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59 班長ロッシュ

メサイヤ広場から町の東――〈知恵の広場〉に向かう二つの道の小さい方に、〈アルノの料理屋〉という居酒屋がある。「OPEN」とも「CLOSE」とも書かれていない無地の札が扉にかけられている、客を呼び込む気のなさそうな外見の店である。


 カナエがその店に入ったのは、待ち合わせをしていたからだった。

 中に入って、カナエは驚いた。

 外の様子からは想像できないほど、客が入っていたからだ。


 店の奥の四人掛けのテーブルに、カナエを呼び出した男がいた。

 スキンヘッド、肩にタトゥーを入れた、筋肉質の黒人で、小さな丸いサングラスをかけている。草色のタンクトップは、その見事な筋肉ではち切れそうである。


 その男の名前は、ロッシュと言った。

 ロッシュは、カナエが店に入ってくると、片手を上げてカナエに合図をした。カナエはというと、ロッシュのその迫力に、一瞬気を失いそうになったのであった。


「はじめまして、だな、カナエ」


 甘い響きのある太い声で、カナエが席に着くと、ロッシュはそう言った。


「俺がロッシュだ。一応、UC課の班長ってことになってる」


「どうも、は、始めまして」


「ここは、局員御用達の料理屋でな、店の客はみんな、運営の職員だ」


「そうなんですか!?」


 肉が運ばれてきた。

 三角形の分厚いウェルダン。運んできた店員がドロっとしたソースをかけた。

 ブランデーのグラスを上に掲げて、まずは互いに一杯やる。

 カナエはそれから、早速肉を切って、ひと塊を口に運んだ。


「旨いだろう?」


「はい、美味しいです」


「町で一番だ」


 ロッシュはがぶりと肉を引きちぎり、吞み込んだ。布巾で肉の油をふき取り、サングラスの奥からカナエを見据える。その眼光で、サングラスがギラリと光ったように、カナエには感じられた。


「近頃は、パートナーも見つけて、調子がいいみたいじゃないか」


「ガリバーの事ですが。――やっぱり、僕も僕で、監視されてるんですね」


「管理するのが、俺の役目だからな」


「今月のレポートは――」


「それは問題ない。今日お前をここに呼んだのは、来月のSランクネストイベントの件を話すためだ」


 ついに来たか、とカナエは頭を切り替えた。

 仕事の話である。以前ケイにちらっと聞いていた件である。現在のネストは全て「A+」ランク、それを来月、1ネストだけ「S」ランクに引き上げるという。その討伐隊を集めておいたほうがいいよと、カナエは遠回しに、ケイから言われていた。


「ケイから聞いてるか?」


「ちらっとだけ」


「Sランク化するのは、ゴブリンネストだ」


「あそこですか」


「ほとんどのプレイヤーが、ゴブリンネストでの狩りを経験している。魔物も、地形も、プレイヤーにとって最もやりやすい。攻略のしやすさを考えての判断だ」


「Sランクは、そんなに難しいんですか?」


「実際には未知数だが、収拾がつかなければ、運営はこのゲームを手放さなければいけなくなる。つまり、サービス終了だ」


「Sランクにすると制御できなくなるって聞きました。どういうことなんですか?」


「言葉の通りだ。A+までなら、運営はそのネストコアを制御することができる」


「Sランクにすると、それができなくなるんですか」


「知っての通り、現状の全てのネストのネストコアには、錬石術で人工的に作った邪神石結晶を使ってる」


「はい」


「A+までの邪神石結晶は大人しい。結界の鎖に繋がれて、騒ぐことはない。だが、それをひとたびSランクにすれば、結界はその力を押さえることができなくなる」


「どうなるんですか?」


「どうなるかは、実際にやってみないとわからない。一つ確かなのは、制御できなくなるという事だけだ。再び制御下に置くためには、破壊するしか方法がない」


「破壊と言うのは、これまでのネストと同じように、ボスを倒せばいいということですか」


「半分正解だが、半分不正確だ。知っていると思うが、ネストの最奥にはボスがいる。だがA+までのネストのボスは、非常に強力な力を持ってはいるが、一般的な魔物に過ぎない。A+以下のネストでは、ボスと邪神石結晶は別に存在している。ボスを倒しても、放っておくと、またボスは邪神石結晶の力によってリポップする」


「はい」


「だが、Sランクでは恐らく、そうはならない。邪神石結晶はボスと同化するか、その心臓部になると考えられている。つまるところ、ボスを倒せばいいわけだが、これまでのボスとは、モノが違う」


「力も、だいぶ違うんですか?」


「未知数だ。ゴブリンネストの邪神石結晶を使う以上、ゴブリンと似通った特性を持つだろうということくらいしか予想できない」


 そこでカナエは、この件に関してずっと思っていた疑問を口にした。


「どうして運営は、そんなリスクを冒して、Sランクなんかにするんですか。今のままだって、充分プレイヤーは楽しんでいますよ。そんな危険を冒すくらいだったら、新しいA+のネストを作った方がいいんじゃないですか」


「ネストはこれ以上増やせない。そして、ゴブリンネストのネストコアは、回収する」


「ゴブリンネストを、潰すんですか?」


「そうだ」


「でも、それなら今のA+のうちに回収してしまえば良いじゃないですか」


「七月以降、新たなフィールドが解放されてゆく。そのフィールドには、Sランクと同等かそれ以上のネストが散在している」


「それは、初めて聞きました。でも、それならなおさら、今危険を冒して、ネストのランクを引き上げるのはどうしてなんですか」


「テストだ」


「でも、危険が――」


「その危険を冒さなければならないほど、俺たち運営には、猶予がない」


「ノルマとか、あるんですか?」


「経営上の問題もある。だが本質は違う。いずれ話そう」


「今教えてください」


 ロッシュは、カナエの熱心さに頬を緩めた。


「Sランクネスト、お前は強襲部隊(レイド)担当だ。お前の実力は、他のGMも認め始めている。小回りの利く少人数で、ネストに致命的な打撃を与える。ネスト攻略の最終局面で、お前の力が必要だ。――できるな?」


「……」


「これは仕事だ、カナエ。できるな?」


「はい……」


 カナエは答えた。

 心強いよ、とロッシュはそう言って、残りの肉を切り始めた。


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