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65 ゴールデンウィークの埋め合わせ

 五月初めのゴールデンウィークでも――。

 GMに休みはない。

 メサイヤ・オンラインは年中無休でサービスを提供していて、サーバーメンテナンスというものも、βテスト時代から一度も実施したことがない。店を開けている以上、GMは常に一定数必要なのだ。


 有休をとろうと思えば、カナエにもその権利があったが、ゴールデンウィーク中はできるだけ休まないでほしいと、日本人によらず、全ての運営スタッフに通達があった。特にGMは、極力出てほしいということで、ウィーク中は平日であっても、休日出勤の特別手当が約束された。


 その結果、奏恵は妹と映画に行く約束を破ることになった。

 友達と行っておいでと言うも、葵は、別に映画を見たいわけじゃないと言って拗ねたのだった。たまには兄と、外出したかったのだと、葵はそういうことを、素直に言う性格なのである。


 しかしゴールデンウィーク中は、奏恵に休みはない。

 義務ではなく、義務感である。

 たまには仕事よりも妹を優先したいものだとも奏恵は思うのだったが、結局そうできないのが、橘奏恵である。


 何か埋め合わせをしようと考えた奏恵は、しかし何も思い浮かばない。

 休日は会社、休みは平日、週一回か二回。

 高校生は高校生で忙しいから、時間が合わない。おまけに奏恵は、急に呼び出されることもある。


 どうしようかと思っていると、葵がある提案をしたのだった。

 ――メサイヤ・オンラインやってみたい。


 妹思いの奏恵は、反対した。

 ネトゲは人生を狂わせるぞ、中毒になるぞ、合法だが麻薬みたいなものだぞ。

 それが社員の言う事? などと葵に突っ込まれたが、奏恵は構わずに反対した。妹がネトゲ廃人になるのだけは、何としても防ぎたかった。



 ――面白いんでしょ?

『面白すぎて人生を踏み外す。向こうの住人になる危険があるんだ』

 ――ならないよ。お兄ちゃん心配しすぎ。

『お兄ちゃんがそうだった。一歩間違えたら、お兄ちゃんずっと入院してたぞ』

 ――それは、お兄ちゃんだからでしょ?

『なん、だと……』

 ――私の事、信用できない?

『……そりゃ、まぁ、俺よりも、すでに自立できている気もするけどさ……』

 ――ゲームは一日一時間、勉強は一日二時間。私言われなくてもそうしてたよ?

『……うん』

 ――お兄ちゃん、どうだったっけ?

『――いや、待て葵。そうだ……やりたいって言ったって、もう新規アカウントは取れないぞ!』

 ――え? お兄ちゃん確か、三つ枠持ってるんだよね? 招待枠。

『な、なぜそれを!?』

 ――自分で言ってたじゃない。

『う、ぐぬぬ……』

 ――お兄ちゃん。

『葵……わかった、招待しよう。でも絶対に、廃人の道を進めないと、それだけ約束してほしい』

 ――するよ。

『兄に誓ってか?』

 ――兄に誓ってって……お兄ちゃん、何者なの……。誓うなら天に誓うよ。


 そういうわけで、ゴールデンウィーク初日のこの日、葵がメサイヤ・オンラインの世界にやってきた。



 プレイヤーネーム:アオイ。

 外見は、現実世界と全く一緒。ちょっとだけ、胸を盛っているのを、カナエは見抜いた。しかしそれは、突っ込まないでおこうと決めたカナエだった。アオイもアオイで、そういうのが、欲しいお年頃なのだと、広い心で受け止めてあげよう。


 ――そんなことよりも。


「アオイ!」


「え? 何?」


 メサイオンのメサイヤ広場。

 色気も何もない、なめし皮のワンピース。裁縫士が実装されてから、スタート時に貰える服のグレードが、ガクッと下がった。原始時代かと言いたくなる。

 しかし、問題はそこではない。


「名前、なんで本名なんだよ!」


「え、だってそういうものじゃないの?」


「そんなものなわけあるか!」


「だってお兄ちゃん、本名だよね?」


「それは……まぁそうなんだけど、これは、やけっぱちでそうしただけで――」


「よくわからないけど、いいよこれで。違う名前で呼ばれるの、なんか気持ち悪いし」


「しょうがないなぁ……」


「これ、すごいねお兄ちゃん! 本当に、外国みたい。本当にゲームの中なの!?」


「グラフィックは、評価が分かれてるよ。今主流のVRゲームは、CG美を追求した綺麗系のグラフィックで、このゲームのグラは、リアル路線。現実感は、確かに随一だな」


「あれ、あれ何!?」


 アオイが、カナエの袖をくいくいと引っ張って、屋台を指さした。ゴールデンウィークということで、日本のプレイヤーが盛り上がっているようだ。広場の一画に、屋台がずらりと並んでいる。祭りのような光景だが、リアルと決定的に違うのは、その、売っている物である。


「あれは、雲飴だね」


 ぷかぷか浮かんだ綿飴に紐をつけた物である。

 風船と綿飴を合わせたような食べ物である。味は、綿飴と同じようなものだが、見た目は随分と違う。


「あれは!?」


「あれは――卵の木の幼木かな」


 盆栽のような小さな木の天辺に、卵の実が成っている。

 それはまさに、卵の木なのである。


「何、卵の木って!」


「ここじゃ卵も肉も、植物からとれるんだよ」


「えええぇぇ!?」


「ファンタジーだからね」


「カルチャーショックだよ……」


「だろうね」


 その後も、アオイは暫く、広場を歩き回って楽しんだ。この世界に初めてやってきたプレイヤーは、ほとんどがそうである。最初の数時間は、この世界に感動して歩き回る。狩りをしたり、装備の事、クラスの事を考えたりするのは、大抵その後になる。


「ところでお兄ちゃん」


「うん?」


「こんな所でこんなことしてていいの?」


「え?」


「お兄ちゃん、お仕事は?」


「あ……」


 すっかり忘れていたカナエは、急いでギルド会館に走った。

 打ち合わせと、新しいオプションタトューの説明も受けなければならないのを、すっかり忘れていた。


「いいかアオイ、知らない人に付いていっちゃダメだぞ!」


「子供じゃないんだから……」


「アオイ、いいな!」


「わかったからお兄ちゃん、大声やめて」


 アオイは、兄がギルド会館に入ってゆくのを見送った。


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