69 兄の仕事
黒人、ムキムキのスキンヘッド、サングラス。
カナエは、全てにおいて迫力のある男――UC課班長ロッシュと会っていた。五月、Sランクネストイベントのあとの予定――バトルクラス追加についての案件である。
バトルクラスの追加は、ここ数ヶ月、ずっと議論されてきた。
一つのクラスを作るには、まず英霊を立てる必要がある。史書から、そのクラスを守護するに相応しい英霊を探す。勝手に名前を付けて生み出す、ということができないのである。
新たなバトルクラスは、〈アーチャー〉である。
無印プレイヤーの多くが、弓を主体とするバトルスタイルでプレーしていたというのが大きな決め手である。そしてまた、それらのプレイヤーのうち数名は、無印の状態でも充分に戦えていた。
カナエにとって大きな疑問は、どうして今まで〈アーチャー〉がなかったのか、ということだった。アーチャーと言えば、VRMMO時代以前から、RPGの定番クラスである。人気も高い。サマナーよりもよっぽど需要があるのではないか、と思うのだった。
「どうしてなんですか?」
カナエは、ロッシュに訊ねた。
ロッシュは、太い声で答えた。
「この世界じゃ、弓は弱いんだ。古い時代の、人間同士の戦争では主力の武器だったようだが、時代とともに廃れていった」
「飛び道具に恨みでもあるんですか、運営は」
「運営の問題じゃない。あっちの世界と、この世界のルールが違うだけだ」
「そのルールを作ってるのは、運営でしょう?」
「そう思うか?」
「……違うんですか?」
「エボリューション・エンジンのことは知ってるか?」
カナエは、もちろん知っていた。
メサイヤ・オンラインというゲームの、大きな特徴の一つである。プログラム的な内容の事はカナエにはわからなかったが、エボリューション・エンジンは要するに、進化する世界を表現するためのプログラム・情報処理機構である。
「もしかして運営は……それを、コントロールできていないんですか?」
「……まぁ、そういうことだ」
「大問題じゃないですか……」
「その問題を解決するために、俺たちがいる」
「班長、あの――」
「なんだ」
「このゲームからログアウトできなくなったり、こっちでの死が、向こうでの死に繋がるなんていう事は、あるんですか?」
ロッシュは身を乗り出した。
カナエの身体に緊張が走る。
「だとしたら、お前、どうする」
「……今すぐこの会社を、辞めます」
「正しい選択だ」
そう言うと、ロッシュははっはっはと笑った。
「冗談ですか?」
「冗談だ。ここがデスゲームになることはない」
ほうっと胸をなでおろすカナエだった。
今ここには、妹も来ている。もしデスゲームになる可能性が何万、何億分の1パーセントでもあるなら、今すぐ妹をこの世界から引っ張り出して、自分もGMを辞めようと、一瞬で覚悟を決めていた。
「どうしてそのあたりのこと、詳しく教えてくれないんですか?」
「UCはプレイヤー目線でいなければならない。GMとしての情報が毒になることもある。だから――」
「それ、嘘ですよね」
「なんだと……?」
「GMという段階で、プレイヤー目線は不可能です。こういう情報を手に入れている段階でもう、一般プレイヤーと同じ感覚でこのゲームを楽しむことはできません。本当に一般のプレイヤーの感想が欲しいのだったら、GMにする以外の方法で、その意見をくみ上げますよね?」
「……」
「どうして、教えてくれないんですか?」
「はっきり言おう、お前はまだ、信用されていない」
カナエは、頭を殴られたような気がした。
はっきり言われると、やはりショックである。
「お前の知りたがっていることは、運営の機密情報だ。漏洩すれば、運営が傾く。知りたいのなら、GMの仕事をしっかりやってゆくことだ」
部屋から出て、クランホールの階段を下り、アオイにVCを入れる。妹の声を聞いて、何となく安心するカナエだった。
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石柱広場で、カナエとアオイ、そしてアオイと友達になったフツが顔を合わせた。
カナエは、アオイの服装が随分変わったことに驚き、そしてフツの、容姿と不釣り合いに武骨すぎる衣装を見て、戸惑った。――この子は、好きでこんな、足軽のような恰好をしているのだろうか。
「女侍、か……」
「カッコ可愛いよね、フツ」
「そんなこと……」
照れるフツ。
格好と所作が、全然あっていない。
「ところでアオイ、サマナーになったのか!? というか、なれたのか?」
「うん。すごいの?」
「まぁ……あれは才能職だから、なれるプレイヤーは限られてるよ。もう何か召喚した?」
「うん。ええとね……鸞と、赤鬼と、麒麟」
「え?」
カナエは、オプションタトゥーから最新版の幻獣図鑑を出した。
鸞、赤鬼、麒麟――全てSランクの召喚獣である。
「……アオイ、それ、本当か?」
「うん。サマナーって、召喚するものなんでしょ?」
「まぁ、そうだけど……」
カナエは、図鑑をしまい、まじまじとアオイを見つめた。
そして――頬をぎゅっと手で挟む。
「むぐぅうっ! な、何するの!」
「な、何となく……」
「やめてよもう、恥ずかしいな」
仲いいんだねと、フツ。
そんなことないよと否定するアオイ。
「まぁ、何にしても――ここ、楽しいだろ、アオイ」
「うん」
「廃人になる気持ち、わかったか?」
「ちょっとだけ……」
「ならないように」
「ならないよ。お兄ちゃんじゃないんだし」
「馬鹿、お兄ちゃんは仕事で……まぁ、そんなことはいいや。それはそうと――」
カナエは、アオイに近づき、金貨の入った袋を、すっとアオイに渡した。フツに見られないように、体で袋を隠す。
これ何、という目でアオイはカナエを見つめた。
「これでフツちゃんに服買ってあげな。あれじゃあ流石に、あんまりだよ。金は、メサイヤクジにあたったとかなんとか言って誤魔化せばいいから」
「え? うん、きっとフツ、喜ぶと思うけど……お兄ちゃん、良いのこのお金」
「いいよ」
「そうじゃなくて、これ、使い込みとかにならないの?」
「なるか! 俺の財布の金だよ」
「そういう事なら、ありがたく頂戴します」
「そうしてくれ」
「お兄ちゃん、どっかいくの?」
「二人で回っておいでよ。観光ガイドなんかいない方が、かえって観光できると思うよ」
カナエはそう言うと、不慣れにウィンクしてみせた。
そのウィンクが可笑しくて、アオイは腹を抱えて笑った。




