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63 四月の終わり

 五月のSランクネストイベントが一般プレイヤーに発表された。

 『Sランクゴブリン・ネストを踏破せよ』というグランドクエスト。

 イベントに向けて、固定PTが組まれ始める。

 イベント参加者には参加報酬があり、その戦績によって、別途特別報酬も出る。


 ――滅ぼせ、ゴブリン・ネスト!――


 イベントのスローガンが、三大都市のギルド会館に掲げられた。

 スローガンをはじめとする運営の仕掛けによって、プレイヤーは全体として、良い具合に意気込んでいた。


 メサイヤ・オンラインのアカウント数は現在ほぼ60万。全員が参加しなかったとしても、数だけ見ればかなりのものである。それだけいるのだから、Sランクといえど、流石に大丈夫だろうと、カナエは安心していた。


 計算すると――60万のうち、グランドクエストに参加する予想人数は45万人。そのうち実際に戦闘に加わるのは35万程度。その35万人のうち、6分の1にあたる約6万人は日本人だが、あとの30万人ほどの国籍はバラバラである。


 日本以外だと欧州、中東、北中南米が、メサイヤ・オンラインの主なプレイヤーだが、メサイヤ・オンラインは世界85カ国にプレイヤーを持っている。つまり、イベントの実戦力が35万人だとしても、それが一時に集まることはない。


 35万を24時間で割った数字――即ち14000人ほどが、1時間当たりのイベント参加者ということになる。実際には、メサイヤ・オンラインにおけるゴールデンタイムは毎日3回訪れ、その時には3万から5万の戦力が集まるだろうと予想されている。


 いずれにしても、どの時間にも1万人以上の参加者がいるのだ。

 それでクリアできないわけがない――カナエは、ロッシュとの話の中でそんなことを言った。


 対してロッシュは、「Sランクネストを甘く見ない方がいい」と返したのだった。Sランクネストは、強プレイヤーを集めたとはいえ1PTで踏破できてしまうような「A+」までのネストとは、難易度が全く違う。人海戦術は恐らく通用しないだろう――というのが、運営の推測である。


 イベントに向けて、運営も内部に特殊部隊を組織しているとカナエは聞かされたが、それの詳細を教えてもらうことはできなかった。GMといいながら、近頃は疎外感を覚えるカナエであった。


『まぁまぁ、そのうち班長もデレますよ』


 カナエは、そんな愚痴をぽろっとケイに言うと、ケイはそう答えた。

 あの強面にデレられるのもちょっとなぁと思いながら、カナエはケイに質問した。


「日本人の6万人は、ほぼ同じ時間に接続するんですよね?」


『そうですね。日本時間で言うと、日本人プレイヤーのゴールデンタイムは7時~9時、9時以降はだんだんと少なくなりますね』


「日本人は、MMO得意ですよね?」


『あぁ、一般的なMMOは、そうですね。一昔前のMMO型のゲームでも、最近のVRMMOでも、日本のサーバーには日本人向けの、難易度を数段上げた、特別仕様になってたりします』


「このゲームはどうなんですか。6万の日本人プレイヤーがいたら、その時間にクリアできるんじゃないですか?」


『うーん、どうですかねぇそれは。このゲームに関しては、日本人プレイヤーは、あんまり活躍できていないんですよね』


「そうなんですか?」


『物造りだとすごいですよ? その分野だと、大活躍しています。カタナを作れる鍛冶屋は、今のところ日本人プレイヤーしかいないくらいですから』


「戦いは、ダメなんですか?」


『何人か達人がいます。でも、日本国籍のプレイヤーの平均戦闘能力は、決して低くはないですけど、真ん中寄りですね。下の上から中の中くらいが、まぁ、全体としては、分布です』


「そうなんですか……」


『出来上がったレールの上を走るのは得意だけど、自分でレールを作るのは苦手と言うか、そういう印象がありますね。このゲームの場合、レールに乗って行けるのは最初だけですからね……』


「あぁ、なんか、すごい説得力です」


『そういう意味で言うと、カナエさんは、日本人としてはかなり変わってますね。ガンナーなんてニッチなバトルスタイルだし、日本人プレイヤーはPK嫌いますけど、カナエさんは全然PKに抵抗がないみたいだし』


「ははは……」


 カナエは、自分の人格形成において、洋画――とくにアクション物やハードボイルド物の影響がかなり強いということを、自覚していた。PKについていえば、カナエは嫌うどころか推奨派である。


『レイドのメンバーは集まりました?』


「まぁ、少しずつですね」


 カナエは答えた。

 先日のゴブリン・ネストは非常に良い感じだった。実際には、シフォンとミレン、そしてローズは、それぞれがクランマスターで、イベント期間中は、自分のクランのPTで活動をするかもしれないが、それでも、レイドの予行練習ができたのは、カナエにとっては大きな成果だった。


「GMも、レイドで参加するんですか?」


『レイドを任されているのは、UC課の一部のGMだけですかね』


「どうして自分なんですかね?」


『レイドで重要なのは、局地的な戦闘能力です。だから、カナエさんが選ばれました』


「は、はぁ……」


『自信持っていいですよ。GMの間でも、カナエさんの評価上がってますから』


 ケイとのVCを終えた後、途中だったレポートを書き上げ、カナエはクランホールのソファーに横になった。


 GMの中でも自分は、戦闘に関してはやれる部類らしい。

 自信を持っていい。

 それは、そうなのかもしれない。


 しかし――。


 頭の中に浮かんでくるのは、先日のボス・ゴブリンとの戦闘の一場面である。

 ロッテが〈レインボー・ウェーブ〉のキャスティングに入ったあの時。

 大量のゴブリンが、ロッテに押し寄せてきた。結果的にロッテは、〈レインボー・ウェーブ〉でゴブリンたちを消し飛ばしたから良かったが、あの瞬間、自分は何もできなかった。殲滅力が、明らかに不足していた。


 武器とプレイスタイルによって、対応できる状況と、そうでない状況がある。万能であることは難しい――一般のプレイヤーなら、それでいいかもしれない。しかし、GMなら、対応できない状況はあってはならない。どんな状況にも対処できるということ、その専門性がなければ、GMと名乗ってはいけないのではないか――カナエは、そんな風に考えるのだった。


「あれは、どうすれば良かったかな……」


 カナエは目を瞑って、イメージトレーニングを始めるのだった。


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