ロッシュが口を開いた。
「緊急招集をしたのは、知っての通り、やんちゃなスリンガーの件についてだ。集団のリーダーは、キャラクター名――グレンプ。ユーロ圏の若者、特に新規プレイヤーを中心に、カリスマ的な人気を集めている」
妖精が、それぞれのGMに紙の資料を配って回る。
スリンガーというプレイスタイルや、グレンプを中心とした秘密結社、〈ヴァーディクト〉について書かれた資料である。
「Sランクネストのあと、〈アーチャー〉が実装される。まだ公式には発表していないが、俺たちが意図的に流したその噂は、プレイヤーの間にある程度浸透した。それを受けて、連中は運営に対してこんな要求をしてきた――『スリンガーを公式クラスにしろ』――。今回の騒動は、連中の主張活動の一環だ」
「放っておけばいいんだよ。そんなの、一時の流行りでお終いだ」
一人のGMが言った。
何人かは頷く。しかしロッシュは、首を振った。
「そういう類のものなら、俺たちがこうして集まることもなかった。あれは、現状のクラスシステムを破壊しかねない危険なものだ」
「あれが?」
GMたちは先ほどの騒動の中、妖精を助けるために、スリンガーと戦っていた。GMにとっては、どのスリンガーも例外なく、弱かった。あれなら10人来ようが、100人来ようが、負けないだろうと、GMは概ね、スリンガーに対してはそういう評価を下していた。
「連中の怖さは、その手軽さだ。スリングショットは、経験が無くても、一定の火力を得ることができる。極めて早熟なバトルスタイルと言ってもいい」
「どうして運営は、スリンガーを正式なクラスにしないのか」
質問が出る。
ロッシュが答えた。
「一つは、スリンガーに合う英霊が見つかりそうもないこと。そしてもう一つは、スリングショットでは、ある水準以上のアーマー・スキンを破れないこと――この二つが、スリングショットを公式クラスにしない理由だ。スリンガーに比べれば、ベルセルクもアマソルも晩熟と言えるが、秘めている可能性は、極めて高い。スリンガーは、最初は強いが、伸びがない。スリンガーが量産されるようなことになれば、それはプレイヤー戦力の大きな喪失となる」
「課としてはどういう対応を?」
「スリンガーが強いというような噂が広まるのを、止める。運営は立場上、表には、スリンガーだけを差別的に扱うことはできない」
「こんな迷惑行為をしてるんだから、いいんじゃないの?」
GMの一人が、軽い調子で反論する。
ロッシュは笑いながら答えた。
「ヴァーディクトの面々には、ゲーム内できっちり、やったことの対価は払ってもらう。――スリンガーについては以上だ。よろしく頼む」
ロッシュの話が終わると、UC課のエージェントたちは、早々に席を立ち、店を出ていった。




