06 デュエルグローブ
「えっ、これ、水鉄砲じゃん!」
拡大した手元には、何と銃ではなく、水鉄砲が握られていた。
いや、仮に銃だとしても、信じられないことである。
ケイは、カナエのモンスターハウスでの戦いの様子に、強い違和感を覚えていた。何度かその時の映像を見返し、遂に気付いたのである。ケイの隣には金髪の少女がいて、カナエの戦闘記録にかぶりついている。
「何だっけ、この水鉄砲」
ケイは、手元のアイテム目録で水鉄砲を探した。
水鉄砲――一昨年の夏のイベントで売り出されたものだ。
だが、こんな強武器だった覚えはない。
何か、特別な補正でもついているのだろうか。
ケイは、開発センターアイテム室にVCを繋いだ。
「あ、アイテム室ですか?」
『おう。――なんだ、ケイか』
「オヤッさん、あの、聞きたいことがあるんですけど」
『何だ』
「一昨年の夏イベントで売られた水鉄砲って覚えてます?」
『覚えてるさ。スナイパーライフルとハンドガン、色は緑と青。ハンドガンの方は二組1セットで出した』
「それのハンドガンタイプのやつなんですけど、あれって、特別な補正付いてたりしますか?」
『ンなもん付いてるわけねぇだろ。お遊びのイベント品だ。だが、作るのが難しくてな。ハンドガンは限定50セット。1セット50万で売り出した』
「たっか!」
『もう全部売れて、在庫はないよ。確か、去年の2月頃に売れたのが最後だった』
去年の二月。
それは、カナエがワンチャンピオンシップを制した月である。
「ち、ちなみにですよ、オヤッさん。その水鉄砲でモンスターハウスのソロSをクリアすることって、できると思いますか?」
『できるわけねぇだろ。聞きたいことってのは、そだだけか?』
「はい、ありがとうございました」
『こっちゃあ今、2月アップデートに向けて大忙しなんだ。下らない用事ならやめてくれよ』
VCが切られる。
ケイは、モニターのカナエに視線を戻した。
その時、メサイオンのマップを表示しているモニターが、ピュンと小さな音を発した。小さなバグの発生を伝えるものである。
バグの種類は――〈憑精〉。
頻繁に起こるバグで、危険度評価は1。
ケイは、バグの起こっている地点の映像をモニターに映し出した。
4つのモニターが、メサイオンの町の一画を映し出す。
映像を見て、ケイは思わず笑い声を上げた。
ワニを分厚くして、白い毛を全身に生やしたような生物――モコゲーターが、路地を暴走している。目が赤く光っているのは、〈憑精〉の特徴的な所見である。
モコゲーターは荷運びのためのオブジェクト・モブで、プレイヤーが大きなアイテムを拾った時などに重宝される。
モコゲーターが引っ張っていた大型の荷車が転倒し、乗っていたアイテムが、路地にぶちまけられた。
「あーりゃりゃ、可愛そうに」
荷車とモコゲーターの雇用主らしき、赤いプリーストドレスを着た女性が、後ろから追いかけている。
「うん!?」
ケイは、モニターの範囲に入ってきたある人影を見つけ、身を乗り出した。
モコゲーターが、その人物に突進する。
ぶつかる瞬間、フラッシュのような閃光が走った。
――モコゲーターは、突進した勢いのまま、ずざざあっと、石畳を剝がしながら地面に崩れた。
「カナ君じゃん!」
ケイは、すぐにわかった。
その通りには、カナエが先日購入したばかりの家がある。
カナエの手には、ショットガンが握られていた。
「水鉄砲じゃない!」
驚くケイ。
カナエに対して、通行人が拍手を送っている。
と、カナエの足元に白い手袋が投げ込まれた。
「おおっ!?」
ケイは、興奮の声を上げた。
カナエの足元に投げ込まれたのは、〈デュエルグローブ〉というアイテムである。オプションウィンドウから、いつでもオブジェクト化できるアイテムで、名前の通り、決闘を申し込むときに使われる。
決闘の作法は、西洋の騎士のそれとほぼ同じである。
決闘を申し込みたいプレイヤーの足元にデュエルグローブを放って、プレイヤーがそれを拾ったり、踏みつけたり、破壊するような行動をとれば、決闘承諾ということになる。決闘を受けない場合は、手袋を無視すればよいのだが――。
カナエは手袋を――拾った。
決闘を申し込んだのは、モヒカン頭のベルセルクだった。
カナエの手の中で、手袋は激しい炎を上げて燃え、消えた。
「ヘイ! 行くぜ!」
モヒカンベルセルクは長剣を抜いた。
抜くと同時に、ムキムキっと、筋肉が肥大化する。白い湯気のようなものが、身体から湧き上がる。ベルセルクが戦闘モードになったときの筋肥大の割合は、オプションでいじることができるが――このモヒカン男は、初期設定のままらしかった。
つまり、全身の筋肉が、はち切れそうなほど肥大化している。
モヒカンが、カナエに斬りかかった。
カナエは、スルっと抜けるように体を入れ替えて躱し――トリガーを引いた。
閃光――ショットガンのゼロ距離射撃によって、モヒカンの腰椎が砕かれた。
「アウチ……」
モヒカンは、緊張感のない一言を残し地面に倒れ、数秒ののちに風化していった。
通行人は拍手喝采、我こそは、というプレイヤーが、次から次に、デュエルグローブをカナエの足元に投げ込んだ。
「あーははは……プレイヤー的にはそうだよねぇ」
強い相手、未知なる相手と遭遇すること、それは、興奮である。戦ってみたい、と思うのが、メサイヤウォーカーというものである。
カナエは、足元に積まれたグローブを、ショットガンで一気に打ち抜いた。
一対多の乱戦が始まった。
「ポム、どっちが勝つと思う?」
「先生に3000万M」
「ほっほー」
倹約化のポムには意外な発言だった。普段なら、冗談でもそういう事は言わない。というより、冗談を言わない。ポーカーフェイスの奥に、ケイはポムの興奮を感じ取った。
「いやでも、これは確かに、スッゲーな……」
ケイは、手を頭の後ろで組んでしまった。
外国人なら、「オーマイゴッド」と天を仰いでいたかもしれない。
カナエは、20名以上の、クラスもばらばらの相手に囲まれて攻撃を受けている。しかしカナエは、どこへ隠れるでもなく、接近してきたプレイヤーを一人ひとり、ショットガンのゼロ距離射撃で、確実に倒してゆく。
やがて――全部倒してしまった。
大歓声が沸き起こる中、カナエはそれから逃げるように、小さな路地の中に入っていった。